(191) ある時代

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NO.191 2014.9.17



<ある時代>




BLUENOTE 4345番 ジャッキー・マクリーン 「Demon's Dance」。
1967年にルディー・バン・ゲルダーの手で録音された。
ブルーノート4000番台後半ともなれば、様々に怪しくなってくる。
特にジャケットだ。
あれだけかっこよく、ジャズっぽかったブルーノートの、これが本当に同じレーベルのジャケットか?
様々に怪しいとはいえ、これほどのものは他にない。
ジャケットデザインは「Bob Vanosa」とクレジットされている。
ところが該当する人物が見当たらない。
試しに検索すれば、代わりにヒットするのが「Bob Benosa」または「Robert Benosa」だ。
BobはRobertの愛称であるから同じこと。
どうも「Vanosa」は誤植のようである。

では「Robert Benosa」とは何者であるのか。
マイルス・ディビスの「ビッチェズ・ブリュー」、サンタナの「天の守護神」をデザインした「Mati Klarwein」の弟子。
それが「Robert Benosa」だ。
そのような話なら作風が似ていると納得がいく。
ではなぜ弟子かと言えば、それは間違いなく予算でしょう。
そしてなぜこれがジャケットに採用されたかと言えば、時代としか言い様がない。

本作が録音された1967年といえば、あのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドが録音された年だ。
この作品に収録されたルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズを頭文字で表記すれば、作者のジョン・レノンは否定しているけれども「LSD」となる。
サイケデリック・ムーブメントのピークだったのがこの年なのだ。
この波動の前にはブルーノートですらこの有様だった。

しかし、ジャケットはこの有様でも、中身はいたってマトモ。
少なくともハード・バップの範疇に収まってはいる。
ジャケットの事はとりあえず忘れて、聴いてみてほしい。
本作を代表するのは一曲のみだ。
B面一曲目、「SWEET LOVE OF MINE」本作でトランペットを吹いたウディ・ショウが書いた名曲である。
この曲が万一存在しなければ、私は本作を全否定したかもしれない程の有名曲だ。

私にとってジャッキー・マクリーンとは、このジャズという音楽を象徴するほどの存在である。
それはこの国を象徴するとされる○○とかの比ではない。
それについて私は一度たりと相談を受けた覚えがない。
だから私を「総意」にカウントするのはどうか勘弁して頂きたい。

・・・ともかく、マクリーンは本作を最後にブルーノートを去る。
そればかりか、ミュージシャンを辞め、1972年にステイプル・チェイスにモントルーのライブを吹き込むまで姿を消した。
その5年間、マクリーンはコネチカット州で教師をしていたということだ。
何故そのような事になったか、私は最早語る必要がないと思っている。
もちろん本作のジャケットが気に食わなかった、なんて理由ではないのだ。

70年代となり、マクリーンは再び活動を開始した。
だがそれはかつての輝きを取り戻したという意味では無論ない。
2006年3月のこと、5年間教師をしていたと伝えられるコネチカットでマクリーンは亡くなった。
享年74歳。
長生きしたな。
よかった。




ついでだから、今日はもう一つ話したい。
明日でも明後日でも良いだろうが、早い方がいいと思う。
文藝春秋10月号の記事についてである。
ご覧になった方も多いと思う。
衝撃的な話だった。
今どき、種々報道される話がどれくらい信憑性があるかなんて、もう誰にもわからなくなっている。
国家が国民に伝える情報ですらが同様だ。
それはあの戦時、実際になされた大本営発表を見るまでもない。
情報とは発信する側の都合というバイアスが、常にかけられているものだ。
ではあるが、私はこの話を看過できるものではないと思う。

北朝鮮による拉致事件。
実は中国が大きく関与しているというのだ。









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