番外編 ㉔ 横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.2

三笠



<横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.2>



案外小さいな、というのが連合艦隊の旗艦だった三笠の印象である。
それもその筈で、全長が130メートル排水量は1万5000トンに過ぎない。
もちろん見たことはないが、大和は全長260メートルあり、排水量は6万トン以上だった。
130メートルという全長は、太平洋戦争当時なら巡洋艦程度のサイズだ。
多数の副砲が船腹から突き出る海賊船スタイルは、この後急速に陳腐化した。
案内係の元海上自衛官氏によれば、海が荒れると副砲の砲眼から海水が入るため、時化の日は使い物にならないのだという。
現在装備されている砲は全てダミーだが、当時の砲は鋼鉄のレールにぶら下げられていて、波が高くなってくると船内に引き込み、砲門を閉めなければならなかった。

この退役士官氏であるが、気になる展示物などを見ていると「よくそれに気付きましたね」と突然どこからともなく現れ驚かす。
ひとしきり説明すると「それでは」と去って行かれるのだが、暫くすると「よくそれに・・・」、これの繰り返しだった。
彼の解説で一番驚いたのは、佐世保における爆発・沈没の話である。
1905年5月の日本海海戦直後の9月、三笠は佐世保で沈没した。
当時の軍艦には信号灯などに使用するアルコールを大量に積んでいた。
水兵がこれを度々金だらいにあけ、火をつけて匂いを飛ばしてから酒盛りに供した。
ところが何かのはずみで火のついた金だらいをひっくり返してしまい、たまたまそこが弾薬庫であったため誘爆を起こして沈没に至ったというのだ。
日本海海戦における戦死者は十数人に過ぎなかったが、この事故では300人以上が亡くなった。
その後三笠は引き上げられ、元通りに修復されたが、同様の事故がその後もあったという。
「気の緩みです」元自衛隊士官氏は帝国海軍の軍規が必ずしも褒められたものではなかった事に触れ、それが勝てるはずのない対米戦そしてミッドウェイにも繋がっていると厳しく指摘した。
彼は自衛官、つまり軍人としては相当小柄で、私はそれを特に意外に感じたが、やがてその理由も明らかになる。

戦艦三笠への興味は尽きないが、横須賀軍港クルージングの予約時間が迫っていた。
残念だが、三笠を退艦する時がきた。







横0000


今回の旅でとりわけ楽しみだったのがこのクルージングだった。
わずか40分程度のツアー中、何度も歓声を上げる。
観てください、これを。
日本が誇る「そうりゅう型潜水艦」が、それも二隻ならんで係留されているではありませんか!
そうりゅう型の特徴はX舵とスターリング機関。
ネットで調べればすぐわかると思うが、一言でいえば「素晴らしい」ということだ。
海上自衛隊は原子力潜水艦を持たない。
しかし彼らに聞くと原潜を特別羨ましいとは思わないそうだ。
それくらい「そうりゅう型」の性能が素晴らしい。
原潜が優れているのは潜りっぱなしが可能な点だ。
だが、先の元潜水艦乗り氏も言っておられたが、可能とは言っても別の制約による限界があるのだという。
それは食糧だ。
潜水艦というフネは小さいので、積載可能な食糧にどうしても限界があるのだ。
そしてここで彼の体格が思いのほか小さい理由が判明するのだが、同様の理由から潜水艦乗りには身長制限がある。
海上自衛隊においては170センチ以上の者は潜水艦で勤務することができない。
そして男女機会均等法の時代となり、女性自衛官は最早普通の存在となった現在も、女性の潜水艦乗りはいない。
それにも合理的な理由がある。
狭い艦内には個室というものが極端に少なく、着替えする場所もないという。
そんな艦内を裸同然で男がブラついているような環境が潜水艦という世界なのだ。
そこに女性自衛官を配属するというのは、やはり相当無理がある。
昔、「女は乗せない戦車隊」と言ったが、現代では「女は乗せない潜水艦」なのである。
ただし、乗せないのは女だけではないので、女性の皆さんご勘弁を頂きたい。
自衛隊では納税者の理解を得るためにいろいろサービスをしており、護衛艦に乗るチャンスも結構あるが、潜水艦にだけは大人は乗せてもらえない。
機密のかたまりだからだ。
兵器というものはそもそも軍事機密のかたまりであろうが、特に潜水艦はシャレにならない軍事機密なのである。

さて、次の絵も大変素晴らしい。



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艦番号62。
こいつはアメリカ海軍のイージス艦「フィッツジェラルド」だ。
憧れのイージス艦、それもアメリカ海軍の艦と日本のそうりゅう型潜水艦が並んで絵になるなんて!
そしてもっと興味深いのが、白い船体の艦番号722である。
この艦はアメリカ沿岸警備隊のフリゲート艦「モーゲンソー」である。
なぜUSコーストガードの艦が横須賀に?
考えられる理由の一つは、技術の優れた横須賀ドックまで整備のため回航されてきた、というものだ。
しかし、もしかすると別の理由があるかもしれない。
「モーゲンソー」は1969年就役の古い艦だ。
もしかしたら南沙諸島であの国にいじわるされている、気の毒なフィリピン海軍に貸与されるのではないだろうか。
1967年就役の同型艦「ダラス」が2012年に退役し、その後フィリピン海軍に就役しているからだ。







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軍港巡りクルージングはあっという間だった。
しかし、本当にいいものを見せて頂いた。
夜は横須賀のジャズを堪能したかったが、目あての店が休みだったり、体力的にまいっていたりで、結局訪ねた店は一軒だけだった。
ジャズは次の街、横浜で。







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番外編 ㉔ 横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.3

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<横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.3>



横須賀から横浜へは東京方面に30キロ弱、京急で30分程度の移動になる。
写真は横浜で滞在したホテルの前に係留されている退役練習船「(初代)日本丸」だ。
日本丸は昭和3年に日本で建造され、多くの商船乗組員を育成したご覧のとおりの美しい帆船である。
現在は二代目が就役中で、次世代の船乗り育成に活躍している。




17横浜

上の写真が宿泊先のホテルが入ったランドマークタワー。
あべのハルカス以前は日本一背の高いビルだった。
フロントは一階にあるものの、客席は52階から上で、我々の部屋は58階だった。
エレベーターで上がっていくと、気圧の変化で耳が遠くなる。
特に妻はこの変化に弱く、毎回耳抜きに苦労していた。



7横浜

部屋からの眺望だ。
窓の下を雲が流れていく。
遠く大桟橋に大型客船が停泊しているのが見える。




18横浜


夜景だとこうなる。
この日は70階(最上階)のレストランを予約し、妻の友人と娘さんをご招待した。
滞在したフロアーよりも更に12階上という事だが、景色が更に素晴らしいかと言えばそれほどの事もない。
ここまでくればもう大差ないということか。
それよりも、私はこのレストランが当ホテルのメインダイニングだと勝手に決めつけていたが、実は68階にあるフレンチレストランの方がメインであると後でわかった。
良く調べなかった当方のミスだが、このホテルでは館内の案内があまりしっかりしていない。
自分でネット等勝手に調べてくれ、というようなスタンスは少し不親切だ。




8横浜


ランドマークタワーに隣接する二軒の輸入車ディーラー。
右がフェラーリ、左はロールスロイスである。
私の町でこういう店は成立しない。
ここは豊かな土地なのだろう。
事実、ホテルの車寄せに、ガンメタのフェラーリ458が無造作に停められていた。
ガンメタの選択が実にさり気なく見えた。
一点豪華主義的買い物なら、フェラーリは赤かせいぜい黄色あたりになるわ、妻がそう言った。




9横浜


街を散策する。
これは水上バス。
乗る機会はなかった。




15横浜


ホテルの部屋から見えたイギリスの豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」。
世界一周の途中に寄港したものか。
この船は日本で建造したものだ。
戦艦三笠とは逆の展開。
日本の建艦技術は飛躍的に進歩したのだ。
もはや造ろうと思えば正規空母だって楽勝だろう。
ところで豪華客船の船旅にはちょっと惹かれるものがあり、いつかリタイアしたら考えようかなぁなどと思ってもいた。
だが、セウォル号事件で一気に熱がさめた格好だ。
あの事件が世界中に報道され、クルーズ業界に与えた影響はきっと小さなものではあるまい。




横浜20


横浜にあるのは民間の施設・民間船だけではない。
上は海上保安庁の横浜基地と展示施設。




14横浜


巡視船「しきしま」が係留されている。
写真ではよく識別できないが、「しきしま」は二連機関砲を装備し、ヘリ搭載可能な世界最大の巡視船だ。
つまりこの艦は結構強力な兵器である。
自衛隊はもとより、このような装備・兵器を備えた組織が「憲法9条」で規定する戦力ではない、とする見解に私も到底納得できるものではない。

そこで今話題となっている「集団的自衛権問題」についての私見を、私にも少し語らせてください。

戦力とは外国(場合によっては国内)の軍隊およびそれに準ずる集団に対し、組織的に対抗可能な武力である。
だから拳銃等持つとはいえ警察組織は戦力ではないし、組事務所に隠してあるヤッパやハジキも違う。
だが自衛隊は明白な戦力であり、海上保安庁(諸外国においては沿岸警備隊、コーストガード)も戦力だ。
これを違うと言い張る人と、私は絶対友達になれない。
では日本は、憲法が禁じたこのような戦力を何故持つに至ったのか。
そもそもアメリカは、憲法9条という形で何故日本に戦力保持を禁じたのか。

米英は戦争前から(!)戦後の日本とドイツの扱いについて検討していた。
それは徹底的な武装解除というもので、特にアメリカは日本に対して厳しい見方をしていた。
それは自らが嫌がる日本を無理やり開国させ、結果としてバカげた軍事大国へのレールに乗せ、太平洋を挟んでの軍事的対峙に至らしめた深い後悔の念があったからだ。
だからこの際徹底的に叩き、二度と軍事的に立ち上がれない国にしようという強い決意を戦前既にもっていた。
問題はそのケンカをどうやって始めるか、それだけだった。
ひとたび戦端をひらけば、負けるわけがない事は明らかだったが、アメリカは一応国民主権の民主主義国家なので、国民が納得しない戦争を勝手に始めるのは問題があった。

当時、アメリカは日本軍の暗号を完全に解読しており、いずれ帝国海軍連合艦隊がハワイに来襲するのは当然察知していた。
わからないのはその時期だけで、来るなら早く来い、その攻撃を甘んじて受け国民を説得する材料にできるだろうと考えていた。
だから真珠湾には退役間近かの旧式戦艦しか停泊しておらず、大事な空母は不在だったのだ。
このあたりの話は諸説あり、多くの識者が様々語っているが、私も大体そんなところだろうと思っている。
アメリカにとって真珠湾など安い出費に過ぎなかった。
これを戦略という。
日本は真珠湾攻撃という戦術に勝ち、戦略的に負けた。

有名な「ハルノート」という厳しい内容の対日要求があるが、これを書いたのは実際には国務省の官僚で、それを見せられたハルは「こんな事を言えば日本と戦争になるぞ」と言った。
それに対しそのゴーストライターは「それで良いのです。それが大統領のご意向ですから」と言ったという。

長くなりそうなので、多少とばすが、こうして日本は戦争に負け、軍隊・戦力を持てない国にされた。
戦争に負けるというのはそういう事だ。
そのような例は歴史上いくらでもある。
そんな日本に再軍備の風を吹きつけたのは、共産勢力の台頭・東西冷戦の流れだった。
戦勝国アメリカの事情が変化した、それだけの話である。
それまで吉田茂氏は、個別的自衛権すら否定していた。
あたりまえの話だ。
憲法にそう書いてあるのだから。

「三百代言」という言葉がある。
簡単に言えば詭弁だが、この時に日本政府は道を誤ったと思う。
憲法解釈を詭弁を弄して歪め、再軍備を急ぐべきではなかった。
真っ向から憲法改正に挑み、議論を尽くして再軍備しておれば、今日のような恥ずかしい事態はなかっただろう。
憲法とは国民一人ひとりのものだ。
だから小学生にでもわかるような内容でなければならない。
日本の大人は、憲法が抱える大矛盾を子供たちに説明できるか?

そもそも軍隊・戦力を持たない国家などというものが存在し得るわけがない。
どうやって自国民を侵略から守るのだ。
昔、元という国が日本に攻めて来た。
実はこの時、日本には軍隊がなかった。
平安貴族が廃止してしまったからだ。
貴族にとって軍隊は汚らわしいもの、目にするのもイヤなものだった。
だから自分たちを警護する北面の武士等わずかな例外を除き、日本には国軍が存在しなかった。
そのままでいけば、日本は元のほしいままに蹂躙されるだけだったろう。
それを救ったとされる鎌倉幕府とは国の正式な組織ではない。
当時の憲法に当たる「律令」のどこにも書かれていない私兵に過ぎない。
憲法にない戦力が日本を救ったのである。
ちなみに「律令」は中国から輸入したもので、自主制定憲法ではない。

日本は昔からそういう国だった。
自衛隊や海上保安庁の存在が憲法解釈の変更でクリアー出来るのであれば、集団的自衛権の行使容認などものの数ではなかろう。
気にする事などない、全然オーケーだ。

だいぶ長くなってしまった。
国家的戦力である海上保安庁が敵の侵略を防いだ例が横浜にあった。
次回それをご紹介します。





番外編 ㉔ 横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.4

5横浜




<横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.4>



1933年に開業した現存する最古のジャズ喫茶「ちぐさ」。
1994年、創業者吉田衛氏が死去。
その後も常連客らの努力で営業を続けたが、2007年ついに閉店となった。



19横浜



ここからが凄い。
2012年、関係者の努力で場所を移し再開された。
残念ながら私は吉田衛さんにお会いする機会はなかったが、よほどの人物であったのだろう。
そして「ちぐさ」という店が、それほど多くの方に愛されるいい店だったのだろう。





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経営者自身が何らかの事情で店を移転したという話ならいくつかある。
しかし、このような例を私は他に知らない。
レコードや機材、椅子、テーブル、壁に掛けられたパネルまでもが、前の店をそのまま再現しているという。
いったい誰が、どこに保管してあったのだろうか。

かつて数々の有名店があり、その多くが店を閉めた。
なぜって、儲からないからだ。
儲からないというよりも、店を維持出来ないほど売り上げが少ないからだ。
寺島靖国さんが吉祥寺で今も営業を続ける「メグ」。
ご自身がよく書かれているが、来店者数が一桁という日がけして珍しくないのだという。
申し訳ないが「ゼロパンチ」の日だってあるかもしれない。
全国に残る数少ないジャズ喫茶の多くが、きっとこんな調子で細々と営業を続けているのだ。
仮に平均10人のお客が500円のコーヒー(ちぐさの場合)を飲んで帰れば、売り上げは五千円という事になる。
ひと月休みなしに店を開けても15万だ。
こんなんで続けられるわけないでしょう。

横浜滞在中私は二度この店に足を運んだが、誰が店主なのか結局わからなかった。
もしかしたらそういう人はおらず、多くのファンによるボランティア経営によって維持されている可能性があると思った。
一度目に伺った際は、三人のお年寄り(失礼、しかしまさしくそうとしか言い様がない)がエプロン姿で頑張っておられた。
頃合いを見計らったように、ぶ厚いファイルを二冊持ってこられた。
「よろしければリクエストをどうぞ」
なんとも泣かせる話じゃございませんか。
私はかつてこのように低姿勢なジャズ喫茶を、見たことも聞いたことも一度たりとない。
「営業努力」という四字熟語が頭に浮かんだ。

恐縮しつつ、ジョー・ヘンダーソンの「テトラゴン」をリクエストさせて頂いた。
写真に写るスピーカーの素性を私は知らない。
多分特注品ではなかろうか。
なん十回聴いたか分からないという「インビテーション」が、我家の居間より狭いくらいの店内に流れた。
完全に負けたと私は思った。
だが、ひとつも悔しくはなかった。
そうだろう、そうだろう、これだけの店だもの、これくらいの音が出るのは当然だ。
そして私は追加のアイスコーヒーを頼んだ。




13横浜



これはちょっとヘビーな話題になる。
海上保安庁横浜基地隣接の展示館の内部である。
2013年に起きた奄美大島近海の不審船事件で、沈没した某国工作船と思われる船体を引き揚げて展示したものだ。
不審船を発見した巡視船が停船を命ずるも、不審船はそのまま時速60キロの猛スピードで逃走をはかる。
時速60キロというのはイージス艦に相当する船速だ。
巡視船は停船命令を継続しつつ追跡を開始。
しかし不審船は停船しない。
巡視船はやむなく威嚇射撃を行い、ようやく不審船の停船に成功した。
当該不審船に乗り込もうと接近した時だった。
相手方が自動小銃による射撃を開始。
これにより乗組員三名が負傷、これでようやく正当防衛射撃が可能となる。
巡視船は相手船首部分(人員なしと考えられる)への20ミリ機関砲射撃を敢行する。
これに対し不審船側からロケットランチャーが発射される。
巡視船は相手船体後部への射撃(機関部つまりエンジン破壊を目的)を行う。
逃げ切れない事を覚悟した不審船は自爆、自沈した。




11横浜


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上の写真は引き上げた船内から押収した自動小銃・ロケットランチャー等の武器である。
船体後部は観音開きのハッチになっており、上陸用舟艇が格納されていた。
また、ハングル文字の辞書や金日成バッジ等も押収されている。
しかし、不審船の乗員が全員死亡したため、事情聴取は一切できなかった。

某国工作員はこうした方法で、我国への覚醒剤輸送等様々な非合法活動を行っていたと考えられる。
また、一連の拉致事件にもこのような工作船が使用されたのだろう。
これが日本周辺の現実だ。
そしてこの国を我々の知らないところで日夜守っている人たちの現実だ。
彼らは(もちろん自衛隊もそうだ)相手に撃たれるまで、武器を使用することすらままならない。
これは憲法違反の戦力を保持するこの国の政府が、内心感じている疚しさからもたらされているように私は思う。
こんな気の毒な沿岸警備隊は、日本以外世界中のどこを探してもない。
平和ボケした多くの日本人は目を覚まさなければいけないのではないか。
さすがにそのようなバカバカしい絵空事を言う人は減ったが、非武装中立などありえない。
ありえないなら、勇気をもってきちんと決めようや。
あつものに懲りて膾を吹いていた時代はもう終わりにしなければならないのだ。
祖国を守るために。
拉致被害者を二度と出さないために。












(156) 島 裕介 名曲を吹く

島裕介1
NO.156 2014.7.4



<島 裕介 名曲を吹く>



横浜・横須賀の旅も終わりが近づいていた。
この日は夕刻より、赤レンガ倉庫「MOTION BLUE YOKOHAMA」で渡辺香津美のライブに予約を入れていた。
MOTION BLUE は東京ブルーノートの経営らしく、そこに一抹の不安を覚えたが、渡辺香津美がジャズに帰って来たとのふれ込みであったので、この際行ってみることにした。
私はその前に「ちぐさ」へ、どうしてももう一度行きたいと思っていた。

ちぐさには一時過ぎに着いたので、もう営業を始めている筈だった。
だが、何やらどうも昨日と様子が違う。
店内に複数の男女が、それも立ったままで何かしているのがガラス窓越しに見える。
何だ?
入口ドアに張り紙があった。
「通常営業は18時半からです」
なんだと、今日はそれまで貸し切り?
その時間では渡辺香津美と被ってしまう。
老眼の目を凝らしてよく読むと、どうも何かイベントが行われるようだ。
妻と顔を見合わせた。
入ってみるしかない、彼女の目がそう言っていた。
私は恐るおそるドアを開け、入口付近で激しくジャジーなオーラを発する男性にきいた。
「あのー、予約とかしてないんですが、入れますか」
その人は意外とフレンドリーで、「どうぞどうぞ、2000円です」と快く飛込みの我々を受け入れてくれた。
元々狭い店内からテーブルや椅子を殆ど運びだし、わずかなスペースを作っている。
もしかして、ここでライブをやるのか?
我々はわずかに残された椅子に、少し所在無げな気分で腰かけた。
やがてレコード演奏が始まった。
どういう訳かレコード片面を通してかける事をせず、一曲のみ、それも超がつく有名曲ばかりが店内に流された。
これはこれで悪くない。
しばらくすると、隣に座っていた初老の人物が立ち上がり大声を出した。
「今日はレコードを聴くだけ?スケジュールとか言った方がいいんじゃないの?」
それはまるで、俺みたいなベテランのジャズ聴きはこんなヒットメドレーみたいなのは聴いてられない、そんな風に言っているように私には聞こえた。
こうした人は割とどこにでも居るもので、最早驚くことでもない。
レコードを一曲ずつかけていた若者が、マイクを持ち話し始めた。
「今日は1954年から65年くらいのハードバップの一番おいしいところをかけます。そして2時くらいからライブになります。これを2セットの予定です。では先日亡くなったホレス・シルバーの名曲をお送りしましょう」
ニカズ・ドリーム、ソング・マイ・ファーザー、トーキョー・ブルース・・・こういった所がかけられた後、一人の若者が立ちあがり言った。
「そろそろやります?」
物腰の柔らかな、落ち着いた立ち振る舞いの青年だった。
彼の立ち位置は私の目の前、わずか2、3メートル先である。
隣にピアニストの青年が座り、聞き覚えのあるイントロを引き始める。
やがて先の青年のトランペットがテーマを吹いて入ってくる。
「イパネマの娘」である。
演奏後、「ハードバップど真ん中のはずが、一曲目からまさかのボサノバでした」と、ブラジル・ワールドカップの事を少し話されたので、もしかしたら彼はサッカーファンかもしれない。

それはそれは、とても艶やかなトランペットだった。
私はこのような至近距離でトランペットを聴いたことがない。
音は大きい。
だが一つもうるさくない。
私はタンギングに少し特徴のあるそのトランペットに一発でやられた。
彼が島 裕介さんだった。
失礼ながら、私は彼を存じ上げなかった。
日本は広い。
そしてジャズ界は広い。




4横浜



いいものを聴いた。
それも思いがけず聴かせていただいた。
やがてファーストセットが終わった。
本当にそれは、あっという間の事だった。
私は島さんの演奏をもっと聴きたいと思った。
だが、残念ながらジャズに帰って来たという渡辺香津美ライブに間に合わなくなる。
仕方ないな。
我々は「ちぐさ」を出ることにした。
帰りがけにふと見ればCDが三枚並べられていいる。
島さんのCD?
それ以外である筈もない。
これは買うしかない。
それも三種類すべてだ。
長年のリスナーとしての経験が私をためらわせなかった。
これを買わずして何を買うというのだ。
そして私は島さんに声をかけた。
これは相当ためらいつつ。
「あのー、すみませんがサインなどして頂けないものでしょうか」
島さんは快くサインしてくれた。
それも三枚すべてに。
私は感激し、勢いにまかせて握手までしてもらったのである。
「オレ、AKBじゃないぞ」
もちろん彼はそんなそぶりなど少しも見せはしない。
これらのCDは家宝になるだろう。

帰宅後毎日聴いている。
私は本作を、自信を持って全力プッシュする。
年季の入ったジャズファンでなくとも、きっと感動するはずだ。
そしてジャズをあまり聴いたことがない、という人でも。
そういう人はまず、「INK BLUE RHAPSODY」というボーカルものを是非聴いてもらいたい。
彼の作曲によるものだ。
あまりのかっこよさに言葉を失う。














番外編 ㉔ 横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.5

16横浜




<横浜 横須賀 JAZZ 艦 Vol.5>



渡辺香津美ライブが行われるレンガ倉庫が見えて来た。
向こうに見えるのはダイヤモンド・プリンセス号。
その巨大さがわかる。
この後間もなく、彼女は次の寄港地へと出航して行った。
まだ日が高くジリジリと暑い。
レンガ倉庫は戦前戦中戦後の歴史を通し、柔軟にその姿を変えてきた。
今は多くの店やレストランが入り、多くの人が訪れる一大観光スポットだ。
私にはどうもあまり関係ない場所のようだけれど。

BLUE MOTIONは三階にある。
時間差入場の基本自由席だ。
我々が入った時にはステージ前の席はもう空いておらず、ステージ左壁際の四人席に並んで席を取った。





3横浜



相席になって前に座られたら、ステージは全く見えなくなる。
そこで一計を案じ、料理やワインでテーブルを埋め尽くした。
これなら向かい側に座ろうと誰も思わない筈だ。
この店の店員は東京ブルーノート同様、どこか事務的で無愛想とまでは言わないが、少し愛想不足である。
忙しいのはわかる。
客数に比して店員数が圧倒的に不足している。
だが、それは私の知ったことではない。
運ばれてくる料理はけして完食しない。
空いた皿を下げられないためと、何より完食するほど旨くないからだ。

ライブが始まった。
ピアノ笹路正徳、ベース井上陽介、ドラム山木秀夫(未知)といったメンバーである。
一言で言って「超上手い」。
もう、ただただひたすらに上手い。
だがそれだけだ。
それがどうした、そんなものはもう聴き飽きている、という感じ。
魂はどこに置いてきたのか。
私は彼らにそれを問いたかった。
渡辺香津美はジャズに帰って来てなどいなかった。
これがこの旅の最後の、そして少し生煮えな夜となった。

でもまあ、仕方ないのである。
当たりもあり、外れもあるのが音楽だから。
つまり好みの問題である。
当然ながら、この夜のステージに大満足された方も大勢おられるだろう。
今彼がやっている音楽を私はあまり好まない。
ただそれだけの事だ。

私は今回、島裕介という素晴らしいトランペッターを知ることができた。
それで十分過ぎるくらいだ。
それで十分なのに、念願のそうりゅう型潜水艦やイージス艦を見ることも出来た。

毎日毎日我々は実に良く歩いたのである。
平均15000歩といったところか。
旅は元気なうちに、歩けるうちに行かなくては意味がない。
改めてそう思った。
もしも行きたいところがあるのなら、迷わずどんどん出かけて下さい。
行きたいところがない場合ですか?
趣味を持つことです。
好奇心のアンテナをいつも張り巡らせていれば、行きたいところはいくらでも出来る。
人生は旅だ(なんか意味が違う気もするが)。










島裕介Ⅱ


Vol.2も出ています。
いずれもamazonにて入手可能。
聴いてください。
彼を知ってよかった、きっとそう思うはずです。












(157) Hardbop Revivers

hardbop1.jpg
NO.157 2014.7.7



<Hardbop Revivers>



石井裕太とハードバップ・リバイバーズのファーストアルバム。
島裕介がプロデュースしているが、何故かリーダーではない。
メンバー以下の構成。
石井裕太(ts,cl)
島裕介(tp)
魚返明未(p)
横田健斗(b)
山田玲(dr)
 
島さんについては年齢不詳状態だが、他のメンバーは公開している。
皆若い若い。私の息子くらいの歳だ。
多分島さんだけ一世代上ではないか。
リーダーは一応他にいるけれど、全体を統括しているのは彼だ。
BlueNote 1595 サムシンエルスみたいな関係か。

モーニン、モーメンツ・ノーティス、シスター・セディ、マーシー・マーシー・マーシー・・・・
怒涛のハードバップ攻撃が続く。
そして、もう少し続けて!というトコロで無情にも終わる。
だからまた、最初からかける事に必ずなる。
彼ら世代はこれらの曲を、どのようにして初体験したのだろう。
高校のブラバンで部長が楽譜を配っているシーンが、なんとなく水晶玉の向こうに見える気がする。
酒を飲みながら毎晩聴いている。
こうして世代を超えて演奏されていくのだなあ。
目頭が熱くなる。
還暦近くなると、男はすぐに目頭が熱くなる。

これはもう理屈抜きだ。
若い彼らがこれだけの仕事をした。
それだけで見事。
余計なことを、利いた風なしゃらくさいことを、あーだこーだ言う必要なし。
どーぞ宴会でこれをかけてください、おとうさん達。
大音量でこれをかければ、遠いあの日がすぐ傍まで戻ってくる。
盛り上がること間違いなし!
街にはジャズ喫茶がたくさんあった。
どんな街にもたいていあった。
そしてそこでは、こんな音楽がいつも流れていた。
僕らはそこでこれらの曲と出会い、いつの間にか身体がそれを覚えていた。
記憶力が今より何倍も良かった。
そしてあらゆることに敏感でありそれ故傷つき易く、僕らは生きていくだけでいつも感じた痛みとともにこれらの曲を刻み付け、一生消えない入れ墨のように僕らの人生の一部となった。
そんな時代もあったねと溢れ出る涙。
泣くなおやじ。前を向け。
涙を拭いてまあ酒でも飲みたまえ。

盛り上がると言えばそう、ワールドカップも佳境である。
残って欲しいチームも次々消えたが、ベスト4が決まってみれば極めて妥当。
ブラジルvsドイツ、
アルゼンチンvsオランダ。
ブラジルは相当やばい。
アルゼンチンも当然強いが、オランダに悲願成就させてやりたい気もする。
だが、一番強そうなのはやはりドイツか。
セレソン頑張れ。
メッシも、ロッベンもみんな頑張れ。
ドイツはなんか悪いけど、適当にやってくれ。









(158) マリアナ

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NO.158 2014.7.9



<マリアナ>



35歳で世を去ったジョー・ゴードンが、亡くなる2年前コンテンポラリーに残した最後の作品。
本作はコンテンポラリーらしく録音も良好で、作曲家としても良い仕事を残した彼のオリジナルで固められている。
中でも「マリアナ」のもの悲しい哀愁を帯びた旋律は、忘れる事の出来ない私的名曲のひとつとなっている。
ジョー・ゴードンにとってのマリアナとは何だったのか私は知らない。
だが、私にとってマリアナで想起される第一のものは、マリアナ諸島で起きたマリアナ沖海戦だ。

1944年6月、既に敗色濃厚となりつつあった日本に対し、アメリカ軍機動部隊はサイパン島上陸作戦に先立ち、マリアナ諸島への進攻を開始する。
ここを取られたら、東京が戦略爆撃機B-29の攻撃圏に入る。
帝国海軍は総力をあげ、これを阻止すべく対峙した。
この時の日本の航空作戦が有名なアウトレンジ戦法である。
我が国航空機の長い航続距離を生かすべく、アメリカ軍機の作戦空域外に空母を配し、そこから航空攻撃をしかけるというものだ。
日本機は片道3時間近い距離を飛行し、アメリカ機動部隊に迫ろうとした。
だが、この時点で日本軍は既に熟練パイロットの多くを失っており、多くが未熟な搭乗員だった。
加えてアメリカはレーダーを完全に実用化、友軍機を的確に誘導し日本軍航空隊を圧倒した。
撃ち漏らした日本軍機を待っていたのは、アメリカ機動部隊対空砲のVT信管という新兵器だった。
これまで高速で移動する航空機に対し、水上戦力の対空兵器を命中させることは極めて困難だった。
このVT信管は命中せずとも電波により相手機を察知、近距離で爆発し撃墜するという画期的なものだった。
これにより我が国は作戦参加した艦載機、400機近くのほとんどすべてを失い、あまりの容易さからアメリカ軍に「マリアナの七面鳥撃ち」と揶揄される始末だった。

本日早朝、ブラジルでこの七面鳥撃ちの惨劇が繰り返された。
テクノロジーの進化は作戦を変えさせる。
そしてその戦訓が後日の戦いに生かされていく。
ブラジルが受けた傷はあまりに深かった。
下を向くなと言っても、それは無理だ。
日本人の私ですら、あまりの事に全身の力を失った。
だが、いつかきっとこの日の屈辱が生かされ、再び立ち上がる日が来るだろう。
勝負事に勝敗はつきものだ。
だから面白い(もちろん戦争は除外)。
ブラジルの皆さん、落胆するのは無理もないが、あまり度を過ぎた事にならぬようお願いします。









(159) CRISS CROSS

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NO.159 2014.7.10



<CRISS CROSS>



ワールドカップ史に語り継がれる謎となるだろう。
オランダvsアルゼンチン戦PK戦での起用である。
むしろ不起用と言うべきか。
勝負事であるし、結果論と言ってしまえばそれまでなのだが。
しかし、オランダ国民のみなさんは納得されるのだろうか。

何事につけ、国民性というのはあるものだ。
鎖国を続ける我が国に対し、宗教性を排しひとり長崎出島での貿易権を獲得していたのがこの国だった。
私はオランダに行ったことがないので、責任は持てないが、合理的であり冷静である、そんな印象を持っている。
今回も遂に悲願は叶わなかったわけだが、最後までテンパった様子は感じさせなかった。
淡々とPKを蹴り、止められた。
勝負に決着がついた時、感極まって泣いていたのは勝者のアルゼンチンサポーターの方であり、ロッベンのご子息を例外として、オランダ人の目に涙はなかった。
妻が昔KLMか何かでヨーロッパへ行った折、周りに乗り合わせた多くのオランダ人のデカさに仰天したと言っていた。
とにかく体格に恵まれたオランダ人にあって、代表正キーパーのシレッセンはどこか線が細く頼りなげな印象は確かに有り、PKスペシャリストとしてコスタリカ戦に起用されたクルルの方が、正真正銘オランダ的だったと思う。
キーパーデカい、イコール、ゴールが狭く見える。
これだけでPKキッカーに大きなプレッシャーを与える。
可能なら(そんな訳ないけど)時間を巻戻し、三人目交代枠を訂正して、オランダキーパークルルでのPK戦を見てみたいものだ。

本作はジェシ・ヴァン・ルーラーの、クリス・クロスにおけるセカンドアルバムである。
名前から想像がつくように、ジェシはオランダ人だ。
そしてクリス・クロスというレーベルもオランダのレコード会社である。
これがまた、実に両者ともオランダ的だ。
ジェシのギターはものすごくテクニックがしっかりしており、どんな早弾きでも破綻を来たす気配すら見せない。
非常にモダンである。
そしてどこかクールでメカニカルで、理詰めな印象も同時に伺わせる。
一方クリス・クロスの音作りは常に過不足がなく、一発あててやろう的な山っけを感じさせない。
ただ安定した音を聴かせる反面、ある程度の装置を持ったマニアにしかその真価を見せることがないと思う。









(160) ごりおし

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NO.160 2014.7.12



<ごりおし>



グラント・スチュワートは、日本製作盤で相当誤解されている可能性がある。
日本で信じられているような演歌調は、多分彼の本質ではないと思う。
本作もオランダのクリス・クロス盤である。
これが日本製作盤と同じ人のアルバムか?
そこで反論も起きるだろう。
こちらが仮面の姿では、と。
一理ある。
どちらがグラント・スチュワートの真実なのか。
私は当然ながらわからない。
会ったことも話したこともないからではない。
ミュージシャンには多面性があるのが普通だからだ。
では何故、クリス・クロスのこの盤を持ち出したのかといえば、ご想像通りオランダのサッカーに話を持っていくため。
「徒然JAZZNOTE」を標榜する以上、ちょっとはジャズの話もしなくては、と結構律儀なA型気質丸出しだ。

「徒然」と書いて「こじつけ」ないし「ごりおし」と読むんじゃないのか。
ご批判ごもっとも。
実際「ごりおしJAZZNOTE」にしておけば良かった。
徒然なんとか、のタイトルのブログは実はたくさんある。
これも結構驚いたが、考えてみれば同じような発想というか思考パターンの人が複数いても不思議はないのだ。
日本人なのだから。
中学で習ったよね。

さてさて、ではごりおしの本題である。
アルゼンチン戦PK戦の謎。
正キーパーシレッセンである。
彼はオランダ人としては華奢で、それ故機敏であり、それ故に正キーパーの座を手にした可能性はある。
つまり、ある意味でオランダのジレンマといったものだ。
各国それぞれ、それなりに悩みは尽きない。
ところでシレッセン、アルゼンチン戦で活躍しなかったか、と言えば絶対そんなことはない。
彼がいなければ、スコアレスのままPK戦へ、の流れはなかったかもしれない。
だが、PK戦で一度も止められなかった。
これも事実である。
そして事実はもっとある。
実はシレッセン、プロになってから一度もPKを止めていないという話がある。
それが事実なら、オランダ監督ファン・ハールが、PK戦にスペシャリストを起用したくなる気持ちは理解できる。
では何故、アルゼンチン戦でそれをしなかったのか。
コスタリカ戦での批判を受けて、との話も伝わっているが、その批判とは何か。
わからない。
シレッセンてやつ、もしかしてオランダ王室の関係者か。
そういえば王子様的風貌ではある。

ファン・ハール監督であるが、ワールドカップの三位決定戦はナンセンスだ、私は10年前から反対している、と大分ご立腹だ。
オリンピックと違い、ワールドカップに銅メダルはない。
ワールドカップのベスト4まで行ったチームが、最後に二連敗で大会を去ることにもなる。
なるほど、ごもっとも。
この辺がオランダの面目躍如、冷静な判断と分析炸裂するところ。
万一いつか日本がサッカー大国になっても、三位決定戦を控えてこの発言が出る筈がない。
代表監督がオランダ人でも、そんな事は絶対言わせない。
そして二連敗で大会を去った代表に、感動をありがとうと、相変わらず言うのである。

ワールドカップ三位決定戦。
オランダvsブラジルは日本時間明朝5時のキックオフだ。
私はもちろん全力観戦だ。
こんな好カードが滅多にあるかっての。
嗚呼ワールドカップ。
4年に一度の万華鏡も残り二試合となった。










(161) 祭りのあと

マンハッタンjq
NO.161 2014.7.14



<祭りのあと>



一か月に及ぶ戦いも遂に終わる日が来た。
下馬評通りの結末となり、アメリカ大陸での大会における初の、ヨーロッパのチャンピオン国となったドイツ。
そのサッカーはいつもつまらないと言われ続けてきた。
秩序を重んじたチームサッカー、それは次の展開が素人にも読みやすい。
サッカーはジャズであり、アドリブだと私は常々思っていたが、もしもマンハッタン・ジャズ・クインテットの音楽がジャズと呼んで良いものなら、ドイツのサッカーもまた否定されるものではない。
マンハッタン・ジャズ・クインテットの音楽は、デビッド・マシューズによって書かれたアレンジ通りに演奏された。
それはジャズとは言えない何か別のものだ、と批判を受けた。
だが、それ故に常に完成度が高く、安定していて、レベルが高かった。
まさにドイツサッカー的なこのマンハッタン・ジャズ・クインテットを生んだのは、実は日本のレコード会社である。

日本とドイツの国民性には共通点が少なくないと言われる。
几帳面で勤勉で約束を守る、そんな姿勢が戦後の復興と経済成長を生んだのだと思う。
だが、ことサッカーに限って言えば、共通している点は共に入れ墨をよしとしない事くらいか。
実際、入れ墨なしのサッカー選手なんて、日独以外では世界的にはむしろ珍しい。
今大会を見ていても、どいつもこいつも入れ墨だらけだった。
早々と敗退した我が国代表に対し、ジャニーズと区別がつかないような外見ではだめだ。
戦士の象徴として入れ墨入れるくらいの覚悟がないとだめだ、と私も勝手なことを毒づいていた。
まあ、そんな事でサッカーが強くなるなら安いものが、そう単純なことでもあるまい。

さて、日本は4年後に向けてどんなサッカーを志向したら良いだろう。
前回優勝のスペイン的パスサッカーを日本は目指してきたが、それは疾うに研究され尽くしていた今大会ではまったく通用しなかった。
ドイツ型サッカーも次大会で同じ運命をたどる可能性はあるし、日本には体格的にとても難しいのではないか。
私が時期代表監督なら、オランダがやった5バックを採用する。
5バック2ボランチでガチガチに自陣を固め、攻撃は3枚のみのカウンターに徹する。
サイドは滅多なことで上がらない。
耐えに耐える「おしんサッカー(古いね)」だ。
日本が世界に通用する方法が本当にあるかどうか分からないけれど、今はそれくらいしか思いつかない。

とにかく祭りは終わった。
明日からつまらなくなるなあ。










(162) CLUB JAZZ 

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NO.162 2014.7.16



<CLUB JAZZ>



島裕介2010年のリリース作品「Silent Jazz Case」。
これを一日中聴いている。
Silent Jazz Case はバンド名で、これが1stアルバムという事だと思われる。
4年たつも2ndは出ていない。
本作のような音楽を「クラブ・ジャズ」と呼ぶようだ。
さて、そりゃ一体いかなるモノぞ。

「クラブ」という娯楽施設があるという。
イントネーションに注意が必要で、テニスクラブのように「ク」にアクセントを置かず、平坦というか上昇調に発音する。
過去に行ったこともなければ今後一切行く予定もない、そんなヤツが語れば群盲評象の類にもなりかねないが、どうやら昔のディスコのようなものであるらしい。
要はダンスホール。
そのような場で流れる踊れるジャズ、それがクラブ・ジャズの定義、という事で合っているでしょうか。

よくわからないけれど、そういう事にしておいて話を進める。
本作が出たのが前述した通り2010年、「名曲を吹く」が昨年で「The Hardbop Revivers」が今年出た。
どれも芸風が相当異なる。
トランペッター島裕介の多彩な足跡をたどり、少し混乱してきた。
スタジオミュージシャンとしての参加ならわかる。
しかし、これらは自身がプロデュースしたものだ。
どれも島さんの思いが込められた作品であると考えて良い筈である。
私は本作と「名曲を吹く」のギャップに特に驚いた。
これはどうしてももう一つのユニット、「Shima&ShikouDUO」も聴いてみるべきだと思っているところだ。







(163) DEEP NORTH

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NO.163 2014.7.17



<DEEP NORTH>



トランペッター島裕介のもう一つの顔。
それがこの「Shima&ShikouDUO」である。
正直言って驚いた。
彼の「作曲力」に。
本作の大半が島さんのオリジナルである。
そのどれもが、歌詞をつければ即歌になるといった、非常にメロディアスな作品だ。
「名曲を吹く」の「Ink Blue Rhapsody」がそうした曲であったが、一曲だけ気まぐれに書いたものかもしれなかった。
だが、そうではなく、島さんはその道で十分やっていけるくらい作曲の人だったのだ。
本作の「クラブ R」や「海を見下ろして」など、それなりの歌詞をつければ歌謡曲として間違いなくヒットしそうだ。
それらの曲は「平成歌謡」として、きっと長く歌い継がれる名曲になるだろう。
いや、私が知らないだけで、実際既にそういう事になっているのかもしれない。
これは困った。
何も私が困ることはないのだが、益々島さんという人が分からなくなってきた。

色々調べているうちに、彼の年齢がわかったのである。
なんかもう、ストーカーだな。
島裕介、1975年生まれであった。
丁度私と20違う。
私がやっと成人となったあの頃、彼は生まれたのか。
これは重要なヒントだ。
その時、ビートルズ解散は言うに及ばず、彼が物心つく頃にはイーグルスすら解散していた。
しかし、彼は私とは比較にならない量の音楽情報に囲まれて育った筈だ。
音楽はもう特別なものではなく、日本人の生活に完全に溶け込んでもいたと思う。
だが、ジャズの光明は遥か彼方に後退していた。
そんな時代に、どのような経緯でトランペットを手にしたのだろう。
わからない、想像するしかないが、「スィングガールズ」のようなストーリーが彼にもきっとあるに違いない。
少年島裕介は何かのきっかけで、ギターではなくトランペットを始め、その音に魅せられた。
いろんなトランペッターを片っ端から聴いたことだろう。
そういう事が難しくない時代になっていた。

そして高校生になる頃、マイルス・ディビスが死んだ。
横浜「ちぐさ」で彼はこんな事を言っていた。
「ホレス・シルバーは偉大です。マイルスよりずっとね」
何故ピアニストのシルバーとマイルスを比較するのか、そして自分と同じトランペッターのマイルスの評価が何故シルバーの下なのか、その時私にはわからなかった。
「Silent Jazz Case」において彼は、明らかにマイルスを意識した曲をやっている。
また、他のアルバムでも、マイルスの代名詞であるミュートを結構な頻度で使用してもいる。
それでもマイルスは、彼にとってシルバーより下なのだ。
キーワードはきっと「作曲」だ。
マイルスも良い曲をたくさん書いた。
しかし、シルバーはその点ではマイルスを上回ったと言えるかもしれない。
特に島さんにとってはそうなのだろう。
彼の音楽の中で作曲が占める比重は相当重いようだ。
私は最初、彼のトランペットの音にやられた。
だが今、島裕介がただのトランペッターで終わってはあまりに惜しいと思い始めている。
なにより、誰よりも本人がそう思っているのではないか。
これは更に、他の作品も聴いてみなくてはなるまい。
私はあせってamazonを漁った。
現在入手可能な作品はもう、あと二つしかなかった。









番外編 ㉕ MV-22 オスプレイ

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<MV-22 オスプレイ>



航空ショーで「オスプレイ」を見た。
普天間で、待てど暮らせど姿を見せなかったオスプレイが、あっけなく至近距離にあった。
え~、いいの?って感じである。

この機体は結構高価だ。
何しろ開発に膨大な金が掛かっている。
40年越しの計画となった。
だから日本でも、20年前の「エバンゲリオン」に既に登場しているくらいだ。
あれやこれやで、米軍調達価格70億(日本円換算)と言われている。
もしも自衛隊が買うことになれば100億円くらいか。
これはF-15と大体同じだ。
そして自衛隊は遠からず、必ずこれを導入するだろう。
恐らくは数十機単位で。
それだけのビッグビジネスであれば、当然惜し気なく見せる。




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オスプレイ上空を、我ブルー・インパルスがフライ・パスするこの絵。
かっこよすぎる。
今回は輸送機など様々飛来するなか、三沢米軍のF-18も来たのだが、速すぎて捉えきれなかった。




コブラ



自衛隊の対戦車ヘリ「コブラ」。
もう古いが、全面的に「アパッチ」に置き換えられる事は多分ない。
対戦車作戦が既にありえなくなった。
コブラに限らないが、自衛隊の装備が実戦に使われたことはない。
それでよい。
抑止力とはそういう事だ。
日本では、あの富士重工(スバル)がライセンス生産した。




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オスプレイは、水平飛行形体ではローターが地面に接触する。
従って、通常の飛行機のような滑走離着陸は出来ない。
と言うより、する必要がない。
だからオスプレイは画期的なのだ。

兵器はしばしば採算や実現可能性を無視する。
ヘリコプターとレシプロ機両方の機能が欲しい。
単純なニーズに従って研究開発され、結果的に人類の英知を向上させた。
これは事実だ。
オスプレイはそうして生まれた。
私はオスプレイと、それを実現させた人たちを尊敬せざるを得ない。
不可能を可能たらしめた実例だ。
しかし、地上での水平飛行形体は、上のようにローターを畳むしかない。

航空ショーというものに生まれて初めて行って驚いた。
大変な人出だ。
千の単位では絶対ない。
万、もしくは更にいっこ上の単位だろう。
その中に何人某国のスパイがいるのやら。
でもそんな事は言っていられないのだ。
非常にビジネスライクな催しであった。




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夏は来ぬ。
我家の壁にオニヤンマがとまっていた。
昔は図鑑でしか見たことがなかった。
温暖化?
それならそれで仕方がないだろう。
時代は変わるのだ。
諸行無常、浮世の真実である。













(164) Poetry

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NO.164 2014.7.22



<Poetry>



島裕介、伊藤 志宏によるデュオ「Shima&ShikouDUO」の2009年作品。
本作はビクターからの発売となった。
所謂メジャーデビューを果たした、という事になるだろう。
しかし、ビクターとの関係は一作で途絶えている。
このあと島さんは自分のレーベル「MOS sound」を立ち上げ、現在に至っている。
ビクターでのアルバム製作は、(まったくの想像だが)思う通りにやらせてもらえなかった可能性もある。

3年後に出された「呼吸」の帯に「一発録り」とわざわざ謳われているから、普通は本作含めマルチレコーディングで録られていると考えるべきだろう。
ジャズの、それもデュオの作品製作現場が、通常そのようになされているというのは少し驚く。
もっともライナーノーツによれば彼らは、ジャズを演奏しているという意識を特に持っていないという。
なるほど、それはかなりうなずける話だ。
「ジャズもやるけど、特にそれだけじゃないよ」
島裕介の実像が浮かび上がる。
彼らは慶応大学ジャズ研の先輩・後輩であることも判明した。
これも私がイメージするところと大きく外れない。
尚、本作と「名曲を吹く」での「黒いオルフェ」の比較だが、
私は後者、ギターとのデュオの方が好きだ。












(165) 整 理

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NO.165 2014.7.23



<整 理>



現在我家にあるCDとLPの総タイトルは3千を超える。
実際にはこの数、音楽好きならそれほど珍しくもないと思う。
ただ困る事が二点あり、一つは物理的キャパがほぼ限界に近づいているという事だ。
これを意識するというのもあって、購入の勢いは明らかに落ちた。
以前のように、やみくもに買うような事はもうない。
もう一つ困るのは、聴きたいものがどこにあるか分からなくなるのだ。
ない、となったら本当に出てこない。
小一時間探しても見つけられない事がザラにあった。
それは結構いい加減に探しているせいだ。
決めつけによって見落としている。
これは他のことでも有りがちな話なのだが、探し物は結局、何度も探した場所から発掘される。

あるとき閉口して整理を決意した。
リストの作成である。
同時にアルバム本体にナンバーのシールを貼った。
この作業を行ったのは10年くらい前からだった。
しかし、構想に欠陥があり、後から増えるモノを始末に負えなくしてしまった。
とうとう限界に達したと見た妻が「やり直そう」と言い出したのである。
割り振るナンバーのルールを変え、気の長い作業が先日スタートした。
新ルールにより、CD棚の先頭に来たのが本作である。
生誕250年にあたった2006年、モーツァルトをジャズ化したアルバムがたくさん出た。
私は本作が我家に存在することなど、すっかり忘れていたのである。
第一次整理後、一度も聴いていない可能性がある。
では、この機会に聴いてみるのかと言えば、それもしない。
ただ棚にささっているだけ。
一々手を止めて聴きだしたら本当にこの作業、いつ終わるかわからなくなる。
というのもあるが、正直に言えば私にとってもう一度聴く気にならない音楽なのだ。
これを世間では「不要」という。
そうしたものが恐らく、いつ終わるか不明なこの第二次整理で大量に出てくるだろう。

今月の文芸春秋に「終活」の事が書かれていた。
人生の終わりに向けて、少しずついらない物を整理しなさい、というものだ。
それはもちろん捨てるないし売るという事だ。
親が捨てられなかったものを子供が捨てるのは更に難しい。
だから自分の始末は出来るうちに自分で、というのである。
これは究極の「整理」だ。
私はこれまで、買ったことはあるがLPやCDを売ったことがない。
まして捨てるなど。
私にそれが可能だろうか。
まったく自信がない。

ところで先日報告した「オスプレイ」であるが、
「自衛隊は遠からずこれを大量に調達するだろう」といった話をした。
だがもう一年も前、すでに導入が決まっていたみたいです。
知らずにしたり顔で勝手なことをほざいておった訳です。
この類のことも、間違いなく相当数あるのだろうな。
そう思うと少しイヤになった。














(166) Newtype

呼吸
NO.166 2014.7.26



<Newtype>



Shima&ShikouDUOが自主レーベルMOS soundからリリースした2012年作品。
現在本作が彼らの最新作ということになる。
山梨県見延町の総合文化会館に機材を持ち込み、一発録りされたホールトーンが美しい好録音盤だ。
そしてMOS soundレーベル第一弾ということもあり、力の入った作品となった。
今まで聴いた中では最も「芸術」寄りのアルバムである。
普通の流れだと、しばらくはこの路線で行きそうに思う。
だが、けしてそうはならない。
翌2013年にMOS soundより個人名義で出されたのが「名曲を吹く」なのである。
「名曲を吹く」、このアルバム冒頭に持ってきた曲は、なんと「椰子の実」だ。
名も知らぬ遠き島より、流れ寄る椰子の実一つ・・・島崎藤村の作詞で有名な童謡、日本人なら知らぬ者とてないあの曲である。

本NOTEの(29)<ランプローラーと月の砂漠>で和田誠監督の映画「真夜中まで」を紹介した。
作品中ライブの客として友情出演した大竹しのぶが、主人公のトランペッター真田広之に「月の砂漠」をリクエストするシーンがある。
客のリクエストに対してトランペッターは、ジャズだからね童謡はやらない、と断る。
ちょっと不可解なシーンなのだが、まあ、百歩譲って分からなくもないとしよう。
もっとジャズっぽく聴こえる曲はなんぼでもあるからだ。
だが、島さんは童謡を吹く。
それもメロディーを崩さない。
ジャズメンは原曲のメロディーを崩したがるのが普通だ。
崩してナンボ、それがジャズ、そういった傾向が確かにある。
島さんは崩さない。
原曲の持つ美しいメロディをいつくしむように。
ひとつ間違えば、ニニ・ロッソ的なものになる恐れだってなくはない。
だが、彼にはそんなことにはならない自信があったと思う。
ところで彼が「名曲を吹く」で演ったのは「椰子の実」だけではない。
「Here There and Everywhere」「ふるさと」「Englishman in New York」「この道」、
そして前に紹介した「Ink Blue Rhapsody」。
もちろんジャズも演っている。
「The Day of Wine & Roses」「Night in Tunisia」「Song My Faether」「黒いオルフェ」、
それらの中に「椰子の実」などなどがちりばめられている。
ごく自然なかたちで。

翌年つまり今年だが、島さんがMOS soundからリリースしたのは「Hardbop Reviver」だ。
「Moanin'」「Airegin」「Sister Sadie」ハードバップのヒットメドレーである。
口うるさいジャズ関係者から批判を受ける可能性は当然あった。
容易に想像がついたと思う。
だが、島さんにはそんなの関係ない。
去年は「椰子の実」、今年はハードバップが演りたくなった。
演りたい曲を演りたいように吹く、それだけだ。
まさに「ジャズもやるけど、特にそれだけじゃないよ」。

「GQ Japan」の2000年8月号が手元にある。
その時の特集が「トランペッター不良論」で、寺島靖国氏が一文「不良の引力」を寄稿されていた。
氏が何故ジャズが好きかと言えば、不良の音楽だからだ、と言うのである。
自分はどちらかと言えば優等生に属する男という自覚で、それが面白くない。
一度でいいから不良をやってみたいがダメだ。
だから氏はジャズを聴いて不良になったつもりでいるのだ、と言う。
なるほど、と私は思う。
私もそうだからだ。
ただし、間違っても優等生などではないのだが、間違いなく不良ではない。
断っておくが、ここで言う「不良」とはチンピラのことではない。
それは「いなせ」ということだ。

一方でトランペターと言えば、モダンジャズにおいては絶対的エース、つまり花形だった。
ピアニストがどんなに美しいソロを弾こうとも、テナーサックスがどれほどむせび泣こうとも、次にトランペッターが仁王立ちでワンフレーズ吹けば、喝采は全て彼のモノ。
それがトランペッターだった。
だが、島裕介にはそういった意識を感じない。
音楽の中で常にバランスを取っている。
変な力みが一切ない。
おそらくステージで、自分が花形役者だとは思っていまい。
そうなのだ、彼は、彼らはと言ってもいいが、ジャズを含め音楽のすべてを知っている。
ジャズは特別な音楽なんかじゃないと知っている。
音楽のすべてが見えている。
そのうえで、彼らなりにジャズが好きなのだ。
彼らは新世代のミュージシャン、ジャズのアムロ・レイだ。

私の島裕介研究もそろそろ、それなりの結論が見えて来たようだ。
島裕介という人はもちろん「不良」ではない。
むしろ優等生タイプだと思う。
知的であり、クールであり、きわめて有能である。
それはトランペッターとしてばかりではない。
昔、中村八大というジャズピアニストがいた。
あの「上を向いて歩こう」の作曲者としても有名である。
島裕介は平成の中村八大になる可能性すらある。
ただ、ジャズという狭いジャンルで括れば「遅れてきた青年」かもしれない。
それは事実だ。仕方がない。
60年前に存在していたらどんなだっただろう。
そんな想像もしてみたりする。
いやいや、勝手なことを言うな。
彼は現代において、大きな輝きを放っているのだ。

島裕介の音楽は力強く華麗だが、優しさに溢れている。
それはニュータイプの「いなせ」である。















(167) やがて秋が来たなら

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NO.167 2014.7.29



<やがて秋が来たなら>



毎日暑い。
これから二、三週間が本格的な夏本番だ。
皆さん、夏休みの計画も立てておられることでしょう。
私はこの夏、京都へ行ってみようと思っている。
京都の夏は強烈に暑い。
年をとってから行ける所ではない。
今行かずにいついくのだ、という気分で行く。

進んでいくのは人生だけではない。
季節も確実に進んでいる。
次第に夜明けが遅くなってきた。
夏至の頃の勢い既になく、三時台は今ではまだ真っ暗だ。
そして気付いた時には、いつの間にか秋風が吹き始めているだろう。
これが寂しくてかなわない。
輝きというものはたいてい、一瞬の出来事で長くは続かないものだ。
人生は一度きりだが、四季の移ろいなら毎年のことだから、7月も末になれば私は覚悟する。
スタッドレスタイヤや除雪機のCMが流れ始めるのも、そう遠い話ではない。

秋にジャズを聴くならボーカルがいい。
インストは寂しすぎるからだ。
できれば味があって、そのうえ音程のいい人を聴きたいものだ。
メロディ・ガルドー、ダイアナ・クラール、ソフィー・ミルマン、様々思い浮かぶ中、日本人で圧倒的に上手いのが美空ひばりだ。
実は彼女、結構ジャズを残している。
本作収録の「L・O・V・E」は、トップバリューのCMで流れているから聴いたことがあると思う。
油断しているとひばり節というか、コブシにやられる。
歌詞に日本語を多用し、ちょっとした居心地の悪さもなくはないが、シリアス過ぎずそこがいい。
秋が来たら、少しセンチメンタルな気分になりかけたら、彼女のジャズを聴いてみて下さい。
抜けるように高い秋空、美空ひばり、ウムきっと悪くない。

その前に間もなく、娘の誕生日がやってくる。
私の娘が今年30歳になる。
驚くべきことだが当たり前のことなんだ。
だがしかし、やはり驚く。
あの可愛かった娘がある日反抗的になり、冷たくなり、父は一人涙した。
それは成長の証しとはいえ、なかなか辛いことだった。
彼女は彼女で色々あったことだろう。
それはそうだ、人生だものな。
そんな娘が最近では父に優しい。
やっと大人同士のつきあいが出来るようになった、ということだろうか。
昔のように「パパ」とは、もう呼んでくれないけれど。










(168) 心当たりは特にない

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NO.168 2014.7.31



<心当たりは特にない>



なんかダルくないですか。
まだ夕方5時前だというのに、私は目を開けていられないほどダルい。
別に眠いのではない。
ただただダルいのだ。

先日耳鼻科へ行く機会があって、ついでに血液検査を依頼した。
私は中性脂肪値が上がりやすく、油断していると1000とかのびっくり数値が出る。
それで知人の医者に薬を飲まされていたが、どうもあまり感心しない薬らしいのでやめた。
その代わりに今は、炭水化物を食さない方向でカロリー制限している。
これは非常に効果があり、瞬く間に正常値となった。
今回は通常の血液検査に加えて、肝炎ウィルスの検査もやってもらった。
そうした血液検査を町の耳鼻科で頼む人はあまりいないと見えて、医師も看護婦さんも戸惑っておられた。
もしかすると採血なんか10年ぶりで、痛い目にあわされるかもしれないと、こちらも緊張した。
「ではちょっとチクッとしますよ」と言う看護婦さんの作業から目をそらし私はあらぬ方向を向いていたが幸い、特別痛いということはなかった。

2日ほどしたら検査結果が送られてきた。
中性脂肪は80程度。
他も特に問題はない。
ただ、追加で頼んだ肝炎ウィルスの判定がいったいどうなっているのか、素人が見ても判るようなものではない。
判定だから○×△とか、アウトないしセーフとか書いてあれば親切というものだが、なんだかよく判らない。
仕方がないのでそのクリニックに電話で問い合せた。
「あなたが送れというから送ったのよ」と女医さん。
確かに検査結果を送ってくれるように依頼したのである。
でも、ナマのデータを送られてもちょっと困る。
「ええ、そうなんですが、見ても判らなかったもんで」
そうでしょうそうでしょう、と女医さんは電話口で説明を始めた。
「コレステロールがどうのこうので、脂っこいものはどうのこうの・・・・」
いや、それはいいんですけど。
私が聞きたいのは肝炎ウィルスに感染しているかどうかなんですよ。
だが、黙って聞く。
長々とあれこれ説明した女医さん、最後にきて「そうそう、肝炎ウィルスは陰性の結果です。ではお大事に」
どこも悪くない、何一つ悪くない人にも一応「お大事に」と彼らは言う。
決まり文句。
まあ、何事につけ、つまりはジャズにも無くはないのだが。
何はともあれ私は、肝炎ウィルスにはどうやら感染していないらしい。
だからこのダルさはまた別の理由によるものだ。
だいたい肝炎になったら身体がダルいかどうか、それすら知らないのだから。

ノラ・ジョーンズの音楽を聴いて益々ダルくなる。
ダルいが、彼女の歌声には独特の味がある。
余人をもって代え難し。
ワン・アンド・オンリーの典型だ。
本作は彼女のデビュー・アルバムだが、セカンドもなかなかだ。
なかなか、という微妙なニュアンスをお分かり頂きたい。
絶賛するというのではないが、さりとてダメ盤ではない。
特にこの独特のダルさはむしろ夏向きかもしれない。
ギトギト暑苦しい日に、熱帯ジャズ楽団なんか聴いていられないだろう。

夏のBGMにノラ・ジョーンズは悪くない。
ただし、このジャケ写真はだいぶ割引して考えて下さい。
実物はこんなにいい女ではござらぬ。
ところでもう有名な話だが、彼女はシタール奏者のラビ・シャンカールの娘だ。
ジョージ・ハリスンにシタールを手ほどきするラビの動画が、我が家にもたくさんある。
どうも時代的にピンと来ない。
つまりこの父娘が同時代の人に思えない。
ソレもその筈、ラビ・シャンカール59歳の時の娘なんだと。
ラビが私と同じくらいの時、ノラちゃん生まれたのだ。
恐れ入った。
私の娘は30歳になったが、私はかろうじてまだ還暦前だ。
ノラちゃん30歳の時その父は89歳。
だが、立派に生きていた。
まことに恐れ入る。
ノラ・ジョーンズは現在35歳だ。
ラビ・シャンカールの方は残念ながら2年前、92歳で亡くなった。
人それぞれ。
いろんな父娘がある。
だから先日離婚して、もう一生一人でいるとか言っているあなた。
なんの、まだまだだって。
君の人生にはまだまだ先がある。
大丈夫、きっとうまくいくさ。










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バロン ド バップ

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音楽がある限り

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