番外編 ⑰

大滝



<番外編 ⑰>





すでに相当前からリタイア生活に近い印象だった。
だからまさしくそれは「長い休暇」を過ごしたのちの事だった。
自宅でリンゴを食している時に、突然彼は最期を迎えたという。
名曲「さらばシベリア鉄道」のセルフカバーを含む本作は昔、私の妻がカセットテープに録音して聴かせてくれたものだ。
それまで彼の存在を知らずにいたので、私は非常に驚いた。
才能のある人がいるものだと感心した。
「冬のリビエラ」「熱き心に」「すこしだけやさしく」「風立ちぬ」「夢で逢えたら」「Tシャツに口紅」これらもすべて彼の仕事である。

大瀧詠一、享年65歳。
しかし、なんとはかないものである事か。











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(123) 涙なくして語れぬ愛もある

ダスコ
NO.123 2014.1.24



<涙なくして語れぬ愛もある>





ヨーロッパの火薬庫と言われたバルカン半島。
なかでもセルビアに鳴り響いた一発の銃声によって、第一次世界大戦が始まった。
オーストリア皇太子の暗殺である。
時は過ぎ、冷戦後の凄惨な内戦の末、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロなどに分裂した旧ユーゴスラビア。
ダスコ・ゴイコビッチの音楽から、出身地のそんな背景を読み取る事が出来るだろうか。
見てはならないものを目にし、なくしてはいけないものを失い、失ってはならない人と別れた後、人は美しい旋律以外の言葉を忘れるのかもしれない。
行ったことはない。そして多分一生行くことのない地、バルカン半島。
あまりにも遠く、私のこの小さな人生からかけ離れた世界だ。
だが、幸いにしてダスコ・ゴイコビッチのトランペットを私は聴くことが出来た。
そう、私にはいつも聴くことしか出来ない。
そしていつかその涙がかわき、いつの日か涙なしに愛を語れるようにと祈ることしかできない。











(124) 追悼盤

マル
NO.124 2014.1.29






<追悼盤>


ビリー・ホリディの歌伴を務めたマル・ウォルドロンが、彼女の死を悼み捧げた「レフト・アローン」。
ジャッキー・マクリーンのむせび泣くアルト・サックスが頭から離れず、本作もマクリーンの代表作にカウントしたいところだが、参加一曲のみという事でなんとかマルの手元に残った。
実はビリー・ホリディが書いた歌詞もある。
しかし、この曲を録音する前に本人が亡くなってしまい、従ってビリー・ホリディが歌った「レフト・アローン」は残されていない。
だからだろう、マルは他の歌手に歌わせる事はせず、代わりにマクリーンを呼んだのである。

ビリーの死後、マルもマクリーンも皆死んだ。
人の死はけして避けられない。
人生でこれだけが唯一の公平かもしれない位だ。
自然なことだし、普通のことだ。
だから嘆き悲しむことではないのかもしれない。
だが、身近な人の死は、どうしたってやはり悲しいのだ。
私はそれについて今日、多くを語ることはできない。
彼がこの曲を知っていた保証もないが、
霊前に捧げて祈る。
御霊安らかであらんことを。










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