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(155) 命まで取らない 

honnda1
NO.155 2014.6.27



<命まで取らない>



本作も日本のジャズ史に残る名盤の一枚だ。
40年以上も前の作品だが、録音も非常に良い。
本田竹曠はとても力強いタッチのピアノを弾いた。
ピアノの弦がしばしば切れてしまう程であったという。
私はレット・イット・ビーの前奏をなんとか弾けるのが関の山であるから、それがどれほどの事かよくわからないけれど、トミー・フラナガンやレッド・ガーランドが演奏中に弦を切った話は聞いたことがない。
だから憶測で語る以外ないが、もしかしたらその当時の本田は随分と気負いこんでいたのかもしれない。
後年、ネイティブ・サンなどと、相当柔らかい事にもなった本田であったから。

本田宗一郎さんは、しなやかで強靭な人だったという。
F1グランプリでのあまりの強さに閉口したFIA(サッカーで言えばFIFA)が、ホンダ封じのレギュレーション変更(ターボ禁止)を断行した時の事だ。
スタッフが本田宗一郎氏の所に行き、露骨なFIAに抗議してもらおうとターボ禁止措置が出た旨報告したという。
本田さんは開口一番「ターボが禁止されたのはうちだけか?」ときいた。
そんなわけはない。
「なら大丈夫だ。ばかなやつらだ。それならうちはターボなしで最高のエンジンを作るだけだ。で?話ってのは何だ?」
そんな本田宗一郎に憧れ続けたアイルトン・セナが、初対面で感激のあまり号泣したのは有名な話である。

もう一人の本田。本田圭佑は少し入れ込み過ぎたのだろう。
内心は不安だってあった筈だ。
だからそれを打ち消そうと、大きな事を言って自分を鼓舞した。
長友の会見を見て、彼らも今どきの日本人の若者であると納得した。
心に柔らかく、それゆえ弱く傷つきやすいところを抱えている。
それを自分が一番よくわかっているから、出来るはずがないと知りつつの「優勝」発言で自らトランス状態になろうとした。
イングランドでは若い選手が次々に代表を辞退するという。
イングランドの世代交代がうまくいかず、まさかの予選敗退を呼んだ原因はそんなところにもあった。
サッカーの代表とはそれほどの重圧がかかるものなのだろう。

硫黄島で戦った日本代表は壮絶な消耗戦をアメリカ代表に課し、初めて死傷者数でアメリカに勝った。
栗林忠道中将はバンザイ突撃をけして許さず、徹底した持久戦でアメリカ海兵隊を苦しめたが、守備隊は最終的にはほとんど戦死した。


長友よ、内田よ、お疲れさんでした。
ゆっくり休んでください。
そうしたら、またいつか日本のために戦ってほしい。
サッカー日本代表も時には苦しいだろう。
だが、誰も命までよこせとは言わない。















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