(23) クール ストラッティンはマクリーン名義で

クール
NO.23 2011.12.5




<クール ストラッティンはマクリーン名義で>






この作品を評価できなかったアメリカという国をどのように評価すべきか。
どうでもよい事なのかもしれないし、看過できない事なのかもしれないが、むしろ本作を正当に評価した我が国のジャズ関係者をこそ褒めるべきだろう。
1958年の録音で最初に入ってきたのがいつの事かわからないが、60年頃だろうか。
当時私は小学校にも上がっていない。
日本はまだまだ貧しく、トイレはくみ取り、暖房は石炭ストーブ、道路は砂利道だった。
記憶にある舗装道路は国道だけで、そこから排ガスの臭いをまき散らすオンボロバスに揺られて行く街の中心部には、道端に傷痍軍人が並び物乞いしていた。

そんな時代に本国ですらまったく話題にもならないような、このレコードに注目する人たちがいたのである。
日本人はいつも腹を空かしていた。
コーヒー代に回す金があるのなら何か食べたくても、それをグッと我慢してジャズ喫茶へ行き本作をリクエストした人もいただろう。レコード、それもブルーノートの輸入盤を自分で買い、自宅の装置で聴くなどというのはまだまだ違う世界の話だ。

自分自身がそうだったせいもあるだろうが、ジャズファンが豊かである印象はその後も長く感じられなかった。
1975年頃私はジャズ喫茶でバイトしていた。
大学前の店で客の多くが学生だった。
貧しい身なりの彼らは栄養が行き届いている風には見えなかったが、それでもジャズを聴きに集まって来るのだった。
コーヒー代などに散財するのを嫌い、店の数少ない食物をメニューから選択する者も多く、トーストなどを頼んで彼らはそれを水で流しこみ、何時間も店にネバッた。
今の学生でジャズを聴く人などそういないという。
日本は少し豊かになり、ジャズが文化の一部だった時代はいつの間にか終わっていた。

洋風幕の内弁当というのがベントスのメニューにある。
あれこれたくさんの種類のオカズが入った幕の内弁当は、日本人の好むところだろう。
その洋食版が洋風幕の内弁当であるが、本作は洋風演歌とでもいうべき作品の一つだと思う。
ブルーノート諸作を始めとするハードバップ全盛期の作品には、意外と演歌調のメロディラインを持ったジャズメンのオリジナルが多数ある。
昭和の日本では随分それらを参考にした、はっきり言えばパクッた歌謡曲が作られた。
だからハードバップは昭和歌謡の源流とも考えられる。
日本人好みの、しっとりした哀愁を湛えたメロディの宝庫なのである。
もしかしたら、そういった所が発表当時この大名盤が本国で無視された原因なのだろうか。
日本人には分からないことであるが、もったいない事をした。
それは間違いない。
何故ならこのレコードについても、そのせいで程度の良いオリジナル盤が極めて品薄だからだ。
私が今聴いているのは20年以上前に買った輸入盤であるが、多分リバティ時代のものだ。
本作をマクリーン名義で整理した点について、ソニー・クラークに申し訳ないと多少なりとも感じているが、個人的にはどうしてもマクリーンのレコードになる。











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