(166) Newtype

呼吸
NO.166 2014.7.26



<Newtype>



Shima&ShikouDUOが自主レーベルMOS soundからリリースした2012年作品。
現在本作が彼らの最新作ということになる。
山梨県見延町の総合文化会館に機材を持ち込み、一発録りされたホールトーンが美しい好録音盤だ。
そしてMOS soundレーベル第一弾ということもあり、力の入った作品となった。
今まで聴いた中では最も「芸術」寄りのアルバムである。
普通の流れだと、しばらくはこの路線で行きそうに思う。
だが、けしてそうはならない。
翌2013年にMOS soundより個人名義で出されたのが「名曲を吹く」なのである。
「名曲を吹く」、このアルバム冒頭に持ってきた曲は、なんと「椰子の実」だ。
名も知らぬ遠き島より、流れ寄る椰子の実一つ・・・島崎藤村の作詞で有名な童謡、日本人なら知らぬ者とてないあの曲である。

本NOTEの(29)<ランプローラーと月の砂漠>で和田誠監督の映画「真夜中まで」を紹介した。
作品中ライブの客として友情出演した大竹しのぶが、主人公のトランペッター真田広之に「月の砂漠」をリクエストするシーンがある。
客のリクエストに対してトランペッターは、ジャズだからね童謡はやらない、と断る。
ちょっと不可解なシーンなのだが、まあ、百歩譲って分からなくもないとしよう。
もっとジャズっぽく聴こえる曲はなんぼでもあるからだ。
だが、島さんは童謡を吹く。
それもメロディーを崩さない。
ジャズメンは原曲のメロディーを崩したがるのが普通だ。
崩してナンボ、それがジャズ、そういった傾向が確かにある。
島さんは崩さない。
原曲の持つ美しいメロディをいつくしむように。
ひとつ間違えば、ニニ・ロッソ的なものになる恐れだってなくはない。
だが、彼にはそんなことにはならない自信があったと思う。
ところで彼が「名曲を吹く」で演ったのは「椰子の実」だけではない。
「Here There and Everywhere」「ふるさと」「Englishman in New York」「この道」、
そして前に紹介した「Ink Blue Rhapsody」。
もちろんジャズも演っている。
「The Day of Wine & Roses」「Night in Tunisia」「Song My Faether」「黒いオルフェ」、
それらの中に「椰子の実」などなどがちりばめられている。
ごく自然なかたちで。

翌年つまり今年だが、島さんがMOS soundからリリースしたのは「Hardbop Reviver」だ。
「Moanin'」「Airegin」「Sister Sadie」ハードバップのヒットメドレーである。
口うるさいジャズ関係者から批判を受ける可能性は当然あった。
容易に想像がついたと思う。
だが、島さんにはそんなの関係ない。
去年は「椰子の実」、今年はハードバップが演りたくなった。
演りたい曲を演りたいように吹く、それだけだ。
まさに「ジャズもやるけど、特にそれだけじゃないよ」。

「GQ Japan」の2000年8月号が手元にある。
その時の特集が「トランペッター不良論」で、寺島靖国氏が一文「不良の引力」を寄稿されていた。
氏が何故ジャズが好きかと言えば、不良の音楽だからだ、と言うのである。
自分はどちらかと言えば優等生に属する男という自覚で、それが面白くない。
一度でいいから不良をやってみたいがダメだ。
だから氏はジャズを聴いて不良になったつもりでいるのだ、と言う。
なるほど、と私は思う。
私もそうだからだ。
ただし、間違っても優等生などではないのだが、間違いなく不良ではない。
断っておくが、ここで言う「不良」とはチンピラのことではない。
それは「いなせ」ということだ。

一方でトランペターと言えば、モダンジャズにおいては絶対的エース、つまり花形だった。
ピアニストがどんなに美しいソロを弾こうとも、テナーサックスがどれほどむせび泣こうとも、次にトランペッターが仁王立ちでワンフレーズ吹けば、喝采は全て彼のモノ。
それがトランペッターだった。
だが、島裕介にはそういった意識を感じない。
音楽の中で常にバランスを取っている。
変な力みが一切ない。
おそらくステージで、自分が花形役者だとは思っていまい。
そうなのだ、彼は、彼らはと言ってもいいが、ジャズを含め音楽のすべてを知っている。
ジャズは特別な音楽なんかじゃないと知っている。
音楽のすべてが見えている。
そのうえで、彼らなりにジャズが好きなのだ。
彼らは新世代のミュージシャン、ジャズのアムロ・レイだ。

私の島裕介研究もそろそろ、それなりの結論が見えて来たようだ。
島裕介という人はもちろん「不良」ではない。
むしろ優等生タイプだと思う。
知的であり、クールであり、きわめて有能である。
それはトランペッターとしてばかりではない。
昔、中村八大というジャズピアニストがいた。
あの「上を向いて歩こう」の作曲者としても有名である。
島裕介は平成の中村八大になる可能性すらある。
ただ、ジャズという狭いジャンルで括れば「遅れてきた青年」かもしれない。
それは事実だ。仕方がない。
60年前に存在していたらどんなだっただろう。
そんな想像もしてみたりする。
いやいや、勝手なことを言うな。
彼は現代において、大きな輝きを放っているのだ。

島裕介の音楽は力強く華麗だが、優しさに溢れている。
それはニュータイプの「いなせ」である。















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