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(112) みちのくジャズ喫茶行脚 ①

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NO.112 2013.8.16



<みちのくジャズ喫茶行脚 ①>





ジャズ喫茶。
それは初めてジャズを聴いた場所である。
多くの町に多くのジャズ喫茶があり、
私の町にもまた数軒の店があった。
多分そこは「B♭」か「MONK」だったように思う。
高校生だった私は、それが不良への第一歩になるような気がしたものだ。
恐るおそる扉を開けたあの日の事を覚えている。
薄暗い空間にコーヒーの香りと煙草の煙が充満し、
圧倒的な音量のテナーサックス(かなんか)が響きわたっていた。
客で混みあう店内の空いた椅子をなんとか見つけて座ると、
店員と思しき兄さんがやってきて水の入ったコップをテーブルに置き、にこりともせず目で合図を送ってくるのだった。
「注文は?」という事らしかった。
私はメニューも見ることなく、コーヒーを注文した。
ネスカフェ以外で初めて口にするコーヒーというやつは、苦いばかりで一つも美味しくなんかなかった。
私は吸えもしないしない煙草にむせながら、耳をつんざくトランペット(かなんか)に全身の神経を集中させたが、ジャズという音楽は当然さっぱりわからなかった。
それなのにわかったような顔をして肩をゆする私は、相当滑稽な存在だったことだろう。

あれから40年が過ぎた。
40年聴き続ければどんなバカでも少しは曲やミュージシャンを覚え、愛聴盤の一枚や二枚出来るものだ。
だから私もそうなった。
ジャズはいつでも身近な存在だった。
しかし気が付けばその間、あんなにたくさんあったジャズ喫茶がどんどん姿を消していたのだ。

いつまでも続けて欲しい。
だが今や歴史の向こうに消えてしまいそうなジャズ喫茶。
行けるうちに行っておかねばきっと後悔する。
就中日本一音が良いと言われる「ベイシー」を訪ねずして、ジャズファンとしての生涯を終える訳にはいかないのではないか。
なんのかんの言っていた事も事実だが、私は遂にベイシー詣での決意をしたのである。
「ベイシー」は岩手県の一関にある。
せっかく遠出するのだから、可能な限り多く他の店にも寄りたい。
そして「せっかく」行ってもやっているとは限らないが、その場合は潔く受け止めて一切愚痴は言うまい。
何しろ自分がお盆休みなのだ。
向こうの事情が同じでも何の不思議もないのである。
そうだ車で行こう。今回はその方が何かと便利だろうから。

さてさてそのようにして、真夏のジャズ喫茶行脚が始まった。
夫婦二人旅である。妻もジャズを聴く。
彼女はエリック・ドルフィーを贔屓にするなど、どちらかと言えば私よりもとんがっている。
運転も出来るので好都合。
交代で運転していくことにする。

早朝6時に出発した我々が最初に着いた町は函館だった。




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「想苑」は函館山の麓にあった。
知らずに前を通っても、誰もジャズ喫茶だとは思わないだろう。
古い一軒家に置かれた古いJBLのスピーカーから、ケイコリーの相変わらずな歌声が流れていた。
老夫婦二人で店をやられているようだが、彼らは二代目だという。
いったいいつからこの店はあるのか・・・
そして訪れた客は今まで何人いるのだろう。
駐車場でちょっと話をした青年の車が富山ナンバーだった。
富山からこのスピーカーを聴きに来たのだそうだ。
この日私が見た自分達以外の客は彼一人である。

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函館港からフェリーに乗る。
3時間半の船旅。これが結構辛い。
時季が時季だけに船内とても混んでいて、身の置き所がない。
なんとか椅子を二つキープするも、次第に尻や腰が痛くなってくる。
時計は遅々として進まず、一生着かないような気さえしてくる。
だから青森に着いた時は本当に、相当嬉しかった。
宿泊先のチェックインを済ませ、早速街に出る。




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出ました青森ブルーノート。
でもこの店はジャズ喫茶には認定出来ない。
なにしろスピーカーがショボ過ぎる。
ミニコンポ程度の小さいスピーカーを棚に押し込んでいるのだ。
老夫婦が切り盛りする店内、町内会の老人クラブの様相で、小音量のジャズを圧する津軽弁が飛び交う。
完全には理解しきれないが、何かリクエストしろと言うのを何とか解し、デクスター・ゴードン「ゲッティンアラウンド」をリストから選択する。
失礼を承知で言うが、今までで寂しさ一番のデクスターだった。



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上野発の夜行列車を降りた時から雪の中だったという、これがうわさのJR青森駅。

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(113) みちのくジャズ喫茶行脚 ②

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NO.113 2013.8.16



<みちのくジャズ喫茶行脚 ②>





翌朝の「あまちゃん」を妻が見終わるや、東北自動車道を南下する。
地元ナンバーは外車率が低い。
そして軽自動車率が高い。
理由は様々あろうが、東北は一歩裏道に入り込むと恐ろしく道が狭いのである。
車一台通過出来るか、という道の向こうから対向車が普通にやってくる。
でかい車に乗っていられるものではない。

この日は朝から30度近かった。
走ること約2時間で、岩手県の県庁所在地盛岡に到着する。
盛岡は歴史ある城下町であり、今回一番の都会でもあった。





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この日最初の店「ノンク・トンク」は郊外型ジャズ喫茶だ。
この基本コンセプトに無理がないか気になるところだ。
お客は入っているだろうか・・・


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それを確認することは叶わなかった。
メゲることなく次の店を目指す。
「ダンテ」は盛岡の中心部にあった。
私が車で待つ間に妻が様子を見に行った。
12時開店の情報をゲット。
近くの駐車場に車を入れ、街を探検する。
何か食べよう、ということになった。
それなら「盛岡冷麺」でしょう、と意見一致で店を探す。
だが盛岡冷麺、香川における「さぬきうどん」や札幌における「札幌ラーメン」とは様子が違う。
店が見当たらないのだ。
チラシ配布中の地元民をつかまえて店を教えてもらう。
私の地元の「盛岡冷麺」と同様、本場でも冷麺は焼き肉とセットなのである。
単独の「冷麺屋」は存在しないのだ。

さあ、おなかもいっぱいになったし、「ダンテ」のジャズを聴こう。




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ここの特徴はとにかく店内のとっちらかりようだ。
音は悪くない。
中域の充実した、オーディオ的ではないがジャズらしい音がする。
ジャズらしい音で「ダイナ・ワシントン DAINAH JAMS」など聴かせて頂いた。
それはいいのだが、店内を少し整頓されてはいかがだろう。
スピーカーの周りがワインのダンボールだとか、スズランテープで縛ったレコードプレーヤーだとか本だとかで、もうごちゃごちゃである。


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この店もご夫婦二人でやっておられた。
恐らくは他人の人件費まで稼ぐだけの来客はないものと推量する。


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いよいよ「ベイシー」に向かって東北自動車道を更に南下する。
盛岡から一関まで約一時間の道のりである。
はたしてベイシー、開いているか?
一関ICを降り、何はともあれ現地を確認する。


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あった。
ベイシーは地味な住宅街の中にこつ然と姿を現した。
初めて行った人は大概驚くだろう。
そもそも一関は「市」だが田舎だ。
そしてベイシーはひときわ普通の場所にある。
拍子抜けするくらい普通の場所だ。



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店は開いているのだろうか。
そっと様子をうかがう。
何の音楽も一切漏れては来ない。
もう一歩肉迫する。
ドアのガラス越しに明かりが見えた。
私は車で待つ妻に駆け寄り報告した。
その時彼女の目がこう言って私を責めたのだ。
「何でドアを開けて確認しないの?」
だが私に出来るのはそこまでだった。
それ以上はとても出来ない。


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ホテルにチェックインして徒歩で出直すことになった。
車を置いて来ればビールだって飲めるじゃないか。
ホテルとベイシーは案外近い。
20分はかからないのではなかろうか。
気温は30度以上あるけれど・・・

ベイシーの屋根を写そうとしたのが上の写真だ。
歪んでいるのがわかるだろうか。
地震の影響によるものか、それとも経年劣化だろうか。

ホテルのシャワーで汗を流し、徒歩で再びベイシーへ。
思った以上に遠いような近いような微妙な距離だった。
だが、歩かなければ分からない事もある。
一関の民家は窓ガラスが単板で二重サッシにもなっていない。
冬の寒さはたいしたものではなさそうだ。
途中に市の庁舎があった。
一関は本当に何の変哲もない田舎町だ。
もしもベイシーがなかったら、私は一生ここに来る事はなかっただろう。
殺風景な磐井川に掛かる「いわい橋」を渡れば、ベイシーはすぐそこだ。
本当に開いているのか?お盆だぞ。
中で何か作業してただけじゃないのか?
急に不安になってくる。
角を曲がるとベイシーが見えた。
中から黒っぽい服装の人が出てきた。
(じぇじぇじぇっ!)
それが菅原さんだと、私はすぐにわかった。
菅原さんはくわえ煙草で外の照明を点け、また店の中へ入っていった。
ドアの近くへ行くと、今度は店内からジャズ以外の何物でもない音楽が聞えてきた。
どうやらベイシーはこの日、本当に営業しているらしかった。




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(114) みちのくジャズ喫茶行脚 ③

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NO.114 2013.8.17



<みちのくジャズ喫茶行脚 ③>





照明を絞ったベイシーの店内は薄暗く、入店直後の慣れない目ではスピーカーを探すことすら困難だった。
店のお姉さんがカウンターの中から手で誘導する席に、我々は腰を落ち着けた。
その間菅原さんはこちらに全く関心を示さない。
目を凝らせば前方数メートルの位置に、写真で何度も見たあのスピーカーが鎮座していた。
菅原さんが自作したというウーファーボックスは、思った通り相当でかい。
片チャンネルに2発収まるJBLの15インチ、2220Bが小さく見える。
我が家の箱も15インチのダブルだが、印象としては当方の二倍くらいある。

先客が三人いた。我々を含め五人。
これが2時間余りの滞在中に在席した全てだ。
デューク・エリントン、J.J.ジョンソン、そしてカウント・ベイシーらのレコードが次々にかけられた。
ベイシーでかかる曲は全てアナログレコードである。
それをリンのLP-12、SME3009、シュアーV15-Ⅲのラインナップで演奏している筈だ。
真似をした訳ではないが、我が家のプレーヤーは、カートリッジが異なるだけであとは同じ構成である。
どんな音がするのか、どこが違うのか、興味は尽きない。

これが日本一と言われるジャズ喫茶の音か。
何が違うと言って、まずとにかく音量が違う。
音はデカいが、ノイズが少ないのに驚く。
レコード特有のスクラッチノイズが極めて少ない。
私は自分と同類の匂いを感じた。
やはり菅原さんはオーディオマニアなのだ。
だからレコードの扱いが徹底して丁重なのだろう。
私にはわかる。私もレコードに傷をつけた憶えなどないからだ。
中古で入手した盤だってあるのかもしれない。
その時既に存在した傷やノイズ源があっても、
そこから先自分の手でコンディションを落とす事などあり得ないのだ。
それを「営業」という「より過酷な」環境の中で継続して来られた。
凄まじいオーディオマニア魂を、私はベイシーの音から聞き取った。
だが、私は次第に辛くなってきたのである。
音はいい。多分いい・・・と思う。
しかしながら如何せん、デカ過ぎるのだ。
これ以上聴いていられない程。
誰かがこの事を、加齢のため少し耳が鈍った菅原さんに伝えなければなるまい。
それはお姉さん、あんたの仕事だ。
マスターに媚びて、カウント・ベイシーの演奏に拍手などしている場合ではないのだ。
だが、彼女にそんな心算は一切なさそうだった。

切れの良いところで仕方なく我々は席を立ち、支払いを済ませた。
次のレコードは聴き慣れた「フレディ・ハバード オープン・セサミ」だった。
失敗したのである。
これを聴いてから帰るべきだった・・・





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翌朝、一関から北へ戻る。
奥州水上の郊外型ジャズ喫茶「ハーフ・ノート」へ向かった。
それにしてもカーナビというやつは偉大な発明である。
カーナビなくして今回の旅はまずあり得なかった。


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ハーフ・ノートは郊外と言うより、完全に山の中にあった。
よくこれを決意出来たものである。


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店の隣に連なるのは多分ご自宅であろう。
我々の存在に気付いたご主人が出て来られた。
間もなく店を開けるので少し待ってほしいとの事である。
とりあえず良かった。


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隣は田んぼ。
いたる所に「トトロの森」がある。


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店が開いた。
ログハウス風の吹き抜けの建物である。
間違いなく相当の金がかかっているのが一目でわかる。
スピーカーはJBLパラゴンだ。
まだ新しい。最近復刻されたものだろうか。
かけられる曲は全てがピアノトリオだった。
それがマスターの好みであり、店のポリシーだったとしても私は異議を唱えるつもりなどない。
だが、しばらくすると携帯ラジオらしきモノから高校野球の中継が聞こえだしたのはどうした事だろう。
我々は早々に席を立つしかなかった。











(115) みちのくジャズ喫茶行脚 ④

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NO.115 2013.8.17



<みちのくジャズ喫茶行脚 ④>





少々残念な「ハーフ・ノート」で委託販売していたのがこれ。
盛岡の「ダンテ」で聴いた「ダイナ・ワシントン Dainah Jams」。
スタジオライブ盤で、あのクリフォード・ブラウンも参加している。
これも何かのご縁と、すかさず土産がわりに購入した。
そういえば他に土産物の類は何一つ買わなかったのである。

北上を続けた我々は、青森から再びフェリーで北海道側に戻ってきた。
前回の辛さを教訓に椅子を避け、二等船室で横になれるスペースを確保した。
レンタルの毛布をかぶり横になって読書やうたた寝などしていたら、復路は非常に楽だった。
旅には慣れが必要である。



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帰路用にリストアップしておいたのがこちら。
函館の「J.B. HOUSE」。


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青森ブルーノートほどではないが、ここもスピーカーが小さい。
おそらく音源は有線放送だ。
これではジャズ喫茶とは言えず、旅の締め括りに相応しくない。
そこで急遽、過去に何度か行った事のある「マイルスの枯葉」を追加訪問することにしたのだが・・・


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ここは機材にたっぷりお金がかかっていた。
スピーカーは寺島靖国師匠もかつて使っておられた、レイオーディオの木下モニターRM-6Vであった。
全て過去形。昨年12月に廃業したとの事である。

ジャズ喫茶行脚の最後はなんとも物悲しい結末とあいなった。
今回訪問した店はどこも客の入りが悪く、商売繁盛しているようにはとても見えない。
しかも経営者は押しなべて高齢化している。
次に行く機会がもしあったとしても、残っている店がいくつあるのか。

最早、金持ちが道楽でやるないし公営化でもする以外、ジャズ喫茶に生き残る道は残されていないのかもしれない。
ジャズ喫茶は日本が世界に誇る文化だ。
鰻同様、手遅れになる前に真剣に保存を検討すべきだ。
今やジャズ喫茶が絶滅危惧種に指定されても、何ら不思議はない状態なのだから。











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バロン ド バップ

Author:バロン ド バップ
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