(254) 藍調のピアニスト

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No.254 2015.1.8



<藍調のピアニスト>




タイトルからなんとなく、筒子の両面待ちを連想する人がいるかもしれない。
1961年11月に録音された本作、ブルーノート4091番「リーピン&ローピン」がソニー・クラーク最後のリーダー盤となった。
それから約一年後、1963年1月13日にソニー・クラークは亡くなっている。
本作はトミー・タレンタイン(tp)チャーリー・ラウズ(ts)をフロントに据えた二管バップで、A面二曲目のバラード「ディープ・イン・ア・ドリーム」のみアイク・ケベック(ts)のワンホーンとなっており、そこに価値があるという向きもあるが、私にとってそれはどうでもいいことだ。
私にとっての本作は、B面の「ヴードゥー」を聴く盤なのだ。

彼の曲はどれもいい。
そのピアノ同様いつも哀愁を帯びたもので、日本人の琴線に触れるようにできている。
「ブルーノート」というレーベル名は、ソニー・クラークのためにあったと思えるほどだ。
だが、ヤンキーどもが好む「オラオラオラ~!」的な音楽と程遠く、その事と物静かで控えめな性格故にアメリカではまったく売れなかった。
アルフレッド・ライオンは「クール・ストラッティン」の注文が日本からどんどん来ることを訝ったという。
本国では初回プレスの500枚を捌くことすら容易でなかったからだ。
余談になるが当時ブルーノートは他所でのプレスを許しておらず、従って日本盤というものはまだ存在しなかった。
だからと言って本国盤が常に完璧かといえばあの国の工業製品だ、そんな事がある筈がない。
後日、ジャケット写真が手違いで反転した「クール・ストラッティン」がアメリカで再発されている。
ソニー・クラークのアメリカでの扱いはこの程度だった。

彼はアルフレッド・ライオンと日本のジャズファンに愛された。
日本専用のピアニストと言ってもいいくらいだったが、一度も来日する事のないまま他界した。
享年31歳、ヤクのやり過ぎだったと言われている。
実はその三日後にアイク・ケベックも亡くなっている。

アイク・ケベックはテナーマンとしてはどちらかと言えば冷遇された方だ。
確かに本作を聴いてわかる通り、味があるのに派手さはない。
そうした点で両者は似ている。
だが、「ブルーノート」を象徴するピアニストがソニー・クラークであったように、スカウトマンとしてこのマイナーレーベルを支えたのがアイク・ケベックだった。
彼もまた、ブルーノートにとってかけがえのない存在だったのだ。
その二人がほぼ同時に亡くなってしまう。
ブルーノートオーナーの心痛如何ばかりであったか。

おクラになったものを含め、アルフレッド・ライオンは売れないソニー・クラークを録り続け、サイドメンに起用し続けた。
だから今、我々はソニー・クラークを聴くことができる。
私はそのことを彼に感謝したい。

3年後アルフレッド・ライオンは、ブルーノートをリバティレコードに売却している。
武田信玄は末期の床で「我が死を三年秘匿せよ」といい、ステージに立つちあきなおみに黒い縁取りの知らせが届いたのも、止める男を振り切り汽車に飛び乗って三年後だった。
大切な人との別れから三年で、人は再び岐路に立つ。










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(257) Flight To Jordan

flight to jordan
No.257 2015.1.15



<Flight To Jordan>




1月15日といえば、昔はこの日が成人の日に決まっていて、各自治体が成人式を執り行っていた。
生を受けた故郷の町と、その後住民票を移した京都市から二度お誘いがあったが、私は両方とも行かなかった。
昔からへそ曲がりだったせいだが、行かなくて良かった。
この国の儀式、就中冠婚葬祭にはどうも気に入らないものが多過ぎる。
結婚式なんか最大級のばかばかしさだ。
結婚したければするが良いので、あまり関係ない者に迷惑をかけるものではない。
聞かれたら実は結婚したんですよ、と報告すればそれで沢山ではないか。

昔知人男性の披露宴に参席した折り、最後に本人が挨拶したまでは良いが、「僕たち幸せになります」と言ってハラハラと泣くのである。
あのカップルはその後どうしただろう。
なんとなく想像がつく。
新婦が醒めた目で男を見ていたからだ。

だいたい我々の世代は性というものを恥かしく、後ろ暗いものであるかのように刷り込まれて育ったものだ。
だからこっそりやっていたのでしょう。
それを今夜からバンバンやりますよと、皆を集めて発表するのである。
これほどこっ恥ずかしいセレモニーがまたとあるだろうか。

更に○○家と××家の結婚式というのが笑わせる。
どいつもこいつも得体の知れない馬の骨ではないか。
特に当地など、せいぜい100年ほど前、「内地」で食い詰め落ち延びて来た連中の三世、四世である。
家も家柄もへったくれもあったものではないのだ。
よしんばあるのだとしても、今時家と家がどうのこうのという時代ではとっくになくなっておる。
相手方の親戚と顔合わせをしたところで、そのほとんどともう二度と会うこともない。
あるとしたら葬式くらいのものである。

それでもどうしてもやると言うのなら、離婚する時にも皆を集め、あの時はせっかく来てもらいお祝いまで頂きましたが斯く斯くの事情にて別れる事になりました、すみませんと、けじめを付けねばならないところだ。
葬式についても言いたいがもうやめた。


ブルーノート4046番は、デューク・ジョーダンがブルーノートに残した唯一のリーダー盤だ。
ジョードゥーやスコッチブルースと並ぶデューク・ジョーダンの名曲、「フライト・トゥ・ジョーダン」がタイトル曲である。
彼のピアノは同時代の黒人ピアニスト達と少し違う。
メロディが静寂でどこかもの悲しく、そして何より精緻だ。
アメリカで食うに困り渡欧し、デンマークのスティプルチェイスに吹き込んだ演奏を聴くと、水を得た魚と言おうか北欧が似合っていた。

アメリカではろくな目に合わなかった。
No.33 フライト トゥ デンマークでも有名な「危険な関係のブルース(No Problem)」は、映画のためにデューク・ジョーダンが書いた曲だった。
しかし、何故か映画には別人の名前でクレジットされ、印税なんかまったく入ってこなかったのだという。
本作B面ラストの「Si-Joya」とは、実は「危険な関係のブルース」である。

「フライト・トゥ・ジョーダン」は本作以前にも、1955年のシグナル原盤B面に残されている。
こちらも本作と同じ二管フロントによるクインテットなのだが、バリトンサックスとトロンボーンの組み合わせ故か、本作と比べるとやや弛緩して聞こえる。
本作のスタンリー・タレンタイン(ts)とデイジー・リース(tp)の方がずっといい。
デイジー・リースは前年イギリスから来たばかりだった。
スタンリー・タレンタインもそうだと思うが、デューク・ジョーダンがセットしたものではないだろう。
アルフレッド・ライオンの慧眼だと思う。
なんていい曲、そしていい演奏だ。





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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(259) YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO

アンドレking size
No.259 2015.1.19



<YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO>




ロンドン交響楽団の指揮者アンドレ・プレヴィンがジャズピアニストだった頃コンテンポラリーに残したのが、本作「KING SIZE !」だ。
No.197でお話ししたイラスト動物シリーズの一枚である。
実はこのうち「ペンギン」「ワニ」そして本作「ライオン」のジャケットを額に入れ、この数か月我家の一角に飾っていた。
そろそろ入れ替えようかとも思うのだが、気に入っているのと面倒なのとでそのままになっている。

本作の録音は1958年だ。
しかしとても信じられない。
音が瑞々しくしかも力強い。
オーディオ的にはジャズ史上屈指の名録音だと思う。
レッド・ミッチェルのベースもゴツいけれど、更にプレヴィンのピアノの音が凄い。
ピアノは比較的生音を聴く機会の多い楽器だが、実際にはこんなに凄い音を客席で聴く事はできない。
もしかしたらピアニストが演奏中に聴いているピアノの音はこういったものなのかもしれないが、残念ながら私には分からない。

A面ラスト、コール・ポーター作の「YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO」を改めて聴く。
これもジャズ史上名演の多い曲だ。
アルト・サックスがアート・ペッパー、ボーカルがヘレン・メリル、ギター&ベースがポール・チェンバースのBLUE NOTE 1569だとすれば、ピアノトリオの決定版が本作である。
プレヴィンがジャズに残した最高のトラックと言っていいだろう。

彼は数年後にはジャズを離れはじめ、その後完全に足を洗った。
いったいアンドレ・プレヴィンという人は、ジャズとクラシックのどちらが好きなのか。
聞いたことがないので分からないが、多分後者なんだろう。
クラシックからジャズに来たピアニストは無数にいる。
彼ら、彼女らは二度とクラシックに帰らなかった。
その逆というプレヴィンのケースは、とても珍しいと思われる。
でも少なくとも本作において、そんな彼の本性がけしてマイナスに作用していない。
音楽とは本当に面白いものだ。


本日、大阪の某番組に「委員会メンバー」としてレギュラー出演しているタレントの講演会があった。
その男は元皇族の末裔とかで、歯茎の目立つなにか下品な風貌が私は嫌いだった。
だがテニスの選手にもある事なので、そんなもので人を評価してはなるまいと自分に言い聞かせてきた。

確かに関係ないと思った。
私の席は会場はるか後方であり、元皇族末裔の顔などほとんど霞んで見えなかったからだ。
そのタレントは2時間喋りまくり、そのすべてを「うけ」狙いに終始した。
日本人の美徳について語るのだが、この男が口にした途端それが薄汚れたものに思え私は目を背けた。
そもそも日本人善人説を私は信じていない。
あたり前のことだが、そういう人がいる一方そうでない人もいるというだけだ。
この点では中国人も韓国人もアメリカ人も同じことだろう。
全員が不道徳である筈がないし、お行儀がいい筈もない。
ただ、日本人というのは比較的自己主張を、特に公共の場や非常時において控える傾向はある。
だからある局面で道徳的に見える事があるというだけだ。

礼文島などの離島に住む人たちは、彼に言わせればそこに住んでいるだけで国益に資するのであり、今後も継続することが肝要なんだと、まったくの俯瞰目線である。
人が住まないから尖閣が狙われ竹島が占拠された、その点に異論はない。
しかしだったら口だけでなく、離島居住が国益に叶うと言うお前がまず小笠原あたりに住んだらどうだ、そう思ったのはきっと私だけではないだろう。

話が長く、終わりそうで終わらない。
仕舞には自分の本のPRを延々と始めた辺りで、お客が帰りだした。
こういう時、私は同調できないのだ。
最後に拍手するのが人の道、みたいな固定観念からさっさと脱出できたらいいのに。
おかげでイヤな汗を脇の下にかき、季節柄帰り道がやけに寒々としてきた。





額縁










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(260) 白青つける

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No.260 2015.1.22



<白青つける>




本作タイトルをもしも日本語で書いてあればどうだろう。
バカみたいで買う気も失せる。
ジャズのレコードにはこうした自画自賛というか臆面もないというか、日本人なら絶対つけないタイトルのものが少なくない。
アメリカ人て・・・

がしかし、デザインで挽回してしまう本作。
Vol.3とあるように、1も2もあり1が最も有名であろう。
でも私は3が一番好きだ。
それはジャケットもあるけれど、演奏がリラックスしていて聴きやすいからだ。
「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームス」の存在も大きい。
でもやはりジャケットだ。
正直に言わないといけない。
同じ面子のVol.1の方が一般に名演とされるが、私はジャケットが嫌いであまり聴く気にならない。
まあそんなもんだ。
レコードのジャケットは演奏内容と同じくらい大切ってこと。
だからジャケットが付いてないダウンロードとかいう愚かモノは論外なんである。

「ワニのジャケット」実は二種類ある。
背景が白と明るい青とで、手元の盤は輸入盤OJCの白だ。
OJCとは「Original Jazz Classics」の略で、コンテンポラリー、リバーサイド、プレステッジ等々を「モノポリー」の如く傘下に収めた米ファンタジーから出た廉価盤である。
話はそれるがこれが意外と音が良くあなどれない。
レーベルを傘下に収めるという事は、オリジナルマスターテープを手に入れるという事だ。
ファンタジーは更にそれを現代的にリマスターして製品化した。
だから音が非常にフレッシュだ。
もしかするとオリジナル盤よりも音が良い可能性すらあるが、オリジナルを聴いたことがないので分からない。

ちなみに全ての日本盤はおそらく、オリジナルマスターテープからプレスされていない。
本作であれば、コンテンポラリーの倉庫に厳重保管されていた門外不出のオリジナルテープ(これは重要文化財のようなものだ)からおこされたコピーが送られてきて、それをもとにプレスされたのが日本盤ということになる。
だから当然、日本盤よりもOJCはスジが良い。
昔カセットテープなどをコピーした経験をお持ちの諸兄にはご理解頂ける筈だ。

ただこのOJC、そもそも設定価格が安く(日本では1000円強だった)、従って当然安く作られたと思われ全てが雑だ。
ジャケットも盤もペラペラであるし、プレスもひどく雑。
時々「ニキビ」や反りや、ひどいのは新品なのに傷が入っているモノすらあった。
まるでいいとこなしだが、しかしそうでもない。
基本的にはその素性ゆえ、くどいようだが音が良いので、運よく「無事」なヤツを引き当てると「やった!」感があった。
そんなOJCのレコードを随分買った。
昨日のことのように思える。
でも実際は既に20年以上前の話だと、書いている途中で気付き驚く。
そして、もしやと思い調べてみたら以前にも同じ事を書いており更に驚いた。

話を戻そう。
本作には青盤と白盤があり、オリジナル盤がどちらだったか、見たこともない私は知らない。
しかしCD化されたものが殆ど青地なので、オリジナルは青盤だった可能性もある。
だが私の美的センスでいうと(そこのあなた、なぜ笑う)これはもう絶対白地だ。
緑のワニの背景が青って、それはないだろう。
目がチカチカするではないか。
日の丸を見よ。
白地に赤く日の丸染めているから、あ~美しいのであって、もしも青地だったらどうでしょう。
中近東か、どこかアフリカあたりの国旗になってしまう。
ご飯だって白いから美味しく頂けるが、万一青かったら?
雪もそうだ。
白いからまだ許せる。
もし青い雪に閉ざされたなら、この冬がさらに確実に鬱陶しいものとなる。

こじつけです。
空も海も青い方がいいに決まっておる。
この地球は青いからこそ美しい。
全部白くなったら氷河期だ。
アメリカ生まれのセルロイド人形の瞳は青くなければ歌にならない。
白かったら怖いよ。
ですが、ハンプトン・ホーズの「ワニ」だけは、絶対白盤でなければ私はイヤ。









ワニ青










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(265) 巴里を散歩しよう

pierre alain
No.265 2015.2.6



<巴里を散歩しよう>





2001年にフランスの「night bird music」から出た、ピエール・アラン・グアルシュ(p)トリオによるセルジュ・ゲンズブール作品集である。
日本ではDIWが輸入し、寺島靖国さんの対談形式のライナーが付いた。
DIWとはディスクユニオンの自社レーベルである。
寺島靖国プレゼンツJAZZ BARシリーズがそうだ。
街のレコード屋さんがレコード会社を持った。
街の下駄屋さんがレコード会社を持ったのが澤野商会だから、DIWはむしろ普通かもしれない。

セルジュ・ゲンズブールをご存じだろうか。
歌手でありソングライターであり俳優であり(我が国の福某を想起してはならない)と、とても多才な男だったようだ。
エルメスのバーキンで有名なジェーン・バーキンと結婚し、ブリジッド・バルドーと愛人関係にあったという。
中尾ミエや弘田三枝子が歌った「夢みるシャンソン人形(岩谷時子訳詩)」の作者と言えば分かり易いかもしれない。
そんなゲンズブールの作品集である本作、全編を名曲で埋め尽くされたお買い得な一枚となった。

冒頭、ゲンズブールの出世作「リラ駅の切符切り」で快調にスタートし、「ボニーとクライド」「コーヒー・カラー」「手ぎれ」「愚か者のためのレクイエム」と続いていく。
まさに捨て曲なし。
だが、よく聴くハード・バップとは曲調が異なることに次第に気付くだろう。
そこはかとなくフランス的というか、シャンソンの香りが漂う。
しかし不思議に違和感はない。

珠玉のピアノトリオが次から次へと続く。
普通、美曲ばかりが続くと胸焼けしてくるものだ。
だがそうはならない。
美しいが甘ったるくないからだ。
少し陰のある、どこかニヒルでやや内向的な美しさ。
これはアメリカとフランスの文化の違いなんだろうか。
4ℓV8エンジンを搭載するオートマチックのジープチェロキー、対する1.6ℓマニュアルトランスミッションのルノー、なぜかそんな対比が頭に浮かぶ。

「13曲とも全~部いいわけよ。この13曲のうちの、どの1曲を取って他のCDに入れても、そのCDの目玉になる・・・7曲にとどめて、第二集として出したほうがいい。製作者はもったいないことしちゃった・・・」
ライナーで寺島師匠が語っておられる。
手放しの大絶賛だ。
寺島さんがこれほど褒めるのも珍しい。
なんたって「辛口!JAZZノート」の著者であるのだから。

全曲聴き通す。
80年代以降のジャズをアルバム単位で聴き通すのは、時に苦痛である場合が少なくない。
CDの時代となり、収録可能時間が倍増した。
しかしだからと言って、名曲が容易く倍増する訳ではない。
捨て曲が言い過ぎだとしても、埋め曲の類がどうしても増えてしまう。
本作のようなケースは残念ながら非常に稀だ。

60分があっという間に過ぎる。
石畳が続くパリの路地裏を小一時間、グルッと一周りした気分だ。











テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(275) 次の4年が過ぎても

outside by the swing
No.275 2015.3.11



<次の4年が過ぎても>





山中千尋さんのライブに行った。
「MUSIC LAMP」という企画で子供のジャズバンドと一緒に出るらしかったが、あまりよく検討もせずチケットを予約していた。
彼女は現在ニューヨークで暮らす世界的なピアニストだ。
滅多なことで私の町まで来ることなどない。
それに第一3000円と安かったのである。

行ってみて○イ△ン□クラブ主催の相当に気持ち悪いチャリティーであるとわかった。
チャリティが悪いと言うつもりはない。
ただそれを行うものに求めたい。
自画自賛はもとより、自己PRもどうか勘弁して欲しい。
それに会長の挨拶もやめといてもらえると有難い。
このクラブの会長は自分が呼んだ筈のピアニストを「中山千尋」と言った。

コンサートは三部構成だった。
まずは子供ジャズバンド小学生の部から始まった。
身体の小ささ、そして相対的に楽器の大きさが際立つ。
身の丈とたいして変わらないテナーサックスや、明らかに身体よりでかいフェンダー・ジャズベースを抱えて小学生が演奏する。
「サニー」「ウォーターメロン・マン」「A列車で行こう」など数曲を結構いい感じで演る。
スウィングガールズよりは上手い。

続いて中学生バンド。
小学生もそうだったが、圧倒的に女の子が多い。
彼女ら率直に言ってたいしたもんだった。
その辺の高校のブラスバンドなんか全然お呼びでない。
ところでこの子供バンドだが、実は先日お話しした寺久保エレナはここの出身である。


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「セプテンバー」「ナイス・ショット」などをやり、最後に山中千尋さんと一緒に一曲と、チック・コリアの「スペイン」を演奏した。
千尋さん、何を思ってか猛烈な勢いのソロで前奏を弾き倒す。
前奏と言うよりも独立した別の曲だった。
多分これを的確に表現する単語があると思うが知らない。
それを凝視する子供ら。
特に少数派たる男子ピアニストの表情がなんとも言えなかった。
見てはならないものを見、聴いてはならない音を聴いたとでもいうように。
もしかしたらこの夜、彼の人生が変わりはしなかったか。
長い長いイントロが終わり、山中千尋に促されるように、子供ジャズバンドがあの耳慣れた「スペイン」を奏で始めた。
千尋さんの強烈な一撃は、恐らくは自分の名前を間違ってアナウンスした会長や、孫の発表会に駆り出された年寄り連中への名刺代わりだったのだろう。

長尺の演奏が終わり、場内アナウンスが休憩を告げた。
これがなんと40分もの長時間だった。
ロビーに展示したクラブの活動内容を見てくれ、ということのようだった。
もちろん私は席を動かなかったが、この計算外の休憩が中座の原因となる。
そしてある程度予想された通り、休憩に席を立ったきり戻らない人たちが相当数いた。

山中千尋も40歳になった。
冒頭のジャケット写真から華奢な女の子を想像されたのなら全然違う。
彼女相当身体を鍛えていると思う。
背筋が隆起したガッチリ体形だ。
特にバイオハザードチックな前腕の筋肉が凄い。
本作は2005年のメジャー・デビュー作だ。
あれからもう10年経っている。

澤野時代に小さなライブハウスで彼女を見たことがある。
目と鼻の先でピアノを弾く千尋たん、かわいかったな。
その後彼女のピアノは体形と共に力強く変化した。
堂々たる風格すら備わってきた。
だが、澤野時代も私は忘れられない。
どちらがいいか、それは言いたいが何とも言えないところだ。

この日の彼女はあくまでもゲスト扱いで、数曲サラッと演って終わるだろうと思っていた。
その通り、澤野商会のデビュー作「Living Without Friday」や「Take Five」、そしてモンク風と御本人が言う「エリーゼのために」、それに本作から「八木節」などを演奏してステージ終了の段取りとなる。
しかしお約束のアンコール。
長すぎた休憩のせいで、この時約束の時間を10分以上過ぎていた。
こんな筈ではなかったが仕方ない。
アンコールを諦め、小走りに会場を出る。
長時間座り続けた臀部が痺れていた。


今年も3.11が来た。
あれから4年だ。
生きている人には何度でもこの日が巡ってくる。
女が好きな誕生日というやつも同様だが、あの日と今日に何の関係も実際はない。
日付が一緒というだけだ。
エリック・ドルフィーが言ったように、起きた事は過ぎ去り二度と取り戻すことが出来ない。
だが、せめて教訓だけは残さなければなるまい。
そのために3.11というアイコンは意味がある。

過ぎた年月、遠い日々、4年も10年も30年もたいして違いがないように最近では思えてきた。
歳月は人を待たないという点で。










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(283) FLY WITH THE WIND

fly with the wind
No.283 2015.4.12



<FLY WITH THE WIND>





風と翔べ!
本作がバイト先の店に新譜として送られて来た1976年、ゴキブリが這いまわる薄暗いカウンターの内側で、私はマッコイ・タイナーのメッセージを受け取った。
そうだ、風にのって空を翔べ!
そんな所で何をやっているんだ、おまえは。
血が沸いた。
目頭が熱くなった。
ジャズを聴いてこの時ほど感動したことはない。
ジャズはいつだって少しシュールで常に冷静であり続けようともし、だから受ける衝動はいつも厚目のオブラートに包まれているのだった。
噛みしめてやっと滋味が染み出て来るのが普通だと信じていた。
だからそこへいきなり、こんなド直球を投げ込まれたらどうにかなるのも無理はない。
私は思い切りヨガった。

20年後ある廃盤店で「ECHOES OF A FRIEND」を買ったら、毒舌屋のオヤジが言った。
「へ~今時マッコイが売れるとはな」
自分が売っておいて凄いじゃないか。
多分オヤジはコルトレーンが好きではないのだろうと思った。
だからどうしてもその弟子のイメージしかないマッコイ・タイナーを悪く言いたかった可能性がある。
コルトレーンを声高に批判するのは商売柄憚られるからだ。

もっともこの盤は作風がだいぶ違う。
「ECHOES OF A FRIEND」はマッコイのソロピアノ集であり、師であり友であったコルトレーンに捧げられている。
そのジャケットには新約聖書「マタイの福音」から次の言葉が引用されていた。
「Many are called,But few are chosen」
第22章14節である。
招かれる者多く、選ばれし者少なし。
これだけでは何のことやらわからない。
キリストが天国を王の饗宴に例えて言った言葉であるという。
ある王が多くの人々を宴に招いたが来ないので、兵を送り焼き払って滅ぼし、かわりに他の人々を集めさせる。
その場で礼服を纏わない者を見咎め、この男の手足を縛り暗闇に放り出せと命じる。
そのあとに続くのがマッコイの引用「招かれる者多く、選ばれし者少なし」だ。
更にわからなくなる。
何なんだろうね、これは。
私にはどう解釈したら良いのか、マッコイのソロピアノも含めまったく分からなかった。
廃盤屋のオヤジはそれを見越し、この盤を買おうとした私を止めたのか?

本作の大規模な編成や疾走感や爽快感に私は圧倒された。
そしてその数年前、彼が同じレーベルにこんなモノを残しているとはまったく思わなかった。
宗教の持つ力の根源は巧妙な脅しにあり、そのドクトリンはたいてい死の恐怖につけ込む支配だ。
だから金が集まる。
だが信教の自由を私は否定するものではない。
まさしく自由。
毒ガス撒いたり人様の首を斬ったりして迷惑かけないなら、どうぞ好きにしてもらって構わない。
だが、ジャズに宗教を持ち込むのだけは止めてもらいたい。
「ECHOES OF A FRIEND」は、マッコイ・タイナーをどうしても探究したい人以外に私はあまり薦めたくない。

それでは本作に宗教的な要素がまったくないのか、私はその点について断言できない。
しかし少なくともマッコイ・タイナーは音楽家の立ち位置から本作に向かっている。
それを商業的と非難する人もいたが、私は違うと思う。
けして聴衆に媚びている訳ではない。
本作の持つ美しいハーモニーは、純粋に彼の精神性との共鳴によって生み出されたものだ。
その方法を彼はコルトレーンから学んだ。
それだけは間違っていなかった。
マッコイ・タイナーは熱心な回教徒であり、今尚現役のジャズピアニストとして活躍している。










echoes of a friend















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ジャンル : 音楽

(285) Again

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No.285 2015.4.18



<Again>





JBL4344MK2を買ったのはもう15年も前の事なんだな。
ビーナスレコードがハイパーマグナムサウンドを標榜し、オーディオマニアに売り込んできた頃だ。
私はビーナス以前のエディ・ヒギンズを知らなかった。
上手く売ったと思う。
エディ・ヒギンズの晩年はおかげで幸せだっただろう。
良かった。

4344MK2は結局のところあまり良くなかったが、ビーナスのエディ・ヒギンズだけはそれなりに鳴った。
地獄で仏のヒギンズ盤を、だから私は片っ端から買った。
私にはレコードやCDや本を売るという発想が皆無だ。
そんな訳で今でも我家にエディ・ヒギンズのCDがたくさんある。

昔宴席で、女性と別れるのが苦手なせいで交際相手が増えて困ると言ったことがある。
「それは女にモテるという自慢話か?」とスゴまれた。
でもそうじゃない。
そんなの決まってるじゃないか。
ただ別れ話を切り出す勇気がなかっただけなんだ。
ごめんなさい。
だめな男だった。

だが考えてもみられよ。
若い頃なら普通、一年に一人や二人異性と知り合うでしょう。
そのうち半数の方とお付き合いしたとして、誰とも別れることなく5年後を迎えたら、結構大変なことになっている。
いや、ホントだめな男です。




今日から小旅行です。
本作収録曲とちょっと繋がる街へ。
みなさん、お元気でお過ごしください。
ジャーマンウィングス9525便や、マレーシア航空370便のような事がなければ、いずれご報告出来ると思います。
ではまた。

ハバナイスィーケン!










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(289) IT'S ALL RIGHT !

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No.289 2015.5.5




<IT'S ALL RIGHT !>





血は争えないと言う。
ウィントン・ケリーはニューヨーク生まれだが、両親はジャマイカの人だ。
この事がウィントン・ケリーのスタイルに影響しない訳がない。
本作以前、特にマイルスに雇われていた頃なら多少の無理をし、柄にもなくシリアスを装いもした。
だが、それは彼の素顔ではなかった。
本作に見られるリラックスしたピアノ、これがウィントン・ケリーの本音であろう。

ジャマイカの黒人は、すべてアフリカ大陸から拉致された奴隷の子孫だ。
この点ではアメリカの黒人と何ら違いがない。
ただジャマイカ人というのはその殆どが黒人であり、そこが大きく違う。
現在アメリカには純粋な血統の黒人は一人もいないという。
白人農場主に買われた黒人奴隷には女性も多く、彼女らは白人男性農場主の性奴隷でもあったから、アメリカの黒人にどんどん混血化が進んだ。
そうして300年の時が過ぎた。
タイガー・ウッズやデンゼル・ワシントンを見ればわかるように、日本人より余程鼻筋の通った彼らの面立ちは最早純粋な黒人の顔からかけ離れている。

人口の九割を黒人が占めるジャマイカではそういう事が比較的少なかった。
気候的にも彼らの故郷により近く、独特のサンクチュアリが形成された。
ジャマイカの音楽がリラックス出来た理由はそういうことだ。
アメリカの黒人はいつ白人警官に撃たれるかわからないので、落ち落ちリラックスなどしていられない。

ジャズを聴き始めた頃、ウィントン・ケリーとレッド・ガーランドの区別がつき辛かった。
だが暫く聴いていると段々わかってくる。
ウィントン・ケリーはレッド・ガーランドほどブロックコードを多用しないし、それに性根が明るい。
ケニー・バレルのギターと、それにコンガが陽気なピアノによく合っている。










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(296) どうしても裸ならこんな風にやってみろ

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No.296 2015.5.27




<どうしても裸ならこんな風にやってみろ>





男は女の裸が好きだと思うでしょう。
それが段々そうでもなくなる。
嫌いだとは言わないし、どうでもよくもない。
しかし最早鼻血は出ない。
そうなると何でもそうだが好き勝手をホザき始めるのだ。

学生の頃なら酒であればなんでも良かった。
ビールなんて贅沢品で滅多に口に出来なかった。
それが今ではどうだ。
ビール?いや、オレいいや。シャンパンにする。
なんだと、バカもの。
何様のつもりでいやがる。
でも仕方ないのだ。
人とはそういうものだ。

音楽もそう。
一度いい演奏を知ってしまえばそれが基準、つまり普通になる。
いい音がするスピーカーを聴けば、もうラジカセには戻れない。

少し論旨がズレた気がする。
昔は女ならなんでもよかった。
なんなら雌ゴリラでもよかったが、いい女を知った今となってはそうもいかない。
そんな風な話ではありません。
むしろこうだ。
段々耳が遠くなり、音楽鑑賞に興味を失ったと、そんな文脈で語られるべき話だった。
自分でも時々なにが言いたいのかわからなくなるから困る。
それにしても、耳が遠くなるのはイヤだな。
十分あり得るだけに恐怖だ。

マーティ・ペイチは大層趣味のいいピアニスト・アレンジャーだった。
ジャケットにも恵まれて得をした。
踊り子」や「お風呂」が有名だ。
本作も好きな盤だが、なにぶんにも収録時間がえらく短い。
全8曲は普通だが、20分少々しかない。
今時のCDなら三倍入っている。
長ければいいってもんでもなかろうが、それにしてもなあ。
ジャケットの絵がおっさんだったらきっと無視されただろう。

「99」や「Africa」を作曲したTOTOのデヴィッド・ペイチは彼の息子である。
この男、女優のロザンナ・アークェットの元カレで、別れたあと彼女に捧げ「Rosanna」を歌ったがロザンナには全く相手にされなかった事でも有名だ。
マルサリス家同様ペイチ家も息子の方が有名かもしれない。










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ジャンル : 音楽

(298) お風呂

his.jpg
No.298 2015.6.4




<お風呂>





マーティ・ペイチの「お風呂」だ。
最初に入手したのはCDで「踊り子」とのカップリング盤だった。
後日運よくオリジナル盤と出会ったが、残念ながらジャケットの状態があまり良くない。
緑色のマジックで「J 220」などと書き込まれている。
元の所有者が整理番号を付けたのだろう。
これは絶対日本人コレクターではない。
絶対違うと断言する。

だが幸いにも盤のコンディションは悪くなかった。
少しハイ上がりな歯切れの良いアンサンブルが気持ちいい。
これはコンテ・カンドリらによるトランペット隊を常にメロディラインの中心に持ってくる、ペイチのアレンジ手法によるところが大きい。
従ってペッパーらサックス隊がアンサンブルでさほど目立たないのが少し残念ではあるけれど、その代わりソロパートでは十分な存在感を示した。
さらにバリトンやバイブを薬味として効果的に配し、リスナーを飽きさせる事なく40分弱を一気にドライブする。
乾いた爽やかな風に吹かれて、真夏の海岸線を行くようだ。
見たこともない1959年のL.A.が目の前に再現される。

本作の国内盤LPは多分存在しないと思う。
今やアナログ盤を入手するのは相当難しいが、CDなら現在1000円で容易に手に入る。
彼女の肩にかかる黄色いタオルには「his」と書いてあるらしい。
これは3へ~くらいか。

同じシリーズに「THE ROCK JAZZ INCIDENT」がある。
「踊り子」「お風呂」に続くペイチ第三の美ジャケと解説されるがそれはない。
内容もイージーリスニングの域を出ず、これが1000円ではちょっと高い。
買うなら絶対本作と踊り子だ。








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