(294) STANDARD TIME

ウィントンvol3
No.294 2015.5.20




<STANDARD TIME>





先週マイルス・ディビスを一人で一気聴きした。
時間的制約から全部という訳にもいかず、選択的マラソン鑑賞にならざるを得なかったがしかし、これが思った以上に楽しかった。
そして再確認したのである。
スタンダードは色褪せない。
むしろ色褪せなかった結果スタンダードとなったのだと。
スタンダードに成れなかった試みは時に悲惨であり滑稽ですらある。
その点ではウィントン・マルサリスも同様だ。
彼の偉業もやはりスタンダードに限定されるものだ。
ただここで言うスタンダードは少し意味が広範で、だからたとえば「Four」や「Footprints」「Straight, No Chaser」なんかも普通に含まれる。
でも当然「Bkack Codes」や「Knozz-Moe-King」は含まれないので念のため。

マイルスの後でウィントン・マルサリスのスタンダードを聴くのは少しアンフェアな行いかもしれない。
それはある種の後出しじゃんけんのようなものだからだ。
しかしながらウィントン・マルサリスの演奏を割り引いて聴くかと言えば、人間の耳はそんなに都合よく出来ていない。
両者のトランペットには残酷なほどの差があり、我家のレコードとCDとオーディオ装置はありのままにそれを伝えて来る。

ウィントン・マルサリスにマイルスという先駆者があった事は言うまでもない事実だ。
ウィントン・マルサリスは無人の荒野を行きこの地点に立ったわけではない。
それはそうだ。
しかし同時にこうも言える。
マイルスがいなければウィントン・マルサリスというトランペッターが存在しなかったかどうか、それは誰にもわからない。
本当は少しわかるけれど、つまりどうでもいい事なのだ。
それは小型カセットプレーヤーのウォークマンとiPodの関係に似ている。
歴史の事実とはそういうものだ。
父エリスは敬愛するウィントン・ケリーの名を息子につけた。
それを父が望んだかどうかわからないが、しかし息子は父のあとを継いでピアニストになることはなかった。
事実はただそういうことだ。

ウィントン・マルサリスは自らの道を行き、やがて長じ父と共にこのアルバムを残した。
「父さん、おれピアニストになれなくてゴメン」
「マイサン、何を言うか。立派なトランペッターになりおって・・・」
ジャケットに写る親子の表情そのままに、穏やかでくつろいだ上質な時間の流れがここにある。
珠玉の全21曲、なんという大盤振る舞い。










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