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(120) Jazz Bar 2013

jazzbar2013.jpg
NO.120 2013.12.4



<Jazz Bar 2013>





Jazz Bar の季節がやってきた。
寺島さんは75歳におなりの筈だ。
まことにお元気。
全編ピアノトリオという本作にイチャモンをつけるのはたやすいが、やめておく。
さすがにあと何度出せるかわからないのである。
好きなようにされれば良いのだ。
それが許される立場に氏はおられるということだ。

知人に72歳の現役テニスプレーヤーがおり、先日脳動脈瘤の手術をされた。
二週間ほどで退院し、すぐにテニスを再開された。
驚くべき体力と回復力だ。
寺島さんもそうだが、この方も見た目が本当にお若い。
外見的に若く見える人は肉体的にも若いのだそうだ。
人は様々だ。
私などは一回り以上も年下だが、多分あと10年テニスはもたないだろう。
せいぜい5年、そんな気がする。
先日来腰痛に取りつかれ、すすめられるままに検査を受けた。
ヘルニアと脊椎の腫瘍が見つかった。
腫瘍は悪性とは考え難いとの事だった。
さてどうするか、という話になったが、私は「放置」を選ぶ事にした。
放置してあと20年もてば良いのである。
もたない時ですか?
それはその時考えようかと。











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(121) 年の瀬に 

s ハンプトン
NO.121 2013.12.27



<年の瀬に>





2013年も残すところあと5日となった。
私は今日から正月休みに入り、暫くは音楽三昧の日々を満喫させて頂く。

さて、クリスマスを過ぎ、大晦日まであとわずかというこの日に生まれたのが妻の母。
今夜は彼女のお誕生パーティである。
どんな音楽を好まれるのか聞いておけば良かった。
だが、本作のような黄金期のジャズなら、きっとどこかで耳にされた事もあろう。
61年当時、人々はこのような音楽でツイストを踊っていた。
ジャズは小難しいばかりの音楽ではなかった(無論そういうところもある)。
彼女にも、どこかでこのようなジャズをバックに踊った経験があるやもしれない。
今夜は半世紀前のそんなシーンを思い出して頂こう。

年末年始という一種高揚した気分を共有しやすく、
しかし一方で何かとあわただしいこの季節に生まれた知人が少なくない。
クリスマスイブの前日に生まれた友人がいるが、
彼女の誕生日はいきおい、クリスマスに一本化されてしまいがちだった事だろう。
もっとも私の幼少期などは誕生日にもクリスマスにも、何か素敵な行事があった覚えなど特にないのである。
日本はまだ貧しかった。

私の弟は元旦の翌日生まれた。
それも自宅での出産だった。
当時はそれが普通だったようだ。
次第に出産の現場が自宅から病院へと変わっていき、不慣れな病院の対応故に起きた取り違え事件が今年大きな話題となった。
弟が生まれた時私は3歳だったが、産婆さんが定期的に往診に来ていた事や、出産当日の異様な雰囲気などをはっきり記憶している。
記憶力は相当怪しいのに何故かわからないが、古い記憶は消えない。
その日私には文字通り居場所がなく、押し入れに押し込められ泣き寝入りした。

本作のスライド・ハンプトンは、割と短命な相撲取りとジャズメンにあっては珍しく、80過ぎだが立派にご存命である。
彼は左利きのトロンボーン奏者なのだが、左利き用のトロンボーンというものが存在する事自体に寧ろ驚く。
一体どれほどの需要があるというのだ。
左利きのミュージシャンですぐに思いつくポール・マッカートニーは、右利き用の楽器に逆から弦を張り、ひっくり返して弾いていた。
今年来日したポールのコンサートに私は行かなかった。
立って聴かされるのが嫌だったのだ。
何やら同窓会的ムード横溢する、いいコンサートだったらしい。
少し後悔している。










(122) 今年も色々あった

parker.jpg
NO.122 2013.12.31



<今年も色々あった>





今年もたくさんの音楽を聴いたなあ、と2013年をふり返りつつ、大つごもりにチャーリー・パーカーを聴く。
パーカーは私が生まれた年に35歳でなくなっている。
メチャクチャな晩年だったというが、どうだろう胸に手を当てて考えた時、人に言えない様なやましい記憶の一つや二つ(もっと多い?)去来するのが人生というものではないですか。
パーカーの物語はだから私を少し安堵させる。
チャーリー・パーカーが聖人君子だったり、クリフォード・ブラウンが90歳まで生きたりしていたら、彼らはきっと神話にはならなかった。
本作は晩年の録音なので音がいい。
私はジャズの研究者でもパーカーのマニアでもないので、どんなに演奏が神がかっていようとも、音が悪いのはお断りだ。
昔ガイドブックを頼りに購入し涙した40年代の作品などは、従って最早手に取る気にもならない。

今夜は母が泊りに来る。
昨年までこちらが行っていたのだが、高齢と言っていい歳だ、万一迷惑だったのなら気の毒だと思って誘ってみたのだ。
快諾したという事はあれか?
彼女は82歳になった現在も女声コーラスを続けていて、音楽への興味を未だ失っていない。
この事は私の音楽好きときっと無関係ではないだろう。
今年母は心筋梗塞を起こしかけ、出産(つまり私の誕生)以来初めてという入院を体験した。
その後元気だが、今夜思い切って聞いてみようと思っている事がある。
母はこの歳で会社の経理をみている。
現役の社会人なのである。
アンチエージングには最適なのではないかと思っていたが、かく言う私は存命なら65歳でさっさと引退する心算でいる。
もしかしたら母も、とっくに辞めたいと思っていたのではあるまいか。
もしもそうなら、とんでもない親不孝をしている事になる。
案外これも快諾するかもしれない。












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バロン ド バップ

Author:バロン ド バップ
音楽がある限り

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