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(165) 整 理

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NO.165 2014.7.23



<整 理>



現在我家にあるCDとLPの総タイトルは3千を超える。
実際にはこの数、音楽好きならそれほど珍しくもないと思う。
ただ困る事が二点あり、一つは物理的キャパがほぼ限界に近づいているという事だ。
これを意識するというのもあって、購入の勢いは明らかに落ちた。
以前のように、やみくもに買うような事はもうない。
もう一つ困るのは、聴きたいものがどこにあるか分からなくなるのだ。
ない、となったら本当に出てこない。
小一時間探しても見つけられない事がザラにあった。
それは結構いい加減に探しているせいだ。
決めつけによって見落としている。
これは他のことでも有りがちな話なのだが、探し物は結局、何度も探した場所から発掘される。

あるとき閉口して整理を決意した。
リストの作成である。
同時にアルバム本体にナンバーのシールを貼った。
この作業を行ったのは10年くらい前からだった。
しかし、構想に欠陥があり、後から増えるモノを始末に負えなくしてしまった。
とうとう限界に達したと見た妻が「やり直そう」と言い出したのである。
割り振るナンバーのルールを変え、気の長い作業が先日スタートした。
新ルールにより、CD棚の先頭に来たのが本作である。
生誕250年にあたった2006年、モーツァルトをジャズ化したアルバムがたくさん出た。
私は本作が我家に存在することなど、すっかり忘れていたのである。
第一次整理後、一度も聴いていない可能性がある。
では、この機会に聴いてみるのかと言えば、それもしない。
ただ棚にささっているだけ。
一々手を止めて聴きだしたら本当にこの作業、いつ終わるかわからなくなる。
というのもあるが、正直に言えば私にとってもう一度聴く気にならない音楽なのだ。
これを世間では「不要」という。
そうしたものが恐らく、いつ終わるか不明なこの第二次整理で大量に出てくるだろう。

今月の文芸春秋に「終活」の事が書かれていた。
人生の終わりに向けて、少しずついらない物を整理しなさい、というものだ。
それはもちろん捨てるないし売るという事だ。
親が捨てられなかったものを子供が捨てるのは更に難しい。
だから自分の始末は出来るうちに自分で、というのである。
これは究極の「整理」だ。
私はこれまで、買ったことはあるがLPやCDを売ったことがない。
まして捨てるなど。
私にそれが可能だろうか。
まったく自信がない。

ところで先日報告した「オスプレイ」であるが、
「自衛隊は遠からずこれを大量に調達するだろう」といった話をした。
だがもう一年も前、すでに導入が決まっていたみたいです。
知らずにしたり顔で勝手なことをほざいておった訳です。
この類のことも、間違いなく相当数あるのだろうな。
そう思うと少しイヤになった。














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