(297) jazz erotica

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No.297 2015.5.30




<jazz erotica>





リッチー・カミューカ(ts)「jazz erotica」本作の入手に相当苦労した。
と言っても、さすがにこの盤だけを探してレコード店巡りをしたわけではない。
いつも頭の中に100枚くらいのWant Listが入っており、本作も長年その中の一枚だったのだ。
毎日のように私は、頭の中のリストと照らし合わせながらエサ箱(レコードの陳列ケースを何故かそう呼ぶ)を漁っていた。
そんなある日、馴染みの中古店の壁にこれが飾られていたのである。
「!!!(あわわわ・・・)」
この気持ちをお分かり頂きたい。
店主になんと思われようが知ったことではなかったが、あまり見透かされても面白くない。
さり気なく購入するのも大変である。
私は抱きかかえるように彼女を連れ帰り、それから一度たりとも門外へ出したことはない。

国内盤が出たことは多分ないと思う。
そうすると輸入盤になるのだが、これは質の悪いものも少なくない。
特に再発盤は新品でも疵がついていたり、プレスが悪いせいでノイズが発生したりする場合がある。
だからどうしても欲しい重要盤はオリジナルが望ましい。
しかしジャズのオリジナル盤を新品で入手するのは極めて困難だから、廃盤店(中古レコード店)で探すほかない。
こうした事情は多分50年前も変わらなかった筈だ。
しかし私がそれを理解したのは精々この20年くらいの事だ。
レコードは必ず新品で購入すべきものだった。
思えば呑気なコレクターだった。

そういえば本作もウエストコースト物だ。
東海岸のブルーノートやリバーサイドの作品にこういったジャケットはない。
もっとストレートだ。
つまり内容と直結したジャケット製作が東の特徴だった。
本作のようなジャケットはもちろんレコードの中身と何の関係もない。
一体何故こういう事が起きたのか。
理由は簡単だ。
50年代~60年代の東海岸でレコードを買うのは、主に黒人を中心としたジャズマニアだった。
だからジャケットの役割は第一に中身を購入者に伝えるという事だった。
つまり東海岸にはヌードジャケットの需要がなかったのだ。
一方西海岸では、ミュージシャンもそうだが購入層も主に白人で、好意的に言えば彼らはよりソフィスティケイトされたモノを求める人たちだったから、趣味のいいヌードジャケットがよく売れたのである。
率直に言えば、時には売るために女の裸を利用したという事にもなろう。

これは長年の謎なのだが、何故かジャズファンは圧倒的に男性の比率が高い。
そもそもこれが前提となっている。
何れにせよ、同じアメリカでも西と東では随分違うのが分かる。
私は両方認める。
ジャズのレコードジャケットが全部ヌードでは困るけれど、少しなら悪くない。

音作りの傾向も東西でかなり違う。
どちらがいいか、音についてはまあ好みの問題だ。
ざっくり言えば東はよりジャズっぽく、西はオーディオ的。
気候風土の特徴がモロに反映されていると言っていいだろう。
行ったことはないのだが。

本作の美点は何よりもその分かり易さにある。
小難しいところゼロ。
リーダーのリッチー・カミューカを筆頭にコンテ・カンドリ(tp)フランク・ロソリーノ(tb)らが、ウエストコーストジャズのお手本のような、まさに小洒落た演奏を聴かせる。
リッチー・カミューカのワンホーンテイクと多管アンサンブルによるテイクがあり楽しめる作りだ。
「ウエストコーストジャズってなに?」
という人に打って付けだが、問題は入手の困難さか。











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