(264) 音楽は平和を救えるか

cooking the blues
No.264 2015.2.3



<音楽は平和を救えるか>




ヨルダン空軍のF-16戦闘機がラッカ上空で撃墜され、パイロットのカサースベ中尉がアラブゲリラに拘束された頃、フロリダの病院で本作のリーダーであるクラリネット奏者バディ・デ・フランコが亡くなった。
昨年12月24日のことである。
二人にとって有難くないクリスマスイブとなった。
バディ・デ・フランコは91歳だったという。
ジャズメンにしては珍しく長寿だった。

今回の事件で一番衝撃的なのが、F-16(ファイティング・ファルコン)の撃墜である。
多少古くなったがまだまだ現役の機体で、西側陣営の空軍において主力戦闘機として制式採用されているものだ。
我が国のF-2支援戦闘機(戦闘攻撃機)は様々の事情から、このF-16を母体として開発された。
それがゲリラに撃墜されたのだ。
おそらくは遁走した新イラク軍から鹵獲したスティンガーミサイルなどの歩兵携帯型対空ミサイルか、同種のミサイルを装備した戦闘車両などによって実行されたものと思われる。
落ちているものを拾ったというだけなら驚くことではない。
驚くべきは彼らがそれを使いこなし、正規軍の主力戦闘機を撃墜した点にある。
カラシニコフを使いこなす自信すら私にはない。

彼らの行いの善悪がどうであれ、相応の実力を伴った勢力であり、ただのゲリラや過激派などではすでにない。
その勢いはピークを過ぎたと言われるが、無力化が可能かどうか不明だ。
仮に将来無力化できたとしても、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。
空爆だけですべてを制圧するのは難しく、最後はどうしても地上戦が必要になる。
しかし先進国の軍は地上部隊の投入を嫌がる。
歩兵の命が高いからだ。

そして将来完全にこれを制圧出来たとしても、人を変え場所を変え時を変えて同種の勢力が必ず台頭するだろう。
差別や貧困を根絶することが困難であり、何世代にも渡って膠着状態にある格差を解消できず、世界中に不満が貯まる一方となっているのだから。

ゲリラの手が長くそして強靭となった今、この先どのような事が起きるか想像がつかなくなっている。
現在考え得るあらゆる準備をするしかない。
例えば、あらゆるインフラがテロに対して非常に脆弱なこの国で、先ずは原発への対空ミサイルの配備が急がれる。
新千歳空港を離陸した777が泊原発に突入してきた時は、ためらう事なく撃墜するしかない。
他に選択肢はない。
ためらえば北海道は終わりだ。

一か所につき大隊規模の地上戦力の展開も必要になる。
敵は必ずしもゲリラや過激派に限らず、彼らの挑戦がいつどこから来るのか誰にも分からない。
これらのコストに耐えられないなら、もはや現有原発の存在自体が許されない。
これは再稼働するかどうかに無関係だ。
たとえ再稼働せずとも、そこに無防備の原発があるだけで、この国にとって非常に大きな脅威となるだろう。
内部に致命的な被害を及ぼす量の核物質を抱えた原発は、その存在自体がとんでもなく危険な巨大火薬庫であるからだ。


長くなった。
音楽に戻ろう。
もちろん音楽は平和を救えない。
平和が音楽を救う。
平和を救うのは軍事力だけだ。
そして救える平和も自国の限定的な平和のみだ。

私は本作のオリジナル盤を所有する。
しかし残念なことに、女性の額にボールペンのいたずら書きがある。
この盤は廃盤屋のオヤジがアメリカで買い付けてきた品物だ。
だからほぼ間違いなくヤンキーの仕業である。
バカモノ!なんてことしやがる。
まあ、そのせいで安く買えたのではあったが、しかしヤンキー許さんぞ。

本作にはタル・ファーロウ(g)とソニー・クラーク(p)が参加する。
どちらかといえば寡作で実力の割に評価されなかったタルの太く乾いたギターが、弛緩したムードになりがちなクラリネットによるリーダー作を引き締めたのに対し、ソニー・クラークは気の毒にもピアノよりも主にオルガンを担当させられた。
これが良くわからない。

ラブミー・ドゥーにおけるリンゴ・スターはドラムを取り上げられ、タンバリンを叩かされた。
効果とそのエピソード性を鑑みれば、これは今となっては許せなくもない。
しかしEMIのプロデューサー、ジョージ・マーチンは後年リンゴに平謝りだったそうだ。
ジョージ・マーチンにしてみれば、彼らがあんな事になるなんてその時点では思いもしなかったという事だろう。
そりゃーそうだ。
人は大化けする時があるから、気を付けなければならない。

ノーマン・グランツがソニクラにオルガンを、それもタラタラとコードを弾かせた理由はなんだ。
思いつきか?
ピアノを弾いたパートが光るだけに、余計腹が立つ。
ソニクラファンにとって歴史的痛恨事であった。











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(265) 巴里を散歩しよう

pierre alain
No.265 2015.2.6



<巴里を散歩しよう>





2001年にフランスの「night bird music」から出た、ピエール・アラン・グアルシュ(p)トリオによるセルジュ・ゲンズブール作品集である。
日本ではDIWが輸入し、寺島靖国さんの対談形式のライナーが付いた。
DIWとはディスクユニオンの自社レーベルである。
寺島靖国プレゼンツJAZZ BARシリーズがそうだ。
街のレコード屋さんがレコード会社を持った。
街の下駄屋さんがレコード会社を持ったのが澤野商会だから、DIWはむしろ普通かもしれない。

セルジュ・ゲンズブールをご存じだろうか。
歌手でありソングライターであり俳優であり(我が国の福某を想起してはならない)と、とても多才な男だったようだ。
エルメスのバーキンで有名なジェーン・バーキンと結婚し、ブリジッド・バルドーと愛人関係にあったという。
中尾ミエや弘田三枝子が歌った「夢みるシャンソン人形(岩谷時子訳詩)」の作者と言えば分かり易いかもしれない。
そんなゲンズブールの作品集である本作、全編を名曲で埋め尽くされたお買い得な一枚となった。

冒頭、ゲンズブールの出世作「リラ駅の切符切り」で快調にスタートし、「ボニーとクライド」「コーヒー・カラー」「手ぎれ」「愚か者のためのレクイエム」と続いていく。
まさに捨て曲なし。
だが、よく聴くハード・バップとは曲調が異なることに次第に気付くだろう。
そこはかとなくフランス的というか、シャンソンの香りが漂う。
しかし不思議に違和感はない。

珠玉のピアノトリオが次から次へと続く。
普通、美曲ばかりが続くと胸焼けしてくるものだ。
だがそうはならない。
美しいが甘ったるくないからだ。
少し陰のある、どこかニヒルでやや内向的な美しさ。
これはアメリカとフランスの文化の違いなんだろうか。
4ℓV8エンジンを搭載するオートマチックのジープチェロキー、対する1.6ℓマニュアルトランスミッションのルノー、なぜかそんな対比が頭に浮かぶ。

「13曲とも全~部いいわけよ。この13曲のうちの、どの1曲を取って他のCDに入れても、そのCDの目玉になる・・・7曲にとどめて、第二集として出したほうがいい。製作者はもったいないことしちゃった・・・」
ライナーで寺島師匠が語っておられる。
手放しの大絶賛だ。
寺島さんがこれほど褒めるのも珍しい。
なんたって「辛口!JAZZノート」の著者であるのだから。

全曲聴き通す。
80年代以降のジャズをアルバム単位で聴き通すのは、時に苦痛である場合が少なくない。
CDの時代となり、収録可能時間が倍増した。
しかしだからと言って、名曲が容易く倍増する訳ではない。
捨て曲が言い過ぎだとしても、埋め曲の類がどうしても増えてしまう。
本作のようなケースは残念ながら非常に稀だ。

60分があっという間に過ぎる。
石畳が続くパリの路地裏を小一時間、グルッと一周りした気分だ。











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(266) Night or Day

h williams
No.266 2015.2.9



<Night or Day>





ウィリアムス浩子さん。
日本の女性ジャズシンガーで現在私的ナンバーワンが彼女だ。
故岩浪洋三氏が一押しされた。
岩浪さんの評論にいつも賛同したわけではなかった。
でも彼女については完全に同意する。

彼女はブログをマメに更新されるので情報を掴みやすい。
ライブ活動も精力的にこなしておられるが、残念ながら私はまだ生を聴いていない。
伊藤志宏氏(p)とのライブが多く、意外な気がした。
あの shima&shikouDUO の伊藤志宏氏である。
本人曰く「邪魔しないように弾いている」そうだ。

島裕介氏とも接点がある。
2008年のデビューアルバム「From The Musicals」において、「But Not For Me」に島さん得意のミュートトランペットでゲスト参加していた。
島氏を「君」伊藤氏を「ちゃん」付けで呼ぶ彼女は、おそらく現在アラフォー世代であろう。
写真でお見掛けする通りハーフとかではなく、純血の日本種ではないかと思われる。
夫君がウィリアムス氏、ということであるらしい。
彼女の英語の発音が美しい(かどうか英語を解さない者に本当のところは分からないが、少なくともそのように聞こえる)のはそういった事情によるのであろうか。

彼女の歌声がとても好きだ。
前にも言ったことだが、ボーカルは声が好きかどうかがすべてだと思う。
声が嫌いだったらもうどうしようもない。
まあ彼女の歌声が嫌いという人はそういないのではないかと思う。
しかし好みの問題である以上断定はしないでおく。
断定はしないがこういう事もある。
本作の次に私のハードディスクプレーヤーから聴こえてくるのが八代亜紀「夜のアルバム」だ。
清楚なウィリアムス浩子との激しいコントラストにひっくり返りそうになる。
何も八代亜紀さんが清楚にあらずと言っているわけではない(言っているに等しい?)。
因みに彼女、歴としたジャズシンガーで便宜上演歌歌手の看板を付けていたとお考え頂きたい。
「夜のアルバム」はなかなか素敵なジャズボーカルものに仕上がった。
ただウィリアムス浩子さんとはまるっきりの対極に位置するのも事実だ。
どちらがよりジャズっぽいかという事になると、多分様々に意見が分かれるのではないだろうか。



八代亜紀





ウィリアムス浩子さん、発音が美しく(聞こえ)歌声が素晴らしく(聞こえ)、その上彼女は歌が上手い。
音程が正確である。
CDを出しているプロの歌手なら当然だろうと思い勝ちだが、案外そうでもないという話も既にした。
ウィリアムス浩子さん(なぜ浩子ウィリアムスではないのだろう)は今時珍しいくらい私にとって完璧なプロのシンガーだ。
その上彼女のCDは音がいいと言われる。
なんだか褒め過ぎに思われるかもしれないけれど、どれも本当だからしょうがない。
事実、「オーディオアクセサリー」であるとか「月刊ステレオ」「無線と実験」といったややマニアックなオーディオ雑誌が、彼女のCDに注目している。

ただ、この音質について今、私は少し考え込んでいる事がある。
私が彼女の存在に気付いたのは、気紛れに買った「JAZZ VOCAL SHOWCASE vol.1」が最初だった。
日本の女性ジャズボーカルを集めたこのオムニバス盤の最後に、彼女が歌う「A Nightingale Sang in Barkley Square」が収録されていた。
他の方に因縁をつける気など毛頭ない。
しかし申し訳ないが彼女の前の8曲がすべて吹っ飛んだ。

本作のまたしても最後に「A Nightingale Sang in Barkley Square」が、それもボーナス・トラックとして収録されている。
しかしこのトラック、上記とはテイクが異なるのだ。
アラン・ブロードベントのピアノをバックに新たに録音された本作と上記。
どちらが好きか。
私は圧倒的に上記作だ。
それが「音質」なのである。
本作の彼女、なんだか銭湯で歌っているかのような不自然さがある。
リバーブ過剰というか籠っているというか。

ところがリスニングポイントを変えるとこれが改善される事に先日気付き、それでだいぶ考え込んでしまった。
私のリスニングポイントはスピーカーから4mほどの位置だ。
諸々の制約により、これを変更するのは非常に困難である。
この位置から後方約3mにパソコンを置く丸テーブルがある。
この場所で本作を聴くと、本作の音に不満を感じることがない。
リスニングポイントが音質に及ぼす影響が小さくないことくらい私も承知している。
しかし本作のようにシビアに変化するのは初めてのことだ。
そして変化するからと言って、リスニングポイントをそう簡単に変えられるものではない。
困っちゃったな。






jazzvocal showcase















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(267) But Not For Me

from the musicals
No.267 2015.2.12



<But Not For Me>





前回お話しした「JAZZ VOCAL SHOWCASE vol.1」収録「A Nightingale Sang in Barkley Square」の元ネタがこちら。
ウィリアムス浩子さんのデビュー作だ。
全5曲のミニアルバムである。
ライナーの類一切なく、「歌を聴いて、これがわたし」と潔い。

アニタ・オデイが歌う「A Nightingale Sang in Barkley Square」を聴き、これを歌うためプロ歌手になろうと思ったというくらいの思い入れから、自己レーベルを「Barkley Square Music」とするほどの彼女である。
だからもちろん第一声はこの曲。
いいなあ、いい。
しかし今回は、あとに続く「All The Things You Are」や島裕介参加の「But Not For Me」に注目したい。

キーを下げて地声のアルトでちょっとアーシーな感じを出している。
ちらりと覗かせるちょぴり蓮っ葉な横顔にグッと来る。
妙齢女性の手練手管という感じ。
美空ひばり的というか、ダイアナ・クラール風というか。

いやもっとピッタリの表現があるが思い出せない。
とにかく明らかに「A Nightingale Sang in Barkley Square」とは芸風が異なる。
これがまた大層かっこいいのだけれど、この路線はなぜかその後封印されてしまう。
そして清楚路線だけが残された。

どうしてなんだ。
非常に惜しい気がしてならない。
メジャーデビューの際プロデューサーに強要されたというなら分からなくもないが、この場合そうではないから自己規制あるいは自己選択ということだろう。
確かに「A Nightingale Sang in Barkley Square」は素晴らしいと思う。
だが「But Not For Me」の歌いっぷりを私は捨てがたい。
よりジャズっぽいのは絶対こっちだ。
何も全部そうじゃなくていい。
適宜織り交ぜて塩梅良くやってもらえたらいいのに。

しかし彼女はどんどん清楚路線を行き、「A Wish」ではアイドル風特殊メイクを披露するに至る。
だれ?
はっきり言ってそんな感じだ。

ジャズボーカルという括りを嫌ったのだろうか。
デビュー作というのはたいてい、それまでの自分の縮図のような様相になるのが普通だ。
いままでやりたかった事を総花的に網羅したくなるものだと思う。
デビューが遅ければなおさらそうだ。
そこからどんどん離れていくのも勿論本人の勝手だが、せっかくのウィニングショットを簡単に捨てるのはどうにも惜しい気がしてならない。
何事も良く売れる方が本人にとって有り難いのは間違いないだろうけれど、本作だって局地的には随分売れたと聞いているんだが。




a wish













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(268) 雪あかりの路

my room 1
No.268 2014.2.15



<雪あかりの路>




現在こちらがウィリアムス浩子さんの最新作となる。
またも5曲入り20分のミニアルバムである。
伴奏は馬場孝喜さんのガットギター一本。
確かにこのスタイルで10曲以上もたせるのはきついかもしれない。
そして全編「A Nightingale Sang in Barkley Square」の路線を継承する。
個人的な感想に過ぎないが、なんだかどんどんジャズから遠退いていく。
それはなにも「In My Life」なんかを演っているせいばかりではないと思う。

本作はどこかの誰かのオーディオルームで一発録りされたそうで、マイルーム・プロジェクト第一弾であるらしい。
う~む、これを続けるのか・・・
遂に自身によるライナーが付けられた。
特に日本の女性ミュージシャンがこれをやると、たいていの場合私は急に居心地が悪くなる。
なぜだろう。
うまく説明できない。
だがきっと私にとってジャズの重要な構成要素である少し汚れた色彩や、ハードで乾いた薄暗い世界とまったく逆のムードが支配し始めるからではないかというのが自分なりに想像するところだ。
つまりおそらく、女性ジャズシンガーに抱く私の妄想、少し身持ちが悪く従って男運もなく、ややアル中気味な薄幸の佳人といったまったく根拠も何もあったものではない勝手で失礼な妄想が背景にありそうだ。
実際そんな(理想的な)ジャズシンガーがどこかにいるのかもしれないけれど、まあ今時そうそう有りそうもないのにどうもすみません。

「目をつむれば、ウィリアムス浩子とギターの馬場孝喜がそこにいる。そんなおそるべきリアリティを伴った解像力のよいサウンドだ」
そのように後藤誠一氏が解説に書かれている。
そうなのだ、本作はオーディオマニアを納得させ得る高音質録音である、と鳴り物入りでリリースされた盤だった。
だがどうも我家ではそんなに上手く鳴っていないようだ。
悪くはない。でもそれ以上でもない。
とてもそこで歌っているようだといったリアリティなど感じない。
後藤さんのアバンギャルドで聴くと違うのだろうなぁ。
こういう時オーディオマニアはとても不安になる。


さて、話変わって娘らと小樽へ行ってきた。
「ラ・シュミネ」で食事する、「雪あかりの路」を見る、という二大イベントだった。
偶然バレンタインディと重なり、小樽中のホテルが満室だった。
やっと見つけた「スマイルホテル」名前も凄いが、部屋も凄かった。
家族4人が一室で寝ることとなった。
女性は着替えも大変だ。
娘が20歳の頃ならとても無理だったと思う。
大人になった。

札幌駅からJRに乗った。
この日は低気圧の影響で朝から猛吹雪。
にも関わらず、朝里あたりの海で、サーファーが・・・
どんな事情があるのか知らない。
おそらく命よりサーフィンが大切なんだろう。
それにしても周囲にベースキャンプとなるような施設もない。
帰りはどうする気か。
他人事ながら心配になる。


朝里1

息で曇る窓のガラス拭いてみたけど、遥かに霞み見えるだけ・・・





雪明り2

小樽は坂の多い街だ。
夏用のスニーカーを履いた観光客が往生していた。
冬の北海道をナメてはいけません。






雪明り3

冬の小樽などという所は、寂れにサビレていたものだ。
それはおそらく現在もそう変わりはないと思う。
「雪あかりの路」、なかなか良いアイデアではないだろうか。
多くがボランティアによる運営であるようだ。
だがそれ故の問題も少なからずある。






雪明り1

なるほど、小樽といえば魚である。





雪明り5

この会場は旧手宮線跡地を利用している。





雪明り6

みなさんバレンタインディはいかがでした?












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(269) 選択肢のない車選び

the cat walk
No.269 2015.2.18



<選択肢のない車選び>




ドナルド・バード(tp)は車好きだった。
ジャガーMKⅡにもたれてポーズを取る本作「The Cat Walk(Blue Note 4075)」の他に、デューク・ピアソン(p)がゴスペル調コーラスをアレンジした珍盤「A New Perspective(4124)」のジャガーEタイプや、ジャッキー・マクリーン参加の「Off To The Races(4007 この記事のKに間もなく長男が誕生する。すぐにも子供が欲しいと言っていたのが3年かかった。良かったね。その子が成人する頃君は、既に現在の私とおなじくらいの歳になっている。なにかと大変だろうが頑張るしかあるまい)」におけるメルセデス190SL等、車とツーショットのブルーノート盤が三枚ある。

本作ではペッパー・アダムス(bs)との異色二管フロントとフィリージョー(ds)が特に効いている。
トランペットとバリトン・サックスのアンサンブルが新鮮で面白い。
それにやはり、フィリージョーが叩くと空気感が違うのだ。
冒頭のデューク・ピアソン作の美しいオリジナル「Say You're Mine」など、ピアソンの曲が大半を占めるが、タイトル曲は本作リーダーであるドナルド・バードのオリジナル「The Cat Walk」とした。
曲の出来では「Say You're Mine」に及ぶべくもない。
比肩する曲なら当然そちらを冒頭に置いた筈だ。

ジャズ評論家に詳しい人はいないらしく、この事に触れる記事を見た事がないけれど、「The Cat Walk」とは猫が通るような狭い道とか曲調とかいう事よりも、先ずはネコ足と言われたしなやかなジャガーの走りを称賛したものだと思われる(尚、現在のジャガーはレンジ・ローバーと共にフォードを経てインドのタタ・モータース傘下にある。もうかつてのようなネコ足ではない)。

このジャガーMKⅡは当時ドナルド・バードの愛車だった可能性があり、つまり結構稼いでいたのではないかと想像される。
本作が収録された1961年、ジャズがまだポップスの王道に君臨していたのだ。
それはビートルズが登場する直前の事だった。
後年ジョン・レノンはサイケにペイントしたロールス・ロイス・ファントムVを乗り回し、エスタブリッシュメントの間で物議を醸すこととなる。

かつて男はたいてい車好きと相場が決まっていた。
それは一丁前の男なら煙草くらい吸うものと決められていたのと、あまり違わない発想だったのかもしれなかった。
私自身なんとなく自分もそうなのかな、と思った時期もあったのである。
だが最近の風潮はどうだろう。
特に若者が車に興味を失ったと言われ久しい。
私もなんだか分からなくなった。
実際のところ、私はそんなに車が好きではないのかもしれない。
しかしそれは現在どうも魅力的な車がない、という事とまったく無関係ではないように思う。
思えば昔の車は、哲学と言うと大袈裟だが、拘りを感じさせるオーラを放つものが少なくなかった。
今はどうだろう。
無国籍化が進み、何が何やらすっきりしない。

Q7とトアレグとカイエンが実は基本的に同じ車だ、といった話を聞くとやはりどこかに釈然としないものが残るのは私だけではないと思う。
アウディをスペインで製造していたり、ポルシェをフィンランドで製造していたり、BMWをアメリカや南アフリカやあまつさえ中国で製造していたり、もうわけがわからなくなってもいる。
どこで製造してもベンツはベンツです、都合上そのように言いたいのは分かる。
でもね、シャンパーニュ地方で作られた発泡ワインだけがシャンパンです、という非常に納得しやすい方の話とはどのようにして整合性を保つのでしょうか。

そんな現代自動車事情のなかで、先日妻の車を買い替えた。
どちらかと言えば消去法で無理やり選んだのだった。
そうこうするうち、今度は私が普段仕事等に使う車の更新時期がせまっている。
しかしながら、はっきり言って買いたい車がないのだ。
多分既にそういう歳なんだろう、というのは確かにある。
今使っている車に私は何の不満もない。
そしてこれを凌ぐ車を思いつかなかった。
それならいっそ最後までこれでいくか、そのようにも思った。

それがここへ来て急浮上してきた車がある。
ジープの「Wrangler」という車種だ。
JBLのドライバーとレビンソンのアンプ、それに空母と戦闘機とイージス艦を除き、私はアメリカの工業製品をまったく信用していない。
万一これを買えば間違いなく様々な、それも我が国の車にはあり得ないような下らないトラブルにきっと見舞われるだろう。
だがWranglerに私は、今の車の殆どが失ってしまったある種の矜持を感じるのである。
ひょっとすると私はこれを人生最後の車にする可能性がある。
もしも徳大寺さんがご健在で私の友人だとしたら何とおっしゃるかな。




Wrangler1.png











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(270) Wallflower

wallflower.jpg
No.270 2015.2.20



<Wallflower>





昨年末にリリースされたが、正直なところダイアナ・クラールはもういいやとスルーしていた本作。
なんとなくジャケットも気に入らず、内容もまったく見ていなかった。
大変な失態であった。
これを聴かずに何を聴くのだ、というくらいの全力プッシュ盤です。

収録曲をご覧頂きたい。

*夢のカリフォルニア(ママス&パパス)
*ならず者(イーグルス)
*スーパースター(カーペンターズ)
*アローン・アゲイン(ギルバート・オサリバン)
*言いだしかねて(イーグルス)
*悲しみのバラード(エルトン・ジョン)
*オペレーター(ジム・クロウチ)

あと数曲あるがそれらはどうでもいい。
私にとって埒外の曲だ。
それは人それぞれにあると思う。
あの時、あの人、あの街角。
瞬間冷凍されタイムカプセルに保存された古い記憶。
ダイアナ・クラールの歌声が、忘れかけていたそんな記憶に解凍のスイッチを入れる。
60年代、70年代、中学生や高校生や大学生だった頃に聴いた曲。
心に残る曲の数々をダイアナ・クラールが歌った。
「ならず者」や「言いだしかねて」なんか本当によく歌ってくれた。
既にイメージが固まっているこんな曲は普通ためらいがちだ。
ジム・クロウチの「オペレーター」やエルトン・ジョンの「悲しみのバラード」もありがとう。
よくこれを掘り起こしてきたもんだ。
感心する。

これは彼女の主導で起きたことではないのかもしれない。
きっとプロデューサーのデビッド・フォスターによるものだろう。
だが、ダイアナ・クラールは嫌がらずにやってくれた。
断ることならいつだって可能だった筈だ。
ダイアナ・クラールは断らなかった。
それを私は大切にしたい。
ヤンキース20億のオファーを蹴って広島に復帰した黒田博樹みたいな感じ。
黒田投手の男気に勝るとも劣らない女気じゃあないか。

そうなんだ、いつかこれらの曲を彼女は歌うべきだった。
しかし10年前ではまだ脂っこ過ぎただろうし、10年後ではやはり遅すぎたんだと思う。
50歳のダイアナ・クラールが今歌うべきだったのだ。
彼女はスタンダードを歌う自分に少し飽きていた筈だ。
それらを歌い続けるには既に稼ぎ過ぎていたから。
だからこのタイミングしかなかったのだ。
でも普通やらないよ。
こんな盤が作られ私の手元に届くなんてホント奇跡だ。

二枚組LPレコードや国内盤CD(初回限定DVD付)の約3000円もあるけれど、私は約1800円の輸入盤CDにした。
本作はこれで十分だと思う。
歌詞カードもライナーもダイアナのDVDも私には不要だ。













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番外編 ㉝ 注文の多い料理店

テーブル 4




<番外編 ㉝ 注文の多い料理店>





先週のこと、仕事上の接待で「モ○×△ル」というレストランを使った。
この町ではそれなりに有名ではあるのだが、少し行き辛い場所にあるので私は今回が初めてであった。
先様ご夫婦より遅れてはならず、ワインリストを検討する必要もあったので予約時間の30分前に到着した。

開店したばかりの店にまだ先客はなく、ガランとした無人のテーブルが並ぶ中私たち夫婦は店中央の席に通された。
着席して間もなく、ソムリエバッジを付けた初老の方が来られ、席を間違えましたと言い窓側のテーブルへ移動するよう促された。
接待である旨予めお伝えしていたから、良い席を用意して頂いたのだとは思うが、この手のレストランで席替えというのは初めての事である。

お招きしたお客様が来る前にワインリストを拝見したいとソムリエ氏にお話しした時、私は重大なミスにやっと気付いた。
うっかり老眼鏡を忘れたのである。
目を凝らしてリストを見る。
しかし無論見える筈もない。
やむなく妻に頼んだがどうも埒が明かない。
恥を忍んでお店の方に老眼鏡の用意がないか尋ねてみた。
だがいつまでも回答がない。
ここはソムリエ氏に相談するに限ると、視線を送るのだがなかなか気付いてくれない。
そうこうするうち、早目にお客様が到着してしまった。

ようやく女性スタッフがやってきて「お飲物はどうなさいますか」と言うので「ソムリエの方と相談させてください」とお願いした。
いつもなら3、4本頼む。
だが今回は先方の奥様がさほどお強くないとお聞きしていた。
そこで私はシャンパンのハーフと白赤という作戦を考えていたのである。

シャンパンのハーフはないという。
そのかわりグラスで提供出来るとのことなので、それではグラスのシャンパンとあとはブルゴーニュの白と赤でだいたい3万くらいでお願いしますと言った。
こういった話はぜひお客様が来る前に済ませておきたかったが、もはや仕方なかった。
するとソムリエ氏はこう言った。
「赤だけで3万ですか?」
その時咄嗟にそれを肯定する判断力が働かなかった。
接待だ、ケチな事など言ってはならなかったのだ。
反射神経が鈍くなっている。
私はこのように言ってしまったのである。
「いえ、全体で3万です・・・厳しいですか?」
「・・・仕入担当と相談してみます」
そう言って彼は奥へ引っ込んだ。

その時私の携帯が鳴りだした。
マナーモードにするのを忘れていたのだ。
滅茶苦茶であった。
私は外へ出て用件を済ませ、席へ戻る途中ソムリエ氏のところに寄り言った。
「リストの字が見えないので適当に言いましたが、3万を超えても結構ですから」と。
今度こそ携帯のマナーモード設定を忘れなかった。

店を予約した時、次の二点をお願いしていた。
肉料理を苦手とする妻はシーフードのみとして頂く。
お招きした奥様が生のトマトをお嫌いなので避けて頂く。
以上に加え当日店で、妻が小食なので盛り付けを少な目に(もちろん料金は普通で)とお願いした。
テーブルでお互いの子供の事や仕事上の事などを話し始めた私たちの耳にこんな声が聴こえてきた。
「一人トマト抜き、一人量少な目だ!」
店内から見えない厨房からだった。
先方の奥様が苦笑いされていた。

食事も終盤となった頃、グラスにワインが無くなった。
普通なら何らかのアピールがあるものだし、追加の注文など聞くと思う。
そうしたことはまったくなかった。
私はソムリエ氏を呼んで妻にグラスの白を頼み、そしてお客様に何か召し上がりませんかと尋ねた。
するとソムリエ氏は我々のボトルを持ってきてグラスに注いだのである。
ワインはまだ残っていたのだ。

お勘定は10万を超えた。
この店なんとこれでもミシュランガイドで星を三つ獲得している。
いくら有名であろうとも、初めての店を接待に使うものではないとつくづく思った。
料理の味?
何を食ったか覚えていない。












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(271) CHEEK TO CHEEK

cheek to cheek
No.271 2015.2.25



<CHEEK TO CHEEK>





トニー・ベネット、なんと御年88歳であられる。
対するレディー・ガガ嬢は28歳。
二人とも少し私のストライクゾーンを外れている。
いや、レディー・ガガにいたっては大暴投というか危険球というか問題外か。
そうだな率直に言って別の星の女だった。
だから初めてその歌声を聴くといっても良いくらいだ。
しかしやはり聴いてみないと分からないのが音楽だと思った。

先日荒木一郎のベスト盤を聴いた。
「いとしのマックス」「今夜は踊ろう」「空に星があるように」などヒットを飛ばしながら、事件を起こし(真相不知)脱落した。
しかしその後、多くの歌手に楽曲を提供しそのどれもが非常にレベルの高いものだった。
就中「ちょっとマイウェイ」という桃井かおり主演ドラマのサウンドトラックが素晴らしかった。
コーラスグループの「パル」が歌っていて、「夜明けのマイウェイ」「ラジコンブルース」「街~南代官山一丁目」等々全てが名曲と言える出来だった。
私はLPレコードを所有している。
当然ながら状態とても良好だ。
あるオークションで調べたら既に廃盤となっているCDが2万近くしていた。
「やった!これならLPはとんでもないことになってるかも!」
680円だった・・・
それはともかく、このまま埋もれさせるのは惜しい才能を荒木一郎という人は感じさせ、長い間気になっていた。
それでこのたびベスト盤を聴いたのだがこれはダメだった。
歌が下手過ぎる。
23曲聴き通すのが辛かった。

それに比べてこちらは逆のビックリ。
良質のジャズボーカルものに仕上がっている。
特にトニー・ベネットという爺さんはいったいどうなっておるのか。
この歳で立派に現役のプロ歌手だ。
それも一流の。
なんだろう、やっぱり素質なのか。
だってそうでしょう88歳ですよ、「我人生の終りに」的な自費出版ならともかく商業CDを出すとかの話では普通絶対ない。
そういえば今年84歳になる母は、まだ現役で毎週コーラスを楽しんでいるけれど(ちょっと自慢しました、すみません)。

レディー・ガガという人も上手く歌っている。
時々危ない、つまり本性が出そうになるところも正直言ってなくはないが、それでも最後まで何とか持ちこたえてしまった。
ただ、だからといって別の盤を聴いてみようとは今のところ思っていない。

本作はある市川さんという方に頂いた品だ。
せっかく下さると言うものをいらないと突き返す人(時々いるんですよ、これが意外と)ではないので、そんな事情から偶然これを聴く機会に恵まれてしまった。
これはラッキーだった。
良く出来たアメリカンショービジネスのメインストリームである、と言っていいだろう。
市川さんどうもありがとう。
愛聴盤になりそうです。

88歳と28歳。
これがきっかけで二人が結婚するような事があるとなんだか面白いけどね。
いくらなんでもあるわけないか。
いや、でも人生何があるのか誰にもわからない、これは事実だと思う。
なにしろ今までずっとそうだったでしょう。
だからこれから先だってわからない事に変りなし。
最近何かとお疲れのご同輩諸兄、発売中のグリーンジャンボだってそうだ。
当たったらどうします?











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(272) LEDと白熱灯

go 3
No.272 2015.2.28



<LEDと白熱灯>




10年以上前に母親と東京へ行ったことがあった。
その頃母は今よりも健脚でいくらでも歩くことができたから、毎年弟と三人で旅行にでかけていた。
おそらく今でも達者に歩くのだと思う。
しかし我々の旅はいつの頃からだったろう、車で行ける範囲で一泊の温泉旅行に替わっていた。
もしも私が娘だったら(気色わるい仮定ですが)三泊程度の旅行が続いていた可能性があると思う。
やはり息子と娘は違う。
母に娘はおらず、それはそれで仕方のないことだが少し気の毒ではある。
どうも世の息子たちは親孝行が下手だ。

父が生きていた時、家族で旅行に行くことなんてほとんどなかった。
理由はわからない。
しかし父が亡くなり、我々は三人で旅行するようになった。
その一番最初の行き先が東京だった。
私は特に東京へ行きたいと思ったことはない。
別に用もないからだ。
ただどこでもいいから三人で行くことが大事だった。
そういう感じってどうしても連れの者に伝わるのだと思う。
だから母がその旅行を心から楽しめたのか私はちょっと自信がない。

はとバスに乗り車窓からぼんやり外を眺めて気付いたことがあった。
信号機の様子が私の町とどうも違う。
東京の信号機は粗い点描画のようであり、色彩が無機質で素っ気ない印象だった。
それがLEDだと知ったのはそれから何年か経ち、私の町にLEDの信号機がつけられてからだ。
LEDの信号機には思わぬ欠点があった。
エネルギー効率に優れ発熱が少ないせいで、吹雪で吹き付けられた雪が溶けないのであった。
そのため信号機の用をなさなくなり、警官が長い棒の先についたブラシで雪を落とす、そんな報道が流れた。
それからLEDの照明がどんどん増えていき、遂に白熱電球の製造が打ち切られた。
あけらかんとミもフタもないほども明るい照明に照らされて、これから我々は生活していかなければならないらしい。

本作は1959年、ポール・チェンバース(b)のリーダー作としてシカゴのビー・ジェイ・レーベルに残された。
フレディ・ハバード(tp)キャノンボール・アダレィ(as)ウィントン・ケリー(p)フィリー・ジョー・ジョーンズ/ジミー・コブ(ds)という豪華キャストは当時のマイルスバンドのトランペッターをフレディ・ハバードに置き換えたものだ。
ウィントン・ケリーのソロに「ケリー!」と黄色い声援が飛ぶ楽しいライブ録音をご堪能頂ける。
当時のライブレコーディングとしては傑出した高音質である。
私が所有するものは6曲入り1800円の国内盤LPレコードだが、現在16曲二枚組のコンプリートCDとなっているようだ。
残り10曲聴いてみるか思案中。













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