(212) 三つのチャレンジ

lem winchester
No.212 2014.10.11



<三つのチャレンジ>




『最初のチャレンジ』

黒人警察官レム・ウィンチェスターは時折、クラブでジャズメンのバイトをしていた。
彼の楽器はビブラフォンである。
ビブラフォンと言えば、あまりにも有名なのがミルト・ジャクソンだ。
その他、ライオネル・ハンプトン、ゲイリー・バートン、ボビハチ等いるにはいるが、ミルトを富士山に例えれば他は丘くらいの印象になる。
それくらいミルトの存在が巨大であり、また、この楽器の需要そのものが限定的だった。
つまり、サッカーのゴールキーパーだ。
正キーパーのミルト以外、滅多に出番なしの状態だと思えばいい。
そんなビブラフォン奏者の現状を知っていたレム・ウィンチェスターであったから、正業は警察官と決め、ビブラフォンの方はあくまでもバイトと割り切っていた。
だが、彼もまた間違いなく音楽を愛する者のひとりであった。
好きな道で生きて行けたなら、どんなに充実した人生になることか。
そしてプロ並みの演奏技術を持っていたことも事実であった。
オレはこのまま一生を警官で終えていいのか。
人生を終える時、オレは後悔せずにいられるだろうか。
ありがちな煩悶を繰り返し、レム・ウィンチェスターは遂に決意した。
よし、音楽で食っていこう。
もしもダメならまた警官に戻ればいいんだ。


『二番目のチャレンジ』

巨峰ミルト・ジャクソンと同じようなスタイルでは到底勝ち目はない。
そこでレム・ウィンチェスターは、硬めのマレットを使用し、より硬質な音を出した。
また、ペダルを多用せず、ビブラートを少な目にした。
彼の演奏は粒立ちのはっきりした音が特徴となった。
そうして自分の個性を確立し、彼はミルトに挑戦状を叩きつけたのである。
ミルト作品にサヴォイ盤の「オパス・デ・ジャズ」がある。
最高傑作ともいわれるこの盤は、1955年に吹きこまれている。
フランク・ウェス(fl,ts)、ハンク・ジョーンズ(p)、エディ・ジョーンズ(b)、ケニー・クラーク(b)以上がサポートメンバーだ。
レム・ウィンチェスターはこれと同じメンバーでの録音を企てた。
それが本作、その名も「アナザー・オパス」である。
1960年の事だった。
ただ、ドラマーのケニー・クラークはその時既に欧州へ移住しており、やむなくガス・ジョンソンを代役とした。

この勝負の行方について、私はここでジャッジしない。
それは聴く人それぞれが決めることだ。
両方好きならそれでいい。
現在では両作とも、廉価版CDで入手可能な筈である。


『最後のチャレンジ』

レム・ウィンチェスターがこの世界で有名なのは、実はこの「最後のチャレンジ」によるところが大きい。
何故彼がそのような行動に出たか、はたして正気だったのか、それも含め本当のところはわかっていない。
ヤクだったかもしれない、酒だったかもしれない、鬱病が原因だったかもしれないそれは「アナザー・オパス」の約半年後、1961年1月の事だった。
その時彼はあるクラブに出演中で、悲劇は突然その店内で起きた。
映画「ディアハンター」で有名になったロシアンルーレットをご存じだろう。
リボルバータイプの拳銃に一発だけ弾を込め、弾倉を回転させてのち、自分のこめかみに銃口を当ててトリガーを引くあれだ。
レム・ウィンチェスターは何ゆえか、周りの者が制止する前であれをやったのだ。
本当になぜなんだ?

六分の一の確率が一回目に来た。
店内に銃声が響き渡り、火薬の臭いと血飛沫と脳漿と悲鳴が充満した。
33歳の若さであった。
その日は13日の金曜日だったという。









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