(291) 才能のV8エンジン

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No.291 2015.5.11




<才能のV8エンジン>





チェット・ベイカーへのトリビュート盤である。
2000年に出た本作を私は長い間オクラ入りさせていた。
それはストレートに言えばピンとこなかった、もっと率直に言うと好きじゃなかったからだ。
引っぱり出して聴いたきっかけが、前回お話ししたサウンドトラック盤である。
ティル・ブレナーが音楽監督を務めたドキュメント作品を後年DVDで観直す機会があった。
この映画実はドイツ製作で、ティル・ブレナーの起用にはそうした繋がりも当然ある。
だがドイツのジャズミュージシャンは彼一人ではない。

ティル・ブレナーはたくさんのものを持っていた。
クラシック出身のトランペットは常に抜群の安定を見せる。
それを可能にするのは分厚い胸板の堂々たる体躯だ。
トランペッターが音を外さなくなるのは彼がトランペットをやめる時だ、そのように言われるほどトランペットで正確な音程をキープするのは難しい。
だがティル・ブレナーの奏でるトランペットは音を乱す気配も見せない。
如何なる場面にあっても冷静であり、その安定感はウィントン・マルサリスをも上回る。
5リッターのV8エンジンで高速道路を制限速度を守ってゆるゆると行く、そんな余裕を感じさせる。
それが私には面白くなかった。

チェット・ベイカーは自分に才能があるように見せようと頑張った。
実際以上に良く見せるのには大変な努力を要する。
無理が破綻を呼ぶ。
彼の容姿が急速に衰えたのは麻薬のせいばかりではなかったかもしれない。
ティル・ブレナーには明らかな才能がある。
それも尋常ならざる才能だ。
それを隠そうともしない。
彼には普通のことだからだ。
この差は大きい。
加えてご覧のルックスだ。
可愛げがなさすぎる。
本作を拒否する背景にあったのは結局嫉妬だろう。

十数年の時を経て、素直に才能を認め受け入れることが出来る歳に私はなった。
つまりそれはある種の諦観でもある。
ダメダメな人生を呪うのではなく、そういうものだとやっと受容できるまでに私は半世紀の時を要した。
それでもヒップホップ的な作りや、DJの効果音はやはり好きになれないし、チェットを意識しすぎた(いや、意識しているのはマイケル・フランクスではないかとの説もあろう)ボーカルも私はいらない。
とりわけチェットの声をサンプリング音源として使用する事に賛成できない。
唯一ライブ録音が使用されたタイトルナンバーがいっそ一番いい。
これだけが普通のハードバップだ。










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