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(6) ケリー ダンサーズ 小さな巨人

グリフィン
NO.6 2011.11.18




〈ケリー ダンサーズ 小さな巨人〉





ジョニー・グリフィンの作品中これが一番好きだ。
ハッシャバイ、そしてロンドンデリー・エア(ダニーボーイ)もいい。

グリフィンの小柄なあの身体のどこから、あのようにぶっとい音が出てくるのか不思議だった。
蛙の子は蛙とはよく言ったもので、全ての生物はほぼDNAに既定された存在だ。
どんな顔に育ち、身体はどれくらいの大きさになるのか、どんな声を出すのか、指先はどれくらい器用に動かせるのか、それらは恐らく最初の細胞分裂が始まった時既に決まっている筈だ。
身体の大きさに従って扱える楽器も限定されてくる。
だからテナーサックスを吹くというDNAがあるのではないかと思えるほどである。

グリフィンと、たとえばロックジョー・デイビスが並んだ写真など見ても、とてもじゃないがこの二人が同じ楽器を操るとは思えない。
テナーサックスは相当重い。
小柄なグリフィンがなぜアルトではなくテナーにしたのか。
それは何事も大きさだけが全てではない、ということなのだろう。
そうでなくては面白くない。
ミシェル・ペトルチアーニのような天才ピアニストだっていたのである。

スポーツもそうだ。
大きな選手ばかりが活躍するようではつまらないではないか。
昔、ケン・ローズウォールという小柄なテニス選手がいた。
大男のロッド・レーバーを負かして涼しい顔をしていたものだ。
バルセロナのメッシ然り。
牛若丸は弁慶を手玉に取った。
小が大を退けるのはいつの世にも痛快だ。

グリフィンは2008年の7月、フランスの自宅で亡くなった。
享年80歳。長生きした。
70年代以降、グリフィンはどこで何をしていたのだろうか。












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(19) シュガー ジャズとコーヒーはシュガーレスで

アンディ
NO.19 2011.12.1





<シュガー ジャズとコーヒーはシュガーレスで>






アンディ・スニーツァー。
どこか軟弱で口先だけの心ない音がする。
明快に指摘するのが難しいがどこか違和感がある、そうした音楽やミュージシャンは特に珍しくないし、音楽に過剰な精神性を求めるのもどうかとは思う。
しかし、どうもプレーが軽いのではないか。
口先でこねくりまわすような吹き方で個性を出そうとするが、プラスに作用していない。

現代のミュージシャンは昔の誰かに似ないようにと、そればかりを考えているのかもしれない。
だとすれば厳しい話だ。
ジャズに限らずあるジャンルにあるスタイルが流行すると、短期間に優れた才能が寄ってたかってすべてやりつくしてしまう。
商業音楽はそこでほぼ終了となるしかない。

アンディ・スニーツァーはジャズの人ではなく、基本的にスタジオミュージシャンだ。
スタジオミュージシャンが作ったジャズっぽい音楽である。
こんなものかもしれない。
そして今となっては録音の現場そのものがジャズ的ではなくなりつつあるようだ。
楽器ごとに別々のブースに入り、ヘッドホンでモニターしながらマルチトラックで録音するというのが普通になっているみたいだ。
この方法で録ると、後で自分のトラックのみやり直すことが可能になる。
納得のいく演奏が出来るまで、何度でも録り直すことが出来る訳だ。
テイク終了後、エンジニアのところにミュージシャンが行列を作るのも珍しくないんだとか。
これではもうジャズとは言えないのではないか。











(27) アダムズ アップル ヤアヤアヤアがやって来た

ショーター
NO.27 2011.12.9




<アダムズ アップル ヤアヤアヤアがやって来た>





66年の録音。
この年、あのビートルズが来日した。
ジャズは日増しに厳しい状況になっていった事だろう。
アメリカではサイケデリックやフラワームーブメントなどジャズと無縁の流れがうねり出し、誰もジャズなど相手にしなくなっていったのではないか。
少なくとも、そうした危機感がジャズメンにあったと思う。
そうして70年代の空洞化がやってくる。
食い詰めたジャズメンは仕方なくロックに擦り寄り、フュージョンとなった、そんな所か。

ショーターはどうも好きになれない。
だが、知り合いのアマチュアピアニストがショーター、ショーター言うのである。
ミュージシャンズ・ミュージシャンということか。
私は素面では辛い。

オーディオ用の電源を家庭用と分離し、契約を二本立てとする話が東京の某オーディオマニアから出ていた。
それはそれは効果があるというので、私の住む地域の電力会社に真似したい旨申し出たのである。
だが、この地域の売電を独占するその会社は、2本電気を引くというのは社内規定上出来ないという。
何もタダでやってくれと言っているのではないのだ。
基本料金だって二重に払うと言っているのだ。
商売なら悪い話ではないだろう。
それをダメってどんだけお役所体質なんだ?
話にならない。











(31) ウェイニング モーメンツとラーメンとテニスと

ウェイン
NO.31 2011.12.13




<ウェイニングモーメンツとラーメンとテニスと>






ウェイン・ショーターは苦手と言ったが本作は別。
黒いオルフェが入っているからだ。
ショーターも昔は良かった。
この曲、カーニバルの朝とも言うが、それだけ集めて車で聴いていたこともある。

オークションにて旭川の売人より購入する。
2800円は少し高かったかもしれない。
だが、10年来探していた盤だけに、思わず飛びついたのである。
このレコード、1981年に出た国内盤で、その時エディ・ヒギンズ先生、まだ全くの無名扱い。
この後のブレークなど解説の岡崎正通氏知る由もなし。

旭川といえば「みづの」というラーメン店が美味い。
生姜ラーメンがゼッピンである。
チャーシューはヒレ肉を使用、これがまた美味い。
私はもう20年以上通っているが、最近では滅多に食するチャンスもないため、行けば大盛りチャーシュー麺の注文となる。
汁まで飲み干し、大満足するが後で少し後悔もするのは言うまでもない。
こういう食事が高脂血症や高血圧を引き起こすのである。
でも、絶対のおすすめだ。

ラーメンで思い出したのだが、一時はまってしまい毎日のように通った店があった。
「ソルト・ピーナッツ」といい、店名からしてジャジーである。
実際店内にジャズ関係のポスターなど飾り、もちろんジャズが流れていた。
ラーメンは鰹節でしっかり出汁を取った中華ソバだった。
いやもう、美味いのなんの。
それがある時、移転を契機にすっかりメニューを変更してしまったのである。
スープにコクがなくなり只しょっぱいだけで、昔日の面影まったくなくなった。
行くと店主、なんとなく下を向き目を合わさない。
不味くなったことを自覚している様子なのだ。
前のラーメンはコストがかかり過ぎてもうからなかったのだと思う。
不本意ではあるが不味いラーメンを出すしかない店主。
商売の辛いところだ。

さて、本日はテニスの試合をして参りました。
二戦して二敗、スコア3-6と4-6。
段々飛んだり跳ねたりがシンドくなっているのが分かる。
いつまでテニス、それも競技テニスを続けられるかわからないが、やる以上は勝たねばならない。
今日の対戦相手は2チームとも若者だった。
中高年が主に若者に勝つには、もっと堅いテニスをしなければなるまい。
イタリア流合理主義サッカーは守備重視と言ったが、中高年のテニス、守備重視と言うのでなくミスを減らすことを重視したテニスにしたい。
ちょっと考えてみれば分かるが、これがサッカーであれば、10発シュートをミスしても11発目に入ればそれはそれでオーケーだ。
だが、テニスでそんな事をしていれば、あっという間に負けてしまうだろう。
テニスでは自分のミスは相手の得点となるのである。
一方、中高年はパワーダウンによって容易にエースが取れなくなっている。
エースを取りに行けばミスが増えるだけに成りがちだ。

テニスという競技はポイントの積み重ねによって勝敗が決まり、一発逆転という事がほぼない。
目の覚めるような素晴らしいノータッチエースも、コードで跳ねてまぐれで入ったトホホなショットも、同じポイント、一点である。
それらのポイントは全て、誰かのエースかミスで構成されており、それ以外のポイントはない。
一試合を通して決まった全てのポイントは、必ず誰かのエースかミスなのである。
そこで、エースが取れない以上ミスをしてはいけない、という方向が見えてくる。
エースが取れないのにミスまでしていたのでは、どんな風にやっても勝ちようがないのだ。
無理にエースを取ろうとせず、自分のミスを先ずは減らし、相手にはミスさせるテニス。
中高年が勝つ道はそれしかない。











(41) クレッセントの修業

コルトレーン
NO.41 2011.12.22



<クレッセントの修業>





「至上の愛」の半年前、同一メンバーによる録音である。
マッコイ・タイナーの音楽が、今にも始まりそうな感じがする。
マッコイはコルトレーンから大きな影響を受けた。
同一メンバーで活動する、つまり自分のバンドを持つ、これはコルトレーンがマイルスから学んだ手法である。
特にピアノトリオにおいて、「ビル・チャーラップ・トリオ」とは言うものの、毎回ドラムとベースが異なる、というやり方にはいささか居心地の悪さを感じる。主導権がレコード会社側、あるいは主催者側にあるのが明らかだ。
そのような現場では、看板ピアニストを含めてミュージシャンの側は、用意された企画の中で相手方の意図通りに演奏するスタジオミュージシャンなのである。
グループとしてまとまったピアノ・トリオというものは、ビル・エバンスやオスカーピーターソン、それにキース・ジャレットなどの僅かなケースしかない。

コルトレーンはどうだったか。
演奏能力が高いが故、その場で誰とでも合わす事ができる、従って器用貧乏にもなりがちな多くのジャズメンのやり方を嫌い、自分のグループサウンドを追求した。
求める音楽の方向性が明確にあったからだ。

自らの内面と向きあい、心の声に耳を傾け、そこから湧き出るインパルスを音で表現していった。
それはまさに触れれば切れるほど真剣であり熱い。
だから今それを聴くと、少し鬱陶しくまた暑苦しい。
これは音楽の形をした修行である。
苦悩をわざわざ金で買っているようなものである。

だが音楽には時としてそういった部分がジャズに限らず確かにあるのだ。
ハッピーなら良いと言うつもりはない。
では、何だ。つまり、聴きたいならそれを聴けば良いだけだ。
評論家は仕事としてそれを聴かねばならない。
だが、私は違う。
聴くことに生活はかかっていないのだ。
それなのに何故今これを聴かねばならないのか。
すべてを聴くと自分で決めたからであった。
自分のささやかなライブラリーを聴き通すという試みも、やってみればなかなかにシンドいものではないか。











(44) ページワン 十勇士

joe.jpg
NO.44 2011.12.25



<ページワン 十勇士>





ジョーヘン節炸裂。
曲名は嫌いだが「JINRIKISHA」は名曲だと思う。
本作ではブルー・ボッサよりこちらの方が好きだ。
個人的に十指に入るジャズメンオリジナルである。

では、残り9曲は何か。
ウィスパー・ノット、アイ・リメンバー・クリフォードは入るな。
これで3曲。
ナーディスも入れたい。ビ・バップとジョードゥーも。
これで6曲。
バードランドの子守唄は入れたい。7曲目。
残り3曲か、難しくなって来た。
仕方ない、ワルツ・フォー・デビーはパスだ。
クレオパトラ、処女航海、ミスティもパス。モーニンも入れない。
モンクを1曲入れるなら何だろう。
ラウンド・ミッドナイトは耳タコ過ぎる。ストレート・ノーチェイサーだ。
8曲目。
ストールン・モーメンツを入れておきたい。
あと1曲か・・・
ソニー・クラークのブルー・マイナー?
ホレス・シルバーは入れないのか?ニカズ・ドリームは入れたいぞ。
うーむ・・・
では2曲入ったベニー・ゴルソンから、アイ・リメンバー・クリフォードを落として、ブルー・マイナーとニカズ・ドリームを入れ、これにて10曲。

何か忘れている気がする。










(59) ブルートレーン 名盤の作り方③

トレイン
NO.59 2012.1.9



<ブルートレーン 名盤の作り方③>





ジョン・コルトレーン唯一のブルーノートにおけるリーダー作である。
この時コルトレーンはプレステッジの専属ミュージシャンだった。
そればかりではない。
ケニー・ドリューもリバーサイドの専属であった。
このため、本作にはプレステッジとリバーサイドの名前がクレジットされている。
ライバルだったジャズ三大レーベルの協力態勢で作られたのが本作である。
私はコルトレーン作品の中で本作が一番好きだ。
中でもタイトル曲が好きで、NO.44でうっかり書き忘れたが、ハードバップを代表する名曲の一つだと思っている。

サックスという楽器は、リードという乾燥した葦を薄くスライスした物を振動させ、管で増幅して音を出している。
プレーヤーは演奏前にリードを舐めて湿らせてから、サックスのマウスピースに装着する。
ジャケット写真はその瞬間を撮ったものと、私は長い間思い込んでいた。
しかし、最近になってコルトレーンはキャンディーを舐めているのだと聞いた。
良く見ればリードは既に取り付けられているし、指の間にキャンディーのスティックのような物も写っている。
コルトレーンが子供のようにキャンディーを舐めている。
ほほえましい、しかしちょっと不釣り合いなシーンである。

コルトレーンはアルフレッド・ライオンに借金があり、それで本作を録音したとの話もあるが、もし続けてブルーノートに作品を残していれば、きっと多くの名作が生まれていたのではないか。そんな気がする。
せめてプレステッジの後、アトランティックやインパルスへ行く前に、ブルーノートで録音する事はできなかっただろうか。
それが少し残念だ。











(68) WAY OUT 名盤の作り方④

way out
NO.68 2012.1.18



<WAY OUT 名盤の作り方④>





ジャケットの写真に使われた、オランダの彫刻家Naum Gaboによる「チューリップ」なる作品は、どこにあるのだろう。
今でも存在しているのだろうか。

これも1958年の作品だ。
グリフィンは当然のように上手い。
50年前にこのような作品が存在した以上、今のジャズミュージシャンたち(敢えてジャズメンとは言わない)が今更どうしたら良いかと困り果て、行くべき道が見えなくなるのは理解できる。
ただ、どれほど困ったとしても、難解で煙に巻こうとは考えないで頂きたい。
それでは自分の進路を、更に見通しの悪いものにするだけだ。

考えてみればグリフィンにしろピアノのケニー・ドリューにしろ、特別な事をしている訳ではない。
ハード・バップの文法に沿って、普通に語っているだけの事だ。
では、50年後の世代はこれにどう対抗できるだろうか。
曲を変えるのである。
既存の曲はどうしても飽きられているから、新しく曲を書く。
それも美しい曲を。
そしてそいつをごく普通に、ストレートに演奏するのである。

CD一枚全部が美しい曲で埋め尽くされる必要はない。
もしもそうなったら、かえって胸やけがするだけだ。
1曲か2曲、多くて3曲でいいのだ。
これを適宜ちりばめてやる。
アルバムの印象がずい分変わる筈だ。
21世紀のジャズ名盤誕生は可能だと思う。


オーディオ機器の大半は電源ケーブル(コードのこと)の脱着が可能だ。
付属のケーブルは一応付いているだけで、大抵は社外品のケーブルを使用する。
これがまたもの凄い種類存在し、値段も様々ある。
正気を疑われるので、ご婦人方には言えないような高額なケーブルも中にはある。
普通家電製品の電源ケーブルの先っぽはプラスとマイナスの二又状だが、オーディオ用ではアース用にもう一つ付いて三又となっている。
このため、一般的なコンセントには繋ぐことが出来ない。
そこでオーディオ用のコンセントというものが用意されている。
病院のコンセントなどもそうだが、三穴形状となっているものだ。
今回我家の壁コンセントをこのオーディオ用に取り換えた。
「PSパワーポート」という製品である。

配電盤に新規にブレーカー4台を設置した。
そこから4本の新配線、そして4台のPSパワーポート設置という具合である。
一つのコンセントには機材を一台。
贅沢だ。
これには大して金は掛からない。
だが、絶大な効果があった。
天女の羽衣を剥ぎ取って、いきなり丸裸にしたような丸見えのリアルな音が出た。











(77) テナー バトル

GL.jpg
NO.77 2012.1.27



<テナー バトル>





右chジョニー・グリフィン、左chエディ・ロックジョー・ディビス。
やはり体格の差か、ロックジョーの方が音が大きくワイルドだ。
だが、ここは小柄なグリフィンのテクニックを褒めるべきだろう。
この体格差を見て欲しい。
大人と子供、ヘビー級とバンタム級くらいの差がある。
それをものともせず、互角に渡り合うグリフィンである。
一方のロックジョーはシンプルなブローテナーだ。
厚い胸板、肺活量で押し切ってしまう、音で黙らせてしまうロックジョーなのだ。

本作のようなゴリゴリのバトル物を最近あまり見かけなくなった。
エリック・アレキサンダーとグラント・スチュワートくらいだろう。
重複感を避けてのことか。
もちろんワンホーンもいいけれど、たまにはバトルもやってもらいたい。
一枚全部はさすがに胃にもたれるから、一曲、二曲やればいいと思う。
たとえばハリー・アレンのリーダー作に、ジョシュア・レッドマンを呼んで二曲くらいバトルさせてみたい。
その時は別々のブースに入ったりせず、マルチトラックもやめて、スタジオ・ライブのようにやってもらいたい。
日本企画で生ぬるい事ばかりさせられるハリーが、どのように変貌するだろうか。

グリフィンとロックジョーのバトルは熱い。
熱い事は間違いないが、ある種理詰めなところもある。
これはグリフィンのカラーによるものだ。
ロックジョーを相手に単純なブロー合戦に持ち込んでしまっては、少々グリフィン分が悪い。
この二人と現代のミュージシャンの差は勢いだと思う。
60年代までなら自己表現をストレートに出せば、ある意味それでOKだった。
しかし今それをやれば、昔の誰かの焼き直しになりがちだ。
その危険を察知し、現代のミュージシャンたちは一捻りも二捻りもして音を出さなければならなくなる。
考えながら、迷いながら絞り出すようにして生み出されるジャズから、最早勢いは姿を消している。
あまり考えすぎず、ジャズなんだからもっとノビノビやればいい。
昔の誰かに似たっていいじゃないか。もうずい分昔の話なんだから。











(80) 酒と薔薇の日々

zoot.jpg
NO.80 2012.1.30



<酒と薔薇の日々>





ズート・シムズのテナーとジョー・パスのギターによるデュオ作品。
二人の顔合わせや楽器編成から想像される通り、終始くつろいだ演奏が繰り広げられる。
1982年の録音であるから、ズート最晩年の記録である。
ズート・シムズという男無類の酒好きで、酒さえあれば機嫌が良かったという。
本作録音後3年で亡くなった。
享年60歳、それでも長く生きた方か。

ジョー・パスはヤク中だった。
65歳で亡くなっている。
ヤクと酒、どちらがより体に悪いだろう。
ヤクは種類にもよる。
マリファナなどは殆ど害がないとの説もあるが、覚醒剤だと何やら相当マズい感じだ。
一方、ヤクは犯罪だが酒は合法で、国家財政を支えてすらいる。
どこかおかしい気がしなくもない。
かつてアメリカには酒を非合法とした時代があったのである。
酒は命を削るカンナだと言うではないか。
昔観た映画でドアーズのジム・モリソンが強い酒をあおって死んだ。
文芸春秋によれば尾崎豊は酒を水のように飲み続け、内蔵がボロボロになっていたという。
いい酒でありたいものだ。

私は若い頃からワインが好きだった。
もういい歳になり、思い残す事のないよう、五大シャトーを制覇する事にした。
ついては一人ではまるでつまらないので、家人を巻き込み友人二人を誘い込んだ。
五大シャトーとはボルドーの一級シャトーの事で、マルゴー、ラフィット、ラトゥール、オーブリオン、そしてムートン・ロートシルトである。

大人四人で割り勘すれば、五大シャトーもそんなに怖くない。
ワインのフルボトルを四人で分ける。
もちろん目分量だが一人180ml、グラス二杯程度。
そこそこ満足出来る量である。
これが六人だと分け前もとちと少なくなる訳で、
四人はいいところをついていると思う。
一年かけて隔月に五大シャトーの会と称しワイン会を催したが、最後のムートン・ロートシルトをいただき、めでたくと言おうか、惜しくも昨夜終了したのである。

5本飲んでみて判ったが、五大シャトーとはボルドーワインを旨い順に5本選んだものかというと、必ずしもそうではない。
ワインであるから、ビンテージや保存状態の問題もある。
ただし、有名であること、それ故に高価であることは事実で、
中には中国での人気による高騰で、洒落にならない金額となってしまっていたシャトーもあった。
五大シャトーの次はどうしよう。
現在思案中であるが、もしブルゴーニュに手を出し始めたらエラいことにならないか。
酒とバラの日々は続く。











(84) 長崎の女

eric.jpg
NO.84 2012.2.4



<長崎の女>





エリック・アレキサンダーで思い出す。
昔、あるジャズのサイトで知り合い、文通(電子メールだけど)するようになった長崎の女がいた。
女と書いて「ひと」と読めば演歌調で雰囲気が良い。
エリック・アレキサンダーのファンだと言い、女だてらにテナーを吹いていた。
10年以上前の話で、当時彼女は20代前半だったと思う。
私の半分以下の年齢だった。
色々情報交換などするうちに、夏休みに友達とこちらへ来ると言うので、気をまわして「温泉でも手配するがどうか」と提案したが、何をカン違いしたものかそれきり音信不通となった。

本作は日本のレコード会社による、1999年原宿「キーノート」でのライブ録音である。
ハロルド・メイバーン(p)、ジョー・ファンズワース(ds)が参加している。
キーノートは現在「B♭」と名前を変え、赤坂に移転して営業を続けているようだ。
原宿「キーノート」には一度も行くチャンスがなかった。
赤坂「B♭」についてそうなる可能性は低くない。
長崎の女もどんな顔をしているのか見る機会もなかったが、とりあえず変な女だった。
MDを数枚送ってくれたので、こちらからはマイルスのマラソン・セッションを録音してお返しした。
もうすでに30代後半となっている筈だ。
今も元気にテナーを吹いているだろうか。
結婚などして二人くらい子供がいてもおかしくはない。
10年という歳月はけして侮れないのだ。











(119) ハードバップの暴風域

クリフ
NO.119 2013.10.25



<ハードバップの暴風域>





ブルーノート1565番である。
セッションリーダーのクリフ・ジョーダンをそのままアルバムタイトルとした本作は、間違いなくハードバップの暴風圏に入った。
ただし、それは一番外側であり、ハードバップを代表する一枚とは言い辛いのであるが、クリフ・ジョーダンのオリジナル「Not Guilty」やカーティス・フラーの「Blue Shoes」などが入った趣味の良い本作が私は大変好きだ。
あのリー・モーガンが入ることで、アルバムを乗っ取ってしまうかと思われたが、まだ小僧だった本作でのリー、あまりゴリ押しはして来ず好感が持てる。
ピアノのレイ・ブライアントの参加も貴重だ。
もっともこの頃のブルーノート作品には、トミー・フラナガン入りのものまである。
ジャケットデザインでも分かるように、1500番台中盤のブルーノートはまだまだ固まっていなかった。
そのことが作風をも決定付けているように思う。


いよいよ秋も深まって来た。
毎年春と秋には母親と弟、それに私の三人で温泉小旅行に出かけている。
年二回のことであるから、次第にネタも尽きて来るが、母親の足腰が大丈夫なうちは続けていきたい。

 
鰊

今回は小樽の「銀鱗荘」である。
1873年(明治6年)余市に建てられた所謂鰊御殿の一つで、当時はこうしたものが各地にあったようだ。
1938年(昭和13年)に現在の場所に移築され、温泉旅館として利用されている。


鰊2

充実したパウダールームに続いて、結構なサイズの内風呂がある。
もちろん大浴場もあるが、部屋の風呂で充分だ。


鰊3

銀鱗荘の宿泊料金は高額だ。
はっきり言ってコスパは良くない。
部屋の眺望代が一人1万円以上であれば、なんとかぎりぎり計算が合うかもしれない。
だが、母はたいそう喜んでくれた。
良かった。



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(141) チョピンとタレンタイン

turrentine.jpg
NO.141 2014.5.13



<チョピンとタレンタイン>




ブルーノート4268番、スタンリー・タレンタインのイージー・ウォーカー。
本作を随分探した。
探した理由は多分ジャケットとタイトル曲だ。
ピアニスト、ビリー・テイラー作のイージー・ウォーカーという曲が好きだ。
ラリー・フラーのピアノトリオ物で気に入ったが、タレンタインの手に掛かるとどうも下品である。
黒っぽいから、というのとも少し違う。
なんとなく偏差値が低いとでも言うのか。
まあ、この人の作品はいつも大体そんな感じなんだけれども。

タレンタインの人気がこの国で高い、といった話は聞いたことがない。
そういえば、本人が来日後仲間内で愚痴ったという。
「オレ、日本で変な名前で呼ばれてたんだよな」
ネイティブの感覚では「タレンティン」なのだろう。
チョピンとはオレの事かとショパン言い、の類だな。
日本とはあまり相性がよろしくないのかも。

本作においてはピアノのマッコイ・タイナーが熱い。
ドライブ力に溢れた重要ピアニストなのだが、マッコイもどちらかと言えば日本での人気が高いとは言えない。
コルトレーンの高弟的なイメージが良くないのか、名前の響きが良くないのか。
確かに「エバンス」と「マッコイ」では、受ける印象が相当違う。
「ビル・エバンス」ならOLのお姉さんも不見転買いするが、「マッコイ・タイナー」は買わないだろう。
お顔も恐いし。
私などマッコイですぐに思い浮かぶのは「エリア88」のマッコイ爺さんの方だ。
金さえ出せばF-14トムキャットだろうが、A-10サンダーボルトだろうが、B-1ランサーであろうがどこからともなく調達してきたあのマッコイ爺さんである。

スタンリー・タレンタインとマッコイ・タイナーが日本でうけるには、おそらく哀愁が少し不足していた。
それとお洒落感も。
この二つが潤沢に含まれないと日本では売れない。
逆に二つを含むものは上品に、そして少し賢そうに聞こえる。
私はどうか。
少し下品な感じは嫌いではない。
ただし、下品過ぎないことが肝要だと思う。
本作はじめブルーノート4000番台後半の重要作品(リマスターCD)が今1500円で出ている。
LPで既に持っているものは別だが、私も何枚か買ってみるつもりだ。







(146) イパネマの息子たち

イパネマ1
NO.146 2014.6.13


<イパネマの息子たち>



今日あたりは相当数のブラジル関連ブログが垂れ流し状態になっているだろうな。
さて、ブラジル、音楽、と来ればボサノバ、取り分けアントニオ・カルロス・ジョビンが作曲した「イパネマの娘」だ。
The Girl From Ipanema を収録した本作は、スタン・ゲッツ最大のヒットとなった。
それにしても、ゲッツほど評判のかんばしくないジャズ・ジャイアントが他にいるだろうか。
パーカー?ミンガス?いやいや、足元にも及ばない。
子供と頬寄せ合う例の「スタン・ゲッツ・プレイズ」のジャケットで、世間はすっかり誤解しているようだ。
とにかく性格が悪かったらしい。
ゲッツのテナーをどっからどう聴いてもゲッツですし(サッカーっぽく)、応援よろしくお願いします。

「イパネマの娘」を女性歌手が歌う時、The Boy From Ipanemaとする時があるが、だからと言って「イパネマの息子」はないと思う。
イパネマさんの息子?イパネマとは地名、イパネマ海岸の事だ。第一、息子はSonだろ。
それがどうした、そんなの知ったことではない。
本日のお題は「イパネマの息子たち」そう、セレソンである。
皆さん見ましたか?
クロアチアも頑張ったが、ネイマールと審判にやられたな。
ブラジルもあのような自殺点を献上していては先がない。
今大会は初めてアメリカ大陸で欧州勢が優勝するワールドカップになるかもしれない。
そして日本だが、うわついた事を言うのはもうやめておきなさい。
身の程を知る、というのは何時だって大切な事だ。
それを何度も体験してここまで来た筈だ。
歴史認識がなっとらんとまた言われる前に、クロアチアがやったような堅守速攻の選択肢はないのか。
ずっと現実的だと思うけど。






(147) INVITATION

tetragon.jpg
NO.147 2014.6.14



<INVITATION>



「INVITATION」という曲が好きで随分集めた。
アル・ヘイグが晩年アルバムタイトル曲として収録したり、コルトレーン、スタン・ゲッツなどもやっている。
本作は中古レコード店のオヤジが海外買い付けに行く際に、特にリクエストして入手したオリジナル盤だ。
特別人気のある盤でもないとみえて、数千円だったと記憶しているが、数ある「INVITATION」の中でもっとも好きなのがこのジョー・ヘンダーソンバージョンである。
出だしのジョーヘン一吹きからシビレる。続くロン・カーターのベースがかっこよくて腰を抜かす。
ジョーヘンのソロでは、わかる人にはわかる手癖(口癖か?)が出て、「やってる、やってる」とニヤニヤしてしまう。
本作をあらためて聴いたのにはある訳がある。
来週我「ジャズバー・ドルフィー」にてワイン&オーディオ会を催すので、その「おみや」にインビテーション集CDRを製作したのである。
まあ、趣味の押し売りですね。
インビテーション集はずっと前からヤマハのCDR-HD1500に入っているので、あとは焼くだけだから簡単なのだが、一応確認のため聴いてがっかりした。
内容ではなく、「音」だ。
三台目ホーンが来てから一週間経過した。
当初こそ「前より音が悪くなった形跡はないと」思ったが、どうもやはりそんなに甘いものではない。
ホーンを替えたので、その帯域(500~10KHzあたり)にばかり注目していた。
むしろ良くなったのでは、とすら感じていた。
しかしどうしたものか、本作インビテーションのロン・カーターが変だ。
こんなベース音ではない筈だ。
もっとゴーン、ゴーンと唸らなければならないのに、なんだか軽い。
焦ってチャンネルデバイダーの低域を上げてみた。
モヤつくばかりで良くならない。
なんということか。
だが、これがオーディオというものだと、私はわかっていた。
こんな筈ではなかったとホゾを噛む、そんなことの繰り返しがオーディオだ。
私は少しくらいの事であわてなくなった。

もっとこんな筈ではなかったのはスペインだろう。
一次リーグのオランダ戦でなんと1ー5の大敗。
5失点というのは野球ならありそうだが、サッカーのスコアではない。
グループリーグでスペインとオランダが当たる事自体そもそもどうかしているが、そんなこと言ったって仕方がないのがワールドカップ。恐いもの見た、という感じだった。
続いて同じグループBの試合巧者チリがオーストラリアに勝ち、スペインは更に追い詰められた。
チリはスペイン戦では最初から引き分け狙いで来るだろう。
手負いのスペインに上手く引き分けられたなら、相当分が悪かったこのグループの突破が見えてくる。
オランダに勝てなくても、大敗さえしなければ良いのだから。
両者(チリ、スペイン)一勝一敗一分の勝ち点4(スペインがオーストラリアに順当勝ちとして)。
勝ち点4は普通ならかなり微妙だ。最低5は欲しい。
だがスペインが大敗してくれたおかげで、チリは勝ち点4での得失点差ベスト16進出が見えて来た。
面白くなってまいりました。
本当にこんな筈ではなかったのはどこか。
実際にはまだまだわからない。











(160) ごりおし

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NO.160 2014.7.12



<ごりおし>



グラント・スチュワートは、日本製作盤で相当誤解されている可能性がある。
日本で信じられているような演歌調は、多分彼の本質ではないと思う。
本作もオランダのクリス・クロス盤である。
これが日本製作盤と同じ人のアルバムか?
そこで反論も起きるだろう。
こちらが仮面の姿では、と。
一理ある。
どちらがグラント・スチュワートの真実なのか。
私は当然ながらわからない。
会ったことも話したこともないからではない。
ミュージシャンには多面性があるのが普通だからだ。
では何故、クリス・クロスのこの盤を持ち出したのかといえば、ご想像通りオランダのサッカーに話を持っていくため。
「徒然JAZZNOTE」を標榜する以上、ちょっとはジャズの話もしなくては、と結構律儀なA型気質丸出しだ。

「徒然」と書いて「こじつけ」ないし「ごりおし」と読むんじゃないのか。
ご批判ごもっとも。
実際「ごりおしJAZZNOTE」にしておけば良かった。
徒然なんとか、のタイトルのブログは実はたくさんある。
これも結構驚いたが、考えてみれば同じような発想というか思考パターンの人が複数いても不思議はないのだ。
日本人なのだから。
中学で習ったよね。

さてさて、ではごりおしの本題である。
アルゼンチン戦PK戦の謎。
正キーパーシレッセンである。
彼はオランダ人としては華奢で、それ故機敏であり、それ故に正キーパーの座を手にした可能性はある。
つまり、ある意味でオランダのジレンマといったものだ。
各国それぞれ、それなりに悩みは尽きない。
ところでシレッセン、アルゼンチン戦で活躍しなかったか、と言えば絶対そんなことはない。
彼がいなければ、スコアレスのままPK戦へ、の流れはなかったかもしれない。
だが、PK戦で一度も止められなかった。
これも事実である。
そして事実はもっとある。
実はシレッセン、プロになってから一度もPKを止めていないという話がある。
それが事実なら、オランダ監督ファン・ハールが、PK戦にスペシャリストを起用したくなる気持ちは理解できる。
では何故、アルゼンチン戦でそれをしなかったのか。
コスタリカ戦での批判を受けて、との話も伝わっているが、その批判とは何か。
わからない。
シレッセンてやつ、もしかしてオランダ王室の関係者か。
そういえば王子様的風貌ではある。

ファン・ハール監督であるが、ワールドカップの三位決定戦はナンセンスだ、私は10年前から反対している、と大分ご立腹だ。
オリンピックと違い、ワールドカップに銅メダルはない。
ワールドカップのベスト4まで行ったチームが、最後に二連敗で大会を去ることにもなる。
なるほど、ごもっとも。
この辺がオランダの面目躍如、冷静な判断と分析炸裂するところ。
万一いつか日本がサッカー大国になっても、三位決定戦を控えてこの発言が出る筈がない。
代表監督がオランダ人でも、そんな事は絶対言わせない。
そして二連敗で大会を去った代表に、感動をありがとうと、相変わらず言うのである。

ワールドカップ三位決定戦。
オランダvsブラジルは日本時間明朝5時のキックオフだ。
私はもちろん全力観戦だ。
こんな好カードが滅多にあるかっての。
嗚呼ワールドカップ。
4年に一度の万華鏡も残り二試合となった。










(174) ジャケ買いではないけれど

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NO.174 2014.8.14



<ジャケ買いではないけれど>



ジャズを聴き始めたてだいぶたち、すっかり大人になる頃には、昔買えなかったレコードを改めて手に入れたくなってくるものです。
すでにCD時代となり、街のレコード屋にLPレコードは置いていない。
でも世の中には中古レコード屋とか廃盤店とかいったものがあり、しばらくするとインターネットでも中古レコードが買える時代となっていた。
そうしたルートから、昔のウラミを晴らすというか「大人買い」というか、片っ端から買った。
そんな私を見てある知人が「あんたは箱買いだな」と言った。
それには「買うだけ買っても中身はたいして聴いちゃいまい」といった揶揄が含まれているように思えた。
実際ある程度それは事実だった。
だが、それから更に時が流れ、その頃「箱買い」した盤を今改めて、また少しずつ私は聴いている。
買う気力と体力があり、勢いで店を回れる時に買っておいて良かったんじゃないか。
昨今の如く手にとっても棚に戻すような不躾なマネを、その頃はほとんどしなかったのだ。

そうやって多くの名盤と言われるレコードを探し歩いた。
それでもなかなか探し当てられなかった盤も当然あり、本作などもそうした一枚だった。
デクスター・ゴードンの1955年ベツレヘム作品で、聴いたことすらなかったが、とにかくこのジャケットに惹かれていたのだ。
そのうちCDの廉価盤が出て、とりあえず私はそれを買った。
1000円だった。
崇め奉るように拝聴した。
探しに探した盤であるから、悪く聴こえる筈もなく、万一瑕疵があったところで聴かなかったことにしたに違いない。
そんな本作、デクスター・ゴードン「ダディ・プレイズ・ザ・ホーン」であるが、その後LPの入手には至っていない。
正確にはもう探していない、と言うべきか。

デクスターは晩年(1986年)「ラウンドミッドナイト」という結構有名となった映画に主演した。
物語はピアニストのバド・パウエルのパリでの実話を、デクスターのテナー・サックスに置き換えたというものだ。
彼の演技は相当称賛されたが、実際には演技というより「地」だろうと思われる。
それにしても大したものであることに変わりはない。
この映画には現役のジャズメンが多数出演していた。
ロン・カーター、ハービー・ハンコック、フレディ・ハバード、ビリー・ヒギンズといった面々だが、こちらはほぼ、劇中で演奏しているだけだ。
それにしても既に鬼籍に入った方々も多く、彼らの映像が見られるという点でも貴重な作品だ。
映画としても良く出来ている。
日本の「真夜中まで」よりはお勧め出来る。
まだ観た事がないという方がおいでになれば、お盆休みに万一お暇でもあれば、どうぞDVD(レンタルしてると思うが保証はしかねる)でご覧ください。

では私はこれから、ほんのちょっとした旅に出掛けてきますので、また。



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(181) アメリカ

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NO.181 2014.8.31



<アメリカ>




ジャズを生んだアメリカ。
ロックを生んだアメリカ。
JBL、マーク・レビンソン、アルテック、ウエスタン・エレクトリックを生んだアメリカ。
アメリカなしに私のミュージック・ライフは成り立たなかった。
それを認めた上で、私はアメリカが嫌いだ。

欧米列強がアジア、アフリカ、その他で犯した犯罪を償わせたい。
とりわけアメリカが太平洋戦争末期に、我が国に対して行使した国家ぐるみの戦争犯罪を償わせたい。
だが、私は、そして私の祖国はまったく無力であり続け、彼らの罪を糾弾するどころか依然として我らは属国のままだ。
来年であの敗戦から70年も経つというのに、この国はまだアメリカの占領下にあると言って良い。
その証拠に、我が国にはアメリカの基地がたくさんあるではないか。
我が国のリーダーが戦死者を、そしてありもしなかった罪に問われ吊るされた同胞を弔えば、「失望した」などと言われる始末ではないか。
これは独立国のありようではない。
日米安全保障条約、そして核の傘とは何か。
逆に見れば、「お前らはこちらの射程圏内にある」と言うことでしかない。
我が国が無条件降伏を受け入れた70年前のニューヨークタイムズに、次のような論説が載せられた。
「この醜く危険な化け物(日本のこと)は倒れはしたがまだまだ生きている。我々は世界の安全のためにこれから徹底してこの怪物を解体しなくてはならない(文芸春秋九月号162頁 by石原慎太郎)」
そしてそのアメリカが逆に我が方の射程圏内だった事は、真珠湾攻撃以降一度もないのだ。

まあ、あれだ、こんな事は大人なら誰でも知っていることで、今更大きな声をあげるような話ではない。
くやしいが。
私もそれらを認識した上で、アメリカが生んだ音楽を愛してやまない。
雅楽やお琴が好きだったことはない。
これからもない。
フォークソングやロックからはじまり、やがてジャズにのめり込んだ。
戦争中なら「敵性音楽」とされたものだ。
だが、私はジャズが好きなのである。
この矛盾を私はどうしたらいいのか分からずに来た。

お前は白人コンプレックスだ、と言ったヤツがいた。
ばかめ、それは自分のことだろう。

きっと生涯答えは見つからないのだ。
心の片隅にどこか疚しさを感じつつ、こうして死ぬまでジャズを聴き続けるしかない。
くそ。
八月も今日で終わりか。

許されよ、許されよ。
アメリカは嫌いだから。













(188) アルフィー

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NO.188 2014.9.13



<アルフィー>




先だって、阿川佐和子さんの番組に日本の同名バンドが揃って出ていた。
話しぶりが達者で驚いた。
彼らが売れた理由は様々あろうが、人前で興味深い話を即興で、しかも次から次へと提出できる(まるでジャズではないか)能力によったところも小さくないのではないか。
普通の人、いや他の人のことは知らないけれど、私などには絶対に真似できないことだ。
そんな風に感心して見ていたが、妻はまた別のことに感心していたようだった。
彼らは疾うに還暦を過ぎている筈であるが、皆さん歯がきれいだと言うのである。
ずいぶん儲かったのね、と。

本作はソニー・ロリンズがイギリスの映画に提供した楽曲を録音したものだ。
しかしサウンドトラックではない。
この映画においてロリンズは作曲を担当しただけで、劇中流れた演奏には地元のミュージシャンが使われた。
そのサウンドトラックはアルバム化されなかったようだ。
ロリンズはこれらの曲に相当思い入れがあったらしく、後日アメリカの腕達者を集めてアルバムを製作した。
そのインパルス盤が本作というわけだ。

インパルスで思い出したのである。
話が少々それるが、昔四条河原町に「インパルス」というジャズ喫茶があった。
その店は河原町通りに面した入口から直に地下へ繋がっており、ピアニストのレイ・ブライアントに似た風貌の怖いオヤジが一人でやっていた。
木材を貼った天井から(解決できないしかし僅かな)漏水があるらしく、天井板の数か所にビニール袋が画鋲で貼り付けられていた。
ダイヤトーン(三菱電機)の放送局仕様のスピーカーで少し硬めの音を出していたが、場所が良いせいもあり何時行ってもたいてい客が入っていた。
新譜をよくかける店だった。
「インパルス」で聴いたレコードを、帰りに寄ったレコード屋で買った事も少なくない。
いい店だったけれど、いつの間にかなくなっていた。

本作のアルフィーは主人公の名前で、名優マイケル・ケインが演じた。
どうもこの映画自体にはあまり良い印象がない。
DVDになっているだろうか。
ご覧頂くと共感してもらえるかもしれない。
この映画はともかく、マイケル・ケインは結構好きだ。
アメリカのバカ映画も悪くはないが、イギリスの俳優が醸すある種の陰に惹かれる。
アメリカ人とは明らかに異なる、大英帝国の憂鬱といったものか。
あまり大きな事も言えないけれど、言葉の響き自体アメリカ英語よりキングスイングリッシュの方が私には心地よい。
「マイフェアレディ」によれば、ロンドン下町の言葉はどうも感心しないもののようであるが、私に区別などつく訳がないからどうでもよろしい。

ショーン・コネリーと出た「王になろうとした男」でもマイケル・ケイン、なかなかいい味を出していた。
しかし実はこの人、そういったものより戦争映画の仕事が圧倒的に多かった。
これは不思議である。
「遠すぎた橋」など非常に面白く観た。
もしも戦争映画にシュワルツネッガーだのスタローンだのばかりが出れば、それこそ単なるバカ映画にしかならない、そういうことかもしれない。
80を過ぎた今も現役でおられる。

ソニー・ロリンズのテナー・サックスは、聴けばいっぱつで分かる。
独特の音色は普通日本人がこの楽器に抱くイメージと少し異なり、乾いて太く殆どビブラートを付けない。
テナーマンがよくやる最後の「スススス・・・・」もない。
非常にモダンなスタイルであり、なんと言っても呆れるほど滾々と溢れ出るアドリブには只々恐れ入るばかりだ。

この方様々あるエピソードから、真面目でシリアスなイメージがある一方で、実はお茶目なところもあるようだ。
「惜しくも最後の来日公演か」などと称して何度も来日するのには笑った。
西海岸に来てコンテンポラリーに吹き込んだ「Way Out West」では、カメラマンのクラクストンにそそのかされて、えらいジャケット写真を撮られている。
ニューヨークに帰ってから散々仲間に冷やかされたらしく、「クラクストン許さん」と言い続けたとか。
ジョークだろう。

ソニー・ロリンズ、今尚ご健在である。
この自作曲が大変気に入ったようで、その後「アルフィー」はライブの定番となった。




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(226) 藍調(台北ブルーノート)

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No.226 2014.11.8



<藍調(台北ブルーノート)>




台北ブルーノートへ行った。
およそ40年ぶりに訪ねた台北の街角は、まるで別世界の都市に生まれ変わっている一方で、当時と変わらぬ風情も到る所に残していた。
当然の話に過ぎない。
近年人工的に造られたのでない限り、あらゆる街の横顔はいつもそういったものだろう。

一方で私が今回特に危惧していた事がある。
それは例のあの島をめぐる、我が国と台湾の領有権についての主張対立である。
この点について一日本国民として私にも当然言いたい事がある。
だがそれはよそう。
浅はかな愚考でも簡単に公言出来る時代である。
だからこそ、自制が不要だ。
これは私などの出る幕ではない。

台湾は親日的であると伝えられていた。
ところが、領土問題の発生で一部そうとばかりも言っておれない雰囲気が醸成されているとの話を私も聞いていた。
ところで40年前に訪れた時の印象がどうだったかと言うなら、殊更親日的であったとの記憶を私は抱いていない。
にも関わらず、その後この国(つまり中国の一部ではない、レッキとした独立国であると敢えて言わせて頂きたい)が親日国家であるとの話を、私は幾度となく耳にしていた。
いったいどっちだ。

40年前と変わっていない。
それが私の結論だ。
親切な人がいる一方で、日本の観光客を相手に商売している人達は、あの手この手で売り上げを極大化しようとした。
考えてみれば、それは日本国内のあらゆる観光地に見られる現象と何ら変わるところがない。
つまりそういうことだ。
親日とは日本国内並みの待遇を受けられるということであり、むしろそれ以上である訳もなく、あったら逆に不気味であろう。
その範囲内で、台湾の人たちはとても親日的である。

今回の台北ブルーノート訪問は、同行してくれた友人夫婦の案内で達成させて頂いた。
この頼もしい友人には、この場で改めてお礼を申し上げておきたい。
ありがとうございます、大変お世話になりました。
奥様が地図を用意され、夫君は方位磁石を持参する(!)という万全の準備があればこそ、我々は数々の目的地へ迅速且的確に到達できた。
台北ブルーノートとて無論のこと、迷う事無く行き着く事が出来た。

この店は前回私が初めての外国旅行で台北に来た際、既に存在していた可能性がある。
その時は訪問する機会もなく、正直なところ存在すら知らなかったと思う。
今回私はよくやる自作「コンピレーションCD」を店に持参した。
わざわざそのために製作した訳では更々なく、ホテルの部屋で聴こうと思ってスーツケースにしのばせて来たものだ。
その名も「BLUE NOTE SIDE Ⅲ」。
Ⅲがある以上普通ⅠもⅡもある。
実際その通りで手近にあったⅢを持って来ただけである。
それをわざわざこの日のために日本から持ってきました、といったニュアンスをもって私は店主にこれを献上した。
店主はきっと大人(たいじん)なのだろう、喜んでくれ早速これをかけてくれた。
ラインナップは次のようなものだ。


1. Blues-Blues-Blues (フレディ・レッド/4045)
2. Sudwest Funk (ドナルド・バード/4007)
3. Gypsy Blue (フレディ・ハバード/4040)
4. Not Guilty (クルフォード・ジョーダン/1565)
5. Cool Green (ジャッキー・マクリーン/4067)
6. Street Singer (ティナ・ブルックス/4052)
7. Desert Moonlight (リー・モーガン/4199)
8. Woud'n You (ザ・スリー・サウンズ/1600)
9. Beauteus (ポール・チェンバース/1564)
10. Flight To Jordan (デューク・ジョーダン/4046)
 

特に6曲目「 Street Singer 」を収録した「ティナ・ブルックス BACK TO THE TRACKS/4052」は、タイトル・レコード番号・ジャケットまで決まりながら、約40年オクラ入りしていたという、不思議なしかし有りがちなサイドストーリーを持った作品で、今回40年後の再訪には偶然ピッタリの選曲となっている。
白状すればこちらへ来てみれば部屋に再生装置がなく、ならば「台北ブルーノート」への手土産にしてしまおうという、例によって結構適当な話に過ぎないものだったのだ。
当然マスターなら耳タコなラインナップであったろうが、一応は喜んで頂いた。
こういうのが草の根の親善なのだ。
よかった、よかった。
(またまた、まことにいい加減な自画自賛である)。


台北に滞在するあいだ、特に感じたのはこの街の豊かさと若さだった。
現在世界第二の外貨準備高であるという。
更にはっきりと彼我の差を感じる。
街行く人が若い。
地下鉄に乗った時、今この車両で私が最高齢ではないかと何度も思った。
悪いがはっきり言って小国であるから、この先どうなるか分からないところも確かにある。
だが少なくともあの小島を奪い合う戦闘行為が台湾と日本のあいだには起きないだろうと、私はそのように思った。
きっとあの時同じ車両に乗り合わせた彼らに、そんな意識は薄いのではあるまいか。
つまり武力衝突を辞さず、アレを自国領にしようという世論は大きくない。

もちろんどの国との間にもそんな事があってはならない。
万一不測の事態が起きた時、命を落とすのは主に若者である筈だ。
その紛争というのは極めつきの国際的政治経済問題である。
だが今一度シンプルに考えた時、あのような所詮無人島に過ぎない小島の問題で武力衝突を起こし、若者の未来を文字通り断つ事が、銃後の安全地帯にいる老人の思惑で許される筈がないと私は思う。
万人が承知している通り、全ての人生は一度限りのものだ。
ならば若者の命を粗末にすることはなかろう。
どうしてもやると言うなら、物陰で勇ましい事を言うのでなく、もう惜し気もない筈の老い先短い老体を差し出すが良いのだ。












(232) もうひとつのRTF

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No.232 2014.11.20



<もうひとつのRTF>




とにかく売れないジャズのレコード、という話を何度かした。
だから枚数で稼ぐ、いや枚数が多すぎるから一枚一枚がハケない、どちらも当たっているのだろう。
現在日本で出る新譜など、どれも良くて千単位の売れ行きで、万いったら大ヒットなんだとか。
そんなジャズのレコードで、ダイアナ・クラールを除けば、驚異的ヒットと言えるのが当ブログNo.95の「リターン・トゥ・フォーエバー」だ。
ミリオンセラーとなり、殺到するリクエストがジャズ喫茶のバイトを閉口させた。
マイルスのレコードだって、こんなに売れたのはない。

好き嫌いはともかく、確かに新しかった。
それだけは誰にも否定できまい。
そしてただ新しいだけでなく、我慢しながら聴いていた層に優しかった。
そんな時代があった。
教養としてジャズを学ぶためにジャズ喫茶へ通う時代。
ジャズ喫茶は謂わば街の道場だった。
小難しいジャズを散々聴かされ、泣きそうになっていた「ファン」にとって、リターン・トゥ・フォーエバーは陳腐だがまさに一服の清涼剤だったのだ。
こんなに分かり易くていいんだ。
聴いて楽しくてもいいんだ・・・
「ジャズファン」とはどうにも気の毒な人たちであった。

苦悩から解放されたかのようにどんどん買う彼らを見て、ミュージシャンも驚き気付いた。
「売れるのか、こうやれば」
ある意味である種の時代の扉を開いた作品だと言っていいと思う。
その点で、同じようにジャズ喫茶従業員を悩ませたNo.94キース・ジャレット「ケルンコンサート」とはまったく違う。

本作は「もう一つのリターン・トゥ・フォーエバー」と言われる。
チック・コリア(p)、スタンリー・クラーク(b)、アイアート・モレイラ(perc)が参加し「La Fiesta」を演った。
私が所有するのは輸入盤のLPレコードだが、後日CD化に際してボーナストラックに「Crystal Silence」が入ったと聞いている。

リーダーのスタン・ゲッツは何かと評判の良くない男だった。
特に日本人が嫌いだったらしく、来日公演ではひどい手抜き演奏をしたと批判された。
名うてのジャンキーだったから、日本でヤクが手に入らず調子が出なかっただけかもしれないのだが。
税関を突破して持ち込むのは、きっと簡単ではないだろう。
あのポール・マッカートニーが税関で大麻を押さえられ、強制送還されたのを覚えておられよう。

プレースタイルがクールだった。
すかしてる、と言っても過言ではない。
時にアルトかと思わせる音使いをした。
そんなゲッツが吹きに吹いた。
ゲッツの最も熱い演奏が「La Fiesta」だ。
チック作のこの曲が、ゲッツをそんな風に変身させたのだ。
トニー・ウイリアムス(ds)の参加もデカいと思う。
だが、なぜか先に発売されたチック作品の大ヒットで、本作はジャズ史の闇に埋没した。
「リターン・トゥ・フォーエバー」の大評判をゲッツはどんな思いで見ただろう。
本作の録音は1972年1月、「リターン・トゥ・フォーエバー」の、わずかだが一か月前だった。


















(235) 夢見る頃を過ぎても

夢見る頃を
No.235 2014.11.27



<夢見る頃を過ぎても>




タイトル曲「When I Grow Too Old To Dream」が好きだ。
邦題「夢見る頃を過ぎても」がまたいい。
20年前の日本で同名のドラマを放送していたようだが、その頃の私は非常に多忙でテレビを見る暇がなく、そのドラマの事をまったく知らない。
知らないがどうも、この曲をテーマに使ったのではなく、タイトルのみ拝借したのではないだろうか。
この曲が作られたのが1930年代の事であり、著作権もすでに消滅していたのだろう。
作曲者をシグムンド・ロンバーグといい、「朝日のようにさわやかに」が有名である。

本作はソニー系の日本のレコード会社、BMGファンハウスへハリー・アレンが吹き込んだものだ。
この頃ハリー・アレンは同社と専属契約をしていた。
しかし、人気があったかと言えば、あまりぱっとしなかったように思う。
ルックスだろうか。
どうもポチャッとしていてジャズっぽくない。
加えて表情に強い意志や自信が感じられない。
彼の演奏、特に音がいいだけに惜しい。
この世代のテナー奏者といえば、ほぼ例外なくコルトレーンの影響下にあった。
メカニカルで理屈っぽいテナーばかりの中で、ハリーアレンはもっと古典的な、例えばコールマン・ホーキンスのような吹き方をしていた。
本人はスタン・ゲッツを信奉していたようだが、私にはそのようには聴こえない。
サブトーンを効かせた古き良きスウィングテナーだ。

レイ・ブラウン(b)
ハーブ・エリス(g)
ジェフ・ハミルトン(ds)

以上が本作のパーソネルで、お気付きの通りピアノレスだ。
しかもハーブ・エリスはゲスト扱いであり、4曲のみの参加となる。
残りはテナー、ベース、ドラムのトリオだ。
どこかで聴いた感じだと思った。
ソニー・ロリンズがブルーノートでのラストレコーディングとした、ビレッジバンガードライブ(1581)と同一だったのである。
私は普通にピアノがある方がいい。
せめてハーブ・エリスにフル参戦してもらいたかった。
どうも間が持てないというか、音に隙間が出来てしまうのだ。
その点タイトル曲にはしっかりギターが入っており、安心して聴いていられる。
本作で私が聴くのはこれ一曲のみだ。









(238) SPIKE ROBINSON

spike robinson
No.238 2014.12.2



<SPIKE ROBINSON>




スパイク・ロビンソンのワンホーンもの、ハリー・ウォーレン集だ。
廃盤屋のオヤジが70年代、80年代の新品を本国で大量に買い付けてきた事があって、私はスパイク・ロビンソンを知らなかったが、何か感じるところがありこれを買った。
1981年の録音で、店主これをオリジナル盤だと言った。
81年のオリジナル・・・ちょっと違和感があった。
だが、オリジナルという響きに私は滅法弱い。
商売上手なオヤジだった。
この店は今も健在である。
アナログ盤のみの扱いなのに、たいしたものだと思う。

LPレコードも最後期に入っていたから、そのメソッド既に確立され録音極めて良好だ。
ただ、本作を今入手するのは少し大変かもしれない。
CD化されているかどうかもわからない。
多分日本盤はないだろう。
ビクター・フェルドマン(p)、レイ・ブラウン(b)の参加で、引き締まった高レベルのセッションとなった。
しかし、ドラマー(JOHN GUERIN)を失礼ながら存じ上げない。
セッション・ドラマーかもしれない。
今風のドラムを叩く、というかあまりコテコテにジャズっぽいドラムではない。
これが意外にスパイク・ロビンソンと合っている。
スパイク・ロビンソン自身がゴリゴリ吹くタイプではなく、小粋にまとめてくる趣味のいいテナーマンだからだ。
ジャケットの表情でなんとなく音色が思い浮かばないだろうか。
昔サックスを習っていた先生が出した音に少し似ている。
生のサックスの音って、録音されてスピーカーから出る音よりずっと柔らかいものだ。
全然違うと言う方が早い。
なるほど、「木管楽器」というのはそういう事か。
先生のテナーを聴き、妙に合点がいったものだった。

それから10年以上の時を経て、現在のスピーカーをあつらえた時、私はその事をすっかり忘れてオーディオ屋に薦められるまま、巨大で高価な木製ホーンを買い込んだ。
これがどうにも思うように鳴らなかった。
友人・知人に「柔らかい、優しい音だね」と言われて私は傷ついた。
そんな音を少しも望んでなどいなかったからだ。
それとなくその事をオーディオ屋に言ったら、彼はこう返答した。
「木製ホーンですからね、柔らかい音ですよ」
ガーン・・・私の頭の中でドラが響き渡ったのは言うまでもない。
九割方ジャズを聴いている、ジャズをいい音で聴きたいのだと、私は再三彼にその事を伝えていたのに、今更それはひどい。
「ええ、わかりました。頑張っていい音出しましょう」
あなたもそのように仰ったではありませんか。
そういえばこの御仁が聴いておられるのは、九割方クラシックであるらしかった。
結局のところ、「いい音」とは自分が好きな音であり、自分が聴きたい音であるという事にその時気付いたが遅かった。
それからの苦労は蒸し返したくない。
とにかく何とかしなければとあれやこれやの挙句、最近では漸く金物感を表現出来るレベルになってきたようだ。
それはともかく、スパイク・ロビンソンの生音も、きっととても優しい響きをしていたと思う。
これらの相乗効果がコンポーザー、ハリー・ウォーレンの作風と巧くかみ合って、本作を「名盤」に仕上げた。
あくまで私的名盤であるのだが。

本作から一曲選ぶとすれば、私は間違いなくB面3曲目の「Lulu's Back In Town」を推す。
時々私的コンピ盤の話をするが、「Bestjazz Horn Side」シリーズと称するものがあり、現在第九集まで来ている。
このシリーズの第一集、栄えある(?)第一曲目に選ばれたのがこの曲だった。

スパイク・ロビンソンは9.11の翌月亡くなっている。
享年71歳だった。









(239) SAUDADE

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No.239 2014.12.4



<SAUDADE>




No.238に続いてテナーサックス。
それは私がこの楽器をとても好きだからで、実はアルトより断然テナーなのである。
アルトよりもしかしたらバリトンかもしれない。
とはいえアルトだってもちろん好きなのだから、要するにサックスという楽器が好きなのだ。
後期コルトレーンのイメージが被るせいで、唯一ソプラノだけ腰がひけるけど。
とにかくテナー、テナーが一番、これは間違いない。

ただこの楽器、実際は相当でかく重い。
アルトですら立って演奏していたら一時間で首が痛くなるのだ。
テナー、ましてバリトンなどとても小柄な日本人の手に負えるものではない。
ところでサックスはいつ頃発明されたのだろう。
19世紀の半ばにベルギー人のアドルフ・サックスが開発して以来だから、実はまだ200年も経っていない。
案外歴史の浅い楽器なのだ。
いわんやジャズに使われだしたのなんか、ついこの間の事である。

モダンジャズにテナーの橋頭堡を築いたのはコールマン・ホーキンスだった。
一声二顔三たっぱと言う。
ホーキンスの太いテナーの音色、豪快で男性的なスタイルこそ、私がテナーサックスに最も求めるところだ。
アルトなら華麗であっていい、だがテナーは堂々としていて欲しい。
コルトレーン風のピーヒャラピーヒャラはどうも好ましいものではない。

本作のヤン・コーレ・ヒスタッドは、今時珍しいくらい非ピーヒャラなテナーを吹く。
ノルウェイの人で、ディスク・ユニオンの寺島JAZZ BAR 2003に、本作の「タイム・アフタータイム」が収録された。
クレイジー・エナジー・ジャズ・カルテットの「ラ・ゾラ」で始まるあの盤だ。
私ならラスト14曲目の「Varg Veum」を選ぶところだが、寺島さんが「タイム・アフタータイム」を選曲されたのも分かる。
テナーの一番美味しいところ、太い低域がテンコ盛りだ。

本作、他の収録曲もいい。
ガーシュインのバット・ナット・フォー・ミー、ダニー・ボーイ、モンクのミステリオーソ、男性ボーカル入りポルカドッツ・アンド・ムーンビームス等々、最初から最後までまさしく「棄て曲なし」。
オールドスタイルにヒタりたい時はこれだ。
ジャズのノスタルジア、ジャズのサウダージへあなたをいざなうであろう。

超推薦盤です。








(250) It's All Right With Me

work time
No.250 2014.12.27



<It's All Right With Me>




イッツ・オールライト・ウィズ・ミー。
コール・ポーターが書いたこの曲が好きだ。
もしもこの曲がA面一曲目にきていたら、そして本作のピアニストもトミフラだったら、さらにジャケットがあと少し何とかなっていたなら、本作はもっともっと有名盤になった筈だ。
実際のオープニングナンバー「ショーほど素敵な商売はない」を否定するものではないが、翌年(1956年)のロリンズ決定版「サキコロ」のセント・トーマスとでは訴求力が違い過ぎる。
双方ともワンホーンものである。
二つの録音には半年のタイムラグしかなく、本作では麻薬依存治療のため籠っていたロリンズが復帰し、「WORK TIME さあ仕事だ」とやる気満々でもあった。
大名盤となるかその他に埋没するか、その差なんて僅かなことなのである。
後から思えば。

あの時ああしていればと思うことが、人生誰しもあるに違いない。
一方であれ以外にどうすれば良かったんだとも思い、また、同じ事を二度とやりたくないと思うことだってある。
娘が正月休みに入り、帰省してくる。
一般に父親というものは娘に弱い。
私の場合、そんな弱いなどという生半可なものでなく、まさに最大の弱点と言って良いと思う。
彼女が8歳になったばかりの時、母親が病気になり亡くなった。
その日、私は子供達に非情な事実を伝えなければならなかった。
今までの人生であんなに辛いことはなかった。
それを聞いた彼女は無論泣いた。
そして暫くすると、いつも通りバレエのお稽古に行ったのである。
きっとどうしたらいいか分からなくなったのだろう。
私はそんな彼女が不憫でならず、この世に神も仏もいないと確信した。
3歳だった息子は、その時のことを覚えていないようだ。
だが娘は生涯忘れることはないだろう。
突然母のない子になってからの20年以上の年月、人生で最もあってはならない事が起きてからというもの、彼女は何を思って生きてきたのだろうか。
私は一生その事に触れる事はできない。

一方で妻はたいしたものだと思う。
「かけがえのないものなくしたあとは、どんなに似たものもかわれはしない」と歌のモンクにも言う。
妻はけして「かわろう」としなかった。
それは尊敬に値する判断であったのだ、後から思えば。
彼女がいなければ、私は子供たちを育てることなど到底出来はしなかった。
私たち親子は彼女に救われたと言っていいだろう。
どれほど感謝しても足りないが、それらの事もまた、私は死ぬまで触れることは出来ない。
しかし、いつかそう遠くない将来もうこれが最期だなと思った時、私は意識があるうちに感謝の気持ちを伝えたいと思っている。
だから絶対私よりも、どうか元気で長生きしてくださいよ。

酔った酔った。
なんかしんみりだ今日は。









テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(256) リカード ボサノバ

dippin.jpg
No.256 2015.1.13



<リカード ボサノバ>




本作もジャズ喫茶の人気盤だった。
ハンク・モブレイ最大のヒット、「ディッピン」というより「リカード・ボサノバ」である。
ジャズ喫茶で受けるのは、とにかく分かり易い曲だ。
小難しい曲が続く店内で、いつも皆我慢していたのだろう。
そんな時突如流れる「リカード・ボサノバ」に救われたのだ。
心のオアシスである。
ジャズファンとは何とも気の毒というか、やせ我慢好きというか、M気質というか、おかしな人たちだと思いませんか。
だったら家でずっと心のオアシスに安住していたらどうだ、と言うのも普通当然だと思う。
とはいえ、全部が「リカード・ボサノバ」ではダメなんだな。

昔ゼミの教授に宴席で聞いたことがある。
学術論文というのは何故分かり易い日本語で書かれないのかと。
なかには捏ねまわし過ぎて、日本語としておかしいのではないかと思われる文章になっている場合もある。
もっとシンプルでストレートではいけないのか。
それではだめだというのである。
特に我々が係わる社会科学の分野で、シンプル過ぎたりストレート過ぎたりだとアホみたいになりかねない。
だから有り難く見えるように、威厳を示すために、ワザと持って回った言い方をするのだと、だいぶ酒がまわった教授は述べたものだった。

ジャズもこれと同じだ、とは言わないが、まったく違う訳でもない。
難解を我慢して聴いて理解しているフリをし、「リカード・ボサノバ」で救済されることに意味はあるのか。
意味があるかどうかはちょっと分からない。
でも、我慢の後の解放に一定の快感があるのは事実だ。
サウナで20分我慢した後のビールが旨い、だからサウナはやめられないのと似ているかもしれない。













テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(282) blue note

bluehour.jpg
No.282 2015.4.9



<blue Note>





アルフレッド・ライオンはブルーノートの傍系レーベルを作らなかった。
真意はわからない。
だが彼はそんな事をしたところで売れないものは売れないと知っていたような気がする。

ライオンは妥協をしなかった。
当然限界というものはあっただろう。
妥協を拒めば手間も暇も金もかかるのだから。
しかし彼はいつだって出来る限りの事をしたのだと思う。
だからこそブルーノート作品は当時にあって最も完成度が高いのだ。
レコーディング前にリハーサルを行い、しかもそれにすらギャラを払ったのはブルーノートだけだった。
そうした行き方が本当にジャズ的であるかどうか、私はそんな事はどうでもいいと思っている。
残された音楽の質、それだけがすべてだからだ。

もちろんブルーノート作品のみ質が高いなどと言う心算も毛頭ない。
だが妥協を排さず最善すら求めない横着者が、クオリティの高い製品を安定供給する事など出来るわけがないのも事実である。
言うまでもないことだ。
そんなことは少しでも実社会で仕事をした事があれば誰でも知っている。
そして品質の良い仕事(音楽)だけが風雪に耐え容赦ない風化を免れ得る。
これも事実だと思う。

最善を尽くさず尚且つ偶然(言い換えればマグレ)が作用しなかったレコードは、歯槽膿漏で失われる歯のように時代からも記憶からも抜け落ち、もう誰も顧みることがない。
何れにせよ歯はよく磨いたほうがいい。
普通動物は歯を失えばおしまい、生きていけない。
万一の時、人間には歯医者という所があるが、これは出来れば一生行きたくない類のものだ。
出来るだけ自力でメンテしたい。
だからここ2年くらい、私は音波歯ブラシというのを使用するようになった。
これはいいよ。
歯がいつもツルツルだ。
よく磨きその上で年一回くらいはイヤイヤ検診に行く。
これで一生もてばいいけど。
それでも歯周病とやらで歯を失うかもしれない。
その時は最近流行りのインプラントかな。
妻がこれで歯を取り戻した。
口の中に車一台分かかったらしい。
テニスの草大会なんかで「コンソレーション」という制度があり、
敗退した選手にもう一度チャンスを与える、というものだ。
これを「はいしゃ復活」という・・・
長くて下らなくてその上わかり辛い話でどうもすみません。


本作4057番がブルーノートレコードを代表する盤かどうか、それは人それぞれ好きに判断すればいいだろう。
だが少なくとも非常にブルーノートらしい一枚であると私は思う。
ザ・スリーサウンズという看板レギュラートリオをバックに、男一匹タレンタインがワンホーンで、これ以上あるかというくらいブルージーにテナーを鳴らす。
さあこれでどうだ!と。
ジーン・ハリスのピアノがこれまたぴったりハマった。

タレンタインに関しては、後年のCTI作品なんかよりずっと本作が好きだ。
演歌調だって?
いいじゃないか。
演歌で何が悪い。
だいたいタレンタインもスリーサウンズも、この国では冷遇され過ぎだった。
音楽は嗜好品である。
一切理屈抜き。
世の中いろんなフェチがいるものだ。
あなたにもあるでしょう、人に言えないようなコトのひとつやふたつ。
私にもある。
人に言えないようなコトは言えないけれど、
ブルーノートやっぱりいい。

本作は1960年の録音だ。
実はここ三回紹介してきた三つの作品はどれも同じ頃に録音されている。
どうだろう、なんとなく其々レーベルのポリシーが垣間見えないだろうか。
まあ、かなりバイアスのかかった、しかも乱暴な話ではあるけれど。

ところでブルーノートというのは、ある特定の「音」を意味した筈だった。
ブルーノートスケールというブルースに用いる音階があり、確かそれはCのブルースなら「ド・レ・ミ♭・ファ・ソ・シ♭・ド」であり、この時のミ♭とシ♭をブルーノートと言うのではなかっただろうか。
昔ギターを練習していた時のあやしい知識で、その後30年ギターなど触ったこともない男のいい加減な話であるから、申し訳ないけどまったくあてにはならない。
それがどうしたなんて言われれば相当困る。

全国にご当地○×ブルーノートがあった。
今でもかなり残っている。
青森にもあったし台北にすらあった。
ブルーノートレコードが商標登録していれば立派な知的所有権侵害だが、そういう(抗議が来たという)話を聞いたことがないので、登録していないかあるいは出来ないか太っ腹なのかの何れかであろう。
もっとも日本における「本家」ブルーノート東京なんてものは、恥入り末席で小さくなっているべき新参者に過ぎない。
京都にもブルーノートがあるが、私が学生の頃既に老舗扱いだった。
おそらく半世紀以上の歴史があるに違いない。
それでもあの町では新しい店なんだろうけれど。
京都に行く機会があれば、また訪ねてみようと思う。







bluenote kyoto










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(293) audioquest

wallace.jpg
No.293 2015.5.17




<audioquest>





本作は1993年、歴としたオーディオ用ケーブルメーカーのオーディオクエストによって製作された。
レコーディングやマスタリングに使用されたケーブルは当然ながらすべてオーディオクエスト社の製品で、それ故かどうか不明だがすこぶる音がいい。
諸君はオーディオにおけるケーブルの重要性をご存じだろうか。
ケーブルというのは少し気取った言い方だ。
普通に簡単に言うとコードである。

上流から最小限のシステムを考えてみよう。
レコードプレーヤーないしCDプレーヤー → アンプ → スピーカーとなる。
先ずプレーヤーの電源ケーブル、プレーヤーの信号をアンプへ送るオーディオケーブル、アンプの電源ケーブル、アンプの信号をスピーカーへ送るスピーカーケーブル、以上4種類のケーブルが必要になる。
これに何を使うか、それによって音が全然違うものになる。
本当だ。
呆れるくらい音が変わる。
ウソだと思ったらやってみてください。

現在我家では電源ケーブルにハーモニクス、バランスケーブルにACデザイン、スピーカーケーブルにアクロテックとハーモニクスを使用中だ。
機材が多いとそれだけ本数がいる。
一本一本がヴィトンのバッグ的な値段なので、総額では大変なことになってしまう。
オーディオとは金のかかるものなのだ。
だからじっくり腰を据えて長い年月をかけ、少しずつ揃えるしかない。
ケーブルは腐らないから時間をかけても大丈夫だ。
もちろん潤沢に資金をお持ちなら一気に揃えてもいいが、それは何やらどうもね。

本作のリーダー、ベニー・ウォレス(ts)は音使いとスケールが独特で、一聴アーチー・シェップを彷彿とさせるが、もう少しストレートな感じだから次第に区別がつくようになる。
8曲中6曲がピアノレス、テナー・ドラム・ベースのトリオだ。
これはベニー・ウォレスに自信がないと出来ない。
ソニー・ロリンズのバンガードライブ(BLUE NOTE 1581)ですら私には少し不満がある。
どことなく落着かない。
音が足りない。

その点本作は見事だ。
居心地の悪さを感じさせない。
それは結局のところ録音の良さ故だと思う。
色の白いは七難隠すと言う。
音楽は音の良し悪しが支配的な要素となる。
録音が良ければあとはなんとかなるものだ。
内容は有りがちなスタンダード集だが、好感が持てる仕上がりとなっている。
ルー・レヴィーが「On My One And Only Love」「Skylark」の二曲でピアノを弾いた。









ケーブル










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(297) jazz erotica

erotica.jpg
No.297 2015.5.30




<jazz erotica>





リッチー・カミューカ(ts)「jazz erotica」本作の入手に相当苦労した。
と言っても、さすがにこの盤だけを探してレコード店巡りをしたわけではない。
いつも頭の中に100枚くらいのWant Listが入っており、本作も長年その中の一枚だったのだ。
毎日のように私は、頭の中のリストと照らし合わせながらエサ箱(レコードの陳列ケースを何故かそう呼ぶ)を漁っていた。
そんなある日、馴染みの中古店の壁にこれが飾られていたのである。
「!!!(あわわわ・・・)」
この気持ちをお分かり頂きたい。
店主になんと思われようが知ったことではなかったが、あまり見透かされても面白くない。
さり気なく購入するのも大変である。
私は抱きかかえるように彼女を連れ帰り、それから一度たりとも門外へ出したことはない。

国内盤が出たことは多分ないと思う。
そうすると輸入盤になるのだが、これは質の悪いものも少なくない。
特に再発盤は新品でも疵がついていたり、プレスが悪いせいでノイズが発生したりする場合がある。
だからどうしても欲しい重要盤はオリジナルが望ましい。
しかしジャズのオリジナル盤を新品で入手するのは極めて困難だから、廃盤店(中古レコード店)で探すほかない。
こうした事情は多分50年前も変わらなかった筈だ。
しかし私がそれを理解したのは精々この20年くらいの事だ。
レコードは必ず新品で購入すべきものだった。
思えば呑気なコレクターだった。

そういえば本作もウエストコースト物だ。
東海岸のブルーノートやリバーサイドの作品にこういったジャケットはない。
もっとストレートだ。
つまり内容と直結したジャケット製作が東の特徴だった。
本作のようなジャケットはもちろんレコードの中身と何の関係もない。
一体何故こういう事が起きたのか。
理由は簡単だ。
50年代~60年代の東海岸でレコードを買うのは、主に黒人を中心としたジャズマニアだった。
だからジャケットの役割は第一に中身を購入者に伝えるという事だった。
つまり東海岸にはヌードジャケットの需要がなかったのだ。
一方西海岸では、ミュージシャンもそうだが購入層も主に白人で、好意的に言えば彼らはよりソフィスティケイトされたモノを求める人たちだったから、趣味のいいヌードジャケットがよく売れたのである。
率直に言えば、時には売るために女の裸を利用したという事にもなろう。

これは長年の謎なのだが、何故かジャズファンは圧倒的に男性の比率が高い。
そもそもこれが前提となっている。
何れにせよ、同じアメリカでも西と東では随分違うのが分かる。
私は両方認める。
ジャズのレコードジャケットが全部ヌードでは困るけれど、少しなら悪くない。

音作りの傾向も東西でかなり違う。
どちらがいいか、音についてはまあ好みの問題だ。
ざっくり言えば東はよりジャズっぽく、西はオーディオ的。
気候風土の特徴がモロに反映されていると言っていいだろう。
行ったことはないのだが。

本作の美点は何よりもその分かり易さにある。
小難しいところゼロ。
リーダーのリッチー・カミューカを筆頭にコンテ・カンドリ(tp)フランク・ロソリーノ(tb)らが、ウエストコーストジャズのお手本のような、まさに小洒落た演奏を聴かせる。
リッチー・カミューカのワンホーンテイクと多管アンサンブルによるテイクがあり楽しめる作りだ。
「ウエストコーストジャズってなに?」
という人に打って付けだが、問題は入手の困難さか。











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