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(238) SPIKE ROBINSON

spike robinson
No.238 2014.12.2



<SPIKE ROBINSON>




スパイク・ロビンソンのワンホーンもの、ハリー・ウォーレン集だ。
廃盤屋のオヤジが70年代、80年代の新品を本国で大量に買い付けてきた事があって、私はスパイク・ロビンソンを知らなかったが、何か感じるところがありこれを買った。
1981年の録音で、店主これをオリジナル盤だと言った。
81年のオリジナル・・・ちょっと違和感があった。
だが、オリジナルという響きに私は滅法弱い。
商売上手なオヤジだった。
この店は今も健在である。
アナログ盤のみの扱いなのに、たいしたものだと思う。

LPレコードも最後期に入っていたから、そのメソッド既に確立され録音極めて良好だ。
ただ、本作を今入手するのは少し大変かもしれない。
CD化されているかどうかもわからない。
多分日本盤はないだろう。
ビクター・フェルドマン(p)、レイ・ブラウン(b)の参加で、引き締まった高レベルのセッションとなった。
しかし、ドラマー(JOHN GUERIN)を失礼ながら存じ上げない。
セッション・ドラマーかもしれない。
今風のドラムを叩く、というかあまりコテコテにジャズっぽいドラムではない。
これが意外にスパイク・ロビンソンと合っている。
スパイク・ロビンソン自身がゴリゴリ吹くタイプではなく、小粋にまとめてくる趣味のいいテナーマンだからだ。
ジャケットの表情でなんとなく音色が思い浮かばないだろうか。
昔サックスを習っていた先生が出した音に少し似ている。
生のサックスの音って、録音されてスピーカーから出る音よりずっと柔らかいものだ。
全然違うと言う方が早い。
なるほど、「木管楽器」というのはそういう事か。
先生のテナーを聴き、妙に合点がいったものだった。

それから10年以上の時を経て、現在のスピーカーをあつらえた時、私はその事をすっかり忘れてオーディオ屋に薦められるまま、巨大で高価な木製ホーンを買い込んだ。
これがどうにも思うように鳴らなかった。
友人・知人に「柔らかい、優しい音だね」と言われて私は傷ついた。
そんな音を少しも望んでなどいなかったからだ。
それとなくその事をオーディオ屋に言ったら、彼はこう返答した。
「木製ホーンですからね、柔らかい音ですよ」
ガーン・・・私の頭の中でドラが響き渡ったのは言うまでもない。
九割方ジャズを聴いている、ジャズをいい音で聴きたいのだと、私は再三彼にその事を伝えていたのに、今更それはひどい。
「ええ、わかりました。頑張っていい音出しましょう」
あなたもそのように仰ったではありませんか。
そういえばこの御仁が聴いておられるのは、九割方クラシックであるらしかった。
結局のところ、「いい音」とは自分が好きな音であり、自分が聴きたい音であるという事にその時気付いたが遅かった。
それからの苦労は蒸し返したくない。
とにかく何とかしなければとあれやこれやの挙句、最近では漸く金物感を表現出来るレベルになってきたようだ。
それはともかく、スパイク・ロビンソンの生音も、きっととても優しい響きをしていたと思う。
これらの相乗効果がコンポーザー、ハリー・ウォーレンの作風と巧くかみ合って、本作を「名盤」に仕上げた。
あくまで私的名盤であるのだが。

本作から一曲選ぶとすれば、私は間違いなくB面3曲目の「Lulu's Back In Town」を推す。
時々私的コンピ盤の話をするが、「Bestjazz Horn Side」シリーズと称するものがあり、現在第九集まで来ている。
このシリーズの第一集、栄えある(?)第一曲目に選ばれたのがこの曲だった。

スパイク・ロビンソンは9.11の翌月亡くなっている。
享年71歳だった。









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(239) SAUDADE

varg.jpg
No.239 2014.12.4



<SAUDADE>




No.238に続いてテナーサックス。
それは私がこの楽器をとても好きだからで、実はアルトより断然テナーなのである。
アルトよりもしかしたらバリトンかもしれない。
とはいえアルトだってもちろん好きなのだから、要するにサックスという楽器が好きなのだ。
後期コルトレーンのイメージが被るせいで、唯一ソプラノだけ腰がひけるけど。
とにかくテナー、テナーが一番、これは間違いない。

ただこの楽器、実際は相当でかく重い。
アルトですら立って演奏していたら一時間で首が痛くなるのだ。
テナー、ましてバリトンなどとても小柄な日本人の手に負えるものではない。
ところでサックスはいつ頃発明されたのだろう。
19世紀の半ばにベルギー人のアドルフ・サックスが開発して以来だから、実はまだ200年も経っていない。
案外歴史の浅い楽器なのだ。
いわんやジャズに使われだしたのなんか、ついこの間の事である。

モダンジャズにテナーの橋頭堡を築いたのはコールマン・ホーキンスだった。
一声二顔三たっぱと言う。
ホーキンスの太いテナーの音色、豪快で男性的なスタイルこそ、私がテナーサックスに最も求めるところだ。
アルトなら華麗であっていい、だがテナーは堂々としていて欲しい。
コルトレーン風のピーヒャラピーヒャラはどうも好ましいものではない。

本作のヤン・コーレ・ヒスタッドは、今時珍しいくらい非ピーヒャラなテナーを吹く。
ノルウェイの人で、ディスク・ユニオンの寺島JAZZ BAR 2003に、本作の「タイム・アフタータイム」が収録された。
クレイジー・エナジー・ジャズ・カルテットの「ラ・ゾラ」で始まるあの盤だ。
私ならラスト14曲目の「Varg Veum」を選ぶところだが、寺島さんが「タイム・アフタータイム」を選曲されたのも分かる。
テナーの一番美味しいところ、太い低域がテンコ盛りだ。

本作、他の収録曲もいい。
ガーシュインのバット・ナット・フォー・ミー、ダニー・ボーイ、モンクのミステリオーソ、男性ボーカル入りポルカドッツ・アンド・ムーンビームス等々、最初から最後までまさしく「棄て曲なし」。
オールドスタイルにヒタりたい時はこれだ。
ジャズのノスタルジア、ジャズのサウダージへあなたをいざなうであろう。

超推薦盤です。








(240) 例外ドラムソロ

spiral circle
No.240 2014.12.6



<例外ドラムソロ>




ヘルゲ・リエン・トリオの「スパイラル・サークル」であるが、今回はドラムの話がしたい。
本作は東京のディスク・ユニオンが2002年に出したもので、今はなきスウィングジャーナルのゴールドディスクに選定されている。
この選定も後半はいい加減なものだった。
ほぼタイアップというか、レコード会社とのなれ合いというか、ステマに近いものだったと思う。
スウィングジャーナルも背に腹は代えられなかっただろうが、読者だってそうそうバカではない。
次第に神通力を失い廃刊に至ったのも無理はなかった。

ただ、全てが胡散臭いかと言えばそうではなく、スウィングジャーナルにだって当然矜持があった。
それがリアリズムによる妥協により少数となっただけだ。
本作の受賞などに、そんな数少ない同誌の良心が顕れていた。

ドラムの話をするのであった。
クヌート・オーレフィアールというのがこのトリオのドラマーだ。
ヘルゲ・リエン(p)がノルウェー人なので、オーレフィアールさんもそうかもしれないが分からない。
分からないし、最近猛烈に速度を上げ低下しつつある私の記憶力で、クヌート・オーレフィアールの名を覚えるというのは最早極めて困難である。

だいたい短いから何とか覚えたヘルゲ・リエンだって、相当へんてこな名前だろう。
実際家人などはエリンだと思い込んでいたようだ。
確かに離縁よりエリンの方がまだマシかもな。
愛しのエリン、エリン・マイラブ・ソースィー・・・か。
まあいいだろう、だから諦めつつ次へ進もう。
人間ある所まで来たら、諦めるというのも大事なことだと最近思うようになった。

本作のドラムを是非聴いておくべきだ。
ジャズドラムのイメージが覆る可能性がある。
7曲目の「テイク・ファイブ」だけでもいい。
曲名を知らずに聴きだせば、何事が起きているのかと思う。

私はCDを開封する時にリストを確認しない。
そして一曲目から聴きだす。
はっきり言って本作には難解なところもなくはない。
少々とんがってもいる。
それが7曲目まで来て、激しいドラムソロが始まる。
こんなドラムソロを聴いた事がなかった。
なんじゃこれは!と松田優作的心の叫びのあと、地の底から響いて来るのだ。
あのメロディが。

なんという構成力であろう。
人を感動させる、という方向で計算され尽くしている。
また、録音が素晴らしい。
こんなドラムソロなら大歓迎だ。


だらだらとだいぶ長引いてきたが、例外的ドラムソロについて今暫くお付き合い願いたい。
一昨日ライブを聴いた。
何度かテニスをご一緒させて頂いた方が、友人の店でライブを演ったのである。
誘われて行ったが、あまり期待していなかった。
これは失礼だった。
この方プロのミュージシャン(ds)だったのである。
石橋正彦さんとおっしゃる。
プロだから名前を出してもいいだろう。

私より8歳年上で、はっきり言えば小柄な初老のオヤジである。
テニスの腕前こそ達者なものだが、ドラマーという体格ではない。
人は見かけによらないと言うが本当だ。
いやはやもの凄いドラマーだった。
再現性のない話で恐縮だが、あの歳であのドラムはまいったと言う他ない。
またピアニストがそれを知っているから、どんどんソロを促す。
石橋さん、苦笑いで受けるのだが、まあなんと言うか当然ながら一糸乱れず背筋がピンとしている。
いつもニコニコ温厚な感じの石橋さん、この夜は底知れない凄味すら漂わせた。
あんなキレのいいドラムを目の前で聴いた(見た)のは初めてだ。
テニスもドラムも力だけではないのだな。

ライブ後、テニスのショットにキレがある秘密がわかりました、と言ったら石橋さん、また穏やかな表情に戻り「イヤー・・・」と照れておられた。



bar mino


長くなりついでにもう一つ。
「寺島 Jazz Bar 2014 」が届いた。
先日発売前から、どんどん買いましょう的発言を私はしたのである。
到着後わかった。
実は今年のJazz Bar、全曲ピアノトリオであった。
お買いになる際はその点ご承知おき下さいますよう。










(241) STUFF

stuff 1
No.241 2014.12.9



<STUFF>




FM大阪の帯番組「ビート・オン・プラザ」で本作を聴いた。
この番組、発売直前の新譜をほぼまるごとオンエアするという無茶なコンセプトで、音楽好きな貧乏人の味方だった。
90分のカセットテープが大学の生協などで確か500円くらいで売られていて、これを買いビート・オン・プラザをエアチェックすればLPレコード二枚分を軽く録音出来た。
レコードの十分の一の費用だ。
もちろん10倍する本物のレコードが欲しい。
それは確かだが、買える枚数は限られていた。

本作を録音したカセットテープ(マクセルUD C90 B面にハービー・ハンコック "SECRETS" を収録)が今も手元にある。
番組DJの田中正美さんが、やや興奮気味に紹介する様がおかしい。
「ハ~イ、田中正美です。
ワーナーブラザーズ・レコードからデビューを飾ったスタッフをご紹介しましょう。
S・T・U・F・Fと綴りますけれども、とにかく凄いメンバーです。
パーソネルはベース(ここで声が裏返る)がゴードン・エドワーズ、
キーボードがリチャード・ティー、
ギターがコーネル・デュプリー、
ドラムスがスティーブン・ガッド、
ギターがエリック・ゲイル、
そしてドラムスがクリストファー・パーカー、
といった六人編成、
今年のモントルー・ジャズフェスティバルで絶賛を博しまして・・・・」
で、本作を頭からかけていく。

「スタッフ」は全員が手練れのスタジオミュージシャンであった。
前年アメリカで発売されたポップス系レコードの50%に、メンバーの誰かが関わったといわれ、事実グラミーを取ったポール・サイモンの「Still Crazy After All These Years」にも彼らの半数以上が参加していた。
しかし、いくら腕達者でも所詮裏方であり、表舞台に映えるようなスター性などそもそもない。
それが突然売れたのだから世の中わからないものだ。
ただしいくら売れたといっても、裏方がいきなりスターらしくなるわけもなく、終始「センター」不在のグループであったことも事実だった。

メンバー構成を見れば分かるが、ホーン無しの6人編成だ。
要するにリズムセクションがふた組いると思えばいいだろう。
不思議な構成であるし、更にはスタジオミュージシャンの性というか、誰一人派手な振る舞いをする事なく、正確無比な演奏をひた向きに展開する。
趣味が良いとも言え、少しジミだとも言える。
個人的な思いを除けば、率直に言ってドンと太鼓判というわけにはいかないかもしれない。
だが一度「Foots」だけは聴いて頂きたいのだ。
メンバー全員の共作とされるこの曲、エリック・ゲイルのイントロが始まった瞬間、1976年6月21日のあの夜に私は軽々と引き戻される。
音楽とはそうしたものだろう。
40年後の今この曲をご存じないという方が、バイアスのかからない真っ新な耳でこれを聴けば、どんな感想をお持ちになるのだろうか。
私はそれを聞いてみたい気がする。

後年スティーブ・ガッドは、マンハッタン・ジャズ・クインテットのオリジナル・メンバーとなる。
本作の成功が忘れられなかったものか、人は同じような歩みを繰り返すものか、そこの所はわからない。
ただ、今となっては、そちらの方がより有名なのかもしれない。













(242) AIR

air 1
No.242 2014.12.11



<AIR>




シカゴ出身のトリオ「AIR」のレコードを買ったのは、ほんの気まぐれだった。
たまたま暇つぶしに入った中古レコード店で見掛け、安いのでなんとなくレジへ持って行っただけ、というのが真相である。
ただ、少し変わった音楽をやっていそうな予感がした。
ちょっとフリー寄りのジャズと言っていいが、60年代以降にあったような突拍子もないものではない。
かつて寺島メグにおいて繰り広げられた、フリージャズライブの惨劇があった。
あるトランペッターが「演奏」した「水との対話」という「曲」についての逸話である。
その男タライに水を張り、ラッパの先を下向きに浸してブクブクと吹き、床を水浸しにしたという。

AIRは少し前衛的で難解なところもあるが、歴とした音楽である。
事実、本作におけるオープニングナンバーに、ジェリー・ロール・モートンの「シカゴ・ブレイクダウン」が選曲されている。
殆どそのように聴こえない、との意見もあろうかと思うが、最初だけだ。
彼らは元々ニューヨークのハーレムと並ぶブラック・ゲットーであるシカゴのサウス・サイドで活動していたが、当地ブラックミュージックの閉塞性に飽き足らなくなったのか、1975年ニューヨークへ進出している。
その頃ニューヨークではロフト・ジャズムーブメントが起きていて、今後本格的にブレイクする可能性を秘めていた。
ロフト・ジャズを支える聴衆と言うのが、主に白人それもインテリ富裕層であり、この国での商業的成功へ大きな後押しとなり得る勢力であったからだ。

事実AIRは新進気鋭のグループとして注目されるようになり、1982年アメリカデビュー盤となる本作を録音するに至る。
こうしたニューヨークのジャズシーンは、当時日本にも様々な媒体を通じ伝えられていた。
ジャズの新たな時代が始まっている、といった風に。
しかしそれは、シカゴにおけるブラックミュージックが幻影に過ぎなかったのと同様、ニューヨークましてこの日本では一過性の現象に過ぎなかったから、ニューヨークにおいては最早次世代のヤッピーにウケる事もなかったし、無論日本では一顧だにされなかったと言っていい。

インテリ富裕層はいつだって自分勝手で移り気で気取っていて、その上バカだ。
更に白人と来た日には、地球上でこれ以上感じ悪いヤツがいるのか。
結局バカが前衛音楽を聴いたフリしていただけだった。
自分を格好良く演出するアクセサリーとして。
実際は聴いても理解しても愛でても一切いない。
彼らが愛したものはシャンパンとコカインと破倫と、難解なものを好んで聴く良き理解者(と思い込んでいた)、つまり成功者たる自分自身だけだ。
クールだなんだとブームにのって、すっかりAIRを聴いている気分になっていたものの、何のことはない只のKYに過ぎなかったという事だった。

では、AIRの音楽を理解するのは困難か?
そんな事はない。
分かろうとすれば誰にでも分かる。
特に私はインテリでも金持ちでもないので尚の事だ。
それは繰り返し聴く、これに尽きる。
愚直に。
なーに、一日いっぱい聴いていればいいというだけである。
そうすればボンヤリと、少しずつ何かが見えてくるものです。
頭の中で捻じれて絡まった糸を辛抱強く解いていき、ああそうかこうなっていたんだと。
それも音楽を聴く楽しみの一つだろう。
結構癖になる。
おまけにこのジャケット、一風変わっているがなかなかいいでしょう?








(243) 雨の246

246.jpg
No.243 2014.12.13



<雨の246>




本作はトランペッター島裕介のデビュー盤にあたる。
現在廃盤となっていて簡単に入手出来ない状況下、当島裕介研究所でもなんとか聴いてみたいと思っていたところ、この度九州のある素敵な女性に送って頂き念願叶った。
ブログに手を出して以来、やってて良かった事など特にない。
しかし今回は有難かった。
先方あまりに遠いのと、私の余生もそう長くあるまい事から、一生お目にかかる機会がない可能性が高い。
もっともこのようなネット社会以前なら、接点などどこにもなかった筈だ。
人と人の繋がりとは不思議なものである。
そしてインターネットもこの国も、満更捨てたものではない。

すっかり気を良くした私は、期日前投票に出かけたのである。
今回ばかりは棄権に傾きかけていた。
なにゆえの選挙かそれもさる事ながら、投票に殆ど意味がなくなりかけていたからだ。
私の選挙区に磐石の地盤を有する与党の世襲議員がいる。
しかるに野党は一本化すら出来なかった。
これでは選挙などやってもやらなくても同じことだ。
野党の大物は、今回も敗者復活の銅バッジを目指しているらしかった。
とても付き合いきれない、と思っていた。

私は個人商店のような会社を営み、あるモノの売買を生業としている。
この「あるモノの売買」にかかる税金がひどい。
一件あたり50万から100万といったところだが、これは利益に対してかけられる税ではない。
儲かっても損しても関係なしに課税されるのだ。
これが仮に年間20件あったら?
もちろん個人の所得税、住民税、それに法人税は別口である。
結果、個人の所得をはるかに上回る額の納税を、私は毎年強いられて来た。
江戸時代の悪代官ですら、五公五民だったというのに。

現在、私の利害を代弁する政党も政治家もこの国にはいない。
だから私は政治的にグレてしまっている。
だが世界を見渡せばもっと酷い国がいくらでもある。
そして選挙権を放棄する事で、私の利益となる事など一つとしてないのだ。
それに競馬を見るなら馬券を買わなくてはつまらないだろう。



国道246号線は東京都千代田区の三宅坂交差点から都心を抜け、横浜を経由して静岡県沼津市へ向かう最も有名な三桁国道だと地元の人が言う。
だが私は見たことも走ったこともない。
有名かどうかを勝手に決めてはいけません。
”有名な国道230号線”をご存じか?
「雨の246」、このタイトルからついでに思い出した「中央フリーウェイ」についての、これも「ある素敵な女性」の考察がある。
「中央高速ってあんな夢みたいな景色じゃないわ。ラブホだらけでとても歌になんかならない。だから私ユーミンは天才だと思ったの」と、”有名なのりしー”がかつて語ったものだ。
そういえば昨日誕生日だったね。
ちょっと遅くなったけれど、Happy Birthday!
お互い還暦がせまって来た。
だけど、もう暫くテニス頑張ろう!

ところで島裕介は慶応ジャズ研の出だった。
彼は恐らく一般入試で慶応の理工学部に入り、院まで出て松下電器に就職したエリートだ。
だが島さん、ジャズを忘れることが出来なかった。
松下電器にテニス部はあっても、ジャズ研はなかったのかもしれないが、それならそれで社会人のバンドでトランペットを続ける道が当然あった筈だ。
しかしそのようなヌルいやり方を潔しとせず、島さんは3年で退社しプロを目指した。
私の計算ではそれから3、4年を経過したのち、本作が世に出たと思われる。
もう既にいい歳になっていた。
ひょっとしたら家族がいたかもしれない。
己を通すその変わり、彼は現実を見通した自己プロデュースを選択したのではなかっただろうか。
音楽で食っていくために。
複雑な難しい曲を書くことも、恐らく彼ならいくらでも出来る筈だ。
だがそんなものが売れる筈がない事、そして何より美しくない事を理解していたし、同時にどのように音を使えば聴衆のハートをつかみ動かす事が出来るかも、あわせて島裕介は熟知していた。
それから彼の音楽は自ら定めたルールに従い、ブレる事がなかった。
それが島裕介の正義であり、まさに「確信犯」であった。


この記事があと三つ後ろにずれたなら、本作と数字が揃ったなと、あとで気付いた。










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(244) Run Away

dark beauty 
No.244 2014.12.15



<Run Away>




これも毎日のようにリクエストがきた盤だ。
ジャズのレコードというものは、何度かお話しした通り膨大な点数あり、名盤といわれるものが中にある。
どれが名盤か、なんて事は聴く人が勝手に決めればいい事だ。
だから私は私で、勝手に私的名盤について述べるだけなのだが、実際のところ一般にこの名盤と称するもの、どうも二種類あるように思われる。
それは評論家が選び本に載っている名盤と、ジャズ喫茶の名盤である。
評論家という職業は権威を拠り所とする。
つまりかっこつける、というか難解をもってよしとするところがどうしてもある。
分かり易いものに解説などいらないし、であれば商売のネタにもならないからだ。

ジャズの名盤紹介本がたいていロクなものではない理由はこうした事情による。
特に初心者は気を付けたい。
マックス・ローチ「We Insist!」、アルバート・アイラー「Spiritual Unity」、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ「苦悩の人々」、アンドリュー・ヒル「Black Fire」これらを初心者の私は、某社「モダン・ジャズ決定版」本によって掴まされた。
本当にこれらが好きなら、一人で聴いていればよいのだ。
どうぞどうぞ。
だが、人には薦めるな。
といった類のものだ。

もう一つの「ジャズ喫茶の名盤」とは、実際にジャズ喫茶でよくかかった盤だ。
「名盤」というのに文句があるなら、「人気盤」でいい。
こちらの特徴は、聴けば一生忘れられない旋律をもった曲が必ず一曲は含まれる、ということだと思う。
デクスター・ゴードン「チーズ・ケーキ/Go」、ビル・エバンス「ナーディス/At The Montreux(お城のエバンス)」、デューク・ジョーダン「フライト・トゥ・ジョーダン」、鈴木 勲「Play Fiddle Play/Blue City」等々いくらでもあり、ケルンコンサートなどは長尺のA面一曲全部がそうだったという事だろう。
本作、ケニー・ドリュー「Dark Beauty」もそんな一枚だった。
1961年に欧州へ落ちのびたケニー・ドリューが、74年デンマークのステイプル・チェイスへ吹き込んだ盤である。

アメリカの黒人ジャズメンは既に50年代の始めから食い詰めており、渡欧する者後をたたなかった。
バド・パウエル、スタン・ゲッツ(白人だったネ・・・)、デクスター・ゴードン、アート・ファーマー、皆そうだ。
アメリカはむしろ終始一貫黒人ジャズメンに冷淡だった、と言う方が正しく早い。
ケニー・ドリューもその一人であった訳だ。
知らぬ者とてなき有名ピアニストであるから、「ケニー」といきたいところだが、ケニー・ドーハム(tp)もいればケニー・バレル(g)、ケニー・クラーク(ds)もいるため、フルネームでお呼びしなければならない。

本作の名を後世にまで知らしめたのはタイトル曲ではなく、「Run Away」の方であった。
ステイプル・チェイスは北欧のレコード会社だから、やっぱりそんな音がする。
つまり、ブルーノートのような脂っこく黒々した音ではない。
どちらかと言えば淡白で冷静な音作りだ。
ところが本作に限って、偶然だろうかオーディオ的に非常に面白い音に仕上げられた。
その秘密はドラムのチューニングと採音にあった。
更にはニールス・ペデルセンのベースも、何と言うか非常にクリアに捉えられている。
この二つが「Run Away」を人気曲に、「Dark Beauty」を人気盤にしたのである。
聴いてみてください。


話変わるが実は先週、妻の車がやって来る予定であった。
その二日ほど前に担当者から連絡有り、納車を延期して欲しいと言う。
何かあったのですか?
何かあったに決まっている。
お父さんが亡くなったのだと、彼は相当テンパった様子でそう言った。
私の娘と同世代の青年だ。
これは車なんかに構っている場合ではなかろう。
私は了承し、車の件は後日落ち着いてからお話ししましょうと言った。
ところでお父さん、おいくつだったんですか?
私は恐る恐る尋ねてみた。
私より三つ上とのことだった。












テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(245) あなたと夜と音楽と

agnieszka.jpg
No.245 2014.12.17



<あなたと夜と音楽と>




アグネスカ・スクシペク、ポーランドのジャズ歌手である。
少しハスキーで、とても魅力的な声の持ち主である彼女だが、ほとんど無名と言っていいだろう。
2001年の本作がデビュー盤であり、その後第二作が出たという話を聞いていない。
翌2002年ガッツプロダクションが輸入し、「女性ボーカル万歳」シリーズと銘打って発売した。

ガッツプロはピアノトリオにおいても万歳した、何でも万歳な会社だ。
私はガッツプロが出すCDを結構買ったが、ホームページを見ると2007年以降の情報が途絶えており、もしかしたら会社が万歳した可能性があると失礼ながら思っていた。
ところが現在も頑張っておられるようだ。
この会社、笠井隆さんという方が一人で運営されてきた。
それはきっと今も変わらないだろう。

本作のように良質でありながら日の当たらない作品、つまりマイナーであり恐らくは日本でも数が出そうもないCDを紹介し続ける姿勢に頭が下がるばかりだ。
好きでなければ出来ないし、好きなだけではけして出来まい。
熱意というか意地というか、まさにガッツが必要だ。
熱意と意地とガッツで儲からない商品を背負い、多くの山を越えて来たのだ。
私も商売をしているから分かる。
どんな商売も普通、手間もヒマもそれなりにかかるものだ。
それで結果儲からないというのは本当に疲れる。
だから当然、ガッツプロがやっているような商売に、手を出す人もあまりいない。
なんとなく好きではないけれど、インディーズとか言うのであったか。
そういえばこの分野で第一人者の澤野商会ですら、大阪は通天閣の足下新世界の片隅で下駄屋との兼業、というのが実情であった。

私が本作を好きなのは「あなたと夜と音楽と」が入っているからだ。
原題「You And The Night And The Music」そのまんまである。
30年代のミュージカルで使われた曲だというが、ネタ元については全然知らない。
スタンダードソングにはそういうものが少なくない。
つまりネタ元となった映画やミュージカルの方は完全に忘れ去られ、曲だけがスタンダードとして生き残ったというものだ。
この曲の楽想と、そしてタイトルそのものに何故か惹かれる。










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(246) So What ?

kind of blue
No.246 2014.12.19



<So What ?>




「モード奏法」というタームがある。
私は何度説明されても理解出来ない。
まさしく「So What?」である。
しかし、仕方ないのではないかと思っている。
これは「For Musicians Only」な用語だ。
音楽にもスポーツにもやる人と見る(聴く)人がいる。
「テニスのコンチネンタルグリップはこのように薄く握り、内転を効かせてサーブをこう打つ」そんな事言われても、やった事のない人にはピンと来ないし理解出来ない筈だ。
たとえ理解できなくても、錦織選手の試合は観ていて楽しいですよね。

何が言いたいかというと、本作はモード奏法のメソッドに沿って演奏された初めての作品である(らしい)。
私はモードを解さないが、本作を聴いて楽しいというか心打たれる時もある。
特に「So What」と「All Blues」だ。
エバンスのピアノが何故かエバンスに聴こえない。
だからか、確かにそれまでになかった音楽だという気がする。
ただ、あくまでも「気がする」のである。
そうだった、「Blue In Green」は何度聴いても旋律として記憶に残らないというか残せない。
これも私の理解力を超えた存在だ。

いい盤だとは思う。
だが中山康樹氏のように、これがジャズの最高到達点、ジャズが残したものは結局これのみ、ジャズはマイルスにオンブにダッコ、といった話をされると、そんな大袈裟な、いい盤は他にもたくさんあるし、いいミュージシャンは他にも大勢いるよと言わざるを得なくなる。
中山さんも、おそらくそうと知りながらの発言だろう。
スウィングジャーナル編集長だった氏は、児山紀芳さんあたりと比べればずっと商売上手な人だ。
実はマイルスも商売上手だったと私は思っている。
それはあの変わり身の早さを見れば分かる。
機を見るに敏。
まるで辣腕トレーダーのようであった。

これはマイルスを批判しているのではない。
そうであらばこそ、マイルスはあそこまで成り上がる事が出来たのだ。
自分というものを知っていた。
トランペッターとしては、けして一流とは言えない自分を。
そこでマイルスはミュートの多用を思いつくのである。
ロングトーン、ハイノートは出来る限り避けた。
ミュートと中音と短いフレーズ、これがトレードマークとなる。

音楽産業は楽器が上手いだけではダメだ。
あらゆる意味のアレンジとマネージメントが当たらなければ売れない。
マイルスは自分をかっこよく見せる術を知っていたのだ。

日本人はこれが下手だ。
自己演出が出来ない。
やる前に照れてしまうばかりだ。
テレビの街頭インタビューなどを見ると、彼我の差がはっきりする。
日本の皆さんはどこかぎこちなく、居心地悪そうだ。
対する欧米の方々、堂々とカメラ目線で持論を述べる。
こんな風に人前で振る舞えたらなあ。
そのように思って見ていた事もあった。
だが今、そんな事が苦手な同胞を私は愛する。










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(247) AIREGIN

incredible.jpg
No.247 2014.12.21



<AIREGIN>




冬の嵐騒動に振り回されたあと、急に暖かくなり雨など降ったかと思えば一転真冬に戻った。
これで道路事情が最悪な事になった。
でこぼこのアイスバーンになり、危なくてどうしようもない。
特に歩道が恐ろしい。
雪道になれた現地の人であっても、とてもまともに歩けたものではないのだ。
こちらの方が余程、不要な外出を避けるようアナウンスすべき事態だろう。
慣れない方面の方は、当分当地へ足を踏み入れるべきではない。

さて、ウェス・モンゴメリーの代表作の一つ、「The Incredible Jazz Guitar」である。
本作の美点を二つあげれば、一つはなんと言ってもソニー・ロリンズ作の名曲「エアジン」の名演だ。
ウェスはピックを使わず、自己流の指弾きであのブルージーな音色とオクターブ奏法に到達した。
それは素晴らしいとしても、どう考えても速弾きには適さないと思う。
本作「エアジン」における疾走感は驚異と言う他ない。
それ故の「Incredible」なのだろう。

本作の美点、もう一つは名盤請負人トミー・フラナガン(p)の参加である。
フラナガンがピアノを弾くと、確かに格調が高くなり名盤度が二段階くらいかさ上げされる。
第一名前がすでに格調高い。
ピアニストらしい名前というのがあるもので、名は体を表すというのは本当だ。
ビル・エバンスもそうだが、トミー・フラナガンも名前で随分得をしたと思う。
少なくともゴンサロ・ルバルカバよりは、ずっともっともらしい。

そういう意味で本作のウェス・モンゴメリーもギタリストらしい名前だし、ジョー・パスといえばギタリストしか思い浮かばない。
全部当たり前の話ですね。
ウィンドウズはオペレーティング・システムらしい名前だと言っているに等しい。
マイルスバンドに、ビル・エバンス(別人)という名のサックスプレーヤーがいた事実をどうする、と言われたら返答に窮するばかりである。

名前というものは最初少々変でも慣れるし、定着してしまえば体を表してしまう。
そういうものだ。
本作の「AIREGIN」にしても最初は何それ?という感じだった。
しかし今や「エアジン」は「エアジン」である。
何の違和感も有りはしない。

名曲「AIREGIN」実は逆に綴れば「NIGERIA ナイジェリア」である。









テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(248) RELAXIN' AT 五輪橋

eclypso.jpg
No.248 2014.12.24



<RELAXIN' AT 五輪橋>




名盤請負人トミー・フラナガンのリーダー盤、1977年録音「ECLYPSO」である。
野口久光氏のライナーノーツによれば、ECLYPSOとは日蝕の意であるとの事だが、辞書にはない。
日蝕ならECLIPSEである。
これとCALYPSOを合体させた造語である、と本人が生前語っていたとの証言があり、どうもこちらが正しいように思われる。
No.96登場の1957年録音「OVERSEAS」1960年「MooDs VILLE 9」の後、日本関連盤2枚があるのみで、トミフラにとってやっと5枚目となるリーダー作だった。
西ドイツ(当時)のenjaレーベルによって救済されるまで、トミー・フラナガンという名ピアニストは事実上無視されていた。
それはジャズというものにショービジネスの側面がある以上、仕方のないことであったろう。
トミフラが「名盤請負人」と呼ばれる事に、大きな意義を申し立てる人は多くないと思う。
ただ、それがどういう意味かと言えば、「ピアノ職人」という事であり、別の言い方をすれば「一流サイドメン・名脇役」という事なのだ。
つまりトミー・フラナガンはけしてスターではなかった。
彼のステージを私は京都で見たことがある。
実際地味だった。
例えばハービー・ハンコックに感じたカリスマ性や、オスカー・ピーターソンが発したオーラやエンターテイメントを、トミー・フラナガンに見ることはなかった。

本作を一言で言えば「オーバーシーズを意識したジャズメンオリジナル集」である。
盟友エルビン・ジョーンズ(ds)を迎え、「リラクシン・アット・カマリロ」と自作の名曲「ECLYPSO」を再演した。
サキコロでサポートしたソニー・ロリンズの「OLEO」に始まり、チャーリー・パーカーの「CONFIRMATION」で終わる。
同じenjaレーベルに彼が残した「CONFIRMATION」というアルバムがある。
2007年に出た同CDのライナーノーツに、「ECLYPSO」からの再収録と書かれている「CONFIRMATION」であるが、良く聴けば別テイクなのである。
このライナー氏であるが、実際はニューヨークで録音された本作をミュンヘン録音としていたり、相当いい加減ではある。
しかし、二つの「CONFIRMATION」の違いを見逃したのに無理もなかったとも言えるのである。
そっくりだからだ。
このあたりにトミー・フラナガンの「職人」が見える。

日本は一流の職人をリスペクトする国だ。
だからだろうか「OVERSEAS」が一番売れたのは日本だという。
トミー・フラナガンは日本のジャズファンに最も愛されたジャズメンの一人だと思う。
本作について一つ言っておきたい。
録音があまり良くない。
特にジョージ・ムラーツのベースだ。
当時ベースの音をマイクではなく、ピックアップで録音するのが流行り始めていた。
本作ではそれがあまり上手くいっていない。
ドラムの音もコモって聴こえる。
録音では20年前の「OVERSEAS」に完敗だ。

ところでA面ラストの「リラクシン・アット・カマリロ」は、ラバーマンセッションで錯乱したあのチャーリー・パーカーが書いた曲で、担ぎ込まれたカマリロの病院で大変リラックスいたしました、という曲だ。
実は先日、妻の妹が具合悪くなって入院したのである。
この人物、父親譲りのとても性格の良い女性で、なんとも言えず人をリラックスさせる特技を持っている。
最初は体調が悪そうで心配したが、昨日見舞った姉の言ではすっかりよくなり、ベッドを離れて待合室のテレビで一人、退屈そうに韓流ドラマを観ていたという事だ。
どうやら間もなく退院できそうだ。
良かった、一安心だ。
クリスマスを病院で過ごす事になるが、それで済んで本当に良かったと思う。
だからそれくらいは我慢すべきだ。


彼女に、そして皆さんに、何はともあれ今年もメリー・クリスマス!











小樽7


昨日、小樽へ行ってきました。
雪の小樽駅前。
前を行く謎の女ひとり。




小樽10


お約束のジャズ喫茶探訪・・・









テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(249) 小樽のひとよ

小樽4
No.249 2014.12.25



<小樽のひとよ>



No.193~No.195登場の「リバーサイド三部作 ×2 (全6枚)」を額装する、小樽のジャズ喫茶「Groovy」におじゃました。




小樽11

夕方4時頃の中途半端な時間帯にホテルに着いた。
グルービーはホテル向かい側のビルの地下だ。
8階の部屋から店の様子は窺えない。
祝日でもあったので、やってないんじゃないかと思いつつダメ元で行ってみた。
開いてて良かった。






小樽9

常連客がカウンターで談笑中だった。
ボーズのラジカセ(これも死語?)から流れる小音量のジャズ。
前もそうだったが、何故かメインの装置を使っていない。
この店のご主人をかなりの趣味人とお見受けする。
調度や何気なく置かれた様々なモノから、生半可な素性でないのが伝わってくる。
でも、ジャズ喫茶の命であるメインの装置が、何故かいつも鳴っていない。
何故か?
そんなの決まっているではないか。
客が来ないからだ。
カウンターでスポーツ新聞を広げる町内会の顔見知りは客ではない。






小樽8

構わずパラゴンの前に陣取る。
暫くすると音が出始める。
そうだと思った。
ジェリー・マリガン「ナイトライツ」を聴かせて頂いた。
いい感じだ。
一時間ほど滞在し、ビールを2杯いただいて店を出た。
あっという間にレストランの予約時間がきていた。







小樽6

粉雪舞い散る小樽の駅に、ひとり残してきたけれど。





小樽5

駅近くのレストランを目指す。
アジア圏の観光客が行きかう。
なんとなく判るもんだ。
着慣れない防寒着姿で嬉しそうに雪道を行く彼らは、いったい何が楽しくて冬の北海道を訪れたのか。
YOUは何しに小樽へ?

間もなく目指す店が見えてくる。
「La Cheminee」である。






小樽1

「ラ・シュミネ」とは「暖炉」のことらしい。
現在小樽唯一のフレンチレストランではないだろうか。
以前に市内別の場所で営業していたようだ。
恐らく規模を縮小し、ここへ移転したのではないかと思う。
小樽でフレンチは結構たいへんだ、と前にオーナーが語っておられた。
そうだろうな、観光客の姿をこの店で見たことはなかった。
全部地元のお客さんだ。
私のようにわざわざJRに乗って来る物好きな客もあまりいないだろう。
寿司も結構だが、新鮮な食材を使って供される小樽のフレンチをぜひ一度どうぞ。






小樽3

我々が一番乗りだったので、店内をちょっと撮影。
携帯、それもガラケーのいい加減なカメラだから、当ブログの画像はいつもだらしない。
美しい写真を使われる方などを見ると、彼我のあまりの違いにがっかりする。

この日は4組、8人が客の全てだったと思う。
この人数で店は満席となる。
最後に入った若いカップル以外、熟年の夫婦ばかりだった。
向かいの妻に関心を示さず、ずっとスマホを弄ってたオヤジ、それは良くないと思うな。
若いカップルもなんだか倦怠感を漂わせていた。
何度目のクリスマス?
クリスマスディナーのテーブルにも、色々な物語があるのだろう。

6時半開店で食事に3時間かかった。
まぶたが重くなりかけた我々は、デザートもそこそこに一番早く店を出た。
その後のことは知らないが、9時半以降に新規はもう無理だ。
非常に効率が悪い。
店が続いていくには客単価を上げなければなるまい。
この店が今後も続いて欲しいとお思いなら、「ラ・シュミネ」を応援するお気持ちがお有りなら、どうかそれなりのワインをボトルで注文してあげて下さい。
店が儲かるのはワインである。
労せずして儲かる。
そういうアイテムも出なければ、店を維持するのは難しい。
飲みきれない時は、思い切って残せば良いのだ。






小樽2

店のすべてを、オーナーシェフの花形信行さんが一人で切り盛りされる。
この日はクリスマスディナー一種類のみのところ、妻が肉料理を苦手とする旨事前に申告しておいたので、彼女だけは別メニュー対応して頂いた。
申し訳ないと思った。
はっきり言ってご迷惑をおかけした。
だから近いうちに、今度は子供達も連れて再訪しよう。
「雪あかりの路」の頃がいいかもしれない。


ご馳走さまでした、大変おいしく頂きました。














テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(250) It's All Right With Me

work time
No.250 2014.12.27



<It's All Right With Me>




イッツ・オールライト・ウィズ・ミー。
コール・ポーターが書いたこの曲が好きだ。
もしもこの曲がA面一曲目にきていたら、そして本作のピアニストもトミフラだったら、さらにジャケットがあと少し何とかなっていたなら、本作はもっともっと有名盤になった筈だ。
実際のオープニングナンバー「ショーほど素敵な商売はない」を否定するものではないが、翌年(1956年)のロリンズ決定版「サキコロ」のセント・トーマスとでは訴求力が違い過ぎる。
双方ともワンホーンものである。
二つの録音には半年のタイムラグしかなく、本作では麻薬依存治療のため籠っていたロリンズが復帰し、「WORK TIME さあ仕事だ」とやる気満々でもあった。
大名盤となるかその他に埋没するか、その差なんて僅かなことなのである。
後から思えば。

あの時ああしていればと思うことが、人生誰しもあるに違いない。
一方であれ以外にどうすれば良かったんだとも思い、また、同じ事を二度とやりたくないと思うことだってある。
娘が正月休みに入り、帰省してくる。
一般に父親というものは娘に弱い。
私の場合、そんな弱いなどという生半可なものでなく、まさに最大の弱点と言って良いと思う。
彼女が8歳になったばかりの時、母親が病気になり亡くなった。
その日、私は子供達に非情な事実を伝えなければならなかった。
今までの人生であんなに辛いことはなかった。
それを聞いた彼女は無論泣いた。
そして暫くすると、いつも通りバレエのお稽古に行ったのである。
きっとどうしたらいいか分からなくなったのだろう。
私はそんな彼女が不憫でならず、この世に神も仏もいないと確信した。
3歳だった息子は、その時のことを覚えていないようだ。
だが娘は生涯忘れることはないだろう。
突然母のない子になってからの20年以上の年月、人生で最もあってはならない事が起きてからというもの、彼女は何を思って生きてきたのだろうか。
私は一生その事に触れる事はできない。

一方で妻はたいしたものだと思う。
「かけがえのないものなくしたあとは、どんなに似たものもかわれはしない」と歌のモンクにも言う。
妻はけして「かわろう」としなかった。
それは尊敬に値する判断であったのだ、後から思えば。
彼女がいなければ、私は子供たちを育てることなど到底出来はしなかった。
私たち親子は彼女に救われたと言っていいだろう。
どれほど感謝しても足りないが、それらの事もまた、私は死ぬまで触れることは出来ない。
しかし、いつかそう遠くない将来もうこれが最期だなと思った時、私は意識があるうちに感謝の気持ちを伝えたいと思っている。
だから絶対私よりも、どうか元気で長生きしてくださいよ。

酔った酔った。
なんかしんみりだ今日は。









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