(158) マリアナ

mariana.jpg
NO.158 2014.7.9



<マリアナ>



35歳で世を去ったジョー・ゴードンが、亡くなる2年前コンテンポラリーに残した最後の作品。
本作はコンテンポラリーらしく録音も良好で、作曲家としても良い仕事を残した彼のオリジナルで固められている。
中でも「マリアナ」のもの悲しい哀愁を帯びた旋律は、忘れる事の出来ない私的名曲のひとつとなっている。
ジョー・ゴードンにとってのマリアナとは何だったのか私は知らない。
だが、私にとってマリアナで想起される第一のものは、マリアナ諸島で起きたマリアナ沖海戦だ。

1944年6月、既に敗色濃厚となりつつあった日本に対し、アメリカ軍機動部隊はサイパン島上陸作戦に先立ち、マリアナ諸島への進攻を開始する。
ここを取られたら、東京が戦略爆撃機B-29の攻撃圏に入る。
帝国海軍は総力をあげ、これを阻止すべく対峙した。
この時の日本の航空作戦が有名なアウトレンジ戦法である。
我が国航空機の長い航続距離を生かすべく、アメリカ軍機の作戦空域外に空母を配し、そこから航空攻撃をしかけるというものだ。
日本機は片道3時間近い距離を飛行し、アメリカ機動部隊に迫ろうとした。
だが、この時点で日本軍は既に熟練パイロットの多くを失っており、多くが未熟な搭乗員だった。
加えてアメリカはレーダーを完全に実用化、友軍機を的確に誘導し日本軍航空隊を圧倒した。
撃ち漏らした日本軍機を待っていたのは、アメリカ機動部隊対空砲のVT信管という新兵器だった。
これまで高速で移動する航空機に対し、水上戦力の対空兵器を命中させることは極めて困難だった。
このVT信管は命中せずとも電波により相手機を察知、近距離で爆発し撃墜するという画期的なものだった。
これにより我が国は作戦参加した艦載機、400機近くのほとんどすべてを失い、あまりの容易さからアメリカ軍に「マリアナの七面鳥撃ち」と揶揄される始末だった。

本日早朝、ブラジルでこの七面鳥撃ちの惨劇が繰り返された。
テクノロジーの進化は作戦を変えさせる。
そしてその戦訓が後日の戦いに生かされていく。
ブラジルが受けた傷はあまりに深かった。
下を向くなと言っても、それは無理だ。
日本人の私ですら、あまりの事に全身の力を失った。
だが、いつかきっとこの日の屈辱が生かされ、再び立ち上がる日が来るだろう。
勝負事に勝敗はつきものだ。
だから面白い(もちろん戦争は除外)。
ブラジルの皆さん、落胆するのは無理もないが、あまり度を過ぎた事にならぬようお願いします。









スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

バロン ド バップ

Author:バロン ド バップ
音楽がある限り

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ
最新コメント
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
"Count" Basie