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(137) リマスター

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NO.137 2014.5.2


<リマスター>



昨日オーディオマニア宅にて宴会があり、楽しく飲んだ。
マニアであるから、もちろん相当のこだわりをもって装置を選び、セッティングしておられる。
現在(明日のことはわからない)二系統のシステムを楽しんでおられた。
メインがタンノイ・ターンベリーのシステムで、サブがJBLのL26である。
ある意味理想的な組み合わせに思えた。
まるっきり音が違う。
ターンベリーはタンノイにあっては比較的現代的な音を聴かせるのではないか。
対してL26は、最近のやや優等生的になったJBLとは違い、誰もがイメージするコテコテのJBLサウンドだ。
これが逆の組み合わせだとちょっと困るかもしれない。
どちらのシステムも、持ち主の趣味の良さを窺がわせる良い音を出していた。

タンノイシステムではちょっとした試聴を行った。
それが本作、ビル・エバンスの「You Must Believe In Spring」である。
当方持参の方は普通の盤(CD)で、先方のそれはリマスター盤なのだ。
こんなに違っていいのか。
特にエバンスのピアノが違い過ぎるほど違う。
それくらいリマスター盤のピアノの響きが美しい。
私の盤がそっけなく聴こえるくらいだった。

一夜明け、現在自宅にて本作(普通盤)を聴きかえしているところだ。
悩ましいのである。
リマスター盤を買い直すか。
あの音は確かに魅力的だった。
しかし一方で、ジャズの音としてはやや華美に過ぎているとも言える。
だが白状するが、そうした華美なピアノの音が私は嫌いではないのだ。
でも、聴き比べなければ、これはこれで良いとも思える。
しかしあの音を忘れられるのかと問う、内なる声も聞こえる。
堂々巡りだね。リマスター畏るべし。








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番外編 ⑳ 宝物(ほうもつ)

鏡



<番外編 ⑳ 宝物(ほうもつ)>



知人が肝機能障害で緊急入院となった。
酒など一滴も飲まない男だ。
驚いて急ぎ見舞いに行ったのだが、手ぶらというわけにもいかず、途中で本屋に寄った。
「ビートルズの幽霊」と「テニスマガジン6月号」を買った。
そして自分用についでに買ったのが「聴く鏡Ⅱ」。
ジャズ喫茶「ベイシー」の菅原正二さんが、「Stereo Sound」に25年間連載中の文章を単行本化したものだ。
「聴く鏡Ⅱ」というからには普通「Ⅰ」もある。
こちらは2006年に出ている。
そして、「Ⅰ」の前の「初号機」に当たる「ジャズ喫茶ベイシーの選択」がある。
この巻と「ぼくとジムランの酒とバラの日々」とは同一内容であるから、一応注意を要する。
両方買うのは勝手だが。
ちなみにジムランとはジェームス(J)・バロー(B)・ランシング(L)の略で、おわかりだと思うがJBLの創業者の事だ。
昔の人はJBLをジムランと言った。
今はもう言わない。
ところでレシートを見たところ、この300ページに過ぎない単行本は2700円とかなり高めだ。
400ページを越える「ビートルズの幽霊」が1600円だから、本は目方で売買するものではないが、この本のポジションが見える。
そんなに売れるわけはない、と出版元が考えているのだろう。
それともむしろ逆でステレオサウンド社、菅原さんで一息つきたいか。
何れにせよ、仮にもジャズファンだオーディオマニアだというのであれば、これらは読んでおきたい。

「趣味は面倒なものに限る」
菅原さんはそのように仰る。
なぜなら
「面倒は愉しみを持続させ、楽はアクビをさそうだけだから」
だそうだ。
良い音が出ない時、菅原さんの言葉に実は幾度も励まされた。
販売店に任せきりの「良い音」に価値などないんだと。
そんなものは趣味とは言わないんだと。
(本心を言えば任せきりでいいから良い音が出て欲しかったが・・・)

見る鏡には自分の姿が映る。
他人の目で自分を見たことがないので断言しかねるが、きっとそっくりなモノが鏡には映っている筈だ。
それを虚像と言う。
大陸から鏡が入ってきた当時の倭人は相当驚いたことだろう。
そして鏡は宝物として大切にされた。
聴く鏡にはそっくりな音楽の虚像が映る。
虚像はそっくりであればあるほど良い。
よりそっくりであるようにと、オーディオマニアは血道を上げる。
いつわりの姿と知りながら。
虚像だがただの虚像ではないのである。
からっぽで中身は何もないむなしいものだ、などとは金輪際思っていない。
音楽を映し出す「聴く鏡」は私の大切な宝物だ。












(138) アミーゴ!

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NO.138 2014.5.6


<アミーゴ!>




ビセンテ・アミーゴ、フラメンコ・ギターの名手。
アミーゴとは友だ。
なんだよ友か、少し難しいね。
それは誰もがわかっている。
だから多くは語るまい。
多くは語らないが、これだけは言える。
もしも友がいなくなったなら、人生はきっとひどくつまらないものになるだろう。
時には理解できなかったり、腹が立つことだってあるが、友よ夜明け前の闇のなかで、友よ戦いの炎を燃やせ。

さてと、連休とか言う数日も終わり、それぞれにそれなりに大変な日常が始まることでしょう。
今更特に頑張れとは言わない。
言わなくともみんな、結構いじらしいくらい頑張っているのだ。
よいよい、ぼちぼちいこうではないか。
そして友よ、疲れたら迷わず休め。
グラスに酒を注ぎ、好きな音楽を聴こう。
ジャズじゃなくたってもちろん構わない。
時間をうっちゃる事が必要な時もある。
そんな時に音楽はいつも味方になってくれた。
そう、音楽もあなたの大切な友の一人だ。












(139) MORE CLIFFORD

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NO.139 2014.5.8


<MORE CLIFFORD>



ブラウニーの死後、既に発表されていた音源の別テイクや、採用されたテイクの再編集を集めて12インチにまとめたものだ。
だが、なぜか本作は他よりうんと音質が良い。
そうした事はままあるもので、エンジニアが替わったり、替わらなくても体調が変わったり、あるいはちょっとしたスタジオのセッティングの変化等々で作品の音質も変化するものだ。
なにより関係者が、突然のブラウニーの事故死を悼み、彼に捧げるべく通常考えられない気の使い方で完璧な仕事をした可能性はある。
彼らをして、それをさせる動機は十分にあった。

身近な人の事故死はこたえるものだ。
心の準備がまったくなされないまま、突如家族の死を告げられる恐怖を私は想像したくない。
セウォル号だ。
あの沈没事故は本当にあまりにも無残だ。
これほど残念な事故が今どきあるのか、と言うくらいの残念さではないか。

私には複数の在日朝鮮人の知人がいる。
今も昔も彼らが不当な差別を受けてきた事実を私も無論知っているが、私は彼らに一切の偏見を持っていない。
それだけは断言できる。
それには私が住む場所の地域性もあるとは思う。
しかし何より、彼らは至極まっとうな人々であったからだ。
むしろ尊敬に値する人格者ですらあった。
だから彼らを知る者として、あの船のスタッフのとった理不尽な行動とのギャップを埋める手だてをすぐには思いつかない。
それはどこの国に行ってもどうしようもない人間はいるものだ。
だが、それだけの事だろうか。
どうも私はそのようには思えなくなってきている。
長年なんとなく納得がいかないままに放置してきたけして少なくない事柄が、一本の線で結ばれてしまいそうだ。







(140) Journey To Love

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NO.140 2014.5.10


<Journey To Love>



およそ40年前、FM大阪の「ビート・オン・プラザ」で本作を聴いた。
全体的には当時ありがちなクロスオーバーもので、ジェフ・ベックの参加もそれがどうした程度のものだった。
ビート・オン・プラザは新譜LPをほぼまるごとオンエアするという番組だったので、なんとなく聴いていた本作はやがてB面に進んだ。
スタンのベース、チック・コリアのピアノ、ジョン・マクラフリンのギター(すべてアコースティック)による快調な演奏が始まった。
それが「Song To John 2」だった。
この曲はスタンリー・クラークとチック・コリアの共作で、Johnとはジョン・コルトレーンのことである。
スタンとチックの曲にジョン・マクラフリンが入りコルトレーンに捧げるという、わかったようなわからないような(どちらかと言えばわからない)話なのだが、サビのところへきて私はのけぞった。
これほどかっこいいユニゾンがあるものだろうか。
実際あるのだ。ここに。
「Song To John 2」が世間ではどれくらいの評価であるのか私は知らない。
特別話題になっているものを目にした事もないのであるが、個人的には落とせない一曲だ。
そうした私的名曲というようなものは誰にでもあると思う。
私にも沢山ある。
半世紀以上も生きながらえておれば普通そうなる筈だ。
ただしどれもこれも個人的な嗜好である。
焼酎が好きな人もワインが好きな人も酒を口にしない人もいるのと一緒だ。
だから必ずしも普遍性があるとは限らないのは承知しているが、この曲は全力プッシュしておく。
珍妙なジャケットと「慈愛への旅路」という日本盤のダサ過ぎるアルバムタイトルに騙されてはならない。

本日もう一つ騙されてはならないのが「Nytimber」だ。
イギリス南部のウエスト・サセックス州にて醸造されるスパークリングワインである。
イギリスでワイン?と思うでしょう。私も思った。
実は昨年、結婚祝いにと友人からロゼを頂いたのだが、これにも私はのけぞった。
よくのけぞる男だな、と思わないでいただきたい。
のけぞっても10年に一回程度だ。
旨いのである、ナイティンバー。
これではシャンパーニュの立場がないというくらいのものだ。
いや、むしろコクの深さという点でこれを凌ぐシャンパーニュがあるか。
事実世界中で絶賛されており、イギリス王室御用達ともなっている逸品だ。
これには喜んで良いのかどうか微妙な事情もある。
温暖化である。
ワインの北限がイギリスまで上がってきたというのだ。
うーむ、大丈夫なのか地球。
少し心配になるのも無理からぬところであるが、ワインが旨いことに対して特に不服はない。
だから昨年秋、妻の誕生日に一本贈っておいた。
その個体は爾後仕舞い込まれていたのだが、一本目を贈ってくれた友人夫婦と本日そいつを飲むことになっている。
あの入籍から今日で丁度一年になる。








番外編 ㉑ ギタージャンボリー

クリス 2



<番外編 ㉑ ギタージャンボリー>



クリス・スペディングの「Guitar Jamboree」をご存じでしょうか。
私は30年以上前にラジオで聴き、後年中古レコード屋でこれを購入した。
5000円くらいだったと記憶している。
高いのか安いのか微妙なところである。
手元にある盤は状態極めて良いが、新譜当時なら半分以下の金額だった。
そうは言えども、当時の私には本作を購入する力など確実になかったのだ。
だからミントコンディションを後年入手する金額としては、一応妥当なところと言っておく。

一度は聴いていただきたい類のものだ。
チャック・ベリー、ジミー・ヘンドリックス、ジャック・ブルース(b)、ピート・タウンゼント、キース・リチャーズ、ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、ポール・コゾフ、デイヴ・ギルモア等々の、まあ言ってしまえば物まね大会である。
ギター版コロッケといったところか。
つまり物まねとしては相当レベルが高いのである。
ある世代の人なら思わずニヤニヤしてしまう筈だ。
Youtubeで検索すれば当時の動画も出てくるので、そちらもご覧ください。

アルバムを通して他の曲もあわせて聴けば、クリス・スペディングが才能あふれるミュージシャンである事は容易にわかる。
これを器用貧乏と言うのはたやすい。
しかしそれは、最も安易な評価に過ぎない。
不器用長者な私にはそれがよくわかる。
売れっ子になって持て囃されるか、器用貧乏だと軽んじられるか、きっとその差は紙一重だ。
最もワリをくったのがクリス・スペディングだとすれば、たとえばその対極にあるのがポール・マッカートニーである。
間もなくまたまた来日し、追加公演であの武道館に立つ。
途方もない金額のコンサートだ。
ふざけるな、日本を舐めてるのか、という領域に入っている。
しかしだ、これが最後のチャンスかもしれないのである。
私は抽選に応募してみることにした。
発表から当日まで10日しかない。
コンサートは平日3時開演である。
しかもあの金額。
普通の社会人には到底無理だろう。
これは巷間言われる団塊世代の実力が、はたして本物かどうかを試すまたとない機会だ。













(141) チョピンとタレンタイン

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NO.141 2014.5.13



<チョピンとタレンタイン>




ブルーノート4268番、スタンリー・タレンタインのイージー・ウォーカー。
本作を随分探した。
探した理由は多分ジャケットとタイトル曲だ。
ピアニスト、ビリー・テイラー作のイージー・ウォーカーという曲が好きだ。
ラリー・フラーのピアノトリオ物で気に入ったが、タレンタインの手に掛かるとどうも下品である。
黒っぽいから、というのとも少し違う。
なんとなく偏差値が低いとでも言うのか。
まあ、この人の作品はいつも大体そんな感じなんだけれども。

タレンタインの人気がこの国で高い、といった話は聞いたことがない。
そういえば、本人が来日後仲間内で愚痴ったという。
「オレ、日本で変な名前で呼ばれてたんだよな」
ネイティブの感覚では「タレンティン」なのだろう。
チョピンとはオレの事かとショパン言い、の類だな。
日本とはあまり相性がよろしくないのかも。

本作においてはピアノのマッコイ・タイナーが熱い。
ドライブ力に溢れた重要ピアニストなのだが、マッコイもどちらかと言えば日本での人気が高いとは言えない。
コルトレーンの高弟的なイメージが良くないのか、名前の響きが良くないのか。
確かに「エバンス」と「マッコイ」では、受ける印象が相当違う。
「ビル・エバンス」ならOLのお姉さんも不見転買いするが、「マッコイ・タイナー」は買わないだろう。
お顔も恐いし。
私などマッコイですぐに思い浮かぶのは「エリア88」のマッコイ爺さんの方だ。
金さえ出せばF-14トムキャットだろうが、A-10サンダーボルトだろうが、B-1ランサーであろうがどこからともなく調達してきたあのマッコイ爺さんである。

スタンリー・タレンタインとマッコイ・タイナーが日本でうけるには、おそらく哀愁が少し不足していた。
それとお洒落感も。
この二つが潤沢に含まれないと日本では売れない。
逆に二つを含むものは上品に、そして少し賢そうに聞こえる。
私はどうか。
少し下品な感じは嫌いではない。
ただし、下品過ぎないことが肝要だと思う。
本作はじめブルーノート4000番台後半の重要作品(リマスターCD)が今1500円で出ている。
LPで既に持っているものは別だが、私も何枚か買ってみるつもりだ。







番外編 ㉒ まいりました

paul 2x2



<番外編 ㉒ まいりました>



2014年5月21日、およそ半世紀ぶりにポール・マッカートニーが武道館に帰ってくる。
そのほとんど法外と言っても過言ではなかろうという料金のコンサートチケットが見事に外れた。
自分の応募分はデカデカと赤字で「落選」。
正直に言う。
それを見た時、残念ではあるがほんの少し安堵のニュアンスが心の奥の方に浮かんだのは事実だ。
特段常識人だと思ったことはない。
むしろあんたは逆だ、と言われたら反論のしようもないのであるが、そんな私から見ても、大箱コンサートのチケットが10万円というのはマトモではない。
ディナーショーならあるかもしれない。
でも武道館だぞ。
行ったことはないが、アリーナ席と言っても後ろの方だったらステージなんか見えるものではないだろう。
終始スクリーンに映るポールを見ることになる。
ありえないくらいコスパが低いコンサートだ。

それでも私は行こうと思った。
半世紀前の武道館は、北国の小学生だった私には手も足も出ない天空の城だった。
私にはまったくと言って良いほど成す術もなかった。
そうしてビートルズは私を置き去りにしたまま、どんどん先へ行ってしまった。
行き着く処まで行ったのか、あるいは飽きてしまったのか、彼らはコンサート活動を止めると言い出していた。
その間、私の時計は遅々として進まなかったが、やっとのことで高校生になり、大学生になる頃遂に彼らは解散した。
その頃には私の音楽への関心も、次第にビートルズ的なものを離れジャズへ向かっていた。
私はジャズ喫茶でアルバイトを始めていた。
そうこうするうちにジョンが殺され、そのニュースを私は酒屋のカウンターで聞いたのだった。
驚き悲しんだが涙は出なかった。
一杯の酒でビートルズを飲み込み、私はおっさんになっていった。
そして21世紀が来る頃にはジョージが死んだ。
時間はもう、あまり残されてはいないようだ。

よし、行こう、武道館へ。
行くなら今だ。
それに、なんとなく行けそうな気がしたのである。
なんと言っても東京(国立)と大阪(長居)の間に、中二日の過密日程で急遽はめ込んだ追加公演だ。
金額も金額である。
可能性は低くないような気がした。
そして平日15時開演というのも味方するような気がした。
だが、すべてあまかった。
ビートルズ人気健在、ポール・マッカートニー恐るべし、そして侮り難きは団塊世代の諸先輩方。
まいりました。

飛行機も予約した。
ホテルも手配した。
しかし、行けないものは仕方ない。
全部キャンセルだ。
残念過ぎるので本作を購入し妻と観た。
2009年のニューヨーク公演の記録である。
CDが二枚、DVDが二枚入っていた。
私が買ったのは輸入盤で、2400円だ。
くどいようだがディスク4枚で2400円。
なんという安さか。
10万円のチケットと比べたら、(比べてどうなるものでもないが)タダ同然と言って良い。
そして、悔し紛れに言うのではないが(ホントに?)、これで十分だったのかもしれない。

それにしてもポールという男、どうしてこんなに元気なんだろう。
この時既に70近いというのに、2時間以上弾きっぱなしの歌いっぱなし。
その立ち振る舞い若々しく、
若いモンにまったく負けてなどおらん。
いるんだよね、こういう人が。

これはお買い得です。
録音極めて良好。
ただ、取り扱いには注意。
涙腺破壊盤だ。

おひとりの時にハンカチ用意してこっそりどうぞ。




(142) お大事に

blue m
NO.142 2014.5.20


<お大事に>



今回9枚まとめて購入したブルーノート4000番台の一枚。
何故10枚でなく9枚かと言えば、「3枚購入で1枚プレゼント」のシールが貼ってあったため。
以前もこれにやられて、たいして欲しくもない盤を随分無料ゲットしたが、結局そうしたモノはのちのちあまり聴かない。
わかっている筈だが、人間は同じ過ちを繰り返すもの。
詐欺に引っかかる人は過去にもやられているか、将来またやられる、それと同じだ。
手元にきてみればそのキャンペーン、既に終了していたというオチまで付く。
日付が小さくて見えなかったという、笑えない(つまり他の人は笑う)ネットショッピングの盲点である。

本作ブルー・ミッチェルの4228番はどうか。
これは初めて聴いた。
私にとってブルー・ミッチェルの価値は音色(と書いて「ねいろ」と読めばもっともらしい)にある。
幸い艶やかなトランペットは4000番台後半となっても健在であった。
そしてその内容未だJAZZの範疇にとどまっていた。
それは良いとして、本作が録音された1966年、アルフレッド・ライオンはブルーノートをリバティに売却するのである。
その後のブルーノートがだいぶ怪しい方向へ行ったのはご承知の通りだが、1966年と言えばそう、ビートルズが来日したのもこの年だった。
前回「まいりました」と団塊諸氏に脱帽したポール・マッカートニーの日本公演が、武道館含め全て中止となった。
こういう時にどう言ったらよいものやら分からないので、とりあえずポールに「お大事に」と言っておく。
ウィルス性炎症がどういうものか知らないけれど、きっと辛いのであろう。
ポールはアル中で、目を離したスキに飲みすぎたとの話もあるけれど。

中毒と言えば覚醒剤で逮捕されたミュージシャンがいる。
大きなお世話だと基本的には思う。
覚醒剤は戦後まもなく禁止されたが、それまでは薬屋で売られていた。
「ヒロポン」である。
「なかなか治らぬシロポン中毒」などと麻雀では言う。
戦時中は夜間戦闘機のパイロットに打っていた。
その効果絶大で、B29を一度に5機撃墜した者が出たという。
そのかわり体には相当悪いのだろう。
だから非合法薬物になった訳だが、合法薬物で相当体に悪いものだっていくらでもある。
酒、タバコ、抗がん剤はどうだ。
覚醒剤は闇の資金源になるからイカン、と言うが、それは非合法化されたからだ。
非合法化したら、酒ですらマフィアの資金源になったのだ。
事実合法だった頃のヒロポンは闇の資金源ではなかった。
薬局の売上に貢献しただけだ。
ほっとけ、と私は言いたい。
人生すべて自己責任である。
だからなんとかいう歌手も気にする事はない。
少なくともワイドショーあたりの糞コメンテーター風情に、裏切られたであるとか、人の道を外れたとんでもないヤツであるとか、人間失格扱いまでされるいわれはない。
この際シラばっくれても時間の無駄だから、とっとと認めてしまえ。
人生はとても短いのだ。
そして覚醒剤を打とうがかわりに野菜サラダを食べようが、遅かれ早かれ彼はいずれ確実に死ぬのである。好きなようにしたらいい。
今は事実関係を争わずさっさと法廷に立つことだ。
涙の一粒も流して反省したふりでもすれば、執行猶予が付くかもしれない。
そうしたら自由の身となり、また打てば良いのだ。
お大事に。

薬物中毒といえば、先日一滴の酒も飲まないのに肝臓を悪くして入院した知人。
中毒までいくかどうか知らないが、どうも相当の薬マニアらしい。
酒のかわりに薬とは少し驚くが、その場合つまみはどうするのであろうか。
何れにせよ彼は医療関係者であって、そうした行為がどのような結果を呼ぶか当然熟知していた。
それでも薬を飲んで肝臓を悪くするのは勝手である。お大事に。
もう一人お大事にな人がいる。
テニスエルボーになってしまって痛いのだそうだ。
薬マニアもそうだが、エルボーの彼も今週末の団体戦のメンバーである。
試合前最後の練習会を途中で切り上げて帰っていった。
その背中に「お大事に」と声をかけたが、なんだか妙な気分だった。
それしか思いつかなかったのだ。
私にもテニスエルボーの経験がある。
こいつはそう簡単に治るものではなかった。
私の場合は一年以上かかり、その間左手でラケットを握っていた。
何もしなければ体力が落ちてしまい、二度とコートに立てなくなるような気がしたからだ。
そしておそらくそれは事実であり、私の選択は間違っていなかったと思っている。
だが、左手で入った中級クラスの女コーチはそれを見抜き、感じ悪いヤツだと思ったらしく、今では会っても目を合わそうとしない。

さてさて今夜、私は自己責任でガッチリ酒をキメる予定。
そして試合前は禁酒だ。
それもこれも自己責任である。

それでは皆さんお大事に。









(143) 我ホーンよ

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NO.143 2014.5.22


<我ホーンよ>



渡辺香津美の99年ニューヨークライブ。
あの矢野顕子も参加し、大変な盛り上がりを見せた。
日本を代表するジャズギターの名手だが、YMOに大接近していた時期もあった。
後年そのことを、本人どのように振り返るのだろう。
(器用過ぎると)時には色々ある、と、そんな程度かもしれない。
「おやつ」なんかでも分かる通り、結構好き勝手にやってきた人だ。
個人的には鈴木勲「ブルー・シティ」でのソロが好きだった。
でも、きっと本質は本作寄りにあると思われる。
何事も軽々とこなす、そんなタイプのギタリストだ。

本作は現在廃盤となっているのか、amazonで5000円以上していた。
4344時代にはモコモコした再生音がイヤで、あまり聴かなかった一枚だ。
それを10年ぶりに出してみたら、値段が倍になっていただけでなく、音も倍良くなっていた。
申し訳ないが、最近我が家の音が滅法良いのである。
そこで心配なのが、現在塗り直している筈の山本新ホーンだ。
あれから二ヶ月経ち何の音沙汰もないが、そろそろ連絡が来る頃だ。
ホーンを新品に交換すれば、必ず音は変わる。
それも僅かな変化では済まされないだろう。
いっそこのままで良いのでは、と思わないでもない。








(144) 老兵

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NO.144 2014.5.26


<老兵>



ロッド・スチュワートと言えばギラついたロック歌手のイメージだが、本人が本当に歌いたかったのは本作のようなスタンダードであったという意外過ぎる話。
レコード会社がオーケーしないので、アルバムを出す事もかなわなかったという。
その頃既に昔日の勢いなく、会社としてはそんなものは売れないとの判断であった。
そこでロッドが自費製作したのがこのシリーズの始まりだった。
彼が丁度私くらいの年齢の時である。
実に大したものなのだ。
「老兵」とは彼ではない。
ロッドが本作でもう一勝負に打って出たのと同じくらいの歳で、大分まいっている私のことだ。

テニスの団体戦があった。
その大会で私のチームは6戦して6敗した。
相当へこんでいる。
テニスを始めて30年以上。
色々あったがそれなりに頑張ってきた。
しかしながら、そもそもがハードな競技である。
正直言って、随分前から内心不安はあったのだ。
それを振り払い今日まで来たが、若者が打つスピンの効いた速球に、私は手も足も出なかった。
目の前に 身も蓋もない現実ってヤツを突き付けられた格好だ。
最早これまでか、とさすがに下を向いた。

ロッド・スチュワートは還暦間近で、スタンダードという新境地を見事開拓した。
私にそうした活路を見い出す事が出来るだろうか。
それとも静かに退場するのみか。
答えはまだ、少しも見えて来ない。








プロフィール

バロン ド バップ

Author:バロン ド バップ
音楽がある限り

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