(66) 昭和は遠くなりにけり

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NO.66 2012.1.16



<昭和は遠くなりにけり>





フレディ・レッドはハード・バップを代表する作曲の人だ。
分かりやすく印象に残るテーマを書き、ハード・バップの核心に迫った。
本作は全曲そんなフレディのオリジナルで固められている。

今新譜のCDが出て、それが全曲ミュージシャンのオリジナルだった場合、
そんな恐ろしいモノを私はまず買わないと思う。
小難しい、訳の判らないオリジナル曲を、80分も聴かされてはかなわないからだ。

現代のミュージシャンは音楽とは一体なんなのか、一度よく考えてから作った方がいい。
CDを買ってくれるのは誰なのか。
それを買った人があなたのオリジナル曲を聴きどう思うか。買ったからには一度は聴くが、二度目もあるかどうか。
それらについて、ほんの少しのご配慮をいただきたいと思う。
それが商業CDを世に問うことが可能であったエリートにとって、忘れてはならない義務だと私は思うようになった。

確かにフレディのこの音楽は、少しばかり判りやす過ぎるだろう。
それをもって通俗的と指摘することはたやすい。
だが、考えて頂きたいのだ。
音楽は、特にポピュラー音楽は大衆のものではないか。
そして大衆は常に低俗なものなのである。

すべてを通俗的に作れとは言わない。
それではさすがに聴く方も飽きてくるし、作り手も辛かろう。
だから時々通俗を薬味として効かせば良い。
ジャズには確かに難解な所も必要で、全部が通俗的ではこれはもうジャズではない。
難解と通俗のブレンド、ブレンドのサジ加減、これが腕の見せ所だと思う。
あなた方、現在のジャズミュージシャンにとって、それはけして難しい話ではない筈だ。
そうすればCDだってもっと売れるだろう。
生活も良くなる。
金に目が眩んで妥協したとか、魂を売ったと思われるとか、そんな事は心配しなくて良いのだ。
誰にだって生活がある。
売れることはけして悪ではない。

ラスト曲「OLE」を聴く。
胸に迫るものがある。
まだ若かった父や母の姿が心に蘇る。
狭いお茶の間、貧しい食卓、裸電球、そんな家庭でつかの間の団欒を過ごし、明日もまた頑張って働いた昔の日本を思い出す。
前にも書いたが、昭和歌謡の源流がここに流れている。
ザ・ピーナツや伊藤ゆかりや園まりが、頭の中で紅白歌合戦のステージに立ち、歌いだす。
演奏は小野満とスィング・ビーバーズだ。










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