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(182) 夏から秋へ

タイレル
NO.182 2014.9.2



<夏から秋へ> 




今、北国は東京よりも暑い。
本日も夏日となり、30度に届きそうな勢いだ。
ではあるが、気分は深く静かに潜行している。
ならば、いっそ季節感などない方がいいと、我が家に響き渡るスティーヴ・タイレルのダミ声。
クリスマス・アルバムが、ほんの少しだけ気分を盛り上げる。
家人から苦情が寄せられるけれど。

スティーヴ・タイレルは、相当いい歳(50過ぎ?)になって、やっとジャズシンガーとしてCDデビューした苦労人だ。
スティーヴン・タイラーと混同しないよう注意が必要である。
スティーヴン・タイラーはエアロスミスのボーカルだ。
話はそれるが、女優のリヴ・タイラー(アルマゲドンのヒロイン)は彼(スティーヴンの方)の娘で、成長するまでそのことを知らず、あのトッド・ラングレンの娘として育ったという。
彼女のフルネームは、リヴ・ラングレン・タイラーである。
人には人の人生があるものだ。

閑話休題。
スティーヴ・タイレルである。
なんか見たことのある顔だ。
芸人さんにこんな顔いなかった?
やっと思い出したのである。
FUJIWARAの原西孝幸氏。
思い出してみれば、そんなには似ていなかった。
よくある事だ。

スティーヴ・タイレルの価値はその声にある。
好悪の分かれるところだが、私は非常に好む。
ロッド・スチュワートとの近似性を言う人もいるが、それならむしろドクター・ジョンの方が近いように思う。
しかし、本質的に二者とは異なるものがある。
夏から秋への不思議な旅は、夏から秋への能登半島。
スティーヴ・タイレルの歌声も、どこか演歌調だ。











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(183) 似て非なるを悪まず

ponta1.jpg
NO.183 2014.9.4



<似て非なるを悪まず>




錦織選手には驚いた。
USオープンでベスト8が限界であろうと見ていたところ次も勝ち、ベスト4へ進んだではないか。
グランドスラムの男子シングルスは5セットマッチだ。
錦織圭はいつもこれに泣かされてきた。
上位シードを破っても、たいていはもつれにもつれ、フルセットでの辛勝となり、次の試合はもう体力的にもたなかった。
私は約20年シングルスの大会に出ていない。
5セットを戦ったこともない。
でも5セットのシングルスの過酷さが少しはわかる。
年齢にもよるが、それなりのトレーニングをしていなければ、普通1セットか2セットで脚がつる。
この場合の「つる」とは、ちょっと伸ばせばまた出来るなどといった生易しいものではなく、一週間はまともに歩けなくなるといった類のものだ。
むしろ脚がつるくらいならまだマシであり、肉離れやアキレス腱断裂も普通に発生する。
この30年間で二度、アキレス腱断裂の現場に居合わせた。
コートの向こう側で起きても、「バチッ」と何かが切れる音が聞こえてくる。

プロの選手は素質も鍛え方も違うから、1セットや2セットでどうこうなる事など滅多にないが、やはり同じ人間だ。
5セットマッチのフルセットが連日続けば、やはりダメージが蓄積するだろう。
それを乗り越える体力のある者だけが、グランドスラムを征してきたのだ。
錦織選手、センスは元々素晴らしいものを備えている。
エアーKはアントニオ猪木の卍固めに匹敵する発明である。
だが、唯一体力面だけが世界のトップレベルに達していなかった。
だからグランドスラム大会が3セットマッチに変更されない限り、錦織選手の優勝はないだろうと思っていた。
だが、もしかしたら彼は変わったのかもしれない。
彼の身体は、と言うべきか。

似て非なる者とは錦織圭のことでは無論なく私だ。
同じようなウエアを着、同じようなラケットを持ち、同じようなコートで球を打ってはいるが、当然ながら内容は笑うほど異なる。
まず何が違うと言って、ラケットの握り方が違う。
私のは昔のテニスだから、コンチネンタルグリップという「超うすーい」握り。
いまどきの選手はウエスタングリップ等の厚い握りで、「グリグリの」トップスピンを打つ。
そうしたものを見た時実は私、正直に言うとバカに見えて仕方がない。
違う競技にしか見えないし、少しもかっこよく思えない。
いや、ごめんなさい。
もちろん好きなようにやって頂いて結構なんですよ。
勝ちゃーいいんだテニスは。

ただ、ちょっと考えたい。
テニスのこうした変化が、この競技にとってプラスに作用したであろうか。
プロの世界にあってはセンスの戦いを馬鹿力の勝負に置き換えた。
原動力となったのは道具、ラケットの進化だ。
かつて使用されていた木製の小さなラケットであんな事をしたところで、とてもまともに当たるものではない。
アマチュアの世界ではオバチャンをコートに蔓延らせた。
どんくさいオバチャンであるが時間だけはある。
何故なら自分には働く必要がないからだ。
働くのは夫であり、家事は限りなく軽労働となった。
余りある時間を利して高性能ラケットで練習を重ねるオバチャン。
小さい木製ラケットのままだったら手も足もでなかっただろう。
だが、スィートスポットの広大な今どきのラケットなら、当てただけで勝手に球は飛んでいく。
あとは愚直に練習さえすれば、もはや若い女(なにかと忙しい)など敵ではない。
悪貨が良貨を駆逐する如く、やがてテニスコートから若い女性が姿を消した。
若い女性がいないところに、若い男は用はない。
こうしてテニスの衰退が進行した。
道具の進化は必ずしもその競技の繁栄を担保しない。
今、街のテニススクールは高齢化が進み、限界集落化しようとしている。

さて本作ポンタボックスである。
これは限りなくジャズに近い、何か違う別のものだ。
村上ポンタ秀一は日本を代表するセッションドラマーだ。
あの「赤い鳥」のメンバーだったこともある有名人。
そんな彼がちょっとジャズっぽいものもやってみようと思ったのだろう。
だが、基本的な音がジャズのドラムとは異なる。
ジャズとロックその他では使う楽器(ドラム)の形状がそもそも違う。
素人の私が見てもそれは明らかで、ジャズのドラムは見るからに小ぢんまりとしたものだ。
本作で使用した楽器は多分、そうしたものではあるまい。
あるいはチューニングがロック的なのかもしれない。
そして何というか奏法そのものが違うようだ。
かと言って村上ポンタ秀一のドラムが同世代と思われるセッションドラマーの、例えばジム・ケルトナーやスティーヴ・ガッドの匂いがするかというとそれもない。
独特の世界なのだ。
何やら和太鼓の響きすら感じるのは、タムを多用するせいだろうか。

村上ポンタ秀一自身がジャズを演っているつもりはない的な発言をしていた。
なにしろこんなタイトルのアルバムを出してもいる。
「Modern Juzz(Jazzにあらず)」
ちょっとあざといね。



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(184) SAPPHIRE BLUE

larry2.jpg
NO.184 2014.9.5



<SAPPHIRE BLUE>




ラリー・カールトンの2003年録音、ブルース集である。
若い頃のピーター・フランプトン的風貌はどうもいただけないが、歳をくってかっこよくなったラリー。
男はこうありたい。
ラリー・カールトンといえば「Room 335」で有名だ。
でも、あんな軽薄メロディより本作の方がずっといい。
従って本作のボーナス・トラックは全くの蛇足だ。
それ以外の全曲が素晴らしい出来である。
特にラスト(ボーナス・トラック Room 335 はないものとして)の「Take Me Down」のかっこよさに参った。
ハーモニカ(ブルース・ハープか?)とのデュオ作。
これを聴かずにはおけないだろう。
 
「Take Me Down」といえば昔EXILEが歌った別の曲があり、これも名曲だった。
EXILEといっても「エグザイル」とかいう妙竹林ではなく、「イグザイル」と呼ばれたアメリカのバンドだ。
結構有名だった、知らない筈はない。
同じバンド名をつけるかねえ。
なんぼでもあるだろうに。

ラリー・カールトンは特にブルース・ギタリストというわけではなく、フュージョン寄りのジャズっぽい演奏を得意とする。
そういったギタリストは少なくない。
アル・ディメオラ、ジョン・マクラフリン、エリック・ゲイル、ジョージ・ベンソンと、どんどん出てくる。
一方で完全にブルース・ギタリストとみなされている、例えばエリック・クラプトンとかBBキングといった連中がジャズ寄りのアルバムを作れば、これは相当聴き応えがありそうだ。
だが、そうはならない。
やっぱりイメージの問題かな。
「クリーム」のクラプトンが今さらジャズでもないのだろうか。
気にしないでやればいいのに。









(185) ボタン消滅の訳

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NO.185 2014.9.8



<ボタン消滅の訳>





ブログというものをやり始めてそろそろ3年になる。
よくもまあ続いたものだ、と言って支障あるまい。
使い方を完全に把握していないという憾みは依然ある。
世代的なものだ。仕方ない。
何しろ音源の半数はアナログ(LPレコード)で所有しており、音楽をダウンロードした経験もする気も金輪際ないという骨董人間である。
その割には使いこなしている方ではないか。

そもそもこのブログを始めたのは、思い残す事のないよう言いたいことを言っておく、というのが動機といえば動機だ。
最初は何をどうしたものやらわからず、ページの設定というのだろうか、デザインも適当なものだったし、大体書いたものを果たして誰か他の方が読んでいるのかどうか、それすらわからないまま闇雲に更新していた。
自分はそれで一向に構わなかったが、そのうち「拍手」というものをしてくれる人がいるらしいと気付いた。
「へ~」と思ったが、それも滅多にある事ではなかったので、大きな関心をはらうには至らなかった。
しかしその「拍手」というのが結構頻繁になされるにいたり、段々気にするようになった。
多くても数人であったが、ゼロだとなんだか落胆する。
そんな調子で推移する昨今となった。

だがこの「拍手」、どんなに多い時でもふた桁になることはなかった。
ところが昨日のこと、「ラリー・カールトン」を紹介したどちらかと言えばやっつけ仕事に、どういう訳か当ブログとしては多目の拍手を頂き、ついにふた桁、なんと「16」まで到達したのであった。
みなさん、どうもありがとう。
ただ、そこでわたくし思ったのです。
そもそも拍手をしてもらいたくて書いていたわけでもなかろうに。
でも段々そんな風になっていくものだから、これはいかんのじゃないかと。
そこで記念すべき拍手ふた桁突破を機に、当ブログでは拍手制度を廃止します。

昨日娘と話をしていて愕然とした、と言うか目からポロリ鱗が落ちた。
彼女曰く、多くの人にとってジャズってのは居酒屋のBGMの類に過ぎず、たいして関心のあるものではないと。
そうかも。
自分が好きだからと言って、なんだかよくわからないような古い音楽の、それも重箱の隅をネチネチほじくりかえすような話を聞かされても、多くの人は閉口するばかりだ。
なるほど、だからあんまり相手にしてもらえなかったのね。
思わず納得。

JAZZ、これは極めて自分勝手な趣味のひとつに過ぎない。
けっしてそれ以上でもそれ以下でもありはしない。
それでよろしいのではありますまいか。
そして特段JAZZに限らずとも、言いたいことがあれば言えばよろしい。
書く事がないなら無理に書くことも又ない。
こうして何かを残しておけば死後、いつか子供たちがこれを見て、ああオヤジはこんな事を考えていたのかと思うかもしれない。
笑いのネタにでもなれば幸いである。

さて、本作であるが、寺井尚子はイメージ(誰の?とつっこまれても困るが)よりずっとジャズの核心を鋭く突いてくる人だ。
バイオリンジャズというのは悪くない。
悪くはないがどうも絵にはなりにくい。
ステージでサマにならないと言うか。
だってそうでしょう。
どんな衣装で演奏すれば良いというのか。
こきたないジーパンではカントリーのフィドルに見えてしまうし、ドレス姿でバイオリンではとてもジャズには見えない。
だから音は素晴らしい(本作は特に録音良好)のに、気の毒にもライブ映えしない楽器だ。
そんな寺井尚子の本作はライブ盤である。
「スペイン」一曲だけでも価値がある。
数多くカバーされた同曲の中で、録音・演奏ともに最高の出来だと思う。
これがライブ録音だというのだから更に凄い。

リー・リトナーが強力サポートして、ツアーにも帯同していた。
この頃(2001年)私はこの二人がなんかどうも怪しいと、完全にゲスの勘ぐりとしか言い様のない妄想(かどうか実際わからんが)をいだいていた。
それから間もなくのこと、リー・リトナーがあの杏里と結婚するとかでひっくり返りそうになった。
日本の男はさっぱり外人女性にモテないけれど、日本人女性は違う。
それはわかる気がする。
あなたがたは素敵だ。
それは認めるから、外人は勘弁してもらえないかな。
きっとダメだと思うけど。

幸いにも、この話はどうもその後、沙汰止みとなったようだった。









<二伸>

ここまで来たら錦織圭は勝っておくべきだ。
ここで負けたら全部パー、そう覚悟して何が何でも絶対勝たないと。
間違いなく彼のテニス人生で最も大事な試合となるだろう。
ただ、残念なことに、我が家は映らんのですよ・・・・
非常に残念だ。
でも見てたら、見て応援してたら勝つってもんでもないから。








(186) プレッシャーに負けない

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NO.186 2014.9.9



<プレッシャーに負けない>




スコアのみをリアルタイムで伝える地上波の番組で、錦織圭の敗戦を知らされた。
3-6、3-6、3-6というストレートの完敗であった。
全身の力を奪われた気がする一方、どこかで「やっぱりな」という声が聞こえた。

午後、NHKが急遽この試合を放送するという。
私はこれを事務所の小さなテレビで観た。
錦織は入場の時からの硬い表情のまま試合に入り、ほぼ自滅と言っていい形でファーストセットを失っていた。
相手のチリッチというクロアチアの大男は、デカいという事以外特別どうということもない平凡な選手だ。
たいしたヤツじゃない。

テンパった錦織と凡庸な大男、だからセカンドセットはグランドスラム決勝とはとても思えないグダグダな展開となっていった。
錦織は大事なところで自分を信じることが出来なかっただろう。
いったい何が起きているのか。
それすら理解できないまま、ズルズルとポイントだけが進行していた。
少しずつ自分に不利な形で。

なすところなく第三セットも失い錦織は敗退した。
立派なのはその後のスピーチだけであった。

今年の四大大会はこれで終わり。
錦織の挑戦も来年に持ち越された。
ここまで出来たのだ。来年に期待する。
そういう気持ちは当然ある。
だが不安要素もある。
年齢だ。
錦織は現在24歳。
普通ならまだまだ若い。
だが、テニスの世界はまた事情が異なる。
それはジョン・マッケンローを見ればわかる。
マッケンローと錦織は殆ど体格に差がない。
マッケンローもまた「小柄」な選手だったのだ。
そして錦織以上に、類まれなセンスのみを頼りに世界ナンバーワンとなった男だ。
そんなマッケンローが最後にグランドスラム大会で優勝したのが25歳だった。
その後の彼は急激に力を落とし、引退への坂を転がり落ちていった。

マッケンローや錦織程度の体格で世界のトップに上り詰めようとする時、彼らにはセンス以外頼りにできるものなど何もありはしない。
センスとは魔法である。
小柄な選手が魔法を武器に、大男を手玉に取る様を見るのは小気味良い。
だがこのセンスというやつ、実は賞味期間が短いのだ。
馬鹿力は案外長持ちする。
だから優勝したチリッチは30歳くらいまでいける可能性がある。
だが錦織は無理だ。
動体視力、瞬発力、反射神経、そうしたものの加齢変化で、彼の鮮やかなテニスセンスに錆びが来る日はそう遠い話ではない。
錦織圭にはもうあまり時間がない。
だから彼を英雄扱いして、感動をありがとう的なチヤホヤは一切やめるべきだ。
錦織圭はまだ、何事も成し得ていない。
グランドスラム制覇を願うなら、彼をほっといて欲しい。
多分ムリだと思うけど。


アート・ペッパーは小柄で天才肌のアルト吹きだった。
麻薬で合計15年もムショに居た。
本作が録音された1957年も何度目かの出獄直後だったが、録音当日はヤクでヘロヘロだったという。
それはこの時のメンバーに相当ビビり、やらずにいられなかったとの説もある。
ミーツ・ザ・リズムセクションのザ・リズムセクションとは、マイルスクインテットのリズムセクション、レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)である。
マイルスバンドが西海岸へツアーに来たので、ついでに録音、という感じだろう。
それにしてもザ・リズムセクションと断言するのだから凄い。
ボブ・ディランのバックバンドをしていたロビー・ロバートソン、レボン・ヘルム、リック・ダンコらが、後年ザ・バンドを名乗ったのとは比較にならない威圧感がある。
アート・ペッパーがビビってヤクをキメたのも無理はなかった。
ヤクの力ゆえなのかどうか不明だがペッパー、プレッシャーを跳ね返しバッチリ仕事した。
彼の代表作とも言える「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」これ一曲のために本作はある。
機会があれば、ヘレン・メリル盤とも聴き比べたい。














番外編 ㉗ 暗黒時代も悪くない

荒井由実




<番外編 ㉗ 暗黒時代も悪くない>




予めお断りしたい。
私はこの音楽家を特に好んでいるわけではない。
逆に「ユーミンてなんだよ」との思いは強く、
なぜに荒井由実名義で押し通せなかったかと残念に思う。
ただし、歌唱以外のあらゆる意味で天才だとは思う。
あまり関心がないだけだ。
大いに関心があるのは妻で、
このCDを知人から頂いて以来、
酒の席でこれをかけると大変機嫌が良い。
ありがたい事だ。

荒井由実が登場したのは70年代初頭だったと思う。
彼らの音楽は「ニューミュージック」と当時呼ばれていた。
吉田拓郎、井上陽水、赤い鳥、かぐや姫、ガロ、等々様々いた。
この一大ムーブメントが何に対するアンチテーゼであったかと言えば、既存の歌謡曲、特にGS(グループサウンズ)に対するものだった。
ブルー・コメッツ、スパイダース、タイガース、テンプターズ、ワイルドワンズ、等々これも様々いた。

60年代の終わりに一世風靡したGSを今聴くと愕然とせざるを得ない。
これがビートルズと同時期に存在した同種の音楽か?
日本は一体何をしていたんだ。
そんなこんなでニューミュージックの登場とはなった。
確かに音楽的には相当情けない、GSは。
はっきり言って、日本音楽史上における暗黒時代なのである。
ではあるが、この勢いは一体何だ。
これが時代というものか。
ウムを言わさぬ正面突破だ。
10年に一度なら聴いてもいいかも。
そんな風に思えて来るから不思議だ。








(187) 同窓会の夜

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NO.187 2014.9.12



<同窓会の夜>




1974年、カーネギーホールでのライブ。
ジェリー・マリガンとチェット・ベイカーの二枚看板だが、ボブ・ジェームス(p)ロン・カーター(b)ハービー・メイソン(ds)らがバックアップしており、当時のCTIオールスターズの様相である。
だが、心配にはおよばない。
ストレート・アヘッドなとても良い盤だ。
あのジョン・スコフィールド(g)まで出ている。
ジョンスコはこの時まだ駆け出しだったので、扱いが良くないのはまあ仕方ないだろう。

私の手元にあるのはLPレコードで1と2に分かれている。
LPも爛熟期に入り、音質は非常に良い。
現在ではCD化にともないカップリングされ一枚に収められているようだが、音質は分からない。
LPの方が音が良いというのはしばしばあった話だから。

VOL.1(一枚目の黒いジャケット)で好きなのは、何といってもA面一曲目の「Line For Lyons」だ。
マリガンのバリトン・サックスが良く鳴っている。
ちょっと枯れた音色が素晴らしい。
マリガンとチェットの間で「何やる?」「昔よくやったアレは?ウォーミングアップにさ」「いいね、オーケーだ」的なやりとりがあったという。
昔よくやった「木の葉の子守唄」はやってくれなかった。

B面一曲目には「My Funny Valentine」が収録される。
チェットといえばこれ。
マリガンあたりは当然「おまえどうせなら歌えよ」と水を向けたことだろう。
だがチェット「いや、歌はもういいや」と言ったかどうか分からないが歌わない。

ヤク中で滅茶苦茶な男だった。
それが原因でトランペッターの命ともいえる前歯を全部折られたりもした。
男前で女性にもてたと思われるが、この当時はがらがらに痩せてしまい皺しわで目が落ち窪み、別人のようになっていた。

マリガン、チェットともに出演した、写真家ウィリアム・クラクストンの映画「カメラが聴いたジャズ(Jazz Seen)」に二人の若かりし日の姿が残されている。
サウンドトラックのCDがあるので、これもいつか紹介したいと思う。
クラクストンは「フォトジェニック(Fhotogenic)な男だった」とチェットを評している。
実物より写真写りが良かったという事だろう。
この点で損をしていると思うのがピアニストの山中千尋さん。
彼女はどういう理由かいつも、写真より実物の方がずっと素敵だ。

VOL.2(黄色いジャケット)で好きなのはA面二曲目の「Bernie's Tune」。
この曲と「Line For Lyons」だけで、本作二枚を買って良かったと思っている。
尚、このコンサートにはスタン・ゲッツ(ts)も出演し、三管で色々やったらしい。
残念ながらそれらは、契約の関係で本作に収められることはなかった。



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(188) アルフィー

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NO.188 2014.9.13



<アルフィー>




先だって、阿川佐和子さんの番組に日本の同名バンドが揃って出ていた。
話しぶりが達者で驚いた。
彼らが売れた理由は様々あろうが、人前で興味深い話を即興で、しかも次から次へと提出できる(まるでジャズではないか)能力によったところも小さくないのではないか。
普通の人、いや他の人のことは知らないけれど、私などには絶対に真似できないことだ。
そんな風に感心して見ていたが、妻はまた別のことに感心していたようだった。
彼らは疾うに還暦を過ぎている筈であるが、皆さん歯がきれいだと言うのである。
ずいぶん儲かったのね、と。

本作はソニー・ロリンズがイギリスの映画に提供した楽曲を録音したものだ。
しかしサウンドトラックではない。
この映画においてロリンズは作曲を担当しただけで、劇中流れた演奏には地元のミュージシャンが使われた。
そのサウンドトラックはアルバム化されなかったようだ。
ロリンズはこれらの曲に相当思い入れがあったらしく、後日アメリカの腕達者を集めてアルバムを製作した。
そのインパルス盤が本作というわけだ。

インパルスで思い出したのである。
話が少々それるが、昔四条河原町に「インパルス」というジャズ喫茶があった。
その店は河原町通りに面した入口から直に地下へ繋がっており、ピアニストのレイ・ブライアントに似た風貌の怖いオヤジが一人でやっていた。
木材を貼った天井から(解決できないしかし僅かな)漏水があるらしく、天井板の数か所にビニール袋が画鋲で貼り付けられていた。
ダイヤトーン(三菱電機)の放送局仕様のスピーカーで少し硬めの音を出していたが、場所が良いせいもあり何時行ってもたいてい客が入っていた。
新譜をよくかける店だった。
「インパルス」で聴いたレコードを、帰りに寄ったレコード屋で買った事も少なくない。
いい店だったけれど、いつの間にかなくなっていた。

本作のアルフィーは主人公の名前で、名優マイケル・ケインが演じた。
どうもこの映画自体にはあまり良い印象がない。
DVDになっているだろうか。
ご覧頂くと共感してもらえるかもしれない。
この映画はともかく、マイケル・ケインは結構好きだ。
アメリカのバカ映画も悪くはないが、イギリスの俳優が醸すある種の陰に惹かれる。
アメリカ人とは明らかに異なる、大英帝国の憂鬱といったものか。
あまり大きな事も言えないけれど、言葉の響き自体アメリカ英語よりキングスイングリッシュの方が私には心地よい。
「マイフェアレディ」によれば、ロンドン下町の言葉はどうも感心しないもののようであるが、私に区別などつく訳がないからどうでもよろしい。

ショーン・コネリーと出た「王になろうとした男」でもマイケル・ケイン、なかなかいい味を出していた。
しかし実はこの人、そういったものより戦争映画の仕事が圧倒的に多かった。
これは不思議である。
「遠すぎた橋」など非常に面白く観た。
もしも戦争映画にシュワルツネッガーだのスタローンだのばかりが出れば、それこそ単なるバカ映画にしかならない、そういうことかもしれない。
80を過ぎた今も現役でおられる。

ソニー・ロリンズのテナー・サックスは、聴けばいっぱつで分かる。
独特の音色は普通日本人がこの楽器に抱くイメージと少し異なり、乾いて太く殆どビブラートを付けない。
テナーマンがよくやる最後の「スススス・・・・」もない。
非常にモダンなスタイルであり、なんと言っても呆れるほど滾々と溢れ出るアドリブには只々恐れ入るばかりだ。

この方様々あるエピソードから、真面目でシリアスなイメージがある一方で、実はお茶目なところもあるようだ。
「惜しくも最後の来日公演か」などと称して何度も来日するのには笑った。
西海岸に来てコンテンポラリーに吹き込んだ「Way Out West」では、カメラマンのクラクストンにそそのかされて、えらいジャケット写真を撮られている。
ニューヨークに帰ってから散々仲間に冷やかされたらしく、「クラクストン許さん」と言い続けたとか。
ジョークだろう。

ソニー・ロリンズ、今尚ご健在である。
この自作曲が大変気に入ったようで、その後「アルフィー」はライブの定番となった。




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番外編 ㉘ マニア

補強




<番外編 ㉘ マニア>






少し前に報告済の画で申し訳ない。
何故重複するかと言えば、私が幸福でニヤニヤしているからであり、更に申し訳ない。
なにゆえの幸福か。
極めてシンプルなんです。
現在我家の「音」が快調と、ただそれだけの話。

さりとて皆さん、あからさまにこのような事を申し上げる機会など滅多にあるものでもございませんよ。
それは次のような理由によるものであるが、この種のマニア(オーディオマニア : 私は自分をそのように認識している。一種のフェチと考えて頂いて構わない。お御足と音が入れ替わっただけである)以外の方々にはほぼ無関係の話と言って良いのであって、更に更に申し訳ないかもしれない。

マニアはいつもどこかをいじっている(まさか大きな誤解はないと思う)。
それは少しでも良い音を聴きたいというセツナイ思いによるものだ。
だがあちこちいじり過ぎて、何がどう変わったか訳がわからなくなる事態はむしろ普通と言ってよい。
余計な手出しなどせず、おとなしく音楽を聴いておれ。
そう思うのは当然だが、なかなかそういう訳にもいかない。
いじるのが好きなのだ。
どっかいじっていたいのだ。
ほっとく事が出来ないのが悲しいマニアのサガなのである。
結果として今出ている音より、他人様が聴けば実は三か月前の音の方がずっとマシであった、などという過酷すぎる事態もごく普通に生起する。
いじり壊しというやつだ。
そんな事だからマニアは、今出ている音が不安でいつも信用できない。

だからと言って相談する相手などそうそう居るものではない。
AとBとCではどれがいいと思う?
悪戦苦闘の挙句(オーディオは腰にくる)様々切り換え、同じ曲の同じ箇所を恋人に聴かせたとしよう。
そんな事を聞いたところで彼女(ないし彼)は途方に暮れるばかりだ。
何故ならそんなチマチマした話には更々関心とてなく、皆同じに聞こえるばかりだからである。
試みに二つに絞り、AとA'(実は同じ)ではどう?と聞き直せば、
「そうね、A'かな・・・絶対A'がいいと思う。そろそろ炎の○○○TVの時間ね」
マニアは深く絶望し、益々隘路にハマり込んでゆく。

そうした理不尽な現実の向こうに、今そこに出ている「音」があるというのはマニアにとって動かし難い事実だ。
その「音」がなんか今とってもいい感じ。
思い当たるフシはあるのだ。
「音」は何をやってもゴロゴロ変わる。
ただ、普通の人(常識人と言い換えて何ら不都合ない)にはそれが感知出来ない(したくない、する必要がない)だけだ。
トライ&エラーの末に今出ている「音」が良いとすれば、その理由はこれしかない。
それがこの画である。
スピーカーの舞台裏を携帯で写したものだ。
高音部の音を出すドライバーという発音体である。

20キロ近い重量がありながらこの子は、出した音を広げてくれる木製のホーン(ラッパ)にネジ4本でぶら下がっていた。
この痛々しい状態に常々私は心を痛めていたのだ。
そこで何とかならないかと、ホームセンターを物色して探し当てたのがドライバー(黒い物体)を支えるパーツである。
200円程度の品であり、本来の用途は知らない。
これが効いたのである。
そんなモノが?
それしか考えられない。
え?外して使用前を確認してみたかって?
ばかな事を・・・
これを外して出た音がダメだったとする。
また元の状態に簡単に戻せると思いますか?
男女関係と同じです。
今が良い状態なら、そこはそっとしておく。
いじるなら別の場所だ。









(189) カナダからの手紙

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NO.189 2014.9.15



<カナダからの手紙>




現在カナダ出身の売れっ子女性ジャズシンガーが複数存在する。
ダイアナ・クラールが超有名だ。
カナダの美空ひばり、ニッキ・ヤノフスキーが2010年のバンクーバー五輪で国歌を歌った時、彼女は16歳だった。
本作のソフィー・ミルマンはユダヤ系ロシア人で、ソ連崩壊にともないイスラエルを経てカナダへ移住した人。
まだ若いが苦労人だ。
だからと言う訳ではなかろうが、ダイアナ、ニッキのような無邪気さは微塵もない。
それが声に現れる。
歌手の好みは何より声だろう。
その人の声そのものが好きか嫌いか。
だから勝負は10秒以内に決まる。
嫌いな声の歌手を積極的に聴くことは二度とない。

本作はソフィーのデビュー作である。
手元にあるのは輸入盤で、ライナスというインディーズものだ。
これを聴いた時は「やった」と思った。
私は試聴して購入することがなく、結果としてハズレの山を築く。
当たりは一割有るか無し。
だが本作ではのっけから当たりを自覚した。
アントニオ・カルロス・ジョビンの「おいしい水」で始まる。
素晴らしいスキャット、アドリブ、ジャズフィーリング。
ソフィーは歌が上手い。
音程が正確だ。
歌手なら当然のところ、必ずしもそうとは限らないのが世間の恐ろしさである。
気を付けたい。

一つ文句がある。
このジャケットはない。
もっといい写真があった筈だ。
これは写真写りが悪すぎる。
本当のソフィーはこんなアフガンハウンドのような顔ではない。

「カナダからの手紙」の話がしたい。
高校一年の時だった。
8才年上の女性がカナダへ語学留学し、バンクーバーから手紙が来た。
高校を休学してこちら(もちろんカナダ)へ来いとのお誘いだった。
私は悩んだ。
そりゃそうだろう、特別な関係があった人ではない。
しかし綺麗な女性ではあった。
いったい何事か。
だが愚かにも私は行こうと思った。
週刊誌のヌード写真に鼻血の年頃である。
結局母親が泣いて止めるので中止とはなった。
あの手紙はいったいなんだったのか。
あの時カナダへ行っていたら、私はその後どうなったのだろう。
きっとろくな事になった筈がない。
それとも・・・
いやいや、留学は駅前でたくさんなのである。








(190) おもいでの夏 おもいでの発掘

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NO.190 2014.9.16



<おもいでの夏 おもいでの発掘>




EW(イーストウィンド)は、88レコードの伊藤八十八氏らにより70年代に運営されていた日本のジャズレーベルだ。
録音が良く、光沢のあるジャケットの質感が好きだった。
アートファーマーの本作は、EWが1976年ニューヨークで録音している。
発売当時買いそびれ、20年以上も経過してから散々探したものだ。
実際のところは、買いそびれたと言うよりスルーしたのであった。
それはなんだかあまりにも軟弱な気がしたからだ。
タイトル曲「おもいでの夏(THE SUMMER KNOWS)」は同名映画のために、ミシェル・ルグランが作った曲だ。

おもいでの夏、それは年上の女性との避暑地の淡い恋の残像。
夏が終わり少年は手紙を書く。
撮った写真を送るからと聞いてた住所へ。
だが宛先不明で戻ってくる手紙。
あれは本当にあった出来事?
少年はわからなくなってくる。
白昼夢?
真実はあの夏の日だけが知っている・・・
とかの(クソ映画の)想像をした結果、どうも購入にいたらなかったようだ。
私はこの映画を観ていないため、TRUE STORYは知らないけれど、まあきっとそんなところだろう。
違ったらゴメン。

しかし後日、どこかで本作を聴き悔いた。
シダー・ウォルトンのピアノで始まるイントロ。
・・・美しいではないか。
そしてアート・ファーマーが奏でるフリューゲルホンによるテーマ。
せ、切なすぎる・・・
既にいい年になっており、美しいものは率直に美しいと認めて私は憚らなくなっていた。
よし、このレコードを買おう。
ときは既に、とっくにCD時代となっており、レコードを探すなら中古屋を漁ることになる。
ないのである。
ないとなったら本当にどこにもない。
そういう時は棚上げするのが一番だ。
ないものは仕方がないではないか。

数年後、エサ箱(レコードの陳列棚)から本作を引き当てた。
もう半ば忘れかけていた頃だった。
この時のドッキリ感を上手く説明するのは難しい。
初恋の人にばったり街で遭遇、ありきたりで陳腐だが、そんなに外れてもいない。
手にした本作は状態もたいへん良かった。
レコードを随分買ったが、本作を探し当てたこの日の事は忘れられない。
ところがその後なんと、何度も見つけてしまうのである。
探しに探して見つけた後は二度と出てこなくてよろしい。
頼むから出てこないで。
発掘するのは探している他の盤にしたいのだ私は。
だが、同じのが出てくる。
人生ってのはたいていそんなものだ。

尚、A面3曲目の「アルフィー」であるが、
先日紹介したソニー・ロリンズの曲とは同名異曲(バート・バカラック作)である。
A面2曲目には大好きな「黒いオルフェ(カーニバルの朝)」も収録された。








(191) ある時代

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NO.191 2014.9.17



<ある時代>




BLUENOTE 4345番 ジャッキー・マクリーン 「Demon's Dance」。
1967年にルディー・バン・ゲルダーの手で録音された。
ブルーノート4000番台後半ともなれば、様々に怪しくなってくる。
特にジャケットだ。
あれだけかっこよく、ジャズっぽかったブルーノートの、これが本当に同じレーベルのジャケットか?
様々に怪しいとはいえ、これほどのものは他にない。
ジャケットデザインは「Bob Vanosa」とクレジットされている。
ところが該当する人物が見当たらない。
試しに検索すれば、代わりにヒットするのが「Bob Benosa」または「Robert Benosa」だ。
BobはRobertの愛称であるから同じこと。
どうも「Vanosa」は誤植のようである。

では「Robert Benosa」とは何者であるのか。
マイルス・ディビスの「ビッチェズ・ブリュー」、サンタナの「天の守護神」をデザインした「Mati Klarwein」の弟子。
それが「Robert Benosa」だ。
そのような話なら作風が似ていると納得がいく。
ではなぜ弟子かと言えば、それは間違いなく予算でしょう。
そしてなぜこれがジャケットに採用されたかと言えば、時代としか言い様がない。

本作が録音された1967年といえば、あのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドが録音された年だ。
この作品に収録されたルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズを頭文字で表記すれば、作者のジョン・レノンは否定しているけれども「LSD」となる。
サイケデリック・ムーブメントのピークだったのがこの年なのだ。
この波動の前にはブルーノートですらこの有様だった。

しかし、ジャケットはこの有様でも、中身はいたってマトモ。
少なくともハード・バップの範疇に収まってはいる。
ジャケットの事はとりあえず忘れて、聴いてみてほしい。
本作を代表するのは一曲のみだ。
B面一曲目、「SWEET LOVE OF MINE」本作でトランペットを吹いたウディ・ショウが書いた名曲である。
この曲が万一存在しなければ、私は本作を全否定したかもしれない程の有名曲だ。

私にとってジャッキー・マクリーンとは、このジャズという音楽を象徴するほどの存在である。
それはこの国を象徴するとされる○○とかの比ではない。
それについて私は一度たりと相談を受けた覚えがない。
だから私を「総意」にカウントするのはどうか勘弁して頂きたい。

・・・ともかく、マクリーンは本作を最後にブルーノートを去る。
そればかりか、ミュージシャンを辞め、1972年にステイプル・チェイスにモントルーのライブを吹き込むまで姿を消した。
その5年間、マクリーンはコネチカット州で教師をしていたということだ。
何故そのような事になったか、私は最早語る必要がないと思っている。
もちろん本作のジャケットが気に食わなかった、なんて理由ではないのだ。

70年代となり、マクリーンは再び活動を開始した。
だがそれはかつての輝きを取り戻したという意味では無論ない。
2006年3月のこと、5年間教師をしていたと伝えられるコネチカットでマクリーンは亡くなった。
享年74歳。
長生きしたな。
よかった。




ついでだから、今日はもう一つ話したい。
明日でも明後日でも良いだろうが、早い方がいいと思う。
文藝春秋10月号の記事についてである。
ご覧になった方も多いと思う。
衝撃的な話だった。
今どき、種々報道される話がどれくらい信憑性があるかなんて、もう誰にもわからなくなっている。
国家が国民に伝える情報ですらが同様だ。
それはあの戦時、実際になされた大本営発表を見るまでもない。
情報とは発信する側の都合というバイアスが、常にかけられているものだ。
ではあるが、私はこの話を看過できるものではないと思う。

北朝鮮による拉致事件。
実は中国が大きく関与しているというのだ。









(192) 報道と真実とジャケ買いと

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NO.192 2014.9.18



<報道と真実とジャケ買いと>



日増しに涼しくなっていく。
朝晩は最早、肌寒いと言う方が当たっているくらいだ。
体調管理が難しくなってきた。
先日「風邪をひいた」というテニスのおばちゃんがいたので、(とても丈夫そうだし)まだ風邪はないでしょう、デング熱かなんかじゃないですか、と冗談を言ったつもりでいたら、彼女ひとつも笑わなかった。
ジョークもセクハラも、行為者の違い(小栗旬か私かなど)により相手の受け止め方が大きく異なるものだ。

さて本日は、文藝春秋10月号掲載記事の続きである。
これは7月に報告した某国工作船事案(本ブログ番外編㉔)と密接に関連する。
本件は2001年12月22日に東シナ海の我国領海内で発生した、不審船と海保巡視船との戦闘である。
銃撃戦を経て不審船からはロケットランチャー発射まで行われたが、幸いにも現場海域は荒れており波が高かったため、巡視船に命中するには到らず、刀折れ矢尽きた不審船はその後自爆・自沈した、とされるものだ。
この事件で一つ疑問に思ったのが発生した海域であった。
日本海なら合点がいくのだ。
事実、日本海での不審船事案が過去にあった。
この海は北朝鮮からの最短ルートなのだ。
それが何故東シナ海なのか。
この記事が事実ならば、私の疑問はあっさり解決する。

記事によれば、上海に程近い舟山群島(無論中国領)に北朝鮮工作船部隊の基地がある(あるいはあった)というのだ。
不審船は日本で何らかの作戦行動(覚醒剤輸送作戦だったと言われている)を済ませたのち、一直線にここを目指す途中、監視していた巡視船に停船を促されたという事だ。
彼らはこの基地を根拠地とし、我が国へ侵入し拉致事件も繰り返してきた。
多くの(しかし全体からすれば一部の)日本人拉致被害者が、ここから中国本土を経て陸路北朝鮮へ送られた、と記事は書いている。
つまり拉致事件には中国が関与していると言っているのだ。

本件が事実なのかどうか、今のところ私には判らない。
情報のソースも不明だ。
朝日新聞の例を引くまでもなく、マスコミ報道を鵜呑みにする人は今時そうはいないだろう。
私も同じだ。まず疑うべし。
だが、事が事である。
とてもこのままにしておける話ではない。
関係者は本件の事実関係を必ず明らかにして頂きたい。

思いつきに過ぎないが、もしかして拉致被害者を全て返せない理由の一部はこれか?
中国経由で北朝鮮へ送られた拉致被害者が帰国後そのように証言したら、中国は相当まずい事になるだろうから。



「SWEET NOIZ MAGIC」はギタリスト高中正義のベスト盤だ。
中古レコードを1000円程度にて入手したもので、収録された名曲「SMOOTHER」が、ある報道番組のテーマ曲に採用されている。
報道番組も色々だが、何故か総じて番組テーマ曲だけは素晴らしいのを持ってくる。
「SMOOTHER」は格別に良い。
このメロディ、一度聴いたら忘れられない。
ギターっていいな・・・と今の季節なら特別心に響く。しみじみと染み入る。
この曲、本作以外のアルバムにはどこにも入っていないようだ。
シングル盤でのみ出たものを、このベスト盤に入れたものと思われる。
ベスト盤とはいえ、他の曲では別バージョンなど工夫もされているようだが、その点についての関心はあまりない。
つまりこれ一曲しか聴かないが、いい買い物をしたと思っている。

けっしてジャケ買いではないことを、念の為申し上げておきたい。









(193) ある別の分離独立 ①

great jazz artists1
NO.193 2014.9.19



<ある別の分離独立 ①>




英国の分裂は回避されたようだ。
我が国にあってはたかだか憲法改正の是非を問う国民投票すらままならないのに、一地方の分離独立という過激案件を住民投票で決めるあの国は一体どうなっておるのだ。
そもそも民主主義の成熟度が違うのか。

スコットランドという地域は、私の暮らすこの島と同程度の面積、同程度の人口規模に過ぎない。
我々が独立国としてやっていけるなどと、私は到底思えない。
スコットランド沖の北海油田が大きな財源と考える向きもあろうが、そろそろ枯渇するのではないかとも言われる。
それが無くなればスコッチウィスキー以外特に産業もないのに、彼らは独立してどうするつもりだったのだろう。
実際のところイングランド・スコットランド双方にとって特段メリットのある話ではなく、行き掛り上声だけは大きかった独立派が瞬間的に有利にみえたものの、最後はサイレント・マジョリティが現実的な判断を冷静に下したといったところだ。
今回は何と16歳以上の者に投票権があり、特に若い連中が賢明な投票行動をしたと伝えられる。
いきり立っていたのはおっさんばかりなり、ということらしい、どうも。

ただ、これで大団円を迎えたかといえば、そうもいくまい。
北アイルランドのようなことにはならなくとも、今後に火種が残されたのは間違いない。
事実、この投票が決まってからの2年という期間、独立反対派は賛成派の暴力に怯えてものが言えないといった話が聞こえていた。
反対派が襲われたり、家の窓ガラスを割られるといった騒ぎが後を絶たなかったという。
そうした動きがこの結果を受け、一気に沈静化するとは普通考えられない。
逆はあるかもしれないが。

スコットランドと言えば個人的にはもう一つある。
この地にある「LINN」というメーカーのレコードプレーヤーと、フォノイコライザー(以下フォノイコ)という機材を、長年私は愛用してきた。
LPレコードというのは簡単に言うと、低音を小さく高音を大きく記録してある。
これによりノイズ低減と長時間録音が可能となったが、再生する時には変形させた周波数特性を元に戻す必要がある。
その役割を担うのがフォノイコで、昔のアンプには最初から内蔵されていたものだ。
しかしLPレコードの再生需要が激減したため、現在のアンプにこの機能はもうない。
それで単体のフォノイコが必要になるという訳だ。

このLINNのプレーヤーとフォノイコで、私は本作のようなレコードをたくさん聴いてきた。
これは「リバーサイド」というレーベルが、自分の所の音源を使って制作した、セルフ・コンピレーションといった趣の作品である。
多分CDにはなっていないと思う。
何やら悩ましげな表情の女性が胸から上のみ写っているが、実はこれ三部作で、二枚目、三枚目と順次下へいく。
さあ、いったいどんな事になるのでしょうか。
まあ結構有名だから、知っている人は知っていると思うが。

胸像部分の本作は、作曲家リチャード・ロジャースの作品集である。
CD化されていなくとも全て、元々リバーサイドが持っていた音源だ。
A面のビル・エバンス「春の如く」は、1961年にスコット・ラファロを交通事故で失い落ち込んでいたエバンスがベースにチャック・イスラエルを迎え、翌年吹き込んだ「ムーン・ビームス」の収録曲である。
B面のセロニアス・モンク「You Are Too Beautiful」は、1956年の「The Unique」収録曲。
といった具合であるが、すべてが既存のアルバムに入っている訳でもないようだ。

リチャード・ロジャースといえば「マイ・ファニー・バレンタイン」である。
本作には「Johnny Lytle(vib)」のトラックが採用されている。
ところがこれのありかが不明だ。
1961年録音の「Happy Ground」に収録の同曲は、オルガンとドラムを従えたトリオである。
しかし本作のそれは、ジョニー・グリフィン(ts)ボビー・ティモンズ(p)を含むクインテット編成となっている。
同じ面子で演ったセッションといえば、62年に傍系の「JAZZLAND」に吹き込んだ「Nice And Easy」のみだと思う。
本作収録の「マイ・ファニー・バレンタイン」は、この時のボツテイクかもしれない。
全然違うかもしれないが。
もしもご存じの方がおられるなら、ご一報お願い申し上げます。

本日はいつにも増して長くなったな。
これを端から端まで読む人がはたして居るのかと、少し心配になった。
次回は胴体部分が登場します。
バラバラ殺人事件ではありません。
ご安心を。








(194) ある別の分離独立 ②

great jazz artists2
NO.194 2014.9.20



<ある別の分離独立 ②>




SF映画なんかには、地球政府が出来国境がなくなった世界がよくある。
甚だしきは銀河系が統一され、銀河連邦が成立する。
首都星はオーディンであった。
その後、銀河帝国と自由惑星同盟がイゼルローン回廊を挟んで対峙する話を、ご存じの方もおられるだろう。
銀河の歴史がまた一ページ・・・・
ところが現実の世界は独立に次ぐ独立。
どんどん細分化されていく。

人は独立したがる。
自分の好きなようにしたいからだ。
だから経済力があれば親元を離れ自活する。
国家レベルの話となっても多分大差はない。

大が小を併合し搾取弾圧を受けた小が独立を望むのは分かる。
植民地の独立も似たようなものだから理解できる。
また、クリミア半島の件は侵略であって独立ではない。
スコットランドの件はどうも分からない。
スペインのカタルーニャやバスク地方も同様だ。
言語や文化が多少違うからと今更分離独立すれば、細分化によって力を失うだけだろう。
北海道と九州では相当違うけれど、独立しようと我々は思っていない。
地続きだと鬱陶しさもだいぶ違うのか。

細分化した者は弱体化し、現状を維持する強者との差が益々広がる。
もしもEUが大同団結して統一国家となれば、アメリカ・中国に対抗可能な超大国となる。
ローマ帝国の昔は統一国家だったのだ。
不可能ではあるまい。
それを承知のうえで逆に独立するというのだから、よっぽど隣人が嫌いなんだろうな。
思えば熟年離婚なんかも同じ事か。


胴体部分の本作はコール・ポーター作品集だ。
キャノンボール・アダレイ「What Is This Thing Called Love?」ソニー・ロリンズ「Every Time We Say Goodbye」ジョニー・グリフィン「In The Still Of The Night」が連続するA面の豪華さは普通ありえない。
NO.186にて紹介した「You'd Be So Nice To Come Home To」を本作ではミルト・ジャクソンが演る。
ミルトに駄作なし。
だが常に平均点だ。
五段階評価だと3か4。
1、2もないかわり、とび抜けた5もない。
これが彼の楽器(vib)の限界を物語る。
クールでかっこいいが、絶対熱くなれない。
そこがジャズでは弱点にもなる。
ミルトの発する炎はいつも、アルコールランプのように青白い。
「You'd Be So Nice・・・」ならNO.186のアート・ペッパーの方が絶対いいのだ。
だが、「Meets The Rhythm Section」はコンテンポラリーレーベルなので、リバーサイドレーベルの本作に入れることは叶わなかった。

しかしその後色々あって、コンテンポラリー、リバーサイドともファンタジーの傘下となる。
今なら差し替えも可能だが・・・













(195) ある別の分離独立 ③

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NO.195 2014.9.21



<ある別の分離独立 ③>




本日は亡き義父納骨の日だった。
クリスチャンである妻の希望を入れ洗礼を受けたが直後突如倒れ、一年後に亡くなった。
結果として彼は、妻が自らも希望するところの、信者だけが埋葬を許される共同墓地に納骨される事となった。
非常に出来た人物であったという。
妻をして葬儀で、私の人生は当たりでした、夫のおかげで幸せでしたと、そのように言わしめた。
娘、すなわち我妻は男のそれが普通の姿であると信じていたといい、不思議な動物でも見るような、あるいはある種の同情を伴った眼差しで時に私を見る。
そんな私にとってほんの少し困った存在でもあった彼に、ベニー・ゴルソンが書き、亡きブラウニーの代わりとして17歳のリー・モーガンに吹かせたあの名曲、「I Remember Clifford」を捧げたい。
もう著作権も切れていることだから、どうか許されたし。


さて、リバーサイド三部作はこのお御足部をもって完成する。
レコード三枚のジャケットを並べると、横臥美人図となる仕掛けである。
だがこれは、日本人にはちょっと難しい手法かもしれない。
それ故、未だCD化が見送られているようにも思う。
一枚目はともかく、二枚目、三枚目は単独で見るとどうなんだ。


昔、と言っても最近だが(どっち?)、澤野商会が看板ピアニストのウラジミール・シャフラノフ作品を時間差で二枚出した。
「Portrait In Music」という同一タイトルだった。
この二枚、ジャケットは全く異なるものの、なんと中身は全く同一だったのだ。
この頃の私は内容を吟味することなく新譜を買っていた。
だから買ってから、それもかなりの期間を経てから、この事実に気付いたのである。
これでは文句を言えた義理では到底あるものでもなかろうに、澤野商会へ電話して社長の澤野由明氏に私は抗議した。
澤野さん、内心困惑されたと思うが、いやそれは申し訳ないことですと丁寧に説明してくれた。
最初に出た方は、ウラジミール・シャフラノフの写真がジャケット意匠に採用されている。
この写真を良く見ると、シャフラノフの右手先が少し切れている(フレーム外、写っていないということ)。
ピアニストの大事な指が、たとえ写真とはいえ切れていていいのか?
これを澤野由明さんは良しとせず、別のバージョンで出し直したのだという事だった。
これが日本人の感覚だ。

本件を一つの基準とすれば、この横臥美人三部作などはあり得ない類の代物ではないだろうか。
だがリバーサイド、オリン・キープニューズは甚くこのアイデアが気に入ったとみえ、「ジョージ・ガーシュイン、ハロルド・アレン、アービング・バーリン」からなる別バージョンも存在する。
このシリーズは全部で6枚あるという事だ。
小樽のあるジャズ喫茶で知り、少し悔しかった。
この店は誇らしげに全てを額装し壁に飾っていた。
だが、偶然手に入る場合を除き、私としてはこれらを探すつもりはもうない。


" 秋風にたなびく雲の絶え間より、もれ出づる月の影のさやけさ "


あろうことか、不覚にも本作のテーマ大作曲家のジェローム・カーンを無視していた。
マイ・フェイバリット・ジェローム・カーンの双璧は「煙が目に染みる」と「Yesterdays」である。
前者、本作ではキャノンボール・アダレィがオーケストラをバックにやっている。
これもけっして嫌いではない。
ではあるが、ビーナスレコードから出ている「エディ・ヒギンズとスコット・ハミルトン」のバージョンが特に好きだ。
あの何とも言えない演歌調が、この季節にぴったり。
50過ぎれば皆演歌。

後者はまず、本作ウェス・モンゴメリーの職人技を堪能して頂きたい。
ウェスが持つジャズの都会的なかっこよさをこのテイクで聴きメロディを覚えたら、合わせて私が聴きたいのはBLUENOTE 1569 「BASS ON TOP」のポール・チェンバースだ。
ベースのアルコ(弓弾き)をやらせたら、チェンバースの右に出る者はいなかった。
ある程度の装置で聴けば、この曲の良さも一層際立つだろう。
横隔膜が震える。

秋の夜長にしみじみ聴きたい。



















(196) 酒とバラとテニスの日々

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NO.196 2014.9.22



<酒とバラとテニスの日々>




ギタリスト、パット・マルティーノは本作録音直後の1976年、脳動脈瘤の手術により記憶喪失となった。
ギターの弾き方すら忘れたという。
その後あまたある自作品レコードをコピーすることで、またギターが弾けるようになりカムバックした。
きっと本当の話なんだろう。
凄すぎる。

パット・マルティーノのアルバムを数枚所有するが、本作が一番好きだ。
特にB面「酒とバラの日々」がいい。
通称「酒バラ」。
ヘンリー・マンシーニが同名映画のために書いたこの曲自体がそもそも好きで、多くのジャズメンが取り上げていることから色々聴いてきたけれど、このトラックが一番だ。
オスカー・ピーターソンの We Get Requestsバージョンも有名だが、私は断然パット・マルティーノ派である。
映画そのものは、若い夫婦がじわじわアル中になっていくとかの話で、そんなものを敢えて観るつもりなどなかった。
そんな嫌な話は今後も絶対観ない。
 
脳動脈瘤の手術なら、知人のテニス選手も昨年受けたばかりだ。
幸い記憶喪失にはならずに済んだ。
リハビリに暫く時間を要したが、ほぼ元通りとなり元気にテニスをしている。
彼は明日私が出場する団体戦のチームメイトである。
今年73歳になられた。
これも凄いことだ。
その歳までテニスの試合に出るなど、私にはとても無理だと思う。

明日の大会だが、出場者総数3000人と言われる日本最大のアマチュアテニス大会だ。
年二回行われ、明日が二回目となる。
私も昔は色々な大会に出たが、近年ではこの団体戦のみとなった。
ということは、年内最後の公式試合ということだ。
この日のために、何ヶ月も必死に練習してきた以上、そう簡単に負けるわけにはいかない。
特に春の大会で我々は、全敗という前代未聞の大敗北を喫している。
勝敗は兵家の常とは言うものの、春は相当へこんだ。
四の五の言ったところで始まらない。
勝利の美酒に酔うべく、明日とりあえず頑張ります。









(197) 戦いの朝 シェリー・マンとコーヒー

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NO.197 2014.9.23



<戦いの朝 シェリー・マンとコーヒー>




シェリー・マンは60年も前に西海岸で活躍した白人ドラマーだ。
独特のスタイルを有し、他とは明らかに異なる。
本作は私にとって、何故か心安らぐ一枚だ。
万人にお薦め出来る作品かどうかわからないが、
私はこれを聴き気持ちが落着く。
テニスは対戦相手以上に、自分との闘いだ。
普段と同じように、練習通りに出来る人はいないと言っていい。
練習はした。
夏の間死ぬほどやった。
あとはどこまで本来の自分に近付けるか、それだけが全てだ。
舞い上がってしまえば、なす術もなく自壊するだろう。
本当の敵は意外にも自分の内にある。

昨夜は試合に備え早々と寝たが、なんと10時に起きてしまった。
え~、うそ!どうすんだよ!て感じだった。
それから眠剤を服用してなんとかまた無理やり寝た。

今朝は予定通り5時に起きた。
薬のせいか少しフラつく。
今、コーヒーを入れ本作を聴いている。
こんな時間にジャズ。
少しシュールだ。
でも悪くない。
次第に明るくなってきた。
普通の人は当然まだ寝ているだろう。

今日の大会、勝ち続ければ一日仕事になる。
長い一日になる。
いや、是非そうしたい。
だから今はリラックスする時だ。
コーヒーを飲む。
やや小音量で流れる「Autumn In New York」。
いい感じ。
妙な力みがない。
それにジャケットがいいでしょう。
コンテンポラリーにはこのような「イラスト動物シリーズ」があり、どれもいい。
アンドレ・プレビンの「ライオン」や、ハンプトン・ホーズの「ワニ」である。
いずれまた機会があれば紹介したい。

では、これから色々用意もあるので、本日はこれにて。
皆さん、良い休日でありますように。
お仕事の方は気をつけていってらっしゃい。

なんか今朝はやけに清々しく、広い心の私だ。
いい試合になるかもしれない。

では!









(198) 残されたもの

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NO.198 2014.9.24



<残されたもの>




ジャコ・パストリアス。
ウェザー・リポートのベーシストだった彼を思う時、私はどうしても悲しい気持ちになってしまう。
驚異的と言われたテクニックは、今となっては驚くほどの事でもなくなった。
残るのは晩年(と言っても享年35歳だが)の、あまり芳しくない評判にどうしてもなっていく。
精神疾患に麻薬と酒の悪癖がかさなった。
おちぶれた姿で「20ドル貸してくれ」と友人、知人を周った。
そして最後は不幸な死を迎えた。

どうも悲惨なイメージがつきまとうジャコだが、
死後彼の書いた曲は残された。
「Teen Town」「Continuum」「Come On, Come Over」等々。
私は何を残せるだろう。
未だ生きているうちから分かる。
何も残せる筈がない。
精々ワインの空き瓶が関の山だろう。

昨日、テニスの団体戦は天候にも恵まれ、怪我もなく無事終了した。
良い事と悪い事があった。
良い事から話そう。
この大会は一部から十部までカテゴリーがわかれ、各カテゴリー24チーム中ベスト8に入れば、上級カテゴリーに昇格する。
私のチームは昇格することが出来た。
悪い事。
チームが解散することになった。
だいぶ前から予兆はあったのだ。
NO.196でお話しした73歳が、もう限界であると言われた。
この大会は学生以外誰でも出場可能なため、70過ぎでも20歳の若者と対戦しなければならない。
これは非常にきつい。
それ以外にも各選手、様々に理由があったと思う。
継続したいと発言した者は一人もなかった。
私も内心、もう止めにしたいと思っていたのだ。
理由は言わない。
だが、解散が決まって清々したかと言えば、意外にも喪失感をかみしめている。
男女の別れで未練なのは大抵男の方だという。
その割に未練がましい事を女々しいと言ったりするから不思議だ。
暫く私も女々しいかもしれない。









(199) 残すべきもの

night lights
NO.199 2014.9.25



<残すべきもの>




ついに出たか、というほどの有名盤。
B面のPrelude in E Minor (ショパン作)が、かつてFM番組のテーマ曲に使われたので、覚えておられる諸兄も少なくないだろう。

A面冒頭のタイトル曲でのジェリー・マリガンは何ゆえかピアノを弾いている。
続いて大好きな黒いオルフェ(カーニバルの朝)と、終始大人な感じでくる。
いいなあ。
これほど秋の宵に合う盤がまたとあるか、というくらいのベタな演奏満載である。
そもそもバリトン・サックスの音色がすでに、季節感たっぷりの汁だく状態だ。
かと言って腕達者たちの演ることだから、安いムード音楽になどけっしてならない。

手元に二枚の「NIGHT LIGHTS」がある。
一枚は学生時代最初に買った国内盤で、もう一枚は後年オリジナルを見つけて買ったものだ。
オリジナル盤といっても60年代の、それもメジャー盤(フィリップス)であるから大したことはない。
数千円だったと記憶する。
だが、持っているだけで嬉しい。
ジャケットの発色が全然違うのだ。
そして最大の差、写真は再発ステレオ盤だが、オリジナルはモノラル盤なのである。
ただし聴くのは年に一度。
さすがに繰り返し聴けば飽きてくるからだ。
こういう盤はそれでいいと思う。
飽きるなんてもったいなくも申し訳ないから。

昨日あたりはだいぶ弱気になり、私なんかどうせと、残せるものなんてワインの空き瓶くらいのものだと、すっかりうらぶれていたがそうだ、レコードがあったのだ。
扱いに注意すれば孫(いないけど)の代にも十分残せるのがアナログレコードだ。


まだ見ぬ孫の代であるが、どうも色々申し訳ない事態もレコードと一緒に残してしまいそうだ。
国家財政もそうだが、それよりもっと深刻なのが地球環境の悪化だ。
未だ色々な事を言う人たちが居て、素人にはどれを信じて良いやら判断つきかねる状態ではある。
しかし、どうも今より良くなってはいないと考える必要がありそうだ。
予想というのは常に結構いい加減なものであったし、なってみないとわからん、というのが正解なんだろうが、仮に今マスメディアが盛んに煽っている気象環境の変化が現実に起きれば、それはもうただ事である訳が無い。

2050年、私の街で秋のお彼岸の気温30度以上が普通になるというのだ。
その時東京あたりでは35度を超えている。
では「暑さ寒さも彼岸までは過去の話」となっているか。
いや、そうではないと言うのである。
7月8月は40度以上が普通になり、お彼岸の35度で「だいぶ涼しくなりましたね」と、時候の挨拶は昔通り交わされる。

同時に、もっと南ではどんな事になっているだろう。
干ばつによる砂漠化だ。
100億に迫る人類の食いブチを、地球は賄いきれなくなるのではないか。
そうなれば当然食料の争奪戦が起きる。

伊勢湾台風並の巨大台風が普通になり、日本に壊滅的な被害を繰り返し与えるともいう。
あくまでもこれらは今のところの予想だ。
繰り返すが、実際はなってみなければわからない。
だがもし・・・

なんとかして、孫に残すのはジャズのオリジナル盤だけにしておけないものか。








(200) INCREDIBLE !

the cat
NO.200 2014.9.26




<INCREDIBLE !>




NO.200となった。
キリの良い回であるが、特に何事もなくタンタンと進行する。

ジミー・スミスは幼少よりピアノを弾いていたが、20代中頃のある日2000ドル以上の借金をしてハモンドB-3を購入、オルガニストへ転向した。
以来昼間はオルガンの練習に明け暮れ、夜になれば酒場でピアノを弾いて生活した。

楽譜が読めなかったが、非常に耳が良く不自由しなかったとされる。
しかし私はこの話を疑っている。
幼少時からピアノを学んだ人が楽譜を理解しない、というのはだいぶ怪しいと思う。

やがてブルーノートからデビューし、ジミーはたちまち売れっ子となった。
ブルーノートの1500番台だけで、彼は13枚のリーダー盤を出している。
1501番(マイルス・デイビス)から1600番(ザ・スリー・サウンズ)までの98枚中の13枚というのは、驚くべき数字である。
因みにリー・モーガンとハンク・モブレーが6枚。
ルー・ドナルドソンとホレス・シルバーが5枚。
バド・パウレルが4枚。
ソニー・クラークが3枚である。
ジミー・スミスの13枚が抜きん出た数字である事がわかる。
何故これほど多いのか。
それはもちろん売れたからだ。
ジミーのオルガンジャズは主にハーレムの黒人層にうけ、ブルーノートの屋台骨を支えた。

尚、ブルーノート1500番台が98枚しかないのは、ふたつの欠番(1553番と1592番)があるからだ。
1592番は何故か(多分売れないから)オクラ入りしたソニー・クラークの「クインテット」で、後に東芝によって発掘され発売された。
これをいれると、ソニー・クラークのリーダー盤は4枚となる。
あの「クール・ストラッティン」を含むソニーの諸作が、当時のアメリカでは全然売れていなかったのだ。
今逆に、ジミー・スミスの13枚を聴く人がどれだけいるだろう。
不思議なものだ。

1553の欠番について私は真相を知らない。
きっと何か因縁めいた物語がありそうだ。
あるいはある日突然テープが発見され、発売されるとか。
どうだろう、それなら楽しみに待ちたい。

本作「THE CAT」は1964年にバーブレーベルから発売され、これも大変売れた。
トランペット、トロンボーン主体のビッグバンドを従え、いかにも売れそうなナンバーが続く。
録音も非常に素晴らしい。
私は有名なタイトル曲を含むA面よりも、「シカゴ・セレナーデ」や「ブルース・イン・ザ・ナイト」などのB面が好きだ。

副題が「The Incredible JIMMY SMITH」である。
「信じられな~い!」ということだ。
ジミーのオルガンはあのマイルスをして「世界八番目の不思議」と言わしめたとか。
本作はビッグバンド付きであるが、ブルーノート1500番台13枚は、全てオルガントリオだ。
この場合あとの二つがギターとドラムである。
そう、ベースがいないのだ。
なんとベースはジミーが足用鍵盤にて(両手と)同時に演奏している。
まさにINCREDIBLEなお話なんである。
しかし本作では別にベーシストがいて、だいぶ楽をしたようだ。

さて、本日これから宴会である。
トルコ料理店なんだとか。
誰が決めたか知らないが、世界三大料理の一角を占めるトルコ料理。
私は全くの未知。
いい加減なモノを出す店でない事を祈りたい。












(201)なんとなくCRYSTALなWINELIGHT

winelight2.jpg
No.201 2014.9.28



<なんとなくCRYSTALなWINELIGHT>




80年代を代表するフュージョンの大ヒット作だ。
STUFFのスティーブ・ガッドやエリック・ゲイル、リチャード・ティーなどがバックを固め、ベースはマイルスバンドのマーカス・ミラーという豪華さ。
確か新聞記事を読み、即日買いに走った記憶がある。
当然LPレコードで、ライナーノートには「日本人には分かり難い」であるとか「グローバー・ワシントン・ジュニアのアルトは機械的で黒人らしさがない」とか、それこそ分かり難い事が書かれている。
フュージョンであればこんなものだし、これほど分かり易いアルバムが他にあるか、と言うくらいのものだ。
初版のライナー氏は評価が定まらないうちに書くので、後日読むと頓珍漢(死語か?)な話をして恥をかく事がある。
仕事で無理やり書くというのもなかなか辛いものなのだろう。

日付が1980年となっている。
ところがウィキペディアでは1982年発売説だ。
録音後発売まで間があく事は珍しい話ではないが、本作に関してはあり得ない気がする。
私の(あやしい)記憶とも合致しない。
昨日のことはすぐに忘れるが、昔のことなら割と覚えている場合がある。
まあ、どちらでも良いような話ではあるけれど。

本作を買い、聴いて当時どう思ったかと言えば、しまったと思った。
あまりに軟弱ではないかと。
特にボーカル入りの「JUST THE TWO OF US」にはまいった。
この段階では違ったが、後日この曲は「クリスタルの恋人たち」なる珍妙な、しかしありがちな邦題がつき大ヒットした。
なんですか、それ?
アホらしくなった。
「I See The Crystal Raindrops Fall ・・・」の歌詞あたりからか?
もしかしてシングルカットもされたのかもしれない。
そういえば、なんとなくなんとかいうクソな本が出たのも1980年頃であった。

だが今ではもう悪態もつかない。
特にタイトル曲のリラックス感はむしろ徐々に気に入ってしまい、最近になって自作ベスト盤に入れたくらいである。
30年以上も経てば、人は少しずつ大人になる。
大人になるというのは、昔のことは水に流すという事でもある。
だから皆さんも、私の数限りなくある愚行をどうか、サラッと水に流して頂けると大変ありがたいです。
私ももう、かたい事やかっこつけた事は出来る限り言わないようにする。
本作、悪くはない。
あえて言わせてもらうなら、ナベサダと区別がつき辛い憾みがあるのが難点ではあるのだが。
この場合、どちらが影響を受けたのであろうか。
・・・またなんかわかった風なことを言ってしまった。
まだまだだな。








(202) ジャズとジャケット

fhilly joe
No.202 2014.9.29



<ジャズとジャケット>




ジャズのジャケットデザインはシンプルなものが多い。
基本は録音中のミュージシャのスナップショットや、風景写真、イラストなどがベースとなる。
精々休憩時間にミュージシャンを連れ出し、近所で軽くポーズをとらせる程度だ。
最近でこそ、まったく無関係なお姉さんやらヌード写真やらを使用する例も少なくないのだが、昔はそういったものをお見掛けする事もあまりなかった。
いずれにしても低予算で、手間暇掛けずにチャッチャとやるのが普通だったのだ。

一つには一作当たりの販売数が少ないというのがあるだろう。
ブルーノート、プレステッジ、そして本作のリバーサイドをジャズ三大レーベルなどと称するが、当時の実状はチンケなマイナーレーベルに過ぎず、オリジナル盤発売当時の実売総数は千の単位が普通ではなかったか。
あの「クール・ストラッティン」などは千いっていない可能性がある。
だからオリジナル盤が狂ったような金額で取引きされるのだ。
予想される総売上が少ない以上、ジャケットデザインに割ける予算も限られる。
勢いジャズは数で稼ごうという話になる。
何しろやろうと思えば、午前中に一枚午後一枚と、一日に二枚分の録音が可能な音楽なのだ。
例えばロック系のミュージシャンが、一枚出すのに年単位の時間を要したのと大きく異なる。
そのような事情からジャズのレコードというのは膨大な点数になり、老舗ジャズ喫茶のレコード棚に何万枚といったアルバムが蒐集されることにもなる訳だ。

もう一つはイメージの問題。
あまりおちゃらけたものはどうも似合わない。
そのように作る方も買う方も思っている。
ブルージーでどちらかと言えば薄暗く、内省的なイメージ。
だからジャケットに写るミュージシャンはニコリともしないものが多い。
そんなことから、No.188の最後に掲載したロリンズのジャケット写真が、仲間内で散々おちょくられもしたのだ。
だから本作なども非常に珍しい方だと思う。
類似のものとしては、サンタに扮したデューク・ピアソンの「メリー・オウル・ソウル」くらいしか他に思いつかない。
実際にはロリンズもピアソンも、本作のフィリー・ジョー・ジョーンズも、きっと大層ノリのいい人物で、こちらの方が地であってブルージーで薄暗く内省的な方は演技で営業ではないか。

あの「リリシズム」で名高いビル・エバンスが、モニカ・ゼタールンドの歌伴を務めた盤がある。
その名も「ワルツ・フォー・デビー」である。
この作品のCD化に際し、ラストに追加された能天気な「サンタが町にやって来る」を聴いた時、私はジャズメンの本性を見た気がした。
エバンスは生前、この短い録音が後日世に出るとは考えていなかったのではないか。
エバンスの実像に迫る貴重な記録である。

フィリー・ジョーの方は、本作ジャケットでこんな格好をしたばかりでなく、ドラキュラに扮したナレーションまでしている。
残念ながら私は英語を解さず、何を言っているものやら殆どわからないが、「バンパイア」とか「ドラキュラ」といった単語が、芝居がかったナレーションの中に聞き取れるので多分そうだ。
元はと言えば本作サイド出演のジョニー・グリフィン(ts)作のブルースナンバー、「ブルース・フォー・ドラキュラ」に端を発した(企画が先の可能性もあるが)悪ノリに過ぎず、作品の内容はと言えば、それら(ジャケットとナレーション)を除けば至極真っ当なハード・バップ集である。

フィリー・ジョーの件、続きを次回また。






monica3.jpg


(203) 人生黒衣にて 

マラソン
No.203 2014.9.30



<人生黒衣にて>




フィリー・ジョー・ジョーンズの話など続けたい。
1955年、彼はデューク・エリントンの誘いを蹴り、マイルス・デイビスのクインテットに雇われる。
直後、マイナーレーベルのプレステッジに見切りを付たマイルスは、コロンビア(現ソニー)への移籍を図る。
その時問題となったのが、プレステッジへの契約履行であった。
契約上レコード4枚分の音源が不足していたのだ。
そこでマイルスはこれを一気に片付けようと、二日間クインテットを缶詰にして4枚分の録音を完了させた。
これが世に名高いマラソンセッションである。

と、このように私も理解していた。
ところがこの「二日間」というのをもう少し調べてみると、第一日目が1956年5月11日であり、二日目は同年10月26日である事が分かる。
てっきり二日続けてやったものだと思えば、なんとその間5ヶ月も空いているのだ。
これには何か合理的な説明が必要だろう。
普通に考えればさっさと済ませて早く自由の身となり、晴れてメジャーレーベルへの移籍を急ぎたくならないか。
空白の5ヶ月の理由を私は知らない。
だが結果的にマイルスは、この間にコロンビア移籍第一弾となる「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」を録音していたようだ。
何故そうなったものか、これも理由は分からない。
ジャズメンのやる事は大体いい加減なもので、その点ではマイルスとて例外ではなかった、ということだろうか。

プレステッジはこの「マラソンセッション」を4枚に振り分け、毎年一枚ずつ発売していった。
本作「リラクシン」、No.45で紹介した「クッキン」、そして「ワーキン」、「スティーミン」である。
マイルスバンドの面々はこれらに収録された曲を、殆どワンテイクでクリアーしたという。
残りの面子を一応言えば、レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、そしてジョン・コルトレーン(ts)となる。
No.186「アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズムセクション」のザ・リズムセクションとは他でもない、このクインテットのリズム隊、レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、それにフィリー・ジョーであった。

フィリー・ジョーはマイルスバンドに3年間在籍し、マイルスの諸作に貢献した。
そしてそれだけではなく同時に、ブルーノートはじめ多くの名盤に参加している。
「ソニー・クラーク・トリオ」「クール・ストラッティン」「ブルー・トレイン」「ニュークス・タイム」これらでドラムを叩いたのはフィリー・ジョー・ジョーンズなのだ。
これらの作品が今日でもハードバップの名盤として愛聴され続けるのは、彼の参加も大きな理由の一つだとする説、これは十分傾聴に値するものだ。

ただ、これはフィリー・ジョーに限った話ではなく、全てのドラマーに言えることだと思うが、もしかしたら彼らに若干のコンプレックスはなかったろうか。

ソロピアノのアルバムはいくらでもある。
セロニアス・モンクやキース・ジャレットがすぐに思い浮かぶだろう。
ソロギターもそうだ。
パット・メセニー、ジョー・パス等たくさんある。
ではトランペットは?テナーサックスは?
ソロで一枚もたすのはちょっとキツいが、絶対ないって事でもない。
売れないだろうが。
ベースはブライアン・ブロンバーグあたりがそれに近い事をやっている。
これはその楽器で和音(コード)を弾けるかどうかで分かれると思う。
ピアノは左手で伴奏しながら右手でメロディーを弾くことが可能だ。
小さなオーケストラとも称されるギターも事情は似ている。
そこでドラムはどうだ、という話になると(実際はその手の恐ろしいモノが存在するらしいが)これはもう単独では音楽にならない。
私はポリネシアンダンスショーしか思い浮かばない。

主役になれないドラマーなのだ。
レコードやCDの裏を見て欲しい。
ドラマーをリーダーとする場合を除き、クレジットされたメンバーの一番最後が彼らの指定席である。
そんな彼らが目立たないように気をつけながら目立つ時、私はその健気さに打たれる。
目立とうとして目立つのはNG。
いないと困るが目立ち過ぎても困る黒衣のようなドラマー。
人生はそうありたい。











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バロン ド バップ

Author:バロン ド バップ
音楽がある限り

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