番外編 ㉔ 横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.3

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<横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.3>



横須賀から横浜へは東京方面に30キロ弱、京急で30分程度の移動になる。
写真は横浜で滞在したホテルの前に係留されている退役練習船「(初代)日本丸」だ。
日本丸は昭和3年に日本で建造され、多くの商船乗組員を育成したご覧のとおりの美しい帆船である。
現在は二代目が就役中で、次世代の船乗り育成に活躍している。




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上の写真が宿泊先のホテルが入ったランドマークタワー。
あべのハルカス以前は日本一背の高いビルだった。
フロントは一階にあるものの、客席は52階から上で、我々の部屋は58階だった。
エレベーターで上がっていくと、気圧の変化で耳が遠くなる。
特に妻はこの変化に弱く、毎回耳抜きに苦労していた。



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部屋からの眺望だ。
窓の下を雲が流れていく。
遠く大桟橋に大型客船が停泊しているのが見える。




18横浜


夜景だとこうなる。
この日は70階(最上階)のレストランを予約し、妻の友人と娘さんをご招待した。
滞在したフロアーよりも更に12階上という事だが、景色が更に素晴らしいかと言えばそれほどの事もない。
ここまでくればもう大差ないということか。
それよりも、私はこのレストランが当ホテルのメインダイニングだと勝手に決めつけていたが、実は68階にあるフレンチレストランの方がメインであると後でわかった。
良く調べなかった当方のミスだが、このホテルでは館内の案内があまりしっかりしていない。
自分でネット等勝手に調べてくれ、というようなスタンスは少し不親切だ。




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ランドマークタワーに隣接する二軒の輸入車ディーラー。
右がフェラーリ、左はロールスロイスである。
私の町でこういう店は成立しない。
ここは豊かな土地なのだろう。
事実、ホテルの車寄せに、ガンメタのフェラーリ458が無造作に停められていた。
ガンメタの選択が実にさり気なく見えた。
一点豪華主義的買い物なら、フェラーリは赤かせいぜい黄色あたりになるわ、妻がそう言った。




9横浜


街を散策する。
これは水上バス。
乗る機会はなかった。




15横浜


ホテルの部屋から見えたイギリスの豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」。
世界一周の途中に寄港したものか。
この船は日本で建造したものだ。
戦艦三笠とは逆の展開。
日本の建艦技術は飛躍的に進歩したのだ。
もはや造ろうと思えば正規空母だって楽勝だろう。
ところで豪華客船の船旅にはちょっと惹かれるものがあり、いつかリタイアしたら考えようかなぁなどと思ってもいた。
だが、セウォル号事件で一気に熱がさめた格好だ。
あの事件が世界中に報道され、クルーズ業界に与えた影響はきっと小さなものではあるまい。




横浜20


横浜にあるのは民間の施設・民間船だけではない。
上は海上保安庁の横浜基地と展示施設。




14横浜


巡視船「しきしま」が係留されている。
写真ではよく識別できないが、「しきしま」は二連機関砲を装備し、ヘリ搭載可能な世界最大の巡視船だ。
つまりこの艦は結構強力な兵器である。
自衛隊はもとより、このような装備・兵器を備えた組織が「憲法9条」で規定する戦力ではない、とする見解に私も到底納得できるものではない。

そこで今話題となっている「集団的自衛権問題」についての私見を、私にも少し語らせてください。

戦力とは外国(場合によっては国内)の軍隊およびそれに準ずる集団に対し、組織的に対抗可能な武力である。
だから拳銃等持つとはいえ警察組織は戦力ではないし、組事務所に隠してあるヤッパやハジキも違う。
だが自衛隊は明白な戦力であり、海上保安庁(諸外国においては沿岸警備隊、コーストガード)も戦力だ。
これを違うと言い張る人と、私は絶対友達になれない。
では日本は、憲法が禁じたこのような戦力を何故持つに至ったのか。
そもそもアメリカは、憲法9条という形で何故日本に戦力保持を禁じたのか。

米英は戦争前から(!)戦後の日本とドイツの扱いについて検討していた。
それは徹底的な武装解除というもので、特にアメリカは日本に対して厳しい見方をしていた。
それは自らが嫌がる日本を無理やり開国させ、結果としてバカげた軍事大国へのレールに乗せ、太平洋を挟んでの軍事的対峙に至らしめた深い後悔の念があったからだ。
だからこの際徹底的に叩き、二度と軍事的に立ち上がれない国にしようという強い決意を戦前既にもっていた。
問題はそのケンカをどうやって始めるか、それだけだった。
ひとたび戦端をひらけば、負けるわけがない事は明らかだったが、アメリカは一応国民主権の民主主義国家なので、国民が納得しない戦争を勝手に始めるのは問題があった。

当時、アメリカは日本軍の暗号を完全に解読しており、いずれ帝国海軍連合艦隊がハワイに来襲するのは当然察知していた。
わからないのはその時期だけで、来るなら早く来い、その攻撃を甘んじて受け国民を説得する材料にできるだろうと考えていた。
だから真珠湾には退役間近かの旧式戦艦しか停泊しておらず、大事な空母は不在だったのだ。
このあたりの話は諸説あり、多くの識者が様々語っているが、私も大体そんなところだろうと思っている。
アメリカにとって真珠湾など安い出費に過ぎなかった。
これを戦略という。
日本は真珠湾攻撃という戦術に勝ち、戦略的に負けた。

有名な「ハルノート」という厳しい内容の対日要求があるが、これを書いたのは実際には国務省の官僚で、それを見せられたハルは「こんな事を言えば日本と戦争になるぞ」と言った。
それに対しそのゴーストライターは「それで良いのです。それが大統領のご意向ですから」と言ったという。

長くなりそうなので、多少とばすが、こうして日本は戦争に負け、軍隊・戦力を持てない国にされた。
戦争に負けるというのはそういう事だ。
そのような例は歴史上いくらでもある。
そんな日本に再軍備の風を吹きつけたのは、共産勢力の台頭・東西冷戦の流れだった。
戦勝国アメリカの事情が変化した、それだけの話である。
それまで吉田茂氏は、個別的自衛権すら否定していた。
あたりまえの話だ。
憲法にそう書いてあるのだから。

「三百代言」という言葉がある。
簡単に言えば詭弁だが、この時に日本政府は道を誤ったと思う。
憲法解釈を詭弁を弄して歪め、再軍備を急ぐべきではなかった。
真っ向から憲法改正に挑み、議論を尽くして再軍備しておれば、今日のような恥ずかしい事態はなかっただろう。
憲法とは国民一人ひとりのものだ。
だから小学生にでもわかるような内容でなければならない。
日本の大人は、憲法が抱える大矛盾を子供たちに説明できるか?

そもそも軍隊・戦力を持たない国家などというものが存在し得るわけがない。
どうやって自国民を侵略から守るのだ。
昔、元という国が日本に攻めて来た。
実はこの時、日本には軍隊がなかった。
平安貴族が廃止してしまったからだ。
貴族にとって軍隊は汚らわしいもの、目にするのもイヤなものだった。
だから自分たちを警護する北面の武士等わずかな例外を除き、日本には国軍が存在しなかった。
そのままでいけば、日本は元のほしいままに蹂躙されるだけだったろう。
それを救ったとされる鎌倉幕府とは国の正式な組織ではない。
当時の憲法に当たる「律令」のどこにも書かれていない私兵に過ぎない。
憲法にない戦力が日本を救ったのである。
ちなみに「律令」は中国から輸入したもので、自主制定憲法ではない。

日本は昔からそういう国だった。
自衛隊や海上保安庁の存在が憲法解釈の変更でクリアー出来るのであれば、集団的自衛権の行使容認などものの数ではなかろう。
気にする事などない、全然オーケーだ。

だいぶ長くなってしまった。
国家的戦力である海上保安庁が敵の侵略を防いだ例が横浜にあった。
次回それをご紹介します。





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