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(204) THE PIANO HAS BEEN DRINKING(NOT ME)

tom waits
No.204 2014.10.2



<THE PIANO HAS BEEN DRINKING(NOT ME)>




実は初めて聴いたトム・ウェイツは本作ではなかった。
第三作「スモール・チェンジ」収録の「思いでのニューオリンズ」である。
それは新曲を紹介するFM番組だった。
この曲が出たのが1976年だから、およそ40年前ということになるだろう。
声とメロディに圧倒され、翌日にはレコード店へと走っていた。
だが、このレコードを買うかどうかだいぶ迷った。
ジャケットがなんか安っぽくて好きじゃなかったからだ。
結局これを買ったのは「思いでのニューオリンズ」をもう一度聴きたかったからだ。
当時はFM放送をかなり積極的にエアチェック(カセットテープに録音)していたが、不覚にもこの曲が流れた時私はデッキの録音ボタンを押していなかったのだ。
アパートに帰り全曲聴いての感想は、どうもわざとらしいというものだった。
レコードを通して聴かれるトムの歌声はダミ声以外の何物でもない。
その頃当然ながらインターネットなどというものはなく、得られる情報も限られたものとなる。
後日FM誌などで知ったトムは「酔いどれ詩人」などということになっており、酒とタバコで声が潰れたといった話だった。
後日の来日ステージでは、ウィスキーのグラス片手にややフラつく足取りで現れたという。
「スモール・チェンジ」には「ピアノが酔っちまった」などという曲も入っている。
酔ったのはピアノであってオレじゃない、といったものだ。
ふーん、そうなの。
なんかシャラ臭いけど、まあいいや。

「思いでのニューオリンズ」が気に入った私は次に、セカンドアルバム「土曜の夜」に手を出した。
このレコードもジャケットが安っぽい。
でも内容的にはタイトル曲はじめジャズっぽい仕上がりで、なかなかに良くできていた。
トムの声はまだ潰れていない。
こちらは1974年の録音だ。
わずか2年で別人のように声が潰れるほど飲んだのか?

そして私は遂に本作に到達する。
1973年のデビュー作である。
徐々にさかのぼって聴いたトム・ウェイツ。
私は結局本作が一番気に入り、何故かその後の彼に興味を失った。
現在もご健在のようだ。
日本人なら年金受給年齢になられる頃だ。
2、3年であんなに声が潰れるほど酒を飲み、それが続いたらどうなるだろう。
ドアーズのジム・モリソンの例を見ればわかる。
禁煙には成功したという事だが、トムはその後断酒でもしたのだろうか。
尚、本作収録の「OL'55」をイーグルスがカバーしてヒットした。








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(205) ジャズか それともテロか

sahib shihab
No.205 2014.10.3



<ジャズか それともテロか>




有史以来いつの世も、国際問題のタネは常に尽きなかった。
国があり人があれば、それは今後も変わらず続いていく。
今日最も懸念されている国際問題は、エボラ出血熱とイスラム国だろう。
今のところ両方とも、我が国とは直接関係がないように見えなくもない。
だが、あっと言う間に目前の危機と化す可能性はある。

一見嫌なのはエボラの方か。
だがより危険なのがイスラム国ではないだろうか。
今後アメリカを中心とした多国籍軍との本格的な戦闘に発展した場合、どちらが勝つのかそれは、やる前から誰が見ても明らかだ。
アメリカが敗れた相手は今までのところベトナムしかいない。
それはベトナムにジャングルがあったからだった。
中東にジャングルはない。
隠れる場所とてない砂漠で、極短期間のうちにアメリカはイスラム国を制圧するだろう。
だが、本当の意味で彼らのジハードは、寧ろそこから始まるのではないのか。
たとえ戦闘に勝利しても、アメリカは彼らを皆殺しに出来る訳ではない。
次に始まるのは何か。
テロだ。
日本が調子に乗って「集団的自衛権」を行使などすれば、彼らは日本をテロの標的とすることに躊躇わないだろう。
そして我が国はそのテロに対して極めて脆弱だと私は思う。
目標となるものならほぼ無数にあり、その多くが殆ど丸腰と言って良い状況下にある。

イスラム国の勢力は2万とも3万とも言われるが、そのうちに1000人以上の欧米人が含まれ、アメリカ人すらが100人単位で参加しているという。
どこにでも不満分子はいる。
その不満も様々だろう。
だが、最大のものが何であるのか、私は想像がつく。
それは人種差別である。
マイルス・デイビスは白人嫌いを広言して憚らなかった。
それは実際白人にひどい目にあわされたからだ。
ステージのあい間に外で休憩中、白人警官に警棒で殴打された事すらあった。
バド・パウエルがおかしくなったのも、同様の事件がきっかけになったと言われている。
マイルスは生涯白人を許さず、アメリカにあって戦い続けた。
だが、そんな人種差別に嫌気がさして、アメリカを捨てた者も無論いた。

エドモンド・グレゴリーは22才で渡欧してデンマークに居を構え、イスラム教に改宗し名前まで変えた。
それが本作の全てを作編曲し、指揮をとったサヒブ・シハブその人である。
彼は音楽家であったために、アラブゲリラにはならずに済んだが、こういう人たちが今ならイスラム国の戦闘員となるのではないだろうか。
音楽は人を破滅の淵から救う(かも)。

本作は1965年にコペンハーゲンで録音され、「OKTAV」というマイナーレーベルから出された「超」が付く幻盤であった。
近年この版権を大阪の澤野商会が入手、再発された。
まぼろし盤も数多あるが、単に流通量が少ないだけというものも中にはあり、聴いてガッカリする事も少なくない。
だがこれは違う。
正真正銘の名盤、これを聴かずして何とすると断言出来る名盤である。
ジャズが好きでも嫌いでも関係ない。
とにかく黙って一曲目の「Di-Da」を聴いてもらいたい。
可能な限り良い装置を使い、出来るだけの大音量で。
それで感じるところがないのなら、あとはもう聴かなくて結構だ。
あなたと私は友だちにはなれない。
絶対そんなことにはならないと思うけれど。

ところで本作が録音された8月のコペンハーゲン。
ジャケットの写真は録音風景を写したものだ。
仮にエアコンが効いているとしても、デンマークってところ夏でも相当涼しいようだ。














(206) そして誰もいなくなった

black market
No.206 2014.10.4



<そして誰もいなくなった>




ジョー・ザビヌル、ウェイン・ショーターによる双頭バンド、ウェザー・リポート中期のヒット作。
製作途中よりジャコ・パストリアスが参加した事でも知られる1976年の作品だ。
ライナーノートを岩浪洋三氏が書いておられる。
故人をあまり悪く言うものではないが、どうもこの方の文章は読み辛い。
そのうえ言葉遣いに癖があるので、三行読めば岩浪さんだとわかる。
ただ、この業界の第一人者であったことも事実であり、私が初めて買ったジャズ本は岩浪さんが書かれたものだった。

その岩浪さんも言っておられるが、当時はまだフュージョンではなく、この手の音楽を「クロスオーバー」と呼んでいた。
ところでジャズと演歌のクロスオーバーが昭和歌謡ではなかったか、と私は睨んでいるのだがどうだろう。

ジャズとロックのクロスオーバー、ジャズとクラシックのクロスオーバー、色々あるが、確かにショーター中心のB面にジャズの残滓を感じなくはない。
ザビヌル中心のA面は、よりコマーシャルな方向へ行こうとするフュージョンへのジャンプ台に見える。

白い黒人ともいわれたザビヌルは、MJQのジョン・ルイスなんかより音楽的にずっと黒い。
だが黒いと言ってもバップ的な黒さではなく、どこか陽気で南の楽園を思わせるラテン系の黒さだろう。
その点ではチック・コリアにも同種の匂いを感じる。
この二人をもし入れ替えたら、どんな音楽が生まれたのだろう。
ウェザー・リポートとリターン・トゥ・フォーエバーが同時期に存在した奇跡に比べれば、それほど難しいことでもなかったように思える。

ザビヌルが書いたタイトル曲の「ブラック・マーケット」は闇市場というより、楽想からいってもまさにジャケットに描かれたような、とあるアフリカの海岸で開かれる黒人たちの市場をイメージさせるものだ。
この「とあるアフリカの海岸」で起きているエボラの感染を、イスラム国よりも低危険度に前回見積った。
だが、今朝放送されたある報道番組を見ていたら、どうもそのようにも言っていられない気がしてきたのである。

エボラウィルスはアフリカのコウモリが元々持っているもので、コウモリには一切悪さしないが、コウモリを介して一たび人間に感染するととんでもない事が起きる。
過去何度か起きているが、死亡者300人程度の被害で全て抑え込んで来た。
今回もその程度の話で収まるのではないかと思っていた。
ところが今年4月の死亡者数(これはあくまでも把握しているものに限られる事に注意を要する)二百数十人から始まり、毎月倍増を続けているのだとか。
その結果現在までの累計死亡者数が、把握しているだけでも7000人を超えているのである。

番組では今後このまま毎月倍増を続けた場合どうなるか、という試算をしていた。
簡単な計算である。
一年後死亡者数は100万人前後となる。
これは数字のマジックと言っていいだろう。
そもそもエボラウィルスは空気感染しないので、仮にこのまま感染が拡大しても、地域の人間全員が死亡してしまえばそれ以上の拡大は不可能だ。
だが、万一感染拡大の途中で空気感染するタイプに変異したら?
電卓片手に計算してみるといい。
2年後の4月、死亡者数は40億人となる。
そして翌5月の死亡者数はゼロ。
この地球上に人類が一人もいなくなるからだ。










(207) MAGNIFICENT

サドジョン
No.207 2014.10.6



<MAGNIFICENT>




ブルーノート1527番、「ハトのサドジョン」である。
サド・ジョーンズはジョーンズ三兄弟の真ん中(兄ハンク(p)、弟エルビン(ds))であるが、他に7人の兄弟姉妹がいたというから凄い。
10人の子を生んだ母親は歌手であり、彼らは典型的な音楽一家に育ったようだ。
典型的な音楽一家ってどんな一家だ、と普通の一家に育った者は思う。
親兄弟全員が音楽家という家庭が、世間には結構あるものなのだ。
そして有名なジャズメンの兄弟もまた有名ジャズメンという例、これも非常に多い。
ヒース三兄弟(ジミー(ts)、MJQのパーシー(b)、アルバート(ds))、ブレッカー兄弟(ランディ(tp)、マイケル(ts))、アダレィ兄弟(キャノンボール(as)、ナット(tp))等々。

バド・パウエル(p)の弟リッチーも優れたピアニストであった。
彼の場合ちょっと気の毒だと思う。
1956年6月26日のこと、妻ナンシーの運転で次の公演先シカゴへと彼らは向かっていた。
夜の高速は雨で視界が悪く、路面は滑りやすかった。
長距離運転に疲れ集中力が低下したナンシーが運転を誤り、同乗者3名全員が死亡した。
もう一人の同乗者がクリフォード・ブラウンである。
ブラウニーの死は多くの人に惜しまれ、追悼曲を送る人もあった。
だが、リッチー・パウエルに関する類似の話を聞かない。
そりゃあリッチーの家族友人らも悲しんだことだろう。
しかし不謹慎ながら、ブラウニーのケースとは桁が違う気がする。
死後に誰がどれだけ嘆こうが、誰が何を捧げようが、死んだ当人には全然関係ない、そう言ってしまえばその通りなんだが。

以前寺島靖国さんの「トランペッター不良論」を取り上げたことがある。
イナセなトランペッターが、金も女も歓声も全部持っていくというものだ。
マイルス・デイビス、リー・モーガン、チェット・ベイカーあたりがこのタイプだろう。
ところが逆に真面目で温厚な学級委員タイプのトランペッターがいる。
演奏はともかく人柄的にブラウニーはこちらに分類される。
ブッカー・リトルも本質的にはこちらだ。
そして本作のサド・ジョーンズもそうだと思う。
端正で理性的な演奏を残した。
晩年、カウント・ベイシー亡き後ベイシー楽団のバンマスを立派に勤め上げた。
そんなところに彼の人柄をうかがわせる。
協調性があり、いつも穏やかだった。
それ故かリーダー作はそんなに多くない。
だから一作一作を大切に聴きたい。
ハードバップ期にあって珍しく、ゴリゴリ力ずくで迫って来ない本作に、今日はホッと心癒される思いだ。







(208) ブロッサム ディアリー

blossam dearle
No.208 2014.10.7



<ブロッサム ディアリー>




ボーカルに求めるものはなんだろう。
人それぞれに色々あると思う。
当然インストものとは少し違ってもくる。
中には容姿が一番大事、という人だっているかもしれない。
異論なし、それはそれで好きにして頂いて結構である。

個人的にボーカルで最重要項目となるのは音程の確かさ。
そして歌が上手いことだ。
前にも言ったが、この当然である筈の項目に、他の事を重視した結果製作者側で目を瞑る時がある。
商業録音である以上、まず売れることが正義であるとの姿勢を簡単に否定出来るものではない。
内容はクズだが売れるタマ、音楽的に素晴らしいけれどビジュアルは商売にならないタマ、音楽的にもビジュアル的にも素晴らしいタマ、これらをほどよく、つまり製作側の商売が成り立つベストミックスで繰り出しているなら、私はこれを認めざるを得ない。
最低でも製作者が継続していける程度には売れる必要があるからだ。
出来るだけ自分だけは、クズを避けて通りたいとは思うけれど。
もちろん音楽的にもビジュアル的にも素晴らしいものだけ商品化するのが理想であるのは言うまでもないことだ。
そうした素材がゴロゴロいるなら世話はない。
まあしかし、なかなかそういう訳にもね。

私にとって次に大事なのは、これも前に書いたが声だ。
その声が好きか。
ナンボ音程が正確で歌が上手くても、声が嫌いならどうしようもない。
お引きとり頂くよりなくなる。
本作のブロッサム・ディアリーはどうか。
彼女、カマトトとかぶりっ子とか甚だしきはロリータとまで言われる。
中には好きだがスピーカーから大音量で聴くのは憚られるという御仁までおられる。
ではどのようにして聴くのか。
夜更けにこっそりヘッドホンで聴くそうだ。
何もそこまですることはあるまいに。

私はブロッサム・ディアリーの歌声が好きだ。
そしてスピーカーから大音量で流れても、何ら問題ない。
スコットランド人の父とノルウェイ人の母の間に生まれた彼女、特別美人でもないしブスでもない。
いたって普通、どこにでもいる普通の白人女性である。
歌も上手いがピアノも弾く。
強いて言えば少し声量が足りないか。
でも、逆にそれが彼女の魅力になっているとも言える。
ばかみたいに声をはりあげて熱唱しない。
あくまでも優しく、囁くように彼女は歌う。

彼女はパリ時代に、ボビー・ジャスパー(fl,ts)と結婚していた事もある。
30代半ばでその結婚生活は破綻したようだ。
その後の男運については知らない。
だが、どうも女友達と共同生活していたらしい、との話もある。
パリでノーマン・グランツの目にとまり、1956年バーブレーベルからデビューしたのが本作である。
ハーブ・エリス(g)、レイ・ブラウン(b)、フィリー・ジョー(ds)らがバックアップしているが、ピアノは彼女自身である。

2009年に84歳で亡くなった。
残した作品はあまり多くない。
尚、ブロッサム(花)は本名である。
晩年まで可愛らしい女性であったという。








(209) 卍

bogaloo.jpg
No.209 2014.10.8



<卍>




ブルーノート4263番、大ヒット作ルー・ドナルドソン「アリゲーター・ブーガールー」である。
ルードナは1500番台に5枚、4000番台に9枚のアルバムを残し、ブルーノートからアーゴへ移籍した。
1963年のことである。

一説ではルードナ、アルフレッド・ライオンを「ジャズのわからないドイツ野郎」と、あまり好ましく思っていなかったと言われている。
事実1967年にライオンが引退すると、即座にルードナはブルーノートに復帰する。
アーゴの水が合わず、たまたまライオンの引退とルードナの復帰が重なったせいで、そんな事が真しやかに言い伝えられた可能性があると私は思っている。
いずれにせよ古巣に戻り、「満を持して」(私はこれをマンジと略し、卍とも書く)リリースしたのが本作だ。
というのもルードナは復帰後即別のレコーディングをしていたのだ。
4254番「ラッシュライフ」である。
こちらはフレディ・ハバード(tp)、ウェイン・ショーター(ts)、ペッパー・アダムス(brs)、マッコイ・タイナー(p)、ロン・カーター(b)ら豪華メンバーが参加し、デューク・ピアソンがアレンジを手掛けるという力の入りようであった。
しかし何故か4254番は発売されず、代わりにルードナは3か月後に本作を録音する。

まさに卍盤であった4263番は大ヒットした。
ビルボード誌のホット100入りしたのである。
ジャズのレコードとして、これがどれ程画期的な事かと言えば、ブルーノートであればその前はなんと3年前までさかのぼる。
1964年の4157番リー・モーガン「サイド・ワインダー」以来の事なのだ。
こんな事だからジャズのレーベルがもたないのも無理はない。

本作には若き日のジョージ・ベンソン(g)、ロニー・スミス(org)、メルビン・ラスティ(tp)、レオ・モリス(ds)らが参加している。
トランペットとドラムの二人は知らない。
ロニー・スミスはキーボード奏者のロニー・リストン・スミスとは別人だ。
要するに私にとって殆ど無名と言って良いメンバーで録音したのが本作ということになる。
それが有名ミュージシャンで固めた4254番を蹴飛ばして出てきたのだ。
そして見事大ヒットしたのだから分からないものだ、というか大したものだ。

4254番との違いは何か。
卍番はファンキーなR&B調で固めている。
4254番はバラード集である。
そういう時代だったのか。
わからない。
ルードナであったのかプロデューサーであったのかそれも不明だが、しかし、機を見るに敏なお方が居たのは間違いのないところである。
「ブーガールー」というのはキューバ由来のR&Bの事であるらしい。
ルードナ自身はその意味を知らず、レコード会社がつけたタイトルだと語っている。

これを今聴くとどうだろう。
私はタイトル曲の「アリゲーター・ブーガールー」がヒットした理由がわからない。
ヒット曲とは結局そうしたものなのかもしれない。
しかし特にA面2曲目の「ワン・シリンダー」、これにはついていけない。
ルードナ自身「単調にならないように苦労した」と言っているが、単調だ。
延々とワンコードで続くこの曲をやる必要があったのか。
ルードナのオリジナルですらない。
私が本作で一番好きなのは結局、ラストの「I Want a Little Girl」である。
サッチモやエリック・クラプトンがこれを演っている。

本作ジャケットの女性は皆さんご存知だろう。
写真家ウィリアム・クラクストン夫人のスーパーモデル、ペギー・モフィットだ。
ただし撮ったのはリード・マイルスである。

ルードナは本作の後、4000番台に6枚録音し、1500番台・4000番台合わせて21枚のリーダー作をブルーノートに残した。
これはジミー・スミスの27枚、アート・ブレイキーの24枚に続く記録である。

4254番も後日、日本のキングレコードによって発掘され、日米で無事発売されて良かった。









(210) レッド ガーランドの事など

moodsville6.jpg
No.210 2014.10.9



<レッド ガーランドの事など>




ムーズヴィルというのはプレステッジの傍系レーベル、と言うよりも特殊シリーズと言った方が良いだろう。
どのように特殊か。
ミュージシャンは他のプレステッジ同様の所属ジャズメン達である。
ただ内容が分かりやすいというか、バラードものやスタンダード中心となっている点が特長となっている。
そもそもわかり易く作ろうとの趣旨であるところへ本作、レッド・ガーランドのトリオであるからわかり易くない訳がない。
せめてもの配慮か、大有名曲は避けられた。

前にも書いたが、レッド・ガーランドはマイルスバンドの「ザ・リズムセクション」の一員である。
マイルスがレッド・ガーランドを雇った理由がわかる気がする。
要するにセロニアス・モンクのようなピアニストでは邪魔になったのだ。
自分の演奏を妨げない、もっと普通のピアニストが良かったのだろう。
そういう意味では必ずしも、レッド・ガーランドでなければいけない理由はなかったのかもしれない。
事実、本当はアーマッド・ジャマルが欲しかったとの説もある。
しかし一方でマイルスは、レッド・ガーランドのブロックコードが気に入っていたという。
普通右手による単音で進行するメロディを、レッドガーランドはコードで演奏することがしばしばあった。
これをブロックコードと言うようだが、もちろんシングルトーンによる演奏も行った。
これがコロコロとタマを転がすように滑らかであり、レッド・ガーランドの大きな美点となっていた。

昔ジャズ喫茶のバイト仲間が、レッド・ガーランドを「女子大生のアイドル」と言った。
カクテルピアニストなら良く言われていた。
サロンの甘ったるいBGMだ、というような意味だろうと思う。
けっして褒めてはいないのだ。
まあ、言わんとする所はわからないでもない。
だが、女子大生のアイドルとはどういう事だったのか。
私はずっとそれが気になっていた。
そして後年、あの男が付き合っていた女性が多分どこかの音大のピアノ科で、レッド・ガーランドを気に入っていたのだろうと結論付けた。
ジャズ喫茶が今よりずっと繁盛していた当時でも、店に女子学生が来ることは希であったし、彼女らがレッド・ガーランドをリクエストする場面を見た記憶もない。
キース・ジャレットやチック・コリアならあるけれど。
そのバイト仲間は同志社大学文学部の学生で、就職がないから中学の教師になるのだと言っていた。
もう名前も覚えていないが、君の人生はその後どうだった?
そして今でも音楽を聴いているか?

私はピアノという楽器が好きだ。
だから気を付けていないと、ブログもライブラリーもピアノのカテゴリーばかりが増えていく。
もしもどうしても一つだけ楽器を選択せざるを得ないなら、多分私はピアノを選ぶ。
では無人島に持って行けるピアノのレコードを10枚選べ、となったらどうするか。
きっと聴きやすいピアノトリオにするだろう。
レッド・ガーランド諸作品のようなアルバムだ。
トミー・フラナガンも入れたい。
エディ・ヒギンズなんかも選ぶかもしれない。
女性なら大西順子や山中千尋や三輪洋子など、比較的最近の日本人。
秋吉敏子はない。
ビル・エバンスはどうだろう、わからない。
オスカー・ピーターソンも微妙。
多分セロニアス・モンクのアルバムは選ばないと思う。
そのうち無人島に持っていく10枚を本気で選ぼう。
ところで電気はどうするんだ、とかのツッコミは無しだ。
















(211) 一世一代

jazzcover2.jpg
No.211 2014.10.10



<一世一代>




何故か姉妹で苗字が微妙に違う、森田葉月&森川七月のデビュー盤である。
芸名であるから(本名 姉:美佳、妹:三七子)意図的なものだ。
理由はわからない。
本作が2006年メジャーレーベルのGIZAから発売された時、二人は25歳と20歳の若さだった。
なのにジャズのスタンダードを歌いメジャーデビューか。
これには想像通りの生い立ちが語られている。
幼い頃から、家で両親が掛けるジャズを聴いて育った、というのである。
もっとも二人はジャズだけを歌っていたわけではない。
七月は15の頃からPUPUPIDOというコーラスグループで、大阪のライブハウスに出ていた。
その時のレパートリーにはジャズやロックやR&Bもあったが、「なごり雪」だとか「君をのせて(天空の城ラピュタ)」なども歌っていたと、インタビューで語っている。
要するに気に入った楽曲を片っ端から歌ったのであろう。
そんなこともあってか、彼女らの音楽は「カジュアルなジャズボーカル」とされた。
それまでの堅苦しいジャズボーカルと一線を画す。
そのように言うのはレコード会社である。
私はどのようなジャズボーカルを聴いても、堅苦しく感じた事など未だかつて一度もないのだが。

本作はライブ盤である。
とはいえ、一度の公演を網羅したものではなく、複数のライブからの抜粋である。
エンジニアが良い仕事をした。
ツギハギ感がまったくない。
そして音に統一性があるのだ。
更に録音そのものが非常に良い。
私は本作をして、あらゆるジャンルを含むライブ録音の、トップ10に入れても良いと思っているくらいだ。

ジャズボーカルというと、一般的なイメージとしてはちょっと陰のある妙齢の女性が、様々な人生経験を歌に託して表現するといった感じになる。
20歳そこそこのおねーさんにはちと荷が重いよと。
そこら辺のニュアンスを恐れ「堅苦しくない、カジュアルな」ジャズボーカルであるとしたかったのだろう、レコード会社は。
確かに彼女らの歌声は若々しく透明感があり、これはこれで十分魅力的だ。
自分もこのライブ会場に居合わせたかったとすら思わせる訴求力がある。
本作では姉の葉月と妹七月が交互にリードボーカルを取る。
ところが葉月がソロで歌うのに対し、七月のソロは一曲のみで、それ以外は姉がコーラスを付けている。
この時点での力関係がそういう事だったのだろう。

翌2007年、森田葉月はソロ名義でアルバムを出した。
「for the next generation」と題されたソロアルバム、今度はスタジオ録音であった。
これは彼女にとって卍盤であった筈だ。
普通、ライブ盤でデビューというのは珍しい。
ライブはごまかしが効かない筈だからだ。
そのデビューライブである程度の評価を得、満を持してのスタジオ録音であった。
ただ、ソロといっても妹の七月がコーラスで参加しており、実際の構成は前作と大差ないが、より緻密な作り込みが可能なスタジオで、前作を上回る作品が生まれる筈であった。
少なくとも私はそのように思い、次作を聴いたのだ。
しかし実際は、アルバムの出来として随分な差がついてしまっていた。

前作ライブのほんわかしたホールトーンが乗った声でなく、オンマイクでシビアに拾われた葉月の声。
無論下手ではない。
学園祭レベルよりは上だ。
それは間違いない。
でもそこまで。
この程度ならクラブ歌手やライブハウスに腐る程いる。
これが前作と同じ歌手の作品か?
そもそも音が悪い。
こもったような魅力のない声だ。
前作の初々しい透明感もどこかへ行ってしまった。
恐らくはこれが彼女の真の姿、実力なんだろう。
ライブ盤ではそれが、ホールトーンに誤魔化されて違うものに聞こえたのだ。
色の白いは七難隠す、と言うではないか。
音の良いのも同様ということだ。

それから間もなくのこと森田葉月はGIZAを離れ、「つぐめ」と名を変えた。
何があったか知らない。
だが、間違いなく何かがあったのだ。
「つぐめ」とは次女の古い言い方で、母親は彼女をそう名付けようとしたのだそうだ。
結局周囲に反対され「美佳」となったが、彼女らは最低でも三姉妹なのだろう。
今「つぐめ」は33歳になった。
妹の七月は29歳でGIZAに残っている。
それぞれに音楽活動を続けているようだ。
奇跡のライブ盤が二人にとって一世一代の名盤となってしまうのか。
わからない。
私は「for the next generation」以降の二人をフォローしていないからだ。
一発屋は世の中に沢山おり、それはジャズの世界とて例外ではない。
だが彼女らがジャズを歌い続け、私がジャズを聴き続け、いつか経験と年月が二人を本物のジャズシンガーに育て上げる日が来るかもしれない。
その歌声はきっとまた私の耳にも届くだろう。












(212) 三つのチャレンジ

lem winchester
No.212 2014.10.11



<三つのチャレンジ>




『最初のチャレンジ』

黒人警察官レム・ウィンチェスターは時折、クラブでジャズメンのバイトをしていた。
彼の楽器はビブラフォンである。
ビブラフォンと言えば、あまりにも有名なのがミルト・ジャクソンだ。
その他、ライオネル・ハンプトン、ゲイリー・バートン、ボビハチ等いるにはいるが、ミルトを富士山に例えれば他は丘くらいの印象になる。
それくらいミルトの存在が巨大であり、また、この楽器の需要そのものが限定的だった。
つまり、サッカーのゴールキーパーだ。
正キーパーのミルト以外、滅多に出番なしの状態だと思えばいい。
そんなビブラフォン奏者の現状を知っていたレム・ウィンチェスターであったから、正業は警察官と決め、ビブラフォンの方はあくまでもバイトと割り切っていた。
だが、彼もまた間違いなく音楽を愛する者のひとりであった。
好きな道で生きて行けたなら、どんなに充実した人生になることか。
そしてプロ並みの演奏技術を持っていたことも事実であった。
オレはこのまま一生を警官で終えていいのか。
人生を終える時、オレは後悔せずにいられるだろうか。
ありがちな煩悶を繰り返し、レム・ウィンチェスターは遂に決意した。
よし、音楽で食っていこう。
もしもダメならまた警官に戻ればいいんだ。


『二番目のチャレンジ』

巨峰ミルト・ジャクソンと同じようなスタイルでは到底勝ち目はない。
そこでレム・ウィンチェスターは、硬めのマレットを使用し、より硬質な音を出した。
また、ペダルを多用せず、ビブラートを少な目にした。
彼の演奏は粒立ちのはっきりした音が特徴となった。
そうして自分の個性を確立し、彼はミルトに挑戦状を叩きつけたのである。
ミルト作品にサヴォイ盤の「オパス・デ・ジャズ」がある。
最高傑作ともいわれるこの盤は、1955年に吹きこまれている。
フランク・ウェス(fl,ts)、ハンク・ジョーンズ(p)、エディ・ジョーンズ(b)、ケニー・クラーク(b)以上がサポートメンバーだ。
レム・ウィンチェスターはこれと同じメンバーでの録音を企てた。
それが本作、その名も「アナザー・オパス」である。
1960年の事だった。
ただ、ドラマーのケニー・クラークはその時既に欧州へ移住しており、やむなくガス・ジョンソンを代役とした。

この勝負の行方について、私はここでジャッジしない。
それは聴く人それぞれが決めることだ。
両方好きならそれでいい。
現在では両作とも、廉価版CDで入手可能な筈である。


『最後のチャレンジ』

レム・ウィンチェスターがこの世界で有名なのは、実はこの「最後のチャレンジ」によるところが大きい。
何故彼がそのような行動に出たか、はたして正気だったのか、それも含め本当のところはわかっていない。
ヤクだったかもしれない、酒だったかもしれない、鬱病が原因だったかもしれないそれは「アナザー・オパス」の約半年後、1961年1月の事だった。
その時彼はあるクラブに出演中で、悲劇は突然その店内で起きた。
映画「ディアハンター」で有名になったロシアンルーレットをご存じだろう。
リボルバータイプの拳銃に一発だけ弾を込め、弾倉を回転させてのち、自分のこめかみに銃口を当ててトリガーを引くあれだ。
レム・ウィンチェスターは何ゆえか、周りの者が制止する前であれをやったのだ。
本当になぜなんだ?

六分の一の確率が一回目に来た。
店内に銃声が響き渡り、火薬の臭いと血飛沫と脳漿と悲鳴が充満した。
33歳の若さであった。
その日は13日の金曜日だったという。









(213) 小林 桂

keikobayashi.jpg
No.213 2014.10.12



<小林 桂>




私が知らないだけかもしれないが、近頃あまり話題にならないのではないか。
ホームページを拝見したところ、今年新譜CDは出ておらず、ライブも月一回がやっとのようだ。
数えてみたら手元にCDが5枚ある。
しかし私自身は、2002年の本作を最後に買っていない。
あまりにもワンパターン過ぎたと思う。
力があればワンパターンで押し通す事も可能だ。
「力」とはフランク・シナトラほどの実力だ。
だがけしてそうではない。
それほどの力はなかった。
だから飽きられてしまったのではないか。

昔は一定規模の街に必ずナイトクラブの類があり、ある程度名の売れた歌手なら最低限そうした稼ぎ場があった。
地周りのやくざが仕切っていた。
親分の顔をたてながら、全国を巡業していれば、それでなんとか喰えたのだ。
今はそれも激減している。
副業でもない限り失礼ながら、これでは暮らし向きも楽ではあるまい。

今アマチュアのボーカルが流行りだそうだ。
ライブハウスでコンサートのようなことをやり、客は殆ど全員家族友人などの関係者で埋められ、店側も大喜びなんだとか。
ピアノやサックスでは尻込みしてしまう人も、歌ならいける場合がある。
それでなければ、街にあれほど多くのカラオケ店がある訳がないのだ。
カラオケで腕を磨いたら次は、本格的な発表の場を持ちたくなる。
あるいは自費制作のCDを作りたくなる。
私はならないが、そういう人もいるだろう、きっと。
そういう人にレッスンさせる、ボーカルスクールを作ったらどうだろう。
結構商売になるのではないか。
いや、実際既に彼はやっているかもしれない。

小林 桂は25歳までに10枚以上のCDを出す売れっ子だった。
あれから10年が経ち、彼も今年35か。
そろそろ若さで売るのもシンドい歳だ。
近影のこけた頬が少し気になった。
勢いで突っ走ってきたものの、少し知恵が付き(失礼)周りを冷静に観察するようになれば、将来が特別バラ色に見える筈もない。
本当の人生って、実はそこからスタートするんだけどね。

12年前に本作を聴いた時、私は嬉しくなった。
こんな日本人が出る日が来たのだなと。
録音も素晴らしかったから、本作をオーディオチェックに随分活用したものだ。
小林 桂はその後、有りがちな歌謡曲路線に目を向けなかった。
やればきっと売れた。
きっと多くの誘惑があった筈だ。
でもジャズシンガーのスタンスを崩すことを潔しとしなかった。
偉いと思う。
だがこれから彼が現状を変え、活路を開くには、思い切って暫くスタンダードから離れてはどうだろう。
理想は自作曲だが、こればかりは才能がなくてはどうしようもない。
やってみたら凄くいい曲が書けた、それなら素晴らしいけれども、そうそう旨い話もなかろう。
それが難しいときは、例えば自分の世代の他ジャンル曲をジャズ化するとか。
とにかくどうやったらCDが売れるかこっそり考えてみるといい。
何かあると思う。

私は応援します。
どうか買いたくなるCDを出してください。









(214) ONE FOR ALL

wide horizons
No.214 2014.10.14



<ONE FOR ALL>




昨日は台風の影響で、残念な体育の日となったようだ。
私のところはまだ大きな影響が出ていなかったので、車の幌を開け本年度のラストランを軽くやった。
その後バッテリーのコードを外し、車は半年の冬眠に入る。
今年も数百キロしか走らなかった。
この車をどうしたものか、少し考えている。
走行距離がこの程度だから、ガソリン代など知れたものだ。
だが、車税と車検等で年当たり20万程度の負担となっている。
CDならこれで100枚くらい買える。
しかし中古車屋に売ったところで、車自体は最早二束三文であろう。
倅に譲ろうか。
だが奴は未だ半人前で、何しろ運転免許すら持たない。
免許を取っても維持できるか、という問題もある。
免許取りたての初心者が、いきなり左ハンドル・マニュアルミッションも酷といえば酷だ。
私は物を大切に扱う人間で、加えてずっとガレージ保管しているので、車のコンディションはすこぶる良い。
息子に渡せばおそらくは野晒しとなり、あっという間にガチャガチャになるのだろうな。
まあそれは仕方ない。
何れにせよ、まだ当分手元に置くことになるか。

朝となり、台風が接近してきたのか天候が悪くなってきた。
そんな中、大音量でONE FOR ALLを聴いて過ごす。
本作は2002年のクリスクロス盤である。
2003年に亡くなられた安原顕さんが生前、クリスクロスの帯解説を書いていると語っておられた。
「これまでフロントのエリック・アレキサンダー(ts)とジム・ロトンディ(tp)にスポットが当てられていたが、デビッド・ヘーゼルタイン(p)やスティーブ・デイビス(tb)のソロパートも増え、ピーター・ワシントン(b)の比重が高まった・・・」
これはギリギリ間に合った、安原顕さんの仕事かもしれない。
解説と言ってもメンバー紹介程度のものだが。

もう一人のメンバー、ジョー・ファンズワース(ds)を入れて六人。
三管編成の要はジャズメッセンジャーズスタイルだ。
後から見ると当たり前に見えるけれども、フロント三管、それをトランペット・テナー(あるいはアルト)サックス・トロンボーンとしたバンド編成は立派な発明である。
もしクラリネット・フルート・チューバだったら全然別の世界なのだから。

言いたくないが両者(ジャズメッセンジャーズとの)最大の差は人種だ。
ONE FOR ALL、ベースのピーター・ワシントン以外皆白人である。
当然ながらこれは、モロ音に顕れる。
むしろ後発のハイファイブが好敵手と考えられる。
向こうは二管でファブリツィオ・ボッソ、本作は三管だがエリック・アレキサンダーという、10秒ソロを聴けば特定できるスタープレーヤーがそれぞれいるので聞き違える恐れはない。
どちらかと言えばハイファイブの方が陽性であり、若い分勢いがある。
日本ではビーナス諸作の印象から、少しコマーシャルな捉えられ方をされるONE FOR ALLだが、実際はだいぶ違う。
そしてジャズメッセンジャーズの熱気うんぬんを求めても仕方がない。
アート・ブレーキーもクリフォード・ブラウンもこの世の人ではない。
ホレス・シルバーまで今年鬼籍に入った。
そんな彼らの代用品として聴く必要もない。
少しメカニカルであり理性的には過ぎるがONE FOR ALL、新しい分録音も良いし現代的なハードバップとして聴けば、これはこれで私は存分に楽しめる。

















番外編 ㉙ MUSIC LEGEND

abbey road





<番外編 ㉙ MUSIC LEGEND>






知人のK子からビートルズ関連のDVDを頂いた。
アメリカのテレビ局が制作したデビュー50周年記念のコンサートだった。
今年1月に収録されたものを、最近になってWOWOWが放送したという。
その知人というのがまた筋金入りのマニアで、四人の生年月日を諳んじる程の人物である。
それが何かの役に立った事があるかどうか、それはまだ聞いていないのだが。

その方ほどではないにしろ、ビートルズについて何度か書いている通り、私も昔は相当熱心に聴いていたのだ。
何もビートルズに限らない。
音楽を聴きだしたきっかけはジャズ以外のジャンルにあり、ある日いきなりマイルスやエバンスに手を出したわけではない。
それは団塊以後の世代なら普通であろう。
むしろ中坊の時突然、私はジャズから入ったと言う人がいるなら挙手願いたい。
え?いるの?
ウソだ、あなたはウソをついている。

私は正直に言うが、40年前までビートルズの熱心なファンだった。
だから全213曲を全て知っている。
今や年一回も聴かないけれど、ブートレグ以外の音源を殆ど持ってもいる。
しかし、そういう人はたくさんいる筈だ。
この放送をご覧になった方も少なくないと思う。

昔ファンだった皆さんは、このコンサートをご覧になってどうでしたか。
私が知っている出演者といえば、ジョー・ウォルシュとスティービー・ワンダーくらいのもので、若手のミュージシャンなんか誰一人見たこともなかった。
彼らは皆ジョンやジョージよりずっとギターが上手い。
今風に、というかジャズっぽくイエスタデイを歌う女性もいた。
彼らは皆ビートルズナンバーを、評価の定まった名曲として扱い演奏している。
既にそのメソッドすら確立している感がある。
つまりスタンダード、定番ということだ。

だが当然ながら、ビートルズがそれらの曲を初演した時にはまだ何の定評も、そしてもちろん何の手本もなかったわけであり、彼らはただ自分の信じるところに従ってアレンジし演奏し歌ったのである。
しかしながら、後出しジャンケンである筈の後世のミュージシャンが、ビートルズのオリジナルを越えた例を私は知らない。
それはジャズ化されたナンバーも例外ではなかった。
時代が先に進めば、テクニックも進歩する。
それは特に音楽に限った話ではなく、人類の歴史そのものの有りようだった。
だが、全てをテクニックやテクノロジーの進歩で更新出来るとは限らないのだ。

数ある(といっても十数枚しかない)アルバムから一枚を選ぶとしたら、悩みに悩んで私は掲載した「アビーロード」にするだろう。
知られている通り、本作は事実上のラストアルバムだ。
アビーロードの収録直前、ビートルズは既に殆ど解散状態となっていた。
わかった、最後にもう一度ビートルズらしい作品を録ろう。
ポールが言いだしたとされている。
それは前作のゲットバックセッション(世にいう「レット・イット・ビー」)が散々な出来だったからである。
このままでは終われない。
彼らはおそらくそうした暗黙の了解を共有してスタジオに集まり、この名作を残した。

発売当時、世界中で「ポール・マッカートニー死亡説」が話題になった。
横断歩道を渡る四人。
曰く、ポールだけが裸足で、足並みが逆だ。
先頭のジョンが神父、リンゴが葬儀屋、最後のジョージが墓掘り人夫。
左車線に駐車したワーゲンのナンバープレート「28IF」。
これはもしポールが生きていたら28歳という謎かけ。
・・・なんて事が言われた。
実際には先頭と最後尾の二人が先に亡くなることとなる。

そういえば、上記番組の会場にある女が来ていた。
こいつだけは映すな、という奇怪な女。
ビートルズはいずれ解散しただろうが、この女がいなければあと2枚や3枚はレコードが残った可能性がある。
だがそれも、「愛」を歌い続けたビートルズ伝説の一つに数えようではないか。
今はもう全てが、遠い過去に過ぎ去った出来事だ。

アビーロードB面のラスト「THE END」でポールは歌う。
僕らはずっと愛について歌ってきたね。
バンドはこれで解散するけれど、最後にこれだけあなたに伝えたい。
あなたが愛した分、愛はきっと返ってくるよ。
伝説と太陽が地平線の彼方へ沈んだ。









(215) 退屈な平穏

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No.215 2014.10.17



<退屈な平穏>




本作の存在を完全に忘れていた。
現在着々とライブラリーの番号付け替え作業が進行中で、それに伴い発見した一枚だ。
一度は聴いたのだろうが、それきりオクラ入りしたもののようだ。
ブライアン・ブロンバーグが、ウッドベースのソロで全編押し通している。
作る人も弾く人も買う人も偉い。

オーディオチェック盤について前にも書いた。
これは二種類あると思う。
上手く再生するのが難しい盤。
ただし、録音が悪いのではない盤。
これは本当の意味でのチェック盤といえる。
もう一つは録音がやたら優秀で、機器が何倍も性能アップして聴こえる盤。
これは主にお店が客の度肝を抜く魂胆で使用する。
腰を抜かし、客は目の前のスピーカーを買う。

本作は後者のチェック盤として使用され、オーディオ店の売上に大いに貢献したものと想像される。
特にベース好きのオーディオマニアにはたまらないだろう。
だが、オーディオマニア以外の人は、重篤なMの方以外手を出さない方が良い。

オーディオマニア、やっかいな趣味に取り憑かれたこの人達はいつもどこかが不安である。
自分の出している音がいったいどうなのか。
ある日は素晴らしい音に聴こえ、安心と満足と自信に満ちている。
だが、そんなものは絶対に長く続かない。
気分にもよるだろう、かける曲にもよるだろう。
そして実際出ている音そのものが、日によって全然違うんだと思う。
気温、気圧、湿度、供給されて来る電気、そして体調。
それら諸々のコンディションが微妙に変化し、確実に音に影響している。
そもそも彼らは少数派なので、相談相手も限られる。
昨日はこんなじゃなかったのにと、一人悶々と思い悩む今日。
そんな時に本作をお聴きなさい。
きっとあなに平穏が訪れるだろう。
調子がいい時は聴く必要なし。
それから、本作をかけてもいい音で鳴らないなら、あなたの装置は深刻な状態だと思った方が良い。


秋深き今日この頃である。
ところで今年は冬が遅いらしい。
とはいえ、いずれ確実に冬がやって来る。
今のうちにやっておかねばならない事も多いが、オーディオ関係で解決しておきたいのが静電気対策だ。
昨シーズンはこれのせいでカートリッジのスタイラス、簡単に言うとレコード針を一本ダメにした。
数万円の損害となった。
これはいかん、冬が来る前に何とかしておきたいといろいろ物色していたところ、静電気を除去するというブレスレットを見つけた。
こんなもので?
思いきり怪しい。
だいたいこういったモノを首や手首に巻く男を、ずっと冷めた視線で私は見ていたのである。
特に手首に数珠をつけた元官僚とかいう君、そりゃ一体何のまねか、と。
だが、そうも言っていられなくなった。
あの者どもにも、止むに止まれぬ事情があったのだろう、きっと。



right hand







(216) LOST

niki king
No.216 2014.10.19



<LOST>




CDの番号付け替え作業を行っている。
最初に作ったルールがいい加減なものだったせいで、その後に増えた盤を整理不能にしてしまったからだ。
そう言うといったいどれだけあるのかと思われそうだが、精々千と数百にすぎない。
たかだかその程度でも、何らかの整理をしなければ何がどこにあるのか分からなくなる。
ある本に出てくる御仁はなんと6万枚のCDを所有しているという。
こうなると本当にライブラリーだ。
中には廉価盤や輸入盤もあるだろうから、1枚平均2千円とすると総額が億の単位になる。
マジですか。

当方の作業、だいぶいい所まで来て、現在ボーカルの山に手をつけ出した。
ここまで何事もなく、順調に来た。
ところが掲載のCDが見当たらない。
そんな筈はないだろう。
比較的最近手に取った記憶がある。
ありそうな場所を全て捜索した。
だが出てこない。
そんなバカな。

こんな時貴方ならどうする。
まあいいや、ないものは仕方がない、と諦めて忘れることが出来るか。
私は出来ない性格なのです。
そうなると道は二つ。
一. 見つかるまで探す。
二. 買いなおす。
う~む・・・唸るところだ。
見つかるまで探すったって、あとどこを探しゃーいいんだ。
そんなに広い家でもあるまい。
しゃーない、買うしかないか。

私は普通にアホだが、どんなにアホでも間違ってCDを捨てるほどのアホではない。
それ以上となるとちょっとアレだが、そのくらいなら最低自信がある。
いつかわからないけれど、絶対どこからか出てくるに違いないのだ。
近い将来、私は本作を二枚所有する事になるだろう。
その時はどなたか一枚差し上げます。










(217) OUT OF THE STORM

out of the storm
No.217 2014.10.20



<OUT OF THE STORM>




エド・シグペンといえば、オスカー・ピーターソン・トリオのドラマーだ。
彼が6年在籍したこのトリオ、完全にピーターソンの専制君主制だった。
ピーターソンにはドラマーなど、プロの水準に達していて必要以上に自己主張しなければ、誰でも良かったのではないか。
一方シグペンにとってこのトリオでの演奏は、お仕事以外の何物でもなかっただろう。
そんなトリオを辞めた翌1966年に吹き込まれたのが本作である。
「OUT OF THE STORM」とはまた、意味深なタイトルをつけたものだ。

ジャケットと中身が随分乖離した印象を私は持っている。
陽気なメキシコ民謡「シエリト・リンド」で始まり、ラストも「バーベキューでいこう」で呑気に終わる。
その間に色々やってはいるが、いま一つピリッとしない。
せっかくのリーダー作だからとシグペン、メロディック・タムをスタジオに持ち込んだ。
ペダルで音程を調整するというものだが、特に効果がある風でもない。
後年のシンセドラム同様、変わった音を出しても間抜けに聴こえるだけなのだ。
クラーク・テリー(tp)がマウスピースのみで出す音にも同じ事が言える。
一番の聴きどころと言えば、ケニー・バレルのギターかもしれない。

このセッションにはハービー・ハンコック(p)が参加し、前年ブルーノートから出た「Maiden Voyage 」も実は録音されたようだ。
しかし、残念な事にこのテイクはボツになった。
それも当然かもしれない。
ハンコックが参加し「処女航海」を演るのでは、誰がリーダーかわからなくなってしまう。
CD化でボーナストラックに入るのを期待したが、それもなかった。

本作は長年のキャリアに対するご褒美のようなものだったと思う。
ヴァンゲルダースタジオで録音され、音質非常に良好だ。
この翌年よりエラ・フィッツジェラルドのバックを勤め、シグペンは更に嵐の外へと去った。














(218) DEPARTURE BAY

the girl in the other room
No.218 2014.10.21




<DEPARTURE BAY>





1964年生まれのダイアナ・クラール、今年なんと50歳になった。
これでは私が歳を取るのも、甚だ尤もなのだ。
ジャズシンガーで一番売れたのは間違いなく彼女だろう。
一番は「THE LOOK OF LOVE」か。
売上げ140万枚だという。
ジャズ関係で聞いたことのない数字だ。
他にアルバムが10枚以上ある筈で、総売上はいったいどんな数字になるのやら。

数えてみれば私は、ベスト盤を除くほとんどのアルバムを持っていた。
好きで集めた覚えのないまま、いつの間にかこれだけ揃っていた。
それが単独アルバムの売上げ140万枚の理由かもしれない。
特別にファンである自覚を持たない者にも買わせる力というか。
特別ファンでも何でもないが、私が一番気に入っているのが本作「GIRL in the OTHER ROOM」だ。
これも売れた。

それまでスタンダードばかり歌っていた彼女が、突如オリジナル曲を作った。
そればかりか、ジョニ・ミッチェルの「BLACK CROW」やトム・ウェイツの「TEMPTATION」まで歌った。
彼女に何が?
2003年、エルビス・コステロと結婚したのだ。
本作は翌2004年の作品である。
夫の影響が大きかった言われている。

トミー・リピューマからプロデューサーをTボーン・バネットに変更した、最近の「GLAD RAG DOLL」なんかよりずっとこっちの方がいい。
だいたいあのジャケットはないでしょう。
あの時点で48歳の筈だ。
フンベツは働かなかったのか。
誰か止める者はなかったのか。
あの格好でステージに出てきたらどうするんだ。

それはないと思いたい。
それにしても本作でこれだけの作曲力を発揮しながら、後が続かないのは何故だろう。
自分の能力を客観的に評価出来ないのだろうか。
それなら分からないでもない。
灯台下暗しと言うが、自分の事は以外に見えないものだ。
我が国の俳優にもいるでしょう。
作曲?ギター?歌?まあ止めとけ、ってのが。
そういうのに比べたら、ダイアナ・クラールの仕事は素晴らしい。
特に本作収録の「DEPARTURE BAY」である。
これには参った。

歌お上手、作曲素晴らしい。
それにダイアナ・クラールはピアノも一流である。
その腕を買われ、当ブログNo.103にてポール・マッカートニーにピアニストとして雇われているのが彼女だ。
世の中には凄い女がいるものだ。
ただ、自分の事は見え難いとしても、歳相応という事もどうかお考え頂ければと思う次第です。

ところで、たった今ささやかな朗報が舞い込んで来た。
倅が教員採用試験にやっと合格したらしい。
これで私もいよいよ思い残す事がなくなって良かった。
人それぞれに、様々な「DEPARTURE BAY」がある。
人生、何時だって人それぞれだ。












(219) アランフェス協奏曲

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No.219 2014.10.23



<アランフェス協奏曲>




M.J.Qという長年続いたバンドがあった。
彼らはモダン・ジャズ・カルテットなのだが、初期にミルト・ジャクソン・カルテットとも名乗った。
どちらも略せばM.J.Qという訳だ。
本作L.A.4は多分ロスアンジェルス4だ。
だが、ローリンド・アルメイダ4かもしれないと思わせる洒落になっている。
芸風やや似ていないこともないが、私ならL.A.4を選ぶだろう。
それはリズム隊の力量差による。

コニー・ケイ(ds)、パーシー・ヒース(b)対シェリー・マン(ds)、レイ・ブラウン(b)では勝負にならない。
異種格闘技になるが、ジョン・ルイス(p)対ローリンド・アルメイダ(g)、ミルト・ジャクソン(vib)対バド・シャンク(as,fl)は存在感でいくと互角の判定である。
結局リズム隊の差でL.A.4の勝ちとなる。
だが、シェリーマンがL.A.4でドラムを叩いたのは3枚のみ。
残りの7枚では駆け出しのジェフ・ハミルトンに替わり、一転勝負が分からなくなる。

知名度なら圧倒的にM.J.Q。
モダン・ジャズ・カルテットの響きがジャズっぽい。
対するL.A.4、なんか軽いよね。
このバンド名が売上に貢献したとは思えない。
ジャケットもパッとしないのばかりだ。
コンコードという会社、やる気があるのか、どうも分からない。

L.A.4の音楽はM.J.Q同様異端のジャズだ。
だが異端には異端の存在価値があるもので、ゴリゴリとハードバップが連続したあとに一曲だけ聴くとこれが良いのだ。
特に本作のアランフェス協奏曲を、時々私は無性に聴きたくなる。
一度聴いたら次は3年後なんだが。







(220) もうひとつのアランフェス

of spain
No.220 2014.10.24



<もうひとつのアランフェス>




1959年も押し迫った頃、ギル・エバンスは自分のオーケストラを従え、スタジオに通い続けていた。
自ら譜面を書いた「アランフェス協奏曲」のリハーサルのためである。
六日目となり、漸く主役が姿を見せた。
それからマイルスとギル・エバンス・オーケストラは、9日間かけてこの曲を完成させた。
今聴くとどうだろう。
冗長で散漫な印象を持つのは私だけだろうか。
これはギルとマイルスによる実験盤だ。
マイルスは直前の「カインド・オブ・ブルー」でモードを掴みかけていた。
それをもっと前へ進めるために、スパニッシュ・モードの手を借りようとした。
だが、どうも大成功だったとは言い難く、微妙な生煮え感が残った。

本作を聴くならB面。
「THE PAN PIPER」「SEATA」「SOLEA」と続く流れに作品としてまとまりがある。
当初の彼らの意図も分かりやすい。
マイルスのアランフェスは忘れた方がいい。

ところで後日ギルが語るところによれば、ギルはマイルスのために編曲の仕事をいくつかしたが、代金を払ってもらったことがあまりなかったらしい。
ジャズメンのいい加減さなら、改めて言い出してもきりがない。
「カインド・オブ・ブルー」収録の「ブルー・イン・グリーン」は本当はエバンス(こちらはビル)の曲らしい。
だが何故かマイルス作ということになっている。
逆にマイルス作の「ナーディス」、本人は一度も演っていないこの曲を気に入ったエバンスが十八番にした。
なんらかの支払いは行われただろうか。
どうもそんな風には思えない。
もしかして「ブルー・イン・グリーン」とのバーターか。
いや、そうではなく、この曲の作者もエバンスだ、という説もある。
何れにせよ皆死んでおり、著作権すら消滅している。
死人に口なし。
音楽だけがこうして残された。













番外編 ㉚ パワーアンプ

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<番外編 ㉚ パワーアンプ>




当ブログNo.131にて登場のアンソニー氏が休養宣言を出された。
何事かと思えば、パワーアンプを移動しようとして腰をやられたそうだ。
重いからね。
上は我が家のパワーアンプだ。
低音用と中高音用二台ある。
マルチチャンネルという訳だ。
贅沢しやがって、と思いましたか?
だが、今となっては数十万の市場価値だろう。
一台当たりではありません、二台で数十万。
還暦間近いオーディオマニアのアンプとしては、安すぎる事があったとしてもけっして高過ぎはしない。

昨日の事、テニス中に記憶障害が起きた。
物事の流れを連続した事象として把握できない。
それが翌朝も続いていた。
知人の医者は脳にいく糖分が不足しているだけだ、アメでも舐めていればじきに治ると言った。
私はそうじゃない気がした。
以前にも似たような経験をしていたからだ。
ただ、その時はほんの数時間で元に戻った。
今回はそれが一昼夜続いたのだ。
もう何が起きてもおかしくない歳に私はなっていた。
これが人生最後のパワーアンプかもしれない。

昔オーディオの掲示板で有名なあるマニアが、このアンプを使っていた。
私は一目惚れしたが買えなかった。
それ以来パワーアンプといえばこの形しかない。
オーディオは音さえ良ければ形はどうでもいい、そのように言う方もおられよう。
それはそれで結構だと思う。
私は形も大事だけれど。





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パワーアンプの背後に、オーディオ専用コンセントが四機ある。
10年ほど前になるだろうか、配電盤からコンセント一機に一回路の専用配線工事をしてもらった。
コンセント(PSパワーポート、一台1万円程度)の代金込みで20万くらいだった。
専用電源、専用コンセントはとても効果がある。
アンプのグレードが二つくらい上がってしまう。
一台1000万のCDプレーヤーだって実際にあるのがこの世界だが、庶民的な予算で楽しむこともいくらでも出来る。
音が良くなれば音楽は何倍も素晴らしく聴こえる。
音楽好きにとって、投資のし甲斐があるオーディオだ。
上手に予算配分して楽しみたい。

中古をお奨めする。
オーディオ製品にエージングは不可欠だ。
つまり一定期間使い込んで初めて本来の性能を発揮するのがオーディオだ。
と言うことは、エージング前は本来の音以下のものを聴かされている事になる。
誰かが新品で買い、我慢してエージングしてくれたもの、それが中古だと思って良いだろう。
値段が普通半分以下になっている。
半分弱か。
昔そんな名前の女優だか歌手だかがいたな。
それはともかく、中古を買ってコンディションが悪い個体は修理して使う。
腕利きの修理マンと知り合えば、心強い味方になる筈だ。








番外編 ㉛ プレーヤー

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<番外編 ㉛ プレーヤー>




前にお話ししたスコットランドのリン製レコードプレーヤーである。
わざわざSMEのアームをつけた。
後で聞いた話では、一関の「ベイシー」が同じ組み合わせで使っているらしい。
シートが静電気でディスクにくっついて来るので、カーボン製の社外品に替えている。

スコットランド独立騒ぎの際、私は否定的見解を持った。
分離独立によって国力が低下する一方、特段のメリットがないと見た。
だが、実際にはイングランドとスコットランドはまるで違う国らしい。
共通の言語を使い、多少の方言がある程度だと思っていたが、それも全然違うという。
スコットランドの庶民が使う言葉は、スコットランド語やゲール語であって、所謂英語ではない。
彼らは自分たちがイギリス人だと思っていないようなのだ。
私はそれでも、スコットランドが独立するのはデメリットの方が大きいと思う。
だが、あれだけ多くのスコットランド人が独立を望む以上、この問題はいつまた再燃するか分からないし、次回の結果がどうなるかもまた分からない。

そんなスコットランドが造るリンのプレーヤーLP12。
実物は非常にコンパクトだ。
多分中身もシンプルで、はっきり言えばそんなにお金が掛かっていない。
だが私はこれが気に入っている。
もちろん「ベイシー」と同じ機種だからではない。
物量投入したゴツいプレーヤーならいくらでもあるが、一見むしろ頼りないくらいの、この何気無さを愛する。
これもおそらくは人生最後のプレーヤーだろう。

お前は何かと言えば「人生最後」だな、と言われそうだ。
これが最後かもしれないというある種の覚悟を持って事に当たるのは、大事な事だと私は思うようになった。
それはいい歳になったからだ。
もちろん、それはそうだ。
二十歳の時にそんな事を考えた事などない。
しかしながら、二十歳の若者の人生が必ず残り60年以上あるとは無論限るまい。
それは私の余生があと20年保証されていない事と何ら変わりがない。
事実私の最初の妻は、平均寿命を半分も全うしなかった。
人生人それぞれであると、その極当たり前の事に実感がやっと追いついて来た。

人の死亡率は100%だ。
それが今日かもしれないし、もう少し先かもしれない、ただそれだけの話だ。
そのことを人は知っている。
多分犬は知らない。
これが最後かもしれない、そういう覚悟を持って事に臨むのは悪くない。
それは死に怯えて生きるのと少し違うと思う。
最後かもしれないなら、味わい尽くしてやろうというのが私の方針だ。







(221) QUINTESSENCE

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No.221 2014.10.29



<QUINTESSENCE>




「真髄」といった意味であるらしい。
ジャズの真髄。
この盤がどれ程の知名度や人気を持っているものか、私は知らない。
知らないが恐らく、エバンス作品の中で上位に来ることはないだろう。
1977年ファンタジーレコードに残された本作、B面最後のケニー・バレル作「BASS FACE」を聴いて欲しい。
話はそれからだ。

1957年あたりをピークにジャズは、次第に勢いを失って行き遂に「死んだ」とすら言われる。
本当にそうか。
私は正直そのように思っていない。
確かに変形もしただろう。
そりゃーあなた、半世紀以上も経って何一つ変わらないなら、そいつは伝統芸能の仲間になったという事だ。
ジャズは今も変形し続けている。
あえてそれを発展とは言わないでおく。

エバンスの、例えば「あなたと夜と音楽と」に続けて、本作を聴いてみる。
つまりトリオ作品ではないものとの比較を試みる。
どうですか、真髄に変化がありますか?
仮に多少の技術的変化があるとしても、それは進化であって少なくとも「死」へ向かう老化ではない。

来月私の住む町に、活きのいいトランペッター島裕介がやって来る。
頭が柔らかい。
だから彼はジャズを特別視しない。
音楽があった、だからジャズもある。
そこが素晴らしいのだ。
彼の周囲に多くの若手ジャズメンが見える。
ニュータイプのジャズメン達。
彼らがこのジャズという音楽に惹かれているのが私にも分かる。
なんのなんの、ジャズは死んでなどいない。


話が変わり過ぎるけれど、今日はだいぶ疲れている。
春秋年二回の、恒例親子温泉ツアーから帰ったところだ。
今回はN別温泉某露N何とかいう宿へ行ってきた。


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疲れているから結論を急ぐが、良くなかった。
母を不快にさせては意味がないからと、言葉を飲み込む場面ばかりだった。
あれで一人4万請求出来るなら、商売も楽なものだろう。
いや、そうではないな、楽ではない結果があれなのか。
どれくらい良くないか、一度行ってみて下さい。
一々語る気に私はならないので。

年二回を続けた結果、もうネタが尽きてきた感じだ。
どこかに素敵な宿がないものか。

秘密の情報をお知らせください。
けして公言いたしません。
私のささやかな親孝行にご協力頂けると、大変有難いです。









(222) Blue Alert

madeleine.jpg
No.222 2014.10.30



<Blue Alert>




マデリン・ペルー「HALF THE PERFECT WORLD」。
本作3曲目の「Blue Alert」を探した、探した。
どこで聴いたか覚えておらず、歌手の名前も曲名もわからなかった。
独特の歌声とアレンジの断片が耳に残っているのみ。
そういえば、ブルーアラーとかなんとか言っていたような。
アンジャニ・トーマスというカナダ人女性にたどり着いた。
「ブルー・アラート」という曲をレナード・コーエンと共作している。
しかし、これは違った。
これをカバーしていたのが、マデリン・ペルーであったのだ。

とても魅力的な声の持ち主だ。
彼女はギターも弾き、どちらかと言えば、ど真ん中のジャズボーカルではない。
そうした所がシャンタル・チェンバーランドあたりと被る。
二人共多分カナダ人である。
あの国からいい女性ボーカルがどんどん出てくるのに、何か特別な理由でもあるのだろうか。


さて本日も我家のオーディオ機材を少し。
理由は特にない。
念のため自慢でもない。
そもそも自慢するほどの高額機器を所持しないので。




an2.jpg


左がスコットランドはリンのフォノイコライザー、LINTOである。
前にも書いたが、これがないとLPレコードが聴けない。
昔のアンプには内蔵されていた。
現在市販されるアンプにこの機能がないのである。
そこで別途必要になるという訳だ。
右奥はオルトフォンのMCカートリッジ用昇圧トランスである。
詳細は検索して頂きたい。
検索するとリンのLINTOに昇圧トランスが必要ないとお分かり頂ける。
そうなのだ。
この二つは寄り添うように存在しながら、お互いを必要としていない。
仮面夫婦のような状態にある。
昇圧トランスが密かに繋がっているのは、別の棚の別の機材だ。
うー・・・いいのか、それで。



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チチを上から覗いたような昇圧トランス、そんな彼女の愛人、ウエスギの真空管フォノイコライザーU・BROS-20である。
実はこれ、別のプレーヤーに付けたオルトフォンのカートリッジ、SPUシナジーを囲っている。
罪な男だ。
その話はいつかまた。










(223) ジプシー・スウィング

romane.jpg
No.223 2014.10.31



<ジプシー・スウィング>




ジャンゴ・ラインハルトの継承者、マヌーシュ・ギターの名手ロマーヌ。
私は本作をアコギアルバムのベスト3に入れたい。
残り2枚は当ブログNo.180に登場のスーパー・ギタートリオ、それにクラプトンのアンプラグドだ。
ロマーヌの音楽はジプシー・スウィングと呼ばれるもので、ステファン・グラッペリ(Vn)なども同類である。

ジプシーか。
日本人誰しも聞いたことこそあるものの、なじみの薄い世界ではないだろうか。
私などが思い浮かべるものは、サーカス団、占いの女、その程度であり接点がどこにもない。
無知、妄想、誤解、偏見、そんな衣にまぶされているのか、実態なんかまったく見えてこない。

彼らはかつて、地続きのユーラシア大陸を定着することなくさすらい、方々で暮らしてきた。
そうするには何かきっと理由があったのだろうが、私は知らない。
彼らは流浪の先々で、そこで定住する人々との間に軋轢を生じてきた。
それはそうだろう。
町内の公園で、ある日突然見知らぬ外人一家がテント生活を始めたとしたら、あなたは平気でいられるか。
現在彼らのほとんどが定住しているが、定住先の西欧でかなりの差別を受けているようだ。
それ故か、「ジプシー」は差別用語だからと「ロマ」に言い換えるようになった。
呼び方を変えたところで、真相に何の変化も生じないのは自明のことだ。
極東の小島からは見えない世界、おめでたい日本人には理解不能な世界がある。

ジプシー・スウィング最大の特徴は哀愁、そしてスピード感だ。
2ビートのサイドギターが、急き立てるように音楽を疾走させる。
疾走が乾いた風を巻き起こす。
だから哀愁も乾いている。
悲しみの果てに枯れた涙とでも言うか。
そこが演歌と大きく異なるのだ。
色々あっても明日が来る。
明日が来る以上生きていくしかない。
相変わらず実態を100%近く理解していないが、私はロマーヌの音楽、ジプシー・スウィングから、そんなしたたかな強靭さを感じる。
ジャケットの顔を見てください。
こんな男の隣で、ぼやぼやしてちゃヤバそうだ。

イヤイヤ、余計な事など言わないで黙って聴くしかないのだ私は。
ロマーヌは曲作りも素晴らしい。
特にタイトル曲、「フレンチ・ギター」を聴いてほしい。
名曲です。










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音楽がある限り

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