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(224) ACOUSTIC GUITAR

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No.224 2014.11.3



<ACOUSTIC GUITAR>




前回ロマーヌをアコギベスト3と言った後で、このCDを思い出した。
アコギのオムニバス盤で、非常にお買い得感がある。

店頭で「捨て曲なし」のポップフレーズを時々見るでしょう。
逆に言えば殆どのCDに「捨て曲」がある事になる。
いや、あるどころではなく、ほとんど、中には全部そうだという盤も少なくない。
「捨て曲なし」、これを書く店員さんも複雑な心境なのではないか。
オムニバス盤やベスト盤にすら個人的に「捨て曲」があるのは、各々好みの違いがあるという事だけだろうか。
予算的制約の結果、というのがないか気になる。

私は結構なアコギ好きで、ACOUSTIC GUITAR の文字を見るとつい購入してしまう。
それでも当たりは1枚につき1、2曲で大抵変りなし。
その点でこの盤は宝庫だった。
<No.184>のラリー・カールトン「SAPPHIRE BLUE」を15曲目の「TAKE ME DOWN」で発見した。
天野清継の「AZURE」はJTのCMでヒットしたナンバーだ。
アル・ディ・メオラ「TANGO」、横田明紀夫「MY LITTLE SUEDE SHOES」、アーニー・クルーズ「NA PALI SLACK」等々捨て曲なしとは言わないけれど、愛聴曲満載。


ギターに張る弦が、大きく分けると二種類ある。
ナイロン弦の所謂クラシックギターの事を、私はあまり知らない。
中学の時にヤマハ製を買ってもらったきりである。
「禁じられた遊び」がなんとか弾けた。
半世紀近い昔話になる。
母に買ってもらったヤマハのギターは6000円だった。
ギターが欲しくて堪らなかったので、はっきり覚えている。
念願のギターを手に入れて、それはそれは嬉しかったからだ。
しかし、クラシックギターは残念な事に、冷静になればどうもあまりかっこ良くなかった。
目指すところが違うというか。
何しろ立って演奏すると「東京ロマンチカ」の鶴岡雅義に見えるのが悲しくて。
おまけにネックの幅が広いため、五、六弦を親指で押える形で「F」や「B♭」のコードを押さえられない事にも間もなく気付き落胆した。

スチール弦ならマーチンD-45か、ギブソンのハミングバードだろう。
今でも何十万、ビンテージ物なら百万の単位だが、1ドル360円の時代にはとんでもない類の代物だった。
実際に売られている現物を見た事すらない。
レコードで聴くのみだ。
コードを弾くとボローンと鳴らず、ジャリーンと音がする。
それを「ジャリジョリーン」と表現した高校の同級生がいた。
その男ミック・ジャガーのファンで、当時私の従妹と付き合っていた。
高校時代に飲酒と自転車泥棒で二度停学処分をくらいながらも、最近名前で検索したところ京都大学を出て全農の役員になっていた。
似ても似つかない風貌となっていたが、間違いなく眼差しがあの男だ。
多分、間もなく退職するのではないか。
その後も東京に残り、こちらへ帰って来る事最早あるまい。

40年以上も前の話だが、その男がバファロー・スプリング・フィールドのレコードを買いそして気に入らず、私に半額で買わないかと持ちかけて来た事があった。
その盤「AGAIN」は今でも無傷で手元にある。
私は「AGAIN」でニール・ヤングやスティーブン・スティルスを知った。
彼らが使用するギターがマーチンとかギブソンであり、エレキギターならフェンダーでもあった。
そういったものは、現実離れの神々しい存在だった。
ドン・マクリーンとかジェームス・テーラーとか石川鷹彦とかの、別世界の人が持つ物と思っていたが、昨今では結構アマチュアの学生なんかが弾いていたりするので呆れる。
ルイ・ビトンやシャネルが、JKに不釣り合いなのと同じ理屈なのだが。








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(225) 美音アルトサックス

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No.225 2014.11.4



<美音アルトサックス>




デューク・エリントン楽団の花形アルト奏者、ジョニー・ホッジスの1958年作品である。
小刻みのビブラートと、そのあまりに美しい音色(ねいろ)により、ホッジスも即座に特定可能なジャズメンだ。
スタイルとしては年代的にモダン以前という事になろうが、ホッジスに限ってスタイル云々もあまり意味がない。
無論何らかの分類は出来るだろう。
ところがホッジスを独立したフォルダに収めても、後から続く者がない。
スタイルを真似る事が万一可能だとしても、音色を模倣するのが困難だからだ。

ロイ・エルドリッジ(tp)、ヴィック・ディッケンソン(tb)ベン・ウェブスター(ts)らが参加し、本作は四管によるオーケストラ作品である。
顔ぶれを見れば明らかなように、ハード・バップとは一線を画す内容となっている。
ビリー・ストレイホーン(p)率いるリズム隊、それにベン・ウエブスターとリーダーのホッジスがエリントン楽団の関係者であり、勢いエリントン的なアンサンブルが展開されるテイクもある。
B面最後の「リーリング・アンド・ロッキング」に至っては、エリントンサウンド以外の何ものでもなかろう。
だがそればかりではなく、ホッジス自身が多くの楽曲を提供し、ソロを十分に聴かせるテイクもあり飽きさせない。

ホッジスは終始、歌うようにアルトを奏でる。
実に気持ちがいい。
こんなアルト、こんなジャズもあるのだ。
美しさで負けても、音のかっこよさジャズっぽさならジャッキー・マクリーンだと個人的には思う。
しかしこの居心地の良い、心穏やかならしむる安らぎ感をマクリーンに感じることはない。
この場合の「ジャズっぽさ」とは一体なにか。
多少乱暴だが、モダン(一部フリー系含む)専門ジャズ喫茶御用達の辛気臭さ、との言い換えが可能だ。
本作のメンバーは録音当時既に大方50代以上であり、スウィング系のやや古典的なジャズメンと言って良かった。
「若いの、これが音楽というものさ」
音溝から彼らのそんな矜持が伝わってくる。

音楽には三種類あると私は思っている。
人を覚醒させるもの、鎮静させるもの、そして不快にさせるものだ。
アルトで言えば最初がマクリーンであり、次がホッジスのような音楽。
濃いブラックコーヒーと香り高いハーブティー。
ご異論有りましょう(おっしゃる事ごもっともです)が、ボルドーとブルゴーニュ。
何はともあれ、どんなものでも三番目に関わるのは御免蒙りたい。



本作を聴き終えたところで私、これからちょっと旅に出てまいります。
皆さんお元気でお過ごしくださいますように。








(226) 藍調(台北ブルーノート)

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No.226 2014.11.8



<藍調(台北ブルーノート)>




台北ブルーノートへ行った。
およそ40年ぶりに訪ねた台北の街角は、まるで別世界の都市に生まれ変わっている一方で、当時と変わらぬ風情も到る所に残していた。
当然の話に過ぎない。
近年人工的に造られたのでない限り、あらゆる街の横顔はいつもそういったものだろう。

一方で私が今回特に危惧していた事がある。
それは例のあの島をめぐる、我が国と台湾の領有権についての主張対立である。
この点について一日本国民として私にも当然言いたい事がある。
だがそれはよそう。
浅はかな愚考でも簡単に公言出来る時代である。
だからこそ、自制が不要だ。
これは私などの出る幕ではない。

台湾は親日的であると伝えられていた。
ところが、領土問題の発生で一部そうとばかりも言っておれない雰囲気が醸成されているとの話を私も聞いていた。
ところで40年前に訪れた時の印象がどうだったかと言うなら、殊更親日的であったとの記憶を私は抱いていない。
にも関わらず、その後この国(つまり中国の一部ではない、レッキとした独立国であると敢えて言わせて頂きたい)が親日国家であるとの話を、私は幾度となく耳にしていた。
いったいどっちだ。

40年前と変わっていない。
それが私の結論だ。
親切な人がいる一方で、日本の観光客を相手に商売している人達は、あの手この手で売り上げを極大化しようとした。
考えてみれば、それは日本国内のあらゆる観光地に見られる現象と何ら変わるところがない。
つまりそういうことだ。
親日とは日本国内並みの待遇を受けられるということであり、むしろそれ以上である訳もなく、あったら逆に不気味であろう。
その範囲内で、台湾の人たちはとても親日的である。

今回の台北ブルーノート訪問は、同行してくれた友人夫婦の案内で達成させて頂いた。
この頼もしい友人には、この場で改めてお礼を申し上げておきたい。
ありがとうございます、大変お世話になりました。
奥様が地図を用意され、夫君は方位磁石を持参する(!)という万全の準備があればこそ、我々は数々の目的地へ迅速且的確に到達できた。
台北ブルーノートとて無論のこと、迷う事無く行き着く事が出来た。

この店は前回私が初めての外国旅行で台北に来た際、既に存在していた可能性がある。
その時は訪問する機会もなく、正直なところ存在すら知らなかったと思う。
今回私はよくやる自作「コンピレーションCD」を店に持参した。
わざわざそのために製作した訳では更々なく、ホテルの部屋で聴こうと思ってスーツケースにしのばせて来たものだ。
その名も「BLUE NOTE SIDE Ⅲ」。
Ⅲがある以上普通ⅠもⅡもある。
実際その通りで手近にあったⅢを持って来ただけである。
それをわざわざこの日のために日本から持ってきました、といったニュアンスをもって私は店主にこれを献上した。
店主はきっと大人(たいじん)なのだろう、喜んでくれ早速これをかけてくれた。
ラインナップは次のようなものだ。


1. Blues-Blues-Blues (フレディ・レッド/4045)
2. Sudwest Funk (ドナルド・バード/4007)
3. Gypsy Blue (フレディ・ハバード/4040)
4. Not Guilty (クルフォード・ジョーダン/1565)
5. Cool Green (ジャッキー・マクリーン/4067)
6. Street Singer (ティナ・ブルックス/4052)
7. Desert Moonlight (リー・モーガン/4199)
8. Woud'n You (ザ・スリー・サウンズ/1600)
9. Beauteus (ポール・チェンバース/1564)
10. Flight To Jordan (デューク・ジョーダン/4046)
 

特に6曲目「 Street Singer 」を収録した「ティナ・ブルックス BACK TO THE TRACKS/4052」は、タイトル・レコード番号・ジャケットまで決まりながら、約40年オクラ入りしていたという、不思議なしかし有りがちなサイドストーリーを持った作品で、今回40年後の再訪には偶然ピッタリの選曲となっている。
白状すればこちらへ来てみれば部屋に再生装置がなく、ならば「台北ブルーノート」への手土産にしてしまおうという、例によって結構適当な話に過ぎないものだったのだ。
当然マスターなら耳タコなラインナップであったろうが、一応は喜んで頂いた。
こういうのが草の根の親善なのだ。
よかった、よかった。
(またまた、まことにいい加減な自画自賛である)。


台北に滞在するあいだ、特に感じたのはこの街の豊かさと若さだった。
現在世界第二の外貨準備高であるという。
更にはっきりと彼我の差を感じる。
街行く人が若い。
地下鉄に乗った時、今この車両で私が最高齢ではないかと何度も思った。
悪いがはっきり言って小国であるから、この先どうなるか分からないところも確かにある。
だが少なくともあの小島を奪い合う戦闘行為が台湾と日本のあいだには起きないだろうと、私はそのように思った。
きっとあの時同じ車両に乗り合わせた彼らに、そんな意識は薄いのではあるまいか。
つまり武力衝突を辞さず、アレを自国領にしようという世論は大きくない。

もちろんどの国との間にもそんな事があってはならない。
万一不測の事態が起きた時、命を落とすのは主に若者である筈だ。
その紛争というのは極めつきの国際的政治経済問題である。
だが今一度シンプルに考えた時、あのような所詮無人島に過ぎない小島の問題で武力衝突を起こし、若者の未来を文字通り断つ事が、銃後の安全地帯にいる老人の思惑で許される筈がないと私は思う。
万人が承知している通り、全ての人生は一度限りのものだ。
ならば若者の命を粗末にすることはなかろう。
どうしてもやると言うなら、物陰で勇ましい事を言うのでなく、もう惜し気もない筈の老い先短い老体を差し出すが良いのだ。












(227) 藍調 SIDE Ⅱ

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No.227 2014.11.10



<藍調 SIDE Ⅱ>    




台北ブルーノートのマスターへのみやげにした「BLUENOTE SIDE Ⅲ」とは別にⅠとⅡがある。
私的コンピレーションで、我家ではよくかかる。

ブルーノートの盤で比較的入手しやすいのが1500番台と4000番台だ。
私的コンピのⅠは主に1500番台からのセレクトで、ⅡとⅢは主に4000番台となる。
これは分母の差に過ぎない。
1500番台が100枚弱しかないのに対し、4000番台は怪しすぎるのを省いても三倍ほどもある。
これらコンピはヤマハのハードディスクプレーヤーに入っており、いつでもCDR化が可能だ。
「BLUENOTE SIDE Ⅱ」のラインナップは以下の通り。

1. Autumn Leaves (キャノンボール・アダレイ(マイルス・デイビス)/1595)
2. Asiatic Raes (ソニー・ロリンズ/4001)
3. Amen (ドナルド・バード/4026)
4. Sweet Love Of Mine (ジャッキー・マクリーン/4345)
5. Easy Walker (スタンリー・タレンタイン/4268)
6. Moanin' (ジャズ・メッセンジャーズ/4003)
7. On Green Dolphin Street (ホレス・パーラン/4028)
8. Sweet Honey Bee (デューク・ピアソン/4252)
9. Idle Moments (グラント・グリーン/4154)
10. The Break Through (ハンク・モブレー/4209)
11. Swift (フレディ・レッド/4025)

分かり易い曲、ヒット曲、キャッチーなテーマの曲。
BLUENOTE SIDEⅢ、Ⅱを通して、明らかにそういった基準で選択しているという事がお分かり頂けると思う。
酒でも飲みながらジャズを聴くなら、こういったものが私は好ましい。
事実今もブルゴーニュの赤などちょっといただきながら聴きつつ書いている。
そういえば発音はわからないけれど、台湾で赤ワインを「紅酒」と表記していた。
だが飲食店で酒を頼む人は殆どなかった。
あの地では人前での飲酒が不道徳である可能性がある。
私達もなんとなく飲酒量が減り、食べ物の値段が安いこともあって滞在中に使ったお金が非常に少額となった。
台湾にとってあまり優良な観光客ではなかった。

大陸から来る中国人がこの地でも例の爆買をするのかどうか知らない。
だが、彼らには良くも悪くもパワーがあった。
どこへ行っても写真を撮りまくり、お構いなく大声で語り合う。
傍若無人との見方もできる。
そんな彼らを台湾の人たちはあまり良く思っていないようだった。
どうも自分達のことを中国人と思っておらず、中国人と一緒にされては迷惑だ、そんなニュアンスをガイドさんのたどたどしい日本語から感じたものだ。

少々酔った勢いもあるかもしれないけれど、万一当方の私的コンピ盤「BLUENOTE SIDE シリーズ」を欲しい方がおられるなら、CDRお送りします。
有名曲が多いから、既に全ての音源をお持ちだという方も当然おられよう。
だからどれくらいの希望があるものやら分からない。
分からないが50枚も作るのはちょっと大変なので、各盤先着5名様枚限定とさせてください。
重複応募可。
「BLUENOTE SIDE Ⅰ」の内容は明日以降アップいたします.。
発送は多分鍵コメにて住所氏名をお伝え頂く他ないので、お互いやや勇気が要る話ではありますね。
もちろん当選発表なし、発送をもって代えさせて頂きます。
















(228) 藍調 SIDE Ⅰ

blues walk
No.228 2014.11.11



<藍調 SIDE Ⅰ>




1500番台を中心に選曲した「BLUENOTE SIDE Ⅰ」のラインナップは次の通り。

1. Hassan's Dream (リー・モーガン/1557)
2. Violets For Your Furs (ズート・シムズ(ユタ・ヒップ)/1530)
3. Cheese Cake (デクスター・ゴードン/4112)
4. Blues Walk (ルー・ドナルドソン/1593)
5. Cleopatra's Dream (バド・パウエル/4009)
6. Maiden Voyage (ハービー・ハンコック/4195)
7. Fugue'n Blues (ケニー・バレル/1523)
8. April In Paris (サド・ジョーンズ/1527)
9. Senor Blues (ホレス・シルバー/1539)
10. Royal Flush (ソニー・クラーク/1592)
11. Rubbis (ジミー・スミス/1514)
12. Nice And Easy (ジョニー・グリフィン/1533)

当ブログにて既に登場し重複の曲も複数ある。
こうして自作コンピを三枚続けて聴き改めて思った。
ブルーノートでは収録前にリハーサルを行っていた。
そのため、同時期の他レーベルにない、なんと言うか完成度の高さがある。
ミュージシャンの一発芸(偶然性)に期待しない、アルフレッド・ライオンのドイツ人気質だったのだろう。


話変るが、昨日行われた APECでの日中首脳会談冒頭のシーンを多くの方がご覧になったと思う。
安倍首相が「お会いできて嬉しい」と語りかけたのに対し、習近平これを完全に無視、ニコリともせず視線すら合わそうとしなかった。
昨今の日中情勢を踏まえ、対日強硬姿勢を国内向けにアピール、との見立てもあったが、それだけでもないだろう。
米国との間にどれ程の対立を生じていたとしても、オバマ大統領に対してあのように無礼な振る舞いが出来よう筈もない。
要は日本をなめているのだ。

中華思想というのがあの国の基本にある。
これは大昔からのことで、中国が世界の中心であり、「国」と言えるのは中国だけであとは辺境の野蛮人どもだ。
従って中国のトップのみが「皇帝」を名乗ることができ、朝貢して来る周辺の部族の長を「王」と封じた。
王は皇帝の部下である。
これを冊封体制と言った。
日本などの島国は、彼らにとって最下層の認識の「島夷」に過ぎない。
韓国マスコミが天皇をして「日王」と記す真意がお分かり頂けるだろう。

中国の龍には爪(指)が五本ある。
大陸の周辺部族、例えば朝鮮に贈られた龍の爪は四本。
島国日本の龍は?
三本だ。
これが中華思想である。
台湾も事情は同じ。
中国は台湾を自国領と考えて来なかった。
明治時代に沖縄の役人数十人を乗せた船が時化に逢い、台湾に漂着したことがある。
この時彼らの大多数が台湾人に殺される事件があった。
日本政府が抗議すると清国は、台湾など自国領ではないから関知せずと回答した。
いわんや尖閣をや。







(229) トリビアの泉

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No.229 2014.11.13




<トリビアの泉>




フランス人ピアニスト、エリック・テリュエルのデビュー作「Traboules Pursuit」。
本作を輸入したガッツプロダクションは、これを「Sidewalk Chaser」と改題した。
ガッツプロ、ポーランドなどの東欧ジャズを扱ったが、取っ付き難く売れなかった。
そこで起死回生策「ピアノトリオ万歳シリーズ」に打って出た。
本作はシリーズ第三作である。
原題「Traboules Pursuit( トラブール パスート)」ではなんだかわからない。
故ヤスケンさんがライナーに書いておられるが、Traboulesという単語はフランス語の辞書にも載っていないという。

だが、調べれば出てくるものだ。
Traboulesはエリック・テリュエルの出身地リヨンの旧市街に500年前からある、屋根のある小路だという。
複数の建物内を通る抜け道というか、路地裏のようなものだ。
Pursuitは英語・フランス語共通の単語で、「追跡」のことだから、「Sidewalk(歩道)Chaser」というのは一見ほとんど同じ意味に思える。
ただ、不思議な事にガッツプロがわざわざ改題したタイトルであるが、ガリ版刷りに毛の生えた程度の粗末なライナーにちょこっと載っているだけで、ジャケットのどこにも反映されていない。

一方「Trivial Pursuit(トリビアル・パスート)」というアメリカ発祥の大ヒットしたボードゲームがある。
双六のようなもので、サイコロを振り盤を進む。
進んだポイントで出されるクイズを解くことが出来れば、更に先へ進むというものだ。
トリビアルとはラテン語で三叉路の事であり、転じてありふれた事、更に雑学を意味した。
それはTRIが大学の基礎教養科目七つのうち三学(トリウィウム/文法・修辞・論理)であり、他の四科(クワドリウィウム/算術・幾何・天文学・音楽)よりも下らないとされたからだ。

「Traboules Pursuit」というのはもしかしたら、「Trivial Pursuit」のフランス版ではないだろうか。
もしもそうなら、「Sidewalk Chaser」の改題では意味を成さなくなる。
というような「トリビアの泉」的薀蓄など、この際まあどうでも良く、私がここで一番注目してもらいたいのは、本作収録の「ブルー・ランタン♯26」である。

こんなにかっこいい曲があまりにも知られていない。
エリック・テリュエルを一言で言えば「知的なピアノ」ということになる。
彼の一番いい所、一番おいしい所がこの一曲に凝縮されている。
寺島靖国師匠の「JazzBar 2014」が間もなく出る頃だ。
何故この曲がJazzBarシリーズ過去13枚に採用されることなく、打ち捨てられて来たのか私は理解できない。
1999年フランス録音。
ピアノトリオ絶対の推薦曲である。

ところで、中田ヒデと柴咲コウの話、あれは本当なのか?
過去に色々話題もあったが、あれは陽動であって実は中田氏、女に興味がないのではと思っていたのだが。








(230) 冬のはじまり

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No.230 2014.11.14



<冬のはじまり>




前回ちょっと話題にした「寺島靖国 Jazz Bar 2014」が今年も無事出そうだ。
内容等まだ明らかにされていないようだが、12月5日頃の発売予定である。
私が宣伝するのもアレだが、これを聴かなくては一年が終わらないという師走の風物詩的存在。
勝手に師匠と崇める寺島さんも間もなく77歳だ。
ご健在でおられても、さすがにあと10回出すのはしんどいかもしれない。
少し高いが、皆さんドンドン買ってください。

これが出ると年末ムード濃厚となってゆく。
まだ発売まで日があるけれど、私は早速予約した。
そんな矢先、まだ11月中旬だと言うのに、朝起きたら外が大変な事になっていた。



2014初雪



我が家の裏の景色である。
「キタ━(゚∀゚)━!」というヤツだな。
幸い台北へ行く時に帰りの事が心配だったので、つまり空港から帰って来られなくなっては困るので、タイヤを早々と換えてあった。
お陰で今朝、問題なく外出も可能であったが皆さんどうだろう、交通量は非常に少なかった。

今夜から三日連続、No.156~でお話ししたトランペッター島裕介のライブがある。
島さん横浜方面の方なので、驚くだろうな。
それより何より、無事こちらへ来ることが出来るだろうか。
少し心配だ。










番外編 ㉜ 島裕介ライブ Ⅰ

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<番外編 ㉜ 島裕介ライブ Ⅰ>




島裕介がやって来た。
私は友人六人を誘い、ライブハウス「JAMSICA」へ足を運んだのである。
会場満員。
補助椅子まで動員された。
この日の出し物、「山田丈造カルテット feat.島裕介」ということで、島さんをゲストに迎えた2トランペットのクインテットであった。

山田丈造カルテットの面々は島さんより一世代若い。
同じトタンペッターとして島さんと比較されてしまうリーダー多少緊張気味であったが、次第に開き直り、島さんを中心に大ハードバップ大会を繰り広げた。
我々以外に来ていた人たちの素性無論わからない。
若者が多かった。
彼らは楽しんでいかれただろうか。
私が心配する事でもないのかもしれないが、こちらのグループでいえば楽しんでもらえたと断言できるのは、私含め半分だと思う。
演目が少々マニアックだった。
「え?あれで?」とミュージシャン側は言うに違いない。
だが来場者全員がジャズファンだと考えてはいけないのではないか。
友人一人爆睡、これが何より雄弁に現実を物語っていた。

島さんはそれを知っている。
故の「名曲を吹く」二作だったのである。
先ずは聴いてもらう、ファンになってもらう事が必要だ。
昨夜誘った友人の大半が恐らくリピーターにならないだろう。
「それで結構、わかる人だけ聴いてくれ」
そう言いたい気持ちは理解できる。
でもそれでは店がもたない。
満席だったのであれば問題ないのでは、という声が聞こえる。
だがあれは恐らく島さんの営業努力によるものだ。
ジャズを扱う大半のライブハウスが苦境に立たされている。
こらえきれずに店を閉めてしまう。
それではミュージシャン自身がプロとして生活していけない。
結果としてこの音楽が衰退していくだろう。

難しいところだが、せめて半分、ジャズファンでなくとも聴いたことのある曲をやってくれないか。
そしてあとの半分が、島さんのオリジナル諸作のような美曲なら、誘われて一回だけ義理で来たという人たちがジャズファンになっていく可能性がある。







番外編 ㉜ 島裕介ライブ Ⅱ

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<番外編 ㉜ 島裕介ライブ Ⅱ>




島裕介のライブ二日目。
ピアノの伊藤志宏氏との「Shima&ShikouDUO」である。
今日は4人を動員し会場の「のや」へ向かう。
不思議な店だった。
ライブ会場と飲食スペースが完全に分離されている。
夕方6時店に入り、先ずは食事を済ませる(しかない)。

店内に「海を見下ろして」が流れていた。
ああ、ライブに備えて島さんのCDを流しているな、と私は思った。
だがよく聴けばどうもいつもとテイクが違うようだった。
これは本番に備えたリハーサルであったと後で知る。
ライブ前から「生音」を聴いていたことになる。

非常に不本意な内容の飲食を済ませ、廊下伝いに隣接されたライブ会場へ向かう。
40席ほどの椅子が並べられている。
食卓テーブルで使う飛騨の家具的木製の椅子である。
これに2時間も座るのか。
他の選択肢はない。
じっと我慢するしかないのだ。

満場の客。
若い。
そして女性が多い。
数えたら男は8人、若い女性が25人、若くない女性が5人だった。
若くない女性のうち3名は我が方の関係者だから、圧倒的に若い女性の比率が高い。
どうしてこういった構成になるのだろう。
何らかの理由がある筈だ。
観察していて分かった。
その多くがShima&shikouの知人であるらしい。
残りは多分、どこかの大学のジャズ研などではないだろうか。
客席に昨夜共演の女性ピアニストを発見した。
少し遅れてベーシストもやってきて、私の前に座った。
今夜の聴衆はジャズの非常にコアな部分にいる人たちだ。

演奏された曲の殆どすべてが、当然だがShima&Shikou名義で出ている4枚のアルバム、「雨の246」「ROAD TO THE DEEP NORTH」「Poetry」「呼吸」からのものだった。
一曲一曲の演奏がやたら長い。
だから曲数が少なくなった。
ライブには有りがちなことかもしれないが、今回そうなった原因は伊藤氏の長いソロのせいだ。
彼の技術は素晴らしいと思う。
もしかしたらそれを聴きに来ているピアニストが多数いた可能性がある。
だが私は違う。
評論家でも何でもない素人に過ぎず、ピアノすら弾けはしないが私ならこう言う。
「うまいね、でもそれがどうした?」
ミュージシャンズ・ミュージシャン、フォー・ミュージシャンズ・オンリー。
あなたがやっているのはジャズではないのか?
いいですか、ジャズはポップスだ。
大衆の音楽だ。
優れた大衆音楽は必ず売れる筈である。
どうです?売れますか?
売れなくて結構、それにジャズでもない、ポップス?帰れ帰れと伊藤氏は言うに違いない。
それは彼が作るオリジナル曲に良く顕れている。
ただ小難しいだけ。
演奏含め一人よがりなのである。
少し面白いのは話(MC)のみではないか。

島さんがこれを読む可能性がなくはない。
そうなれば、島さんとはもう良好な交流を保てないだろう。
だったらついでにもう一つ言っておく。
島さん、「Shima&ShikouDUO」はもう止めたほうが良いよ。
本人たちが一番わかっていると思う。
良く言う「方向性」が、今や全然違ってしまっている。
だから二人のライブが「久しぶり」の事になり、最後のCDから2年経過しても新譜が出ないのだ。
このチームのリーダーは島さんの筈だが、既に島さんのコントロールが利かなくなっている。
昨夜私がリクエストした島さん作の名曲「海を見下ろして」をこの日演ってくれた時、伊藤氏はこう言った。
「そんな曲もあったな、案外野郎がリクエストするんだよなこれ。オレなら断るけど」
この不遜な発言はあながちジョークとは言えないものだった。
少なくとも慶応ジャズ研の後輩が先輩のオリジナル曲に関してする発言として、普通許されるものではなかろう。

今回のライブを私は相当楽しみにしていた。
それはあの「横浜 ちぐさ」での島裕介が記憶に焼き付いていたからだ。
私は揃えたCDから「私的島裕介スペシャル」をこさえ、毎日これを聴いていた。
それは以下のようなラインナップです。
もちろん伊藤氏のオリジナルは一曲も入っていない。



1. 海を見おろして
2. 椰子の実
3. ラルゴ
4. 酒とバラの日々
5. オーバーヒート
6. 黒いオルフェ
7. ROAD TO THE DEEP NORTH
8. この道
9. 男はブラック
10. インク・ブルー・ラプソディ
11. クラブR
12. ふるさと
13. 湯気の中で
14. 素晴らしき世界
15. おどりば
16. チュニジアの夜
17. Happy Birthday To You
18. 碧い春
19. イパネマの娘





最後に、これからも更なる活躍を願っています。
本日の千秋楽、私も行くつもりであるが、もうリポートは書かないかもしれない。



















番外編 ㉜ 島裕介ライブⅢ

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<番外編 ㉜ 島裕介ライブⅢ>




島裕介ライブも最終日。
私は直前までテニスの練習会があり、終了後そのまま会場へ向かう流れだった。
まさかジャージ姿で行くわけにもいかない。
そこで家を出る時からジャケットを着て行き、テニス・コートで着替え、終了後に再度着替えてライブを聴きに行くことにした。
会場付近に駐車場が見つからない可能性があったので、テニス・コート近くの駐車場に車をとめ、地下鉄で出かけた。

この日のライブハウス「円山ノクターン」が今回一番快適な環境だった。
開始時刻の2時半は、島さんがこのあと東京へ帰るからだ。
なかにし りく さんという、地元のシンガー・ソングライターのソロライブへのゲスト参加の形だった。
なかにしさん、興行的に難しい時間帯にスケジュールを押し込んでも、島さんとのデュオを実現させたかったのだと思う。

島さんの役割はオブリガードと間奏だ。
つまり「なかにし りく」のバックミュージシャンという事だ。
このなかにし りく というシンガー、なんと言うか女性歌手イルカの男性版といった感じで、申し訳ないけれど私は興味がない。
ではこのライブ鑑賞に不満があったかと言えば、まったく逆、三日間で一番良かった。
それは島裕介のトランペットを満喫したからだ。
島さんのソロコーナーがあり、サッチモで有名な「素晴らしき世界」と「ゴッドファーザー」を独奏した。
トリハダが立った。
そして前二回のモヤモヤ感の正体をこれで悟ったのである。

私は結局島裕介のトランペットに生理的に惹かれるところがあり、ただそれが聴きたいだけなのだろう。
それが島オリジナルの美旋律によるものなら最高だが、そうでなくとも十分感動が訪れる。
伊藤志宏氏のピアノや山田丈造カルテットの演奏は、悪いが特に聴きたくない。
トランペットソロでライブ一本押し通すのはシンドイだろうから、それなら島さんのトランペットを邪魔しないバックバンド付きが最高だ。
「島裕介カルテット」というより「島裕介と彼のトリオ」。
直言すれば大看板の大物になって欲しいという事だ。
島裕介のトランペットと作曲には、それを実現する力がある。
我儘であるとか贔屓の引き倒しであるなどと、別に私は思っていない。
リスナーやファンといったものは本来我儘であるし、それが許される立場だからだ。
ただ、私の希望がいつか叶うとしても、それにはもう少し時間がかかるかもしれない。
島さん、古希までには何とかお願いします。









(231) SOUL FOOD 魂の糧

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No.231 2014.11.18



<SOUL FOOD 魂の糧>




前世紀末、バカテク認定していたピアニストが三人いた。
モンティ・アレキサンダー、ゴンサロ・ルバルカバ、それに本作のサイラス・チェスナットだ。
バカテクという言い方には少しばかり否定的なニュアンスが含まれる。
テクニックばかりが先走り内容おろそか、といった感じだろうか。

1992年、サイラス・チェスナットは日本のアルファジャズから「キャラバン」でデビューした。
29才だった。
ピアニストとしてもう既に若くない。
その時のベーシスト、クリスチャン・マクブライドなど弱冠19才だったのである。
サイラス・チェスナットに、このチャンスを何とかモノにしようという焦りというか、決意は当然あっただろう。
「スタンダードナンバーを」とのレコード会社の要望も、黙ってのむしかなかったと思う。
であれば違いを見せるならテクニックだ。

2年後アトランティックからオリジナル曲でかためた「Revelation」が出た時、私はこのピアニストがただのバカテクでない事にやっと気付いた。
彼には作曲の才能があった。
例えばホレス・シルバーも数多の名曲を書いた作曲の人だが、ピアノは普通だ。
デューク・ピアソン然り。
楽器の天才且つ作曲の天才、こんな人世の中にそうそういるものではない。

アトランティックで成功したサイラス・チェスナット、同時期に日本のM&Iからも複数のアルバムをリリースしている。
こちらは契約の関係で、「マンハッタン・トリニティ」名義だった。
日本のレコード会社はジャズと言えば反射的に「マンハッタン」である。
しかも相変わらず「スタンダードナンバーを」。
だが、サイラス・チェスナットはテクニックのひけらかしをしなかった。
もう彼にそんな必要などなかったのだ。

余裕が演奏すら変えてしまう。
でも一番変わったのは体型かもしれない。
「100 Gold Fingers」という人気ピアニスト10人を集める企画で来日した時、病的にメタボ化した姿を見て大変驚いた。
このコンサートに付いたコピー、「ニューヨークからピアニストが消えた」にも笑ったけど。

本作タイトル曲を聴いて欲しい。
これは是非聴いておきたい一曲だ。
9分近い長尺にも関わらず、飽きさせることなく一気に聴かせる。
フロントにマーカス・プリンタップ(tp)やジェームス・カーター(ts)らを並べ、既にビッグネームとなっていたデビュー盤のベーシスト、クリスチャン・マクブライドが付き合っている。












(232) もうひとつのRTF

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No.232 2014.11.20



<もうひとつのRTF>




とにかく売れないジャズのレコード、という話を何度かした。
だから枚数で稼ぐ、いや枚数が多すぎるから一枚一枚がハケない、どちらも当たっているのだろう。
現在日本で出る新譜など、どれも良くて千単位の売れ行きで、万いったら大ヒットなんだとか。
そんなジャズのレコードで、ダイアナ・クラールを除けば、驚異的ヒットと言えるのが当ブログNo.95の「リターン・トゥ・フォーエバー」だ。
ミリオンセラーとなり、殺到するリクエストがジャズ喫茶のバイトを閉口させた。
マイルスのレコードだって、こんなに売れたのはない。

好き嫌いはともかく、確かに新しかった。
それだけは誰にも否定できまい。
そしてただ新しいだけでなく、我慢しながら聴いていた層に優しかった。
そんな時代があった。
教養としてジャズを学ぶためにジャズ喫茶へ通う時代。
ジャズ喫茶は謂わば街の道場だった。
小難しいジャズを散々聴かされ、泣きそうになっていた「ファン」にとって、リターン・トゥ・フォーエバーは陳腐だがまさに一服の清涼剤だったのだ。
こんなに分かり易くていいんだ。
聴いて楽しくてもいいんだ・・・
「ジャズファン」とはどうにも気の毒な人たちであった。

苦悩から解放されたかのようにどんどん買う彼らを見て、ミュージシャンも驚き気付いた。
「売れるのか、こうやれば」
ある意味である種の時代の扉を開いた作品だと言っていいと思う。
その点で、同じようにジャズ喫茶従業員を悩ませたNo.94キース・ジャレット「ケルンコンサート」とはまったく違う。

本作は「もう一つのリターン・トゥ・フォーエバー」と言われる。
チック・コリア(p)、スタンリー・クラーク(b)、アイアート・モレイラ(perc)が参加し「La Fiesta」を演った。
私が所有するのは輸入盤のLPレコードだが、後日CD化に際してボーナストラックに「Crystal Silence」が入ったと聞いている。

リーダーのスタン・ゲッツは何かと評判の良くない男だった。
特に日本人が嫌いだったらしく、来日公演ではひどい手抜き演奏をしたと批判された。
名うてのジャンキーだったから、日本でヤクが手に入らず調子が出なかっただけかもしれないのだが。
税関を突破して持ち込むのは、きっと簡単ではないだろう。
あのポール・マッカートニーが税関で大麻を押さえられ、強制送還されたのを覚えておられよう。

プレースタイルがクールだった。
すかしてる、と言っても過言ではない。
時にアルトかと思わせる音使いをした。
そんなゲッツが吹きに吹いた。
ゲッツの最も熱い演奏が「La Fiesta」だ。
チック作のこの曲が、ゲッツをそんな風に変身させたのだ。
トニー・ウイリアムス(ds)の参加もデカいと思う。
だが、なぜか先に発売されたチック作品の大ヒットで、本作はジャズ史の闇に埋没した。
「リターン・トゥ・フォーエバー」の大評判をゲッツはどんな思いで見ただろう。
本作の録音は1972年1月、「リターン・トゥ・フォーエバー」の、わずかだが一か月前だった。


















(233) SHE'S LEAVING HOME

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No.233 2014.11.22



<SHE'S LEAVING HOME>




昔のジャズファンは辛辣な事を言っては素人を威圧したものだった。
そこに若干の諧謔が含まれていたことも否定しない。
でも、やはりその目線は相当上空からのものだった。
ストリングス入りを「ヒモつき」コンガ入りを「チャカポコ」と蔑んだ。
バイオリニストやパーカッション奏者の立場も考えてやったらどうだ。
ジャケットに女性の裸が写れば「エロジャケ」。
これは今でも言うし、私も少し抵抗がある。
娘にでも見られたら、父親の人格を疑われるのではないかと恐れるからだ。
女性ボーカルや女流ピアニストを好めば「婦人科」。
ならば私などは立派な婦人科だ。

本作の「婦人科」関連ボーカリスト、メロディ・ガルドーに関して語られる不可欠の話題をご存じだろう。
彼女がいつも手放す事がないサングラスである。
メロディ・ガルドーは現在29歳だ。
私の娘と殆ど同年代。
十年前、自転車で走行中彼女は事故に遭った。
赤信号を無視して突っ込んできた車に跳ね飛ばされ、死の淵を彷徨いながらもなんとか生還した。
しかしその後遺症のために視覚過敏となり、以来サングラスを離すことが出来なくなったという。
それ故なのだろうか、彼女が作る歌がどこか別の、苦悩に満ちた世界を私に覗かせるのは。

「My One And Only Thril」のThe Rainを聴いた。
その時私は全く無関係な情景を見ていた。
私は何故か「もののけ姫」のシーンを思い出していたのだ。
たたら場の頭エボシがこう言い放つ。
「賢しらに僅かな不運を見せびらかすな」
呪われたアシタカの右腕を指して。
バイオハザードを連想する、あの悍ましくも不気味な右腕が「僅かな不運」か。
苦界に身を売られた過去を持つ彼女にのみ許されるセリフだ。

メロディ・ガルドーもまた不運だった。
僅かとはとても言えないほどに。
だが、メロディ・ガルドーにとって、不運が大々的に語られた事が果たして本意だったろうか。
私は違う気がした。
レコード会社の方針に不本意ながら従ったと私は思う。
サングラスとは関係なく、まさに色眼鏡で見ることなく、彼女の音楽を聴いてほしかったのではないだろうか。
不運の公表とバーターでCDを売りたくない。
彼女の不運と音楽に何の関係もない。
そのことをメロディ・ガルドーは良く知っていたと思う。
だから彼女はそろそろ状況を変え埒を明けたかったのではないか。
第三作、これを聴いて私はホッとしたのである。
不運な事も確かにあったけれど、一人の若い女性としてそろそろ幸せになって良い頃だ。
そうした方向へ少し舵が切られたように私は感じた。
今すぐに全部は無理だとしても。


さて、大幅に話が変わる。
本日車を買い換えたのである。
今まであまり車の話をした事がない。
それは実際、特に私が車好きという事でもないからだ。
だが、買い換えによって近いうちに引き取られていく(ほとんどタダ同然だ)この車が私はとても好きだった。
だから我が家に18年も居つく事になった。

一緒に車のショーに行った友人に薦められてこの車を買った。
この人物はその頃、イタリアのバルケッタを買った。
オープンツーシーターの、それはそれはかっこいい車だった。
その後、左ハンドル且マニュアルのセニックを買い、最近になってカングーに乗り換えるという、なんともラテン系な男である。
日本のパンツェッタ・ジローラモ、北のちょいワルオヤジ。
今は見事にカングーが似合っている。

そんな彼に薦められたこの車、とにかく壊れまくった。
どこがって?そりゃーあなた、エンジンとミッションとボディ以外の全てと言っていいくらいだ。
壊れに壊れ、修理代が恐らくはこの車をもう一台買えるくらいかかったのではないか。
でも私は少しも不満を感じていない。
この車を買って良かった、そう思っている。
気品があり、哲学があり、そして何より佇まいが凛としていた。

徳大寺 有恒氏がこれのゴールドに乗っていらした。
この車が走り去っていく後姿が好きだと言っておられた。
我家では主に家人がこの車を使用して来たので、まさしく走り去る後姿を私は幾度となく見てきた。
いつも典雅で美しかった。
そして数ある外装色の中でも、とりわけ私は我家の色が好きだった。
この車にはこの色しかないだろうというくらいに。

殆どの期間をガレージ保管していたせいもあるだろう、今でも状態が非常にきれいだ。
そのせいかどうか分からない、多分違うような気がするが、18年経ってもひとつもみすぼらしくならなかった。
こんな車を私は他に知らない。

話したいことならいくらでもある。
だがもうよそう。
たくさんの思い出を乗せたまま、彼女はもうすぐ家を出ていくのだ。



レンジ








(234) もうひとつのWFD

know what i mean
No.234 2014.11.25



<もうひとつのWFD>




もうひとつ、といわず「ワルツ・フォー・デビー」をカバーしたミュージシャン数知れず、多くのバージョンがある。
エバンス自身がデビュー作にてソロテイクを残してもいる。
しかし私にとってのワルツ・フォー・デビーは、エバンスのビレッジバンガードライブと本作に限られ、他はどうでもいい。

ところで当ブログにおけるキャノンボール・アダレイの露出度は低くない。
アルトで言えばジャッキー・マクリーンに肩を並べるほどだ。
それは言うまでもなく、個人的に彼を好むからで、他に理由があるはずもない。

昔ある政治家が「あっけらかんのかー」発言でヒンシュクをかったのを覚えておられるだろう。
実際のキャノンボールの人となりがどうであったか(知らないから)別として、彼のアルトはいつもまさに「あっけらかんのかー」であった。
実質マイルスがリーダーの「サムシンエルス」枯葉で、キャノンボールのソロが始まる瞬間が大好きだ。
光あるところに影がある。
キャノンボールの陽性が、ジャズの陰影を大きく強調する効果を生む。

本作におけるワルツ・フォー・デビーまた然り。
このテイクはエバンスのソロから入る。
心打たれるエバンスらしい演奏である。
う~ん・・・いい・・・。
で、ワンコーラス終わったところで、「あっけらかんのかーアルト」がガラッと雰囲気を変えてしまう。
この瞬間がいいのだ。
たまらん。

ベースとドラムがMJQのパーシー・ヒース、コニー・ケイなのがまたいい。
この二人、MJQでの目立っちゃいけないリズム隊がすっかり身に付き、本作でもけして出しゃばらなかった。
それが一層この異色のセッションを、キャノンボールのアルトを際立たせた。
もしもスコット・ラファロとポール・モチアンだったなら、ゴチャゴチャして収拾付かなかったのではないか。

ビレッジバンガードライブは1961年6月25だった。
あまり関係ないかもしれないけれど、この日は母の30回目の誕生日であった。
私、小学校一年生。
アフタヌーンセット二回、イブニングセット三回、計五回のステージの一部始終が、2002年ビクターからボックスセットで出ている。
ビル・エバンス・トリオによるワルツ・フォー・デビーが、この時イブニングセットの2と3で二回演奏されている。
アルバム収録されたのはセット3(Take 2)の方だ。

ビル・エバンス・トリオによる「ワルツ・フォー・デビー」で、マナーが悪い客以外に唯一気になるのが、この曲の頭でエバンスのピアノとラファロのベースが若干ズレる点だ。
A型気質丸出しだ。
しかし、気になるものは気になる。
このズレはボツテイクの方もたいして違わない。
要するにアイコンタクトでもなく「せーの!」でもなく、適当に(勝手に)エバンスが始めているものと思われる。
二つのテイクで違いがあるとすれば、採用テイクの方がモチアンのブラシにザクザク感というか力強さがあり、ラファロのベースソロにも迫力がある。
しかし、それ以上にTake 1最後の蛇足がボツの決め手だろう。
現在ではボーナストラックとしてCDに収録されていると聞く。
尚この曲、オリン・キープニュースの直筆レコーディング・データでは「Debbie's Waltz」となっている。

キャノンボールセッションはスタジオ録音、ビレッジバンガードの方はライブであるが、私はむしろライブの方が録音が良いと思う。
驚異的な事だ。
そして実は本作、キャノンボールセッションの方が三ヶ月早い。

ベーシストのスコット・ラファロは、ビレッジバンガードライブから10日後に自動車事故で亡くなった。
25歳の若さだった。
大きなショックを受けたとされるエバンスも、結局は1980年に死んだ。
そしてその数年前、エバンスの妻エレインが自殺している。
夫の心変わりを嘆いての事だったという。









(235) 夢見る頃を過ぎても

夢見る頃を
No.235 2014.11.27



<夢見る頃を過ぎても>




タイトル曲「When I Grow Too Old To Dream」が好きだ。
邦題「夢見る頃を過ぎても」がまたいい。
20年前の日本で同名のドラマを放送していたようだが、その頃の私は非常に多忙でテレビを見る暇がなく、そのドラマの事をまったく知らない。
知らないがどうも、この曲をテーマに使ったのではなく、タイトルのみ拝借したのではないだろうか。
この曲が作られたのが1930年代の事であり、著作権もすでに消滅していたのだろう。
作曲者をシグムンド・ロンバーグといい、「朝日のようにさわやかに」が有名である。

本作はソニー系の日本のレコード会社、BMGファンハウスへハリー・アレンが吹き込んだものだ。
この頃ハリー・アレンは同社と専属契約をしていた。
しかし、人気があったかと言えば、あまりぱっとしなかったように思う。
ルックスだろうか。
どうもポチャッとしていてジャズっぽくない。
加えて表情に強い意志や自信が感じられない。
彼の演奏、特に音がいいだけに惜しい。
この世代のテナー奏者といえば、ほぼ例外なくコルトレーンの影響下にあった。
メカニカルで理屈っぽいテナーばかりの中で、ハリーアレンはもっと古典的な、例えばコールマン・ホーキンスのような吹き方をしていた。
本人はスタン・ゲッツを信奉していたようだが、私にはそのようには聴こえない。
サブトーンを効かせた古き良きスウィングテナーだ。

レイ・ブラウン(b)
ハーブ・エリス(g)
ジェフ・ハミルトン(ds)

以上が本作のパーソネルで、お気付きの通りピアノレスだ。
しかもハーブ・エリスはゲスト扱いであり、4曲のみの参加となる。
残りはテナー、ベース、ドラムのトリオだ。
どこかで聴いた感じだと思った。
ソニー・ロリンズがブルーノートでのラストレコーディングとした、ビレッジバンガードライブ(1581)と同一だったのである。
私は普通にピアノがある方がいい。
せめてハーブ・エリスにフル参戦してもらいたかった。
どうも間が持てないというか、音に隙間が出来てしまうのだ。
その点タイトル曲にはしっかりギターが入っており、安心して聴いていられる。
本作で私が聴くのはこれ一曲のみだ。









(236) 共に去り逝かむ

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No.236 2014.11.28



<共に去り逝かむ>




某局のニュースを見ていたら、出し抜けにオーディオの話題それもハイレゾの話へ。
HIGH - RESOLUTION(高解像度)、略してハイレゾである。
話には聞いているが音を聴いたことはない。
番組リポーターがソニーのスタジオへ赴き試聴、「聖子ちゃんが目の前でボクだけのために歌っている」ようなのだとか。

最近あまり言わなくなったがハイファイという言葉もある。
HIGH - FIDELITY(高忠実度)の略で、ハイレゾよりもずっと馴染み深い。
1950年代にLPレコードが登場すると、表といわず裏といわず「Hi-Fi」と大書したものがいっぱいあった。
1956年・57年録音盤をカップリングした本作CDも、元々は「オスカー・ペチフォード・イン・ハイファイ」である。
ハイファイセットなどというコーラスグループもいたが、オーディオ界では次第にこのハイファイを使用しなくなり、ハイエンドに取って代わる。
ハイエンド・・・地獄の沙汰も金次第感がハンパなかった。
それが今、ハイと言えばレゾである。

「今まで聴いていたCDは、原音全部ではなく、必要な部分のみを記録していました。
音の一部を大幅に削除していたのです」
これ、誰が言っていると思います?
ソニーのホームページ編集子なのである。
なんだとぉ!
そもそもCDを開発したソニーである。
お前がそれを言うのか!
さらに「ハイレゾは音の量が違うんです!音の太さ・繊細さ・奥行き・圧力・表現力が段違いなんです」と続く。
CDを大量に所持する我々ユーザーの立場をどうしてくれるのだ。

ご承知の通り、CDに記録された情報に20kHz以上の信号は一切ない。
スパッとカットされているのだ。
これは人間の能力が20kHz以上を感知できないからで、聞こえないならカットでいいよね、とそのようにCDという規格は開発時に枠をハメられている。
ところが、と冒頭の番組。
聞こえていない20kHz以上の音も当然の如く自然界に存在し、音波としての振動がそれ以下の音域に影響を与えている、と言うのである。
リポーターが次に向かうのはどこかの大学の実験室だ。
同じ音源を二種類聴く。
20kHzでカットしたCDバージョンと、青天井に上まで出したハイレゾバージョン。
被験者の様子を脳波で観察する。
すると後者に「安心」とか「快感」の要素が明らかに顕れているというのである。

「ハイレゾは情報量がCDの6.5倍です。
ハイレゾ音源はインターネットで購入します。
音楽配信サイトからダウンロードします」
あっそう、もうわかった。
何度でも言うが、如何ほどに音が良かろうともそれはダメ。
私は絶対関わらない。
滅び行くパッケージメディア、LPレコードやCDと共に我命運尽きて結構だ。

尚本作、ベーシストのリーダー作でありながらもスウィング系ビッグバンドものという、ちょっと変わった盤である。
ジジ・グライス、ベニーゴルソン(57年セッションのみ)がアレンジャーとなっている点が大きい。
57年セッションでは、同年ブルーノートに吹き込んだ「アイリメンバー・クリフォード(リー・モーガン1557)」のオーケストラ版を収録。トランペッターにアート・ファーマーを起用している。
ハープが入っていたり、サヒブ・シハブ(brs)が顔を出したりとアレンジャー、飽きさせないように色々頑張った。
しかしハイファイ度普通、56年セッションの方はモノラル録音である。








(237) あわてんぼうのサンタクロース

merry ole
No.237 2014.11.30



<あわてんぼうのサンタクロース>




ブルーノート4323番、デューク・ピアソンのメリー・オウル・ソウルである。
サンタ姿のピアソンがピアノを背負っている有名なジャケットだ。
であるがカラーという事もあり、とてもブルーノート作品に見えない。
なに?クリスマス・アルバム?その通りだ。
ピアソンの初リーダー盤であるブルーノート4022番「PROFILE」と見比べてみれば、同一人物とも思えない違いがある。
多分こちら、本作の方が地だろう。
ジャズメンもイメージ作りに大変だったのだ。

ピアソンはただのジャズメン、ただのピアニストではなかった。
アルフレッド・ライオンが引退して後のブルーノートを、プロデューサーとして支えたのは彼だ。
4000番台の後半諸作にはピアソンの息がかかっていると思って良い。
そして最後の最後に来て、どさくさ紛れにクリスマスアルバムを吹き込んだ。
ミュージシャンというのは、クリスマスアルバムを作りたがる人達だ。
それが出来たら一丁前、一流の証しだからである。
ピアソンンの満足気な顔をご覧頂きたい。

あまり大きな声で言い辛いが、私は結構クリスマスソングが好きだ。
片っ端から集めて私的コンピを編集し、それが現在第三集まで来ている。
定番と思われるものを既に使ってしまい、そろそろネタ切れが近い。
どこかに素敵なクリスマスソングがないものだろうか。
そんなに集めてどうする、と言われればまあおっしゃる通りである。
スイカと一緒で所詮季節ものだもの。
ところがクリスマスアルバムの解説を見ると、「これはただのクリスマスアルバムではない」とたいてい書いてある。
季節を通して聴ける完成度に仕上がっている、と。
そんなわけあるかい!
クリスマスアルバムはクリスマスアルバムだ。
ただのクリスマスアルバムで結構。
それ以上である訳がなければ、無論それ以下でも当然ないのである。
大好きなクリスマスソングであっても、真夏にかけたら何事かと思われよう。
事実、家人から必ず苦情が寄せられる。
だから辛抱していたが、明日から12月、そろそろいいのではないか。

本作はCD化されたが長らく廃盤となっており、法外な値段で取り引きされていた。
それが現在再発され、非常にお手頃な価格で手に入るようだ。
ブルーノート4000番台も最後の方だが、大丈夫怪しげなものではない。
良く出来た、しかしただのクリスマスアルバムである。
安心してお買い求め頂きたい。


♪あわてんぼうのサンタクロース♪クリスマス前にやってきた・・・









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バロン ド バップ

Author:バロン ド バップ
音楽がある限り

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