(131) アンソニー

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NO.131 2014.4.4


<アンソニー>


私がやっているこれはブログというものだ。
なんのためにこんな事をしているのか、と時々思うが、人は発表の場が欲しい生き物なのだろうといったところで思考停止して、それ以上は考えないようにしている。
考えるとばかばかしくなって来るからだ。
多くの方がブログをやっておられるが、中にはビデオブログというものがあるのをご存知か?
私は知らなかったし、真似できるものでもないと思った。
とてもそんな根性はない。
私の自己顕示欲はその程度の生煮えだ。

先日YOUTUBEなるものを見る機会があり、そうすると「あなたへのおすすめ」を機械が提示してくる。
私の好みは恐ろしい事に、パソコンによって把握されているらしい。
どれどれ。
そうした経緯で遭遇したのが本日の「アンソニー」だ。
またオーディオマニアめ、「アンソニーギャロ」のスピーカーの話題か?
そのように考えたあなたも相当のオーディオマニアであるが、今回は違う。
アンソニーさん(多分日本人男性、40歳?)によるYOUTUBEビデオブログなのである。
世界中に向けて堂々と素顔を晒し語っておられる。
大したものだ。立派な覚悟ではないか。
主に音楽関係の話題なのだが、40歳でアナログ(LPレコード)を始めましたシリーズなどとても面白い。
この世代になるとDJなどの例外を除き、レコードというモノに触ったことすらないようだ。
アンソニーさんは立派なオーディオマニアで、50年代60年代のジャズにも興味をお持ちのようなので、そうすると勢いアナログレコードの情報に触れる機会もあったのだろう。
とても好奇心旺盛な方だから、きっとスルー出来なかったのに違いない。
彼は決心し、ヤフオクでマイクロのレコードプレーヤーを手に入れると、経験ゼロの状態から恐るおそるそれを立ち上げていく。
その過程を逐一ビデオ撮影してある。

アンソニーさんは大阪在住で、多分ネイティブだと思われる。
最初はそれに全く気付かなかった。
というのも彼の日本語が、完璧な標準語を基本として話されるからだ。
私も昔関西に住んでいたことがあるが、
当時標準語を上手に操る関西在住のネイティブはほぼ皆無だった。
東京にならいたのである。
スキルス胃がんの無理筋な手術で亡くなったアナウンサーの逸見政孝さんなどまさにそうだ。
東京に出て関西弁を使い続けるのはお笑い芸人だけだ。
そんな芸人も含め、地元に残り続けたネイティブは東京進出組の事をけして好ましく思っていなかった。
彼らは自分の出自に拘りとともに強いプライドを有していたからだ。
恐らくそんな彼らには、関西弁以外の言葉を話す自分を許すことが出来なかったと思う。
今はもうそんな時代でもない。
仲間うちでの会話はともかく、標準語で普通に会話出来る関西人は珍しくない。
それはともかく、繰り返しになるがアンソニーさんのビデオブログ、とても面白いので一度是非ご覧頂きたい。

他にもヤフオクで落札したレコードの紹介や購入したCDの紹介、コンサートの感想といったシリーズがあり、そういった中に出てきたのが本作の「RIHWA」だった。
リファと読むようだ。
札幌出身の在日韓国人四世であるという。
札幌で音楽活動していたが、東京進出しCDデビューした。
1989年生まれというから24歳か。
私の息子と同級だ。
だから買ってみようと思った。
ちょっと可愛いお顔だし・・・



・・・人に音楽を勧めるのは難しい。








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(132) 美人過ぎるジャズシンガー

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NO.132 2014.4.13


<美人過ぎるジャズシンガー>


青紀ひかりさんのセカンドアルバム
「Charlotte Street」である。
本作購入はアンソニー氏の推薦によるものだ。
「ニューヨークの溜息」と言われたヘレン・メリルばりの歌唱力であり、録音そのものが素晴らしく良いとのふれ込みだった。
そう言われれば私は買う。
それで実際どうだったかと言えば、歌唱力・録音とも普通、というのが私の感想である。
もちろん一定のレベルには達している。
だからアンソニー氏に不満を述べる気はない。
こうして「数打つ」ことでしか「当たり」に遭遇しない事を、既に私は学習済みだからだ。
一方で青紀ひかりさん、美人シンガーであることに異論はない。
なかなかいないのである。
(抜群の)歌唱力も伴った美人シンガーというものは。
歌の上手いブスならいくらでもいる。
歌が下手な美人も。
もし彼女がブスだったらCDデビュー出来たかどうか、それはわからないが、ジャズボーカルはインスト以上にショービジネスの世界だ。

「たかじんNOマネー」で言っていた話だが、美人過ぎる〇〇という言い方が最近流行りだ。
美人過ぎる市議とか、美人過ぎる検事総長とかのあれだ。
美人過ぎる女優や美人過ぎるCAはない。
普通だからだ。
つまり美人過ぎる〇〇の〇〇は、普通めったに美人がいない世界の話になる。
美人過ぎる女医、美人過ぎる柔道家。
そうした言い方が許されるか、と言うのである。
おまけに大方の場合、続けて(××歳)と来る。
これは欧米ではあり得ないという。
履歴書に年齢を書くことはなく、面接で問うことも出来ないのだとか。

そうした意味で世界的に見てどうも普通ではなかったのが、例の美人過ぎるリケジョ騒動であるようだ。
この件については言うまでもなく、何の話をしてるのやら私には理解できない。
理解できないなりにかろうじてわかるのは、ポイントは二つ、一つは論文(博士論文とスタップ論文)に不正やねつ造があるかであり、そしてもう一つがスタップ細胞なるものが実際存在するのか、ということだろうと思う。
こんな時代だからちょっと検索すれば色々出てくる。
むしろ色々過ぎて更に訳がわからなくもなるが、そんな中で武田邦彦氏の話はストンと腑に落ちた。
氏が言うには、判例的にも科学論文には著作権などないのだとか。
なんとなれば、科学論文というものは科学的事実のみを書いてある筈のものだから、というのだ。
たとえば「昨日名古屋に雨が降った」という記述に著作権などない。
だれが書いても内容は同一である、というのである。
特に論文の前半部分は大体において、それまで既に明らかにされているその分野の既成事実を一応まとめて提示しているに過ぎないものであるから、そんなものにオリジナリティを発揮していては研究がさっぱり先に進まない。
だから引用オーケーだし、出展を明らかにする必要もない。
特に博士論文においては、全責任は指導教授にあるのであり学生にはない。
論文が通ったか通らないか、それが全てであるという。
そして他の論文のコピペを悪とするのは、日本独特の「ムラのローカルルール」に過ぎないとしている。
武田氏自身が研究者であり、多くの論文を書いている。
昔は他(外国)の論文を引用する場合、一々許可を願い出ていたらしい。
しかし今ではそんなことは止めたという。
ほとんど返事が返ってこないからだ。
許可を求められた側が、どこから引用してきたのかわからなくなっているからではないか、との事だ。

スタップ論文の不正・ねつ造疑惑についても語っておられる。
研究者というのは昔、そのほとんどが金持ちのボンボンだったらしい。
家が金持ちだから、金を稼ぐ必要はなく、身の回りの世話は婆やがやってくれる。
つまり自分は研究だけしていればよく、論文をスミからスミまで完璧に仕上げる余裕があった。
「ムラのローカルルール」はそのような環境下で形成され、現在まで残ったものだ。
そうした結果、日本では論文の内容以前に形式の完璧さが求められるのだという。
だから日本人の論文が英語で書かれ、欧米で発表されるようになった。
日本語で発表しようとすると、内容以前の下らない事で通らないからだ。

そもそもこの件で批判を展開している学者連中は、まともな研究をしたことがあるのか?とも言っておられる。
氏曰く、研究には「暗闇研究」と「月明かり研究」と「昼間研究」があるという。
そして日本で行われる研究のほとんどは「昼間研究」であるという。
「昼間研究」とは欧米の誰かが行って発見した「暗闇研究」を更に掘り下げて発展させるというものだ。
翻って「スタップ」は紛れもなく暗闇研究であり、それを行う者は正しく手さぐり状態で進んで来た。
先がどうなっているものやら、まったくと言っていいほどわからない。
どれほど時間をかけても、結局成果は全く上がらないかもしれない。
そのような研究を続け、とうとう人類の未来を変えるかもしれない結論に達した。
その論文に添付した画像が多少ゴタゴタしたからと言って、それを葬ってどうする気だと言う武田氏の意見に私は耳をかす。

長くなったが最後に、スタップ細胞があるのかないのか、この点について武田氏の見解はこうだ。
理研は科学研究の成果を金に換えようとする組織である。
その理研がスタップ細胞については論文発表前、すでに特許を申請している。
ここが重大なポイントである。
論文が間違いなら取り下げも可能だ。
だが申請された特許が認められた時、第三者がそれを事業化する事が十分考えられる。
万一その特許に瑕疵があったなら、つまりスタップ理論に間違いがあった場合、生じる経済的損害は全て理研にツケが回ってくることになる。
当然理研は万全の態勢で検証実験を行った上で、スタップ理論の特許を出願した筈である。

私はもっともな意見だと思った。
仮に研究室がどれほどの乱倫状態であったとしても、科学的な事実には断じて一つも影響しない。
それに彼女は、私の可愛い娘とほとんど歳が違わないのである。
オボちゃんがんばれ。
大事な研究を盗まれてはダメだ。
おじさんも及ばずながら、且つ陰ながら応援しています。









(133) ブルースと私のささやかな真実

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NO.133 2014.4.16



<ブルースと私のささやかな真実>



オリバー・ネルソンの名曲、「ストールン・モーメンツ」を聴く。
しみじみと感じ入る、私にとってまさに名曲だ。
それではどれくらいのポジションにあるのか。
人の好みは時として変わるものでもあるし、贔屓のジャズメンオリジナルもあまたある。
だとしても、この曲は絶対ベスト30には入れたい。
待てよ、ジャズメンオリジナル・・・そういえば前にも語ったよな、と思いだした。
本ノートNO.44でこの曲をベスト10内に私はカウントしているのである。
ああ良かった、いい加減な事ばかり言っている訳でもないのだな。

やっと春めいてきた。
夏めいてきた、とか秋めいてきた、ましては冬めいてきたなんかよりもいっとういいのが「春めいてきた」である。
英語で「Spring is in the air」、外人だって春を待ち焦がれているのだ。
邦題「四月になれば彼女は」というサイモン&ガーファンクルの名曲もある。
直訳的タイトルだが素晴らしいと思う。
頼みもしやしないのに、心の奥になんだかせつないものを喚起する。

春めいてはきた、だがまだ寒い。
正直言って今日は特に寒かった。
そんな中、寒々とした体育館でテニスをした。
二時間、参加したのは四人。
昔の事を言ったって仕方ないのを承知で言うが、30年前なら二人でも平気だった。
いや、20年前だってきっと大丈夫だった筈である。
でももう還暦前だ。
四人か。
私はちょっと不安だったのであるが、二時間でダブルス3セットを楽しくさせて頂いた。
楽しかったのには特に理由があって、3セットやって私は全勝だったのだ。
それもその筈で、他の三人は女性である。
全てのオスが消耗品であるとか言った作家がいたが、変に強がってエナジーを無駄使いするせいだろうか、男は結局女には勝てない。
それでも、局地戦でも勝てば楽しく、負ければ面白くないのがテニス。
結構単純なのだ。

そんなテニスをかれこれ30年以上続けて来て、色々あったが先日歯医者でのことだ。
訳あって長年通った歯医者を別のところにかえたのだが、その初診の日に新しい歯医者曰く「ジャズがお好きなんですね」
そのように顔に書いてあるのかとすら思ったが、無論そうではなかった。
私は待ち時間(待たされ時間)というものを非常に嫌い、そのような恐れある時には必ず本を持参する。
その時持って行ったのがたまたま「ジャズ批評別冊トランペット」で、それを手荷物カゴに置いたものをその歯医者が目ざとく観察していたのであった。
「ははあ、このおっさんジャズ批評を読むのか」
そう思って黙っておれば良いのだ。
私なら多分そうする。
この歯医者はそれだけではなかった。
「メアドがJBLのスピーカーの番号ですしね」
初診の時は紙に色々書かされるでしょう。
この時はなんか魔が差したというか、アドレスまで書いたのである。
なぜかこの男(歯医者)がニヤッと笑った気がした。
気のせいかもしれないが、そんな安いスピーカー使ってんの?そんな風に言われたような気が。
10年前なら、そのようには思わなかっただろう。
アンソニー氏のアドレスは多分JBL4343ではなかろうが、万一そうだったとして歯医者にそれを指摘されたなら、むしろ誇らしくすら思い話に一花も二花も咲かせたに違いない。
10年前の私はすでに40歳ではなかったが、JBL4344のことを愛おしく思っていた。
だからこそアドレスにまで採用したのであった。
そんな4344を薄情にも見限った私だ。
いつまでもアドレスに、残り香残しておくのは未練かもしれない。

診察が進み、治療方針などを説明されたのである。
「歯周病などはありませんが、他に大きな問題がある」
前から知っていたが、下の歯の内側の骨が大きく隆起しているのである。
「家族に就寝時の歯ぎしりを言われたことは?」
そんなことはありません。
アホのように口を開けて寝ているのだ、私は。
では原因はなんだろう。
何か過剰な力がかかっているのは間違いない。
テニスだと私は考えている。
一球一球歯を食いしばる、それを30年以上に渡って続けてきた結果だと。
長年テニスを続けてこられた皆さん、ご自分の下の歯の内側を見てください。
ボコッと骨が隆起していませんか?
ご自身は普通だと思われているやもしれませんが、それ普通じゃありません。

それではどうすると言うのか。
マウスピースをすすめられた。
いやいや、それは勘弁してくれ。
でも、ショットも一気に良くなりますよ。
ホントかそれ。













(134) ベニー・カーターの静電気パンチ

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NO.134 2014.4.20


<ベニー・カーターの静電気パンチ>



本作はファンタジーのOJCシリーズを購入したものだ。
20年程前になるだろうか、既にLPレコードが店頭から姿を消して久しい頃だったが、ある店が輸入盤のOJC(オリジナル・ジャズ・クラシック?)新品を置きだした。
1300円くらいの値付けだったと思う。
感覚的には相当安いのである。
私は喜び随分買った。
多分100枚ではきかないと思う。
一度に20枚くらいまとめて買った時もあった。
家に帰ってレシートと突き合わせてみたら、二枚カウントされていなかった。
悪いが、幸せを感じてしまったのである。

本作はそもそも音が良いコンテンポラリー盤なのであるが、更に80年代になってリマスターされている。
オリジナルは50年代初めに、おそらくはSP盤で出たのではないか。
それを聴いたことはないが、手元にあるOJC盤の方が現代的な音がする可能性が高い。
OJCは案外侮れない。
久しぶりに聴いてみて、驚く。
これ、本当に60年以上前の録音?
全てが瑞々しく、古めかしさなど微塵も感じられない。
大満足でA面を聴き終わり、レコードをひっくり返そうとシェルの持ち手(わかる人にしかわからない話ですね)
に指をかけかけた時だった。
バチッと電光が走ったのである。
このところ日本中が低湿度で話題になっている。
我家においても乾燥がひどく、大型加湿器二台をフル稼動しているのだが、それでも全然追いつかない。
不意を突かれた私は愚かにも手を引っ込めてしまった。
トーンアーム(わかる人にはわかりますね)が放物線を描いてレコード盤面に落ちていった。
取り返しのつかない悲劇が起きたことが、わかる人にはわかるでしょう。
大音響を発しながらトーンアームは三度ジャンプを繰り返しながらインサイドフォースに従って盤面の内側へ向かい、センターレーベルに着地した。
身の毛もヨダつ音がした。

当然針はオシャカである。
このカートリッジ(わかりますか?)はMC型(ハハハ・・・)なので自力で針交換出来ないうえ、およそ5万円の損害である。
だが不幸中の幸いと言うべきだろう、盤に被害はなかった。
それにしても静電気恐るべし。
なんでも一万ボルトの電流が走ると言うのだ。
「君の瞳は一万ボルト」である。
情けないけど、そりゃびっくりして手も引っ込めるよね。

ハー・・・
禍福は糾える縄の如し。













(135) Female Jazz の艶でわかった事

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NO.135 2014.4.23


<Female Jazz の艶でわかった事>  



本作はジャズボーカルのオムニバス物である。
実はこれもアンソニー氏絡み。
氏がEtta Cameronという女性ボーカルを紹介しているのを見て、ちょっと聴いてみるかと思ったのであるが、どうも少し不安だったのだ。
ちょっと学習したというか、彼のビデオブログは大変おもしろいのだが、好みが少し私とは異なるのではないか、そんな気がしてきた。
そこでオムニバスに逃げたという訳だ。
夜の大人必携の艶ジャズコンピだそうで、シリーズ三部作になっている。
VOL.1にEtta Cameronが2曲入っている。
ついでだからと全部買った。
大人必携の大人買いだ。
大人買いと言っても私くらいの歳になると、段々お金の遣い道が限定されてくる。
服など買っても仕方がないし、腕時計は既に四つもあるし、読む本は限られてくるし等々でどうしても消費縮小傾向となる。
アンプなんかはもうおなか一杯。
そうなると、買い物と言ってもCDとワインくらいしかないのである。

アマゾンからCDが届けられた。
実に便利な時代だ。
もう実店舗でのCD販売には相当無理がある。
前回報告した静電気事件で針をダメにしたので、昔よく行ったオーディオ店に出向いたのだが、5年ぶりに行ってみて驚いた。
7階建ての都心部自社ビル(多分)の1階路面店がCD売り場になっていた。
かつては白物家電を並べていたのだが、量販店とは勝負にならないので白物をやめてCDを置いたのだという。
あんな地価の高い場所の路面店でCDを売って合う訳はないのである。
では肝心のオーディオフロアーがどうだったかと言えば、一人の客もいなかった。
店員が一人、手持無沙汰な様子でレジに座っているだけだった。

アマゾンに注文した三枚のCDであるが、二回に分けて送られて来た。
準備が整った物から先に発送するのだという。
もちろん客を待たせないためで、送料はかかっていない。
勝負にならないのは白物家電だけではないだろう。
何はともあれ開封にかかる。
ジャケットはどれもこんな感じ。
開けてみると実はこれ、輸入盤にシールを張り付けただけのもので、日本語ライナーも何も入っていない。
これで2100円はないでしょう。
スーパーのワゴンセールで980円、といった体裁のものだ。
ジャケ写にやられたな。
ジャケット代が1120円。
Etta Cameronはどうだったかと言うと、まあまあだった。
Summer Timeなどかなり良い。
そこでわかったのだが、アンソニー氏は黒っぽいモノがお好きなのだ。
そしてこの歳になってやっとわかったのである。
私は黒っぽいのはあまり好きではないらしい。

なんだ、そうだったんですね・・・










(136) ギター侍

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NO.136 2014.4.29


<ギター侍>



ギターは私にとって特別な楽器だ。
同世代の諸兄に同じ思いの方が多くおられる筈である。
我々はギターが自己表現可能なツールであり、それが比較的簡単に出来るとカン違いしたのだ。
コード表に従ってポジションを押さえ、ジャーンとコード(和音)をかき鳴らしただけで音楽が生まれるんだと。
たわいもない事であった。
そしてまったくの自己流だった。
その点ではボブ・ディランとて大差なかったのだが、彼はそれをそのままエレキギターに移植したので、相当見苦しいというか聴き苦しい事になった。
そうした事実を彼に伝える者はなかったのか。
エレキギターで説得力のある演奏をするのは簡単なことではない。

本作のウェス・モンゴメリーのギターもおそらくは自己流だ。
問答無用のオクターブ奏法であるが、いやはや器用な人もいるものだ。
普通にソロを弾くだけでも大変なのに、ウェスときたらオクターブ(ユニゾン)の二音で進行していく。
その演奏は抜群のキレがあり力強く、たいそう男らしかった。
多くの作品を残したが、晩年は少しポピュラーな方向へも行った。
それでちょっとは報われ、良い思いもしたであろう。
そうでなくてはいけない。
才能は当然のように報われるべきだ。

ギターは小さなオーケストラであると良く言われる。
小さいので持ち運びが容易である。
かつて街でギターケースを持ち歩いた諸兄にお尋ねするが、その姿に酔ってはいませんでしたか?
たいして弾けもしないギターを持っているだけで、ミュージシャン気取りだったのが私だ。
だが、ギターは誰にでも似合うものでもまたない。
男の中の男、漢でなければ。
ギターが似合う漢でまず思い浮かぶジョン・レノン。
細身のスーツ姿でリッケンバッカーを高めにかまえ、脚を肩幅に開く仁王立ちの姿が忘れられない。
ウェスもギターの似合う漢だった。
だが、ジョンのような不良っぽさではなく、もっと大人の男。
それは一見安心感であり安定感である。
しかしその懐にウェスはいつもドスを忍ばせていた。
いざとなったら頼れる男。
ギターを持った渡り鳥。
ウェス・モンゴメリーこそが本物のギター侍だ。









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バロン ド バップ

Author:バロン ド バップ
音楽がある限り

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