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番外編 ⑦ 

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<番外編 ⑦>





2012年も残り少なくなった頃、こんな一枚に出会った。
告井延隆というギタリストによるビートルズものである。
アコースティックギターだけの演奏(歌一切なし)なのだが、ギター一本で見事に原曲のアレンジを表現している。
告井氏はセンチメンタル・シティ・ロマンスというバンドのギタリストであり、リーダーでもあるという。
失礼ながらそのバンドを私は知らない。
現在63歳というから、団塊世代である。
ということはビートルズ世代だ。
告井さんはビートルズの影響でミュージシャンになったのかもしれない。
「こんな一枚」といったが、実際は第3集まで出ている。
しかしながら、何故か一般流通していないらしく、通販で入手するしかないようだ。

私は遅れてきた世代だ。
高校生になる前、既にビートルズは解散していた。
高校一年の時、級友数人を誘い三番館の小屋で「LET IT BE」を観た。
その時の私は「イエスタデイ」すら知らなかった。
級友達も恐らくは似たようなものだったと思う。
彼らは皆、地方の中学出身だった。
地方の旅館や公務員や造り酒屋の息子達。
そんな田舎者に当時「LET IT BE」の価値を理解するのは容易くなかった。
気が付くと気の毒にも級友らは皆、口を開け熟睡しているではないか。
だが、私はそのメリハリの希薄な映画を、最後のタイトルロールまで必死に凝視していた。
良くはわからないが、何かとてつもないものを覗いた気がした。

今のように情報が溢れかえっているような時代ではなかった。
ビートルズが来日した時、テレビで彼らの演奏が放送されたが、母はそれを見せてはくれなかった。
息子が不良になるのを彼女は恐れたのだった。
私とビートルズの接点はどこにもなかった。

ラーメン一杯100円で食える物価であったが、
一方でレコードは現在のCDと大差ない値段だった。
私の毎月の小遣いは500円であり、もしもLPレコードを入手しようとしたら、それは半年がかりの買い物であった。
そんな私に、やがて思いもよらぬ幸運が転がり込んできたのだ。
同じ高校に一年年長の従兄がいた。
彼は私にステレオを買い与えた開業医の伯父の息子で、ドラムセットやエレキギターを所有していたし、家のガレージには卓球の台すらあった。
そんな従兄が大学受験に失敗した。
彼は肩まであった髪を切って坊主頭となり、受験の邪魔だからと惜し気もなく私にレコードをくれたのだ。
信じられなかった。私の手元にビートルズのLPがすべて揃っていた。



<蛇足的後日談>

その時のレコードを、私は今でも大事に持っている。
ビートルズを捨てた従兄は東京の理科系の大学を卒業したのち、地元の国立医科大学に入り直し三十路にしてめでたく医者となった。

私の受験がどうなったか?
最早多くを語る必要はあるまい。













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(102) Jazz Bar 2012

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NO.102 2012.12.24




<Jazz Bar 2012>





いよいよ年の瀬である。
恒例となった「ジャズバー」が今年も無事に出た。
近年年末が近付くにつれ、はたして今回も出るのかと少し不安だ。
理由は様々あるが、とりあえずこれが出なくては、一年の締め括りにならない。

これで12年連続となる。たいしたものである。
出来栄えの良かった年も、それほどでもなかった年もあったが、好き嫌いも浮き沈みもそれは世の常。
自分で曲を作るわけにもいかず、ネタ切れを起こす時だってあるに違いない。
だが、少なくとも二度と聴かないほどのダメなビンテージは一度もなかった。

毎回一定以上のレベルを、ずっと維持してきたのである。
それはけして容易な事ではなかった筈だ。
もちろん商品である以上、売れなければ続かない。
ひとりよがりでそれが売れるなら世話はないが、
世の中そんなに甘いものではない。
試行錯誤、そして時には妥協も迫られた事だろう。

惜しみない努力が12年も続けられてきた。
そしてその努力というのは何も、寺島さん一人が背負ってきた訳ではきっとないのだ。
商品として店に並べられるまでには、多くの人や組織が関わっている。
自分一人の意志だけで継続可能な、そして業績とは一切無縁なこのブログのようなものでも、実際続けるとなれば簡単ではない。
ましてJazz Bar、世間の荒波を乗り越えて進まねばならず、波風にのまれいつ沈没してもけして不思議ではなかった。
「 vol.12」これは偉業と言っていいだろう。
寺島さんはもとより、関係各位の多大なるジャズへの熱意に感服する。



今年は岩浪洋三さんが亡くなられた。
享年79歳。心不全だという。
きっと心臓が止まる直前まで、
ジャズのあれこれ(もしかしたら女のあれこれかもしれないけれど)を考えておられた事だろう。
一面識もないが、精力的な情熱的な、そして何よりまっ直ぐな方だったのではないだろうか。
翻って私は残りの人生をそのように生きられるか。
寿命が尽きる時が来て尚音楽への関心を失わず、苦労をかけた女房と並んでスピーカーの前の椅子に座り、嗚呼いい音だなぁと。
自信はないが、そんな風に自分の最期を迎える事が出来たなら、これに勝る僥倖はない。




何はともあれ、メリークリスマス!









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Author:バロン ド バップ
音楽がある限り

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