(13) When Your Lover Has Gone  恋去りしとき

エディ
NO.13 2011.11.25




<When Your Lover Has Gone  恋去りしとき>






1994年の録音で、これがオリジナルジャケットだ。
ビーナスから再発されたわけのわからないジャケットとどちらが良いだろう。
非常に微妙である。
この後エディ・ヒギンズはビーナス原氏によって日本でのカムバックを果たしてゆく。
本作はそれら諸作よりも若い分タッチにキレがある。
だが、彼はほとんど無名であり、フロリダのホテルラウンジなどで細々と活動を続けていたようだ。
自分のアーチスト人生も先が見えたと感じた日もあっただろう。
それが後日、日本で突然売れたのだから、本人も驚いたに違いない。
人生わからないものだ。

テナーのジョン・ドーテンという人は本職がコンピューター関係の仕事だそうで、そうした事はジャズの世界では特別珍しい話ではない。
そして様々な意味で気分の良い話ではないのもまた事実である。
なろうと思えば楽に成れたというテニスコーチを選ばず、スーツを着て仕事がしたかったと語った知人を思い出した。
思えばこれを買った当時私はCDのヘビー・リスナー(というかヘビー・バイヤー)だったが、棚が満タンになったとの理由により購入をためらうというのもいかがなものか。
気分の良い話ではない、という意見も当然聞こえてきそうな感じだ。

これを聴きながら島田荘司氏のエッセイ集「ポルシェ911の誘惑」を読んでいる。
エディ・ヒギンズは読書の邪魔をしないのが美点である。
この本が書かれたのはプラザ合意(85年)の頃で、本作よりもさらに時代が遡っている。
その頃日本は今よりもずっと楽天的で元気があり、ベルリンは西と東に分かれていたし、北京市民の主たる交通手段は自転車であった。
四半世紀の時を経て、いまや冷戦はとうの昔に終わり、日本は中国の後塵を拝しかねない有様となっている。
時代というもの、時の流れというものの凄さをつくづく感じさせる。
中国繁栄のきっかけを作ったのは鄧小平による市場経済化であった。
そして日本不調の始まりは総量規制や金融引き締めによる急激な信用収縮によったのであるが、どちらもやってみるまで結果など分かりはしなかった。

物事は理屈通りにゆくものばかりではない。
その点では今のEU問題も同様で、どのような方向へ行き、どう収束するのか今の段階では誰にも分らないといった方が早い。
それはTPPも同じことだ。
さあ、どうする?











スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

バロン ド バップ

Author:バロン ド バップ
音楽がある限り

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ
最新コメント
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
"Count" Basie