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(283) FLY WITH THE WIND

fly with the wind
No.283 2015.4.12



<FLY WITH THE WIND>





風と翔べ!
本作がバイト先の店に新譜として送られて来た1976年、ゴキブリが這いまわる薄暗いカウンターの内側で、私はマッコイ・タイナーのメッセージを受け取った。
そうだ、風にのって空を翔べ!
そんな所で何をやっているんだ、おまえは。
血が沸いた。
目頭が熱くなった。
ジャズを聴いてこの時ほど感動したことはない。
ジャズはいつだって少しシュールで常に冷静であり続けようともし、だから受ける衝動はいつも厚目のオブラートに包まれているのだった。
噛みしめてやっと滋味が染み出て来るのが普通だと信じていた。
だからそこへいきなり、こんなド直球を投げ込まれたらどうにかなるのも無理はない。
私は思い切りヨガった。

20年後ある廃盤店で「ECHOES OF A FRIEND」を買ったら、毒舌屋のオヤジが言った。
「へ~今時マッコイが売れるとはな」
自分が売っておいて凄いじゃないか。
多分オヤジはコルトレーンが好きではないのだろうと思った。
だからどうしてもその弟子のイメージしかないマッコイ・タイナーを悪く言いたかった可能性がある。
コルトレーンを声高に批判するのは商売柄憚られるからだ。

もっともこの盤は作風がだいぶ違う。
「ECHOES OF A FRIEND」はマッコイのソロピアノ集であり、師であり友であったコルトレーンに捧げられている。
そのジャケットには新約聖書「マタイの福音」から次の言葉が引用されていた。
「Many are called,But few are chosen」
第22章14節である。
招かれる者多く、選ばれし者少なし。
これだけでは何のことやらわからない。
キリストが天国を王の饗宴に例えて言った言葉であるという。
ある王が多くの人々を宴に招いたが来ないので、兵を送り焼き払って滅ぼし、かわりに他の人々を集めさせる。
その場で礼服を纏わない者を見咎め、この男の手足を縛り暗闇に放り出せと命じる。
そのあとに続くのがマッコイの引用「招かれる者多く、選ばれし者少なし」だ。
更にわからなくなる。
何なんだろうね、これは。
私にはどう解釈したら良いのか、マッコイのソロピアノも含めまったく分からなかった。
廃盤屋のオヤジはそれを見越し、この盤を買おうとした私を止めたのか?

本作の大規模な編成や疾走感や爽快感に私は圧倒された。
そしてその数年前、彼が同じレーベルにこんなモノを残しているとはまったく思わなかった。
宗教の持つ力の根源は巧妙な脅しにあり、そのドクトリンはたいてい死の恐怖につけ込む支配だ。
だから金が集まる。
だが信教の自由を私は否定するものではない。
まさしく自由。
毒ガス撒いたり人様の首を斬ったりして迷惑かけないなら、どうぞ好きにしてもらって構わない。
だが、ジャズに宗教を持ち込むのだけは止めてもらいたい。
「ECHOES OF A FRIEND」は、マッコイ・タイナーをどうしても探究したい人以外に私はあまり薦めたくない。

それでは本作に宗教的な要素がまったくないのか、私はその点について断言できない。
しかし少なくともマッコイ・タイナーは音楽家の立ち位置から本作に向かっている。
それを商業的と非難する人もいたが、私は違うと思う。
けして聴衆に媚びている訳ではない。
本作の持つ美しいハーモニーは、純粋に彼の精神性との共鳴によって生み出されたものだ。
その方法を彼はコルトレーンから学んだ。
それだけは間違っていなかった。
マッコイ・タイナーは熱心な回教徒であり、今尚現役のジャズピアニストとして活躍している。










echoes of a friend















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