(3) ゲッティン トゥゲザーの光と影

ペッパー
NO.3 2011.11.15




<ゲッティン トゥゲザーの光と影>






57年の「ミーツ・ザ・リズムセクション」に続き、マイルスのリムミセクションとの共演となった。
前作でのレッド・ガーランドからウィントン・ケリーへ、フィリージョー・ジョーンズからジミー・コブへの交代となっている。
「ミーツ・ザ・リズムセクション 2」とすればもっと有名になったかもしれないが、コンテ・カンドリが3曲参加しワンホーン物ではなくなったため、「・・・・2」とはいかなかったのか。

ジャケット写真は57年の方がずっと男前で、
3年後の本作ではなんだかトラックの運ちゃんのようだ。
久々にA7でペッパーを聴いた。
新スピーカー導入以来すっかり出番を失っているA7であるのだが、機嫌を悪くする事もなく朗々とアルテックは鳴った。
レンジの狭いカマボコ型の特性はJAZZという音楽、それも比較的古い音源に向いている。

アート・ペッパーは前期・後期に分けられ、前期のみ良しとする比較的多数派と、岩浪氏のような全期肯定派に分かれるが、私は未だに結論を出せずにいる。
彼を二分したものは間違いなく薬物である。
当時のジャズメンに蔓延したと思われる薬物であるが、現在のミュージシャンにそのような話はあまり聞かない。
だからなのか、近頃のジャズはとても健康的に響くのである。
かつてジャズは薬漬けで、不健康で、けしからん所だらけだったが、ブルー、それも薄汚れた濃いブルーが似合う夜の音楽だった。

今はどうだろう。
ジャズの舞台は白けるほどの真昼間かもしれない。
いや、それは多分先入観に過ぎないのだが、最早少なくともブルーではないとは思うのだ。
現在のジャズには影ができない。
それが薬抜き故のことなのかどうか、
それもまた私には結論を出せない事柄である。













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(5) フィックル ソーナンス 移ろいゆくのはジャズだけではない

マクリーン 2
NO.5 2011.11.17




<フィックル ソーナンス 移ろいゆくのはジャズだけではない>






私にとってジャッキー・マクリーンがジャズを象徴していたあの頃のこと、ライブに行きトイレで本人とばったり会ったのである。
マクリーンは私をじろりと一瞥し、手など洗って立ち去った。
私は固まり、それを見送ったのだった。

その日予定されていたドラマーのビリー・ヒギンズが体調不良で無名の若者と代わり、前の男が不満を鳴らした。
だが、私はその時ビリー・ヒギンズを知らなかったので、この男は何を文句など言っているのか、ジャッキー・マクリーンさえ出れば問題ないではないか、などと思ったものである。
ドラムなど誰でも良かったのだ。
その頃ドラムという楽器そのものが嫌いだったというのもある。

触ったことがある人にはわかると思うがこの楽器、びっくりするくらい大きな音が出る。
これに比べたらピアノの音など小さい小さい。
そんなピアノであっても騒音問題で、時として殺人事件にまで発展することがある。
ドラムを一般家庭で叩こうものなら、
どんな大事件が起きるかわかったものではないのだ。

そのドラムをたとえば小さなライブ会場で、ここを先途と打擲する場面を想像出来るだろうか。
それはもう、たまったものではない。
それにあのドラムソロというやつが嫌いだった。
ライブでドラムソロが始まると舌打ちしたものだし、予定調和的拍手を送るお人好しが信じられなかった。
だが、その後私は改心し、熱心なドラム好きとなった。
ジャッキー・マクリーンも勿論ジャズを象徴する存在であるが、ビリー・ヒギンズとて負けてはいない。

本作ではソニー・クラークがピアノを弾いている。
なんという豪華メンバーであることか。
だが、当時はこれが普通だったのである。
皆ブルーノートの常連だった。
昔はよかった、と言いたくなるのも無理はない。
そして今ではみんな亡くなってしまった。











(20) アフリカン ワルツの咆哮

キャノンボール
NO.20 2011.12.2




<アフリカン ワルツの咆哮>





アンディ・スニーツァーの後でキャノンボール・アダレイを聴くのは良いやり方だ。
胸のつかえがとれる。
ならばアンディ・スニーツァーなど聴かなければ良いのでは、とお思いで?
その通りでございます・・・
音質的にも1962年録音のこちらが勝っている。
これではもうどうしようもない。

シュガーのライナーを書いた寺島氏「アルトかと思った」と思わず(?)失言しておられた。
原稿のマス目を埋めるのに苦労されたのではないかと思わず同情した。
それに比べればキャノンボールは、実に野太いアルトを吹く人だった。
屈託がないとも言える。
それでアダレイは少し損をしているかもしれない。
日本でのジャズは、幾分かの暗さがないと安く見積もられてしまいがちだ。

ジャズ喫茶がどこも薄暗かったのは多分そんな事情もあったのだろう。
昔バイト先の某ジャズ喫茶で、あまりの薄暗さで良く見えず、間違ってコーラにミルクを入れて出したことがあった。
なぜ分かったかというと、アイスコーヒーの客がミルクを入れてくれとクレームをつけてきたからだ。
その店ではアイスコーヒーにはあらかじめミルクを入れて出していた。
あれ、おかしいな・・・と思ったが直ぐには気付かなかった。
同時に同じ型のグラスで出したコーラの方にミルクを入れたとしか考えられない。
それらの客が皆帰ってから気づいたが既に遅かった。
30年以上も前の事でもう時効だと思うが、コーラのお客さんごめんなさい。

翳りの不足しがちなキャノンボールであるが、アルトではジャッキー・マクリーンの次くらいに私は好きだ。
リバーサイドの9377番、新品CDで1100円。
これでいいのか?
申し訳なく、また、有り難く聴かせて頂いている。











(23) クール ストラッティンはマクリーン名義で

クール
NO.23 2011.12.5




<クール ストラッティンはマクリーン名義で>






この作品を評価できなかったアメリカという国をどのように評価すべきか。
どうでもよい事なのかもしれないし、看過できない事なのかもしれないが、むしろ本作を正当に評価した我が国のジャズ関係者をこそ褒めるべきだろう。
1958年の録音で最初に入ってきたのがいつの事かわからないが、60年頃だろうか。
当時私は小学校にも上がっていない。
日本はまだまだ貧しく、トイレはくみ取り、暖房は石炭ストーブ、道路は砂利道だった。
記憶にある舗装道路は国道だけで、そこから排ガスの臭いをまき散らすオンボロバスに揺られて行く街の中心部には、道端に傷痍軍人が並び物乞いしていた。

そんな時代に本国ですらまったく話題にもならないような、このレコードに注目する人たちがいたのである。
日本人はいつも腹を空かしていた。
コーヒー代に回す金があるのなら何か食べたくても、それをグッと我慢してジャズ喫茶へ行き本作をリクエストした人もいただろう。レコード、それもブルーノートの輸入盤を自分で買い、自宅の装置で聴くなどというのはまだまだ違う世界の話だ。

自分自身がそうだったせいもあるだろうが、ジャズファンが豊かである印象はその後も長く感じられなかった。
1975年頃私はジャズ喫茶でバイトしていた。
大学前の店で客の多くが学生だった。
貧しい身なりの彼らは栄養が行き届いている風には見えなかったが、それでもジャズを聴きに集まって来るのだった。
コーヒー代などに散財するのを嫌い、店の数少ない食物をメニューから選択する者も多く、トーストなどを頼んで彼らはそれを水で流しこみ、何時間も店にネバッた。
今の学生でジャズを聴く人などそういないという。
日本は少し豊かになり、ジャズが文化の一部だった時代はいつの間にか終わっていた。

洋風幕の内弁当というのがベントスのメニューにある。
あれこれたくさんの種類のオカズが入った幕の内弁当は、日本人の好むところだろう。
その洋食版が洋風幕の内弁当であるが、本作は洋風演歌とでもいうべき作品の一つだと思う。
ブルーノート諸作を始めとするハードバップ全盛期の作品には、意外と演歌調のメロディラインを持ったジャズメンのオリジナルが多数ある。
昭和の日本では随分それらを参考にした、はっきり言えばパクッた歌謡曲が作られた。
だからハードバップは昭和歌謡の源流とも考えられる。
日本人好みの、しっとりした哀愁を湛えたメロディの宝庫なのである。
もしかしたら、そういった所が発表当時この大名盤が本国で無視された原因なのだろうか。
日本人には分からないことであるが、もったいない事をした。
それは間違いない。
何故ならこのレコードについても、そのせいで程度の良いオリジナル盤が極めて品薄だからだ。
私が今聴いているのは20年以上前に買った輸入盤であるが、多分リバティ時代のものだ。
本作をマクリーン名義で整理した点について、ソニー・クラークに申し訳ないと多少なりとも感じているが、個人的にはどうしてもマクリーンのレコードになる。











(36) エリック・ドルフィー  イン・ヨーロッパ VOL..1 さらば4344

ドルフィー
NO.36 2011.12.17



<エリック ドルフィー イン ヨーロッパ VOL.1 さらば4344>





1961年コペンハーゲンでのライブである。
ちなみに我が家を「ジャズバー ドルフィー」と称している。
このレコードをJBL4344mk2最後の夜にかけた。
10年間の苦労を思いながら。

このスピーカーのお陰でずい分と考え、勉強させられたのだ。
思い通りの音が出ないので、試行錯誤を繰り返した。
それはもう、この10年ずっとだ。
そもそも4344がダメだから良い音が出なかったのだが、そのようには考えなかった。

アンプを替えてみる。
それでも納得が行かず、チャンネル・デバイダーを導入してマルチ・アンプ駆動となる。
それでも不足でチャンネル・デバイダーをデジタルに替え、タイム・アライメントに手を出す。
そしてとうとう4344に見切りをつける事となった。
思えばずい分と金を使い、遠回りもしたのである。

結局、今我家のオーディオがこうなっているのは4344があったからだ。
だからと言って特別感謝する心算もない替わり、今更悪態をつく心算もない。
ただありのままを書いているだけである。
ダメな所を書けばキリがなく、良い所は少ししかなかった。
身も蓋もない話ではあるが事実だ。

では良いところは何だ。
それは本気でオーディオに取り組むきっかけを与えられたこと。
そしてJBLの大型スピーカーを所有するという、一定の満足感をもたらしたこと。
そんな所だろう。
音は良くなかった。さらばだ4344、達者で暮らせよ。











(42) ファイブスポットのいななき

ドルフィー
NO.42 2011.12.23



<ファイブスポットのいななき>





半世紀前、この場に立ち会った聴衆がいた。
幸運な人達だった。
私はやっと小学校に上がったところだ。
ビートルズが来日した時ですら、まだ小学生である。
テレビで彼らの特集を放送したが、母はそんなものを見てはいけません、と言った。
私は生まれて来るのが少し遅すぎたようだ。
せめてあと10年早かったなら、もっと音楽の色々な場面を見る事もできただろう。
だが、オーディオのお陰で今こうしてその時の空気を再現できる。
これはこれで幸運と言って差し支えない筈だ。
改めて思うのだが、ブッカー・リトルは言われている程のトランペッターだろうか。
ここでの彼はドルフィーに煽られて相当無理をしている。
タイム盤での姿が本当のリトルだ。

冬の足音が忍び寄ってくる。
ついこの間まで、連日夏日が続いていたというのに。
今年の夏は暑かった。これからこういう夏が多くなっていくのだろうか。
エアコンをつけっぱなしとは言え、電気代2万5千円は凄い。
冬は冬でロードヒーティングやらボイラーのポンプやらで、同じくらいの料金を払っているのだから、つまりは殆ど通年2万なにがしの電気消費者なのである。
電力会社にとっては結構なお得意様と言って良いのではあるまいか。
オーディオ用に別系統のメーターを使わせるくらい、何ほどの事でもないではないか。
競争のない業界というものは、このようにバカげた対応をして平気でいられる呑気な市場である。
だが、いつまでもこのままで済むと思わない事だ。
太陽光発電はどんどん普及するに違いない。
そしてそれだけではなく、高性能の燃料電池が早晩開発され、電気は各家庭で自給するものとなるだろう。
独占市場に胡坐をかいて、企業努力のカケラもしようとしなかった電力会社が時代の変化について行けず、舞台を降りる日はそんなに遠い話ではないと思っている。
オーディオ専用電気回路を拒否されたあるオーディオマニアの、これは祟りである。











(122) 今年も色々あった

parker.jpg
NO.122 2013.12.31



<今年も色々あった>





今年もたくさんの音楽を聴いたなあ、と2013年をふり返りつつ、大つごもりにチャーリー・パーカーを聴く。
パーカーは私が生まれた年に35歳でなくなっている。
メチャクチャな晩年だったというが、どうだろう胸に手を当てて考えた時、人に言えない様なやましい記憶の一つや二つ(もっと多い?)去来するのが人生というものではないですか。
パーカーの物語はだから私を少し安堵させる。
チャーリー・パーカーが聖人君子だったり、クリフォード・ブラウンが90歳まで生きたりしていたら、彼らはきっと神話にはならなかった。
本作は晩年の録音なので音がいい。
私はジャズの研究者でもパーカーのマニアでもないので、どんなに演奏が神がかっていようとも、音が悪いのはお断りだ。
昔ガイドブックを頼りに購入し涙した40年代の作品などは、従って最早手に取る気にもならない。

今夜は母が泊りに来る。
昨年までこちらが行っていたのだが、高齢と言っていい歳だ、万一迷惑だったのなら気の毒だと思って誘ってみたのだ。
快諾したという事はあれか?
彼女は82歳になった現在も女声コーラスを続けていて、音楽への興味を未だ失っていない。
この事は私の音楽好きときっと無関係ではないだろう。
今年母は心筋梗塞を起こしかけ、出産(つまり私の誕生)以来初めてという入院を体験した。
その後元気だが、今夜思い切って聞いてみようと思っている事がある。
母はこの歳で会社の経理をみている。
現役の社会人なのである。
アンチエージングには最適なのではないかと思っていたが、かく言う私は存命なら65歳でさっさと引退する心算でいる。
もしかしたら母も、とっくに辞めたいと思っていたのではあるまいか。
もしもそうなら、とんでもない親不孝をしている事になる。
案外これも快諾するかもしれない。












(125) 冬季鬱を日干しする

NABE2.jpg
NO.125 2014.2.4



<冬季鬱を日干しする>





私の町が雪の下敷きになって久しい。
だが更に先はあり、それも長い。
冬が嫌いである。良いことなどほとんどなく、ほとんどない中の例外と言って良いクリスマスもとうに終わった今、残りの三ヶ月余りをどうして凌ごうか。
間もなく始まるというロシアのオリンピックには一切興味がない。
メダルを何個取ろうが取るまいがそんな事、当方まったく知った事ではない。
強いて言えば年端もいかぬ小娘が、変な勘違いをするような事にならねば良いと、取り越し苦労する位のものだ。
だから私はそんな時、このような音楽などかけて、あれこれ楽しいことでも考えるしかない。
音楽は案外安上がりな気晴らしになるものだ。

10年以上も前の事になるが、
ナベサダが当地の夏季音楽祭に来て屋外ライブを演った。
ステージで跳んだり跳ねたりするのを見ていたら、逆になんだか年寄り臭くてガッカリした。
今ではもう80歳を過ぎている。
さすがにもうあんなことはしないだろう。
人は年相応の振舞いが一番だ。

本作はトータル100万枚以上の大ヒットとなった。
余計なお世話だがナベサダは、リリースしたレコードだけで億単位の金を手にしたのではないか。
今頃はどこか遠く南の楽園で、椰子の木陰のハンモックに揺られ、冷えたシャンパン飲みながら、来し方行く末など思っているのかもしれない。
それは確かに少し羨ましい。
だからこちらも冬の間に精々働いて、夏になったらまたどこかへ行こうじゃないか。
そんなに遠くなくていい。
人は稼ぎ相応の振舞いが一番だ。











(126) 性格ということ

キャノンボール4
NO.126 2014.2.15



<性格ということ>





素敵なジャケットでしょう。
キャノンボール・アダレィのソフィスティケイティド・スィング。
このレコード(LP)を二枚持っている。
一枚は国内盤、そしてもう一枚はオリジナル盤である。
最初に買った国内盤(何故これを購入したのかもう忘れたが、多分ジャケ買い)のライナーに、この写真の背景と車および女性は合成されたものである由書かれていた。
それだけなら「あそう」で終了であるが、オリジナル盤のジャケ写真なら、女性のヒップに下着のラインがくっきりと・・・私は血眼になって探したのである。
どうだったか?
ついに探し当てた時には、パンツのラインなんかどうでもよくなっていた事を報告いたします。

それはともかく、本作は音が良くない。
オリジナル盤の音がすべて素晴らしいというのは、大変な誤解である。
事実本作も音は良くないのだが、「トリビュート・トゥ・ブラウニー」という名曲が入っていた。
お察しの通り夭逝した天才トランペッター、クリフォード・ブラウンに捧げられたデューク・ピアソンの曲だ。
ブラウニーに捧げられたのは、「アイ・リメンバー・クリフォード」だけではない。
残念ながらお会いしたことはないが、素晴らしく性格の優れた人物であったという。
この人を悪く言った証言を私は知らない。

先日、私の大切な人の父上が天に召された。
この人物がブラウニーのような人だったようだ。
皆が口を極めて故人を称賛するのだ。
声を荒げたことがなかったという。
であるので、この人の娘は全ての男がそういうものであると思い込んでいたらしい。
他でもない、私の妻である。
しかるに私ときたら、まったくの凡夫であるから、たまには(3年に一度くらいは・・・え?うそ・・・もっと?)激昂する時もあり、そんな時の彼女ときたら、何か気の毒なものでも見るように私を凝視するのだ。

いや、ごめん、でもね、
これは頭の出来不出来や容姿の良し悪し、運動能力の差と同様持って生まれたものだ。
本当にすまない。だが、これは事実だ。
私はこのことを理解し、納得するまで50年以上の年月を要した。
良くない遺伝子をお持ちの諸兄がいたら、どうか気を付けて頂きたい。
用心するだけで、大概のことを回避できる筈だ。
念のために言っておくが、私は女性に手をあげたことはないし、これからもけしてない。
それだけは論外だからだ。











(133) ブルースと私のささやかな真実

stolen.jpg
NO.133 2014.4.16



<ブルースと私のささやかな真実>



オリバー・ネルソンの名曲、「ストールン・モーメンツ」を聴く。
しみじみと感じ入る、私にとってまさに名曲だ。
それではどれくらいのポジションにあるのか。
人の好みは時として変わるものでもあるし、贔屓のジャズメンオリジナルもあまたある。
だとしても、この曲は絶対ベスト30には入れたい。
待てよ、ジャズメンオリジナル・・・そういえば前にも語ったよな、と思いだした。
本ノートNO.44でこの曲をベスト10内に私はカウントしているのである。
ああ良かった、いい加減な事ばかり言っている訳でもないのだな。

やっと春めいてきた。
夏めいてきた、とか秋めいてきた、ましては冬めいてきたなんかよりもいっとういいのが「春めいてきた」である。
英語で「Spring is in the air」、外人だって春を待ち焦がれているのだ。
邦題「四月になれば彼女は」というサイモン&ガーファンクルの名曲もある。
直訳的タイトルだが素晴らしいと思う。
頼みもしやしないのに、心の奥になんだかせつないものを喚起する。

春めいてはきた、だがまだ寒い。
正直言って今日は特に寒かった。
そんな中、寒々とした体育館でテニスをした。
二時間、参加したのは四人。
昔の事を言ったって仕方ないのを承知で言うが、30年前なら二人でも平気だった。
いや、20年前だってきっと大丈夫だった筈である。
でももう還暦前だ。
四人か。
私はちょっと不安だったのであるが、二時間でダブルス3セットを楽しくさせて頂いた。
楽しかったのには特に理由があって、3セットやって私は全勝だったのだ。
それもその筈で、他の三人は女性である。
全てのオスが消耗品であるとか言った作家がいたが、変に強がってエナジーを無駄使いするせいだろうか、男は結局女には勝てない。
それでも、局地戦でも勝てば楽しく、負ければ面白くないのがテニス。
結構単純なのだ。

そんなテニスをかれこれ30年以上続けて来て、色々あったが先日歯医者でのことだ。
訳あって長年通った歯医者を別のところにかえたのだが、その初診の日に新しい歯医者曰く「ジャズがお好きなんですね」
そのように顔に書いてあるのかとすら思ったが、無論そうではなかった。
私は待ち時間(待たされ時間)というものを非常に嫌い、そのような恐れある時には必ず本を持参する。
その時持って行ったのがたまたま「ジャズ批評別冊トランペット」で、それを手荷物カゴに置いたものをその歯医者が目ざとく観察していたのであった。
「ははあ、このおっさんジャズ批評を読むのか」
そう思って黙っておれば良いのだ。
私なら多分そうする。
この歯医者はそれだけではなかった。
「メアドがJBLのスピーカーの番号ですしね」
初診の時は紙に色々書かされるでしょう。
この時はなんか魔が差したというか、アドレスまで書いたのである。
なぜかこの男(歯医者)がニヤッと笑った気がした。
気のせいかもしれないが、そんな安いスピーカー使ってんの?そんな風に言われたような気が。
10年前なら、そのようには思わなかっただろう。
アンソニー氏のアドレスは多分JBL4343ではなかろうが、万一そうだったとして歯医者にそれを指摘されたなら、むしろ誇らしくすら思い話に一花も二花も咲かせたに違いない。
10年前の私はすでに40歳ではなかったが、JBL4344のことを愛おしく思っていた。
だからこそアドレスにまで採用したのであった。
そんな4344を薄情にも見限った私だ。
いつまでもアドレスに、残り香残しておくのは未練かもしれない。

診察が進み、治療方針などを説明されたのである。
「歯周病などはありませんが、他に大きな問題がある」
前から知っていたが、下の歯の内側の骨が大きく隆起しているのである。
「家族に就寝時の歯ぎしりを言われたことは?」
そんなことはありません。
アホのように口を開けて寝ているのだ、私は。
では原因はなんだろう。
何か過剰な力がかかっているのは間違いない。
テニスだと私は考えている。
一球一球歯を食いしばる、それを30年以上に渡って続けてきた結果だと。
長年テニスを続けてこられた皆さん、ご自分の下の歯の内側を見てください。
ボコッと骨が隆起していませんか?
ご自身は普通だと思われているやもしれませんが、それ普通じゃありません。

それではどうすると言うのか。
マウスピースをすすめられた。
いやいや、それは勘弁してくれ。
でも、ショットも一気に良くなりますよ。
ホントかそれ。













(134) ベニー・カーターの静電気パンチ

benny.jpg
NO.134 2014.4.20


<ベニー・カーターの静電気パンチ>



本作はファンタジーのOJCシリーズを購入したものだ。
20年程前になるだろうか、既にLPレコードが店頭から姿を消して久しい頃だったが、ある店が輸入盤のOJC(オリジナル・ジャズ・クラシック?)新品を置きだした。
1300円くらいの値付けだったと思う。
感覚的には相当安いのである。
私は喜び随分買った。
多分100枚ではきかないと思う。
一度に20枚くらいまとめて買った時もあった。
家に帰ってレシートと突き合わせてみたら、二枚カウントされていなかった。
悪いが、幸せを感じてしまったのである。

本作はそもそも音が良いコンテンポラリー盤なのであるが、更に80年代になってリマスターされている。
オリジナルは50年代初めに、おそらくはSP盤で出たのではないか。
それを聴いたことはないが、手元にあるOJC盤の方が現代的な音がする可能性が高い。
OJCは案外侮れない。
久しぶりに聴いてみて、驚く。
これ、本当に60年以上前の録音?
全てが瑞々しく、古めかしさなど微塵も感じられない。
大満足でA面を聴き終わり、レコードをひっくり返そうとシェルの持ち手(わかる人にしかわからない話ですね)
に指をかけかけた時だった。
バチッと電光が走ったのである。
このところ日本中が低湿度で話題になっている。
我家においても乾燥がひどく、大型加湿器二台をフル稼動しているのだが、それでも全然追いつかない。
不意を突かれた私は愚かにも手を引っ込めてしまった。
トーンアーム(わかる人にはわかりますね)が放物線を描いてレコード盤面に落ちていった。
取り返しのつかない悲劇が起きたことが、わかる人にはわかるでしょう。
大音響を発しながらトーンアームは三度ジャンプを繰り返しながらインサイドフォースに従って盤面の内側へ向かい、センターレーベルに着地した。
身の毛もヨダつ音がした。

当然針はオシャカである。
このカートリッジ(わかりますか?)はMC型(ハハハ・・・)なので自力で針交換出来ないうえ、およそ5万円の損害である。
だが不幸中の幸いと言うべきだろう、盤に被害はなかった。
それにしても静電気恐るべし。
なんでも一万ボルトの電流が走ると言うのだ。
「君の瞳は一万ボルト」である。
情けないけど、そりゃびっくりして手も引っ込めるよね。

ハー・・・
禍福は糾える縄の如し。













(150) 代表するもの

shank2.jpg
NO.150 2014.6.19



<代表するもの>




アート・ペッパーと並ぶ、そしてウエスト・コースト・ジャズを代表するアルト・サックス奏者、バド・シャンクの名盤だ。
「チュニジアの夜」「オール・オブ・ユー」「朝日のように爽やかに」「ポルカドッツ・アンド・ムーンビームス」といった名曲満載盤で、私は大変好きだ。
彼のアルトはペッパーのように情緒的ではなく、もっとカラッとしてむしろよりウエスト・コースト的であるとすら言えるのだが、しかしながら日本で人気があるのは断然ペッパーの方だ。
ペッパーにあってバド・シャンクにないものがあるとすれば、それは「せつなさ」や「なげき」といった要素だろう。
歌舞伎の愁嘆場のように、日本人の琴線に共鳴するのは「泣き」の場面であって、カリフォルニアの青い空乾いた風ではないということだ。
確かに日本の風土に、ウエスト・コースト・ジャズはどこか似合わない。
バド・シャンクが多用するフルートのサウンドが、そうした傾向により拍車をかける。
エリック・ドルフィーなんかもそうだが、バスクラはともかく、フルートに持ち替えると少しがっかりする。
リー・モーガンVOL.3における「ハサーンズ・ドリーム」や、ウィントン・ケリーの「ケリー・ブルー」など一部例外を除き、私はジャズにフルートはあまり似合わないと思っている。
特にアンサンブルならまだしも、カルテットでたっぷりやられると尻がムズムズしてくる時がある。
出来ることなら、バド・シャンクにはアルトオンリーでいってもらいたかった。

今朝は大変な事が起きた。
前回優勝のスペインが0-2でチリに負け、グループ・リーグ敗退が決まったのだ。
「スペイン戦のチリは引き分け狙い」と書いたが、それどころではなかった。
格下と思われるチームが守備的にゲームを進めるのは普通だが、とはいえ90分守りっぱなしなわけはない。
スペインがやられたのは、カウンターとセットプレーだった。
前回優勝チームがその後の4年の間、世界中で徹底的に研究されるというのは十分想像がつく。
そして次の大会ではすっかり様子が違ってくる。
2002年のフランスがやはりそうだった。
日本がコートジボアール戦で出来なかった(やらせてもらえなかった)という「自分たちのサッカー」とはパスサッカーであり、志向するところは要するにスペインのサッカーだ。
しかも日本は、その大幅な劣化版に過ぎない。
明日対戦するギリシャというチームは、どちらかと言えばスペイン艦隊を沈めたチリ型の堅守速攻を得意とするチームである。
もうそれ以上は言いたくない。
私は日本代表としてピッチに立つことはできず、白紙委任状を託した私の代理人である彼らに全てを任す他ないのだ。
最早祈るしかない。






(153) BLUE LIGHTS

gigi1.jpg
NO.153 2014.6.24



<BLUE LIGHTS>




ジジ・グライスはどちらかというと作曲の人だ。
「マイノリティ」が有名だが、個人的には本作収録の「ブルー・ライツ」が好きだ。
本人も気に入っていたらしく、アート・ファーマーとの「When Farmer Met Gryce (PRESTIGE 7085)」に続いての再演となった。
エディ・コスタで有名な「ハウス・オブ・ブルー・ライツ」は同一曲である。
ところでエディ・コスタだが、31歳で亡くなった時、新婚旅行直前だったのだとか。
自動車事故死だった。
このころのジャズメンは、薬か自動車事故かその両方で夭折するのが珍しくなかった。
ジジ・グライスは1983年に58歳で亡くなっている。
それとて長生きした方ではない。
ほぼ、私と同年齢なのだ。
人間(に限らないけれど)いつどうなるか分からないから、それなりの覚悟と準備が必要だと思う。
死後の事はどうせ大した遺産など残らないのでどうでも良いが、問題は倒れてわけが分からなくなった時などの身の振り方である。
濃厚な治療というか処置を受け続け、生ける屍となって何年も寝たきりなどというのは考えただけでゾッとする。
意志表示不能となった時に備えて、何か書いておくのは悪い考えではない。
必ずしも希望通りになるとは限らないけれど、何もないよりはずっとマシだろう。

本作はジジ・グライスがドナルド・バードと組んだ「ジャズ・ラブ・クインテット」の一枚でラブはLOVEではなくLAB。
ラボラトリー、実験室の事だ。
どういう実験かと言うと、アドリブとアレンジの融合であるという。
しかし、それって普通のハード・バップではないのだろうか。
他のメンツはハンク・ジョーンズ(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(ds)という錚々たる顔ぶれである。
我家にあるのはCDで、定価999円だった。
これでいいのかと少し悲しかった。
超破格のこの名盤、しかしあまり音は良くない。
ちょっと歪んでいる。
それが気になる向きには、この曲を初めて聴くならアート・ファーマーとの盤の方が良いかもしれない。
尚、LEE MORGAN VOL.3(BLUE NOTE 1557)の「ハサーンズ・ドリーム」にてフルートを吹いたのは、ジジ・グライスである。
どこぞの村役場にでも居そうな、気のいいおとっつぁん的風貌も私は好きだ。












(178) Outward Bound

eric3.jpg
NO.178 2014.8.25



<Outward Bound >




ファイブ・スポットの前年、1960年に録音された本作のトランペッターはブッカー・リトルではない。
フレディ・ハバードである。
もしどうしてもエリック・ドルフィーにトランペッターが必要なら、私はハバードの方が合っているように思う。
リトルは夭折したトランペッターのサイドストーリーばかりが先行してしまい、彼の実像からフォーカスがずれてしまった。
ドルフィーもハバードも皆死んでいる今となっては、「夭折」はもうどうでもいい話ではないだろうか。
ドルフィーと演った時のリトルは、ドルフィーに付き合うというか、ついていくのに必死でどうも痛々しい。

ドルフィーのリーダー作品としては、最初期になるであろう本作が私は一番好きだ。
それは全体に分かりやすいというのもあるが、何といってもドルフィーのオリジナル「GW」の存在によるものだ。
ロイ・ヘインズのリム・ショットで始まるこの曲の、捻れたようなメロディは相当強烈に記憶に焼き付く。
最初聴いたのが何十年前だったかもう忘れたが、何か異様なモノを聴いた気がしたという記憶のみ残っている。
要するに第一印象は特別良くなかったのだ。
それを何度か聴くうちに、思いが変わった。
クセになるまずさと言うか、非常に希なことだ。
この曲の一番好きな箇所は、ジョージ・タッカーのベースソロが入ってくる部分だ。
なにか非常にジャズを感じさせられる。
説明し辛いが理屈ではなく、異性のちょっとしたしぐさや表情に感じる色気と似たようなものだろう。
説明は難しい。

個人的最重要盤に絶対入る本作であるが、このジャケットだけは他に方法がなかったものかと思う。
ドルフィーのジャケット全体にあまりいいのはないのだが、いくらなんでもこれは売れないだろう。
「GW」はドルフィーがかつて所属したバンド「ジェラルド・ウィルソン・オーケストラ」に因んだもので、「ゴールデン・ウィーク」の略ではない。









(186) プレッシャーに負けない

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NO.186 2014.9.9



<プレッシャーに負けない>




スコアのみをリアルタイムで伝える地上波の番組で、錦織圭の敗戦を知らされた。
3-6、3-6、3-6というストレートの完敗であった。
全身の力を奪われた気がする一方、どこかで「やっぱりな」という声が聞こえた。

午後、NHKが急遽この試合を放送するという。
私はこれを事務所の小さなテレビで観た。
錦織は入場の時からの硬い表情のまま試合に入り、ほぼ自滅と言っていい形でファーストセットを失っていた。
相手のチリッチというクロアチアの大男は、デカいという事以外特別どうということもない平凡な選手だ。
たいしたヤツじゃない。

テンパった錦織と凡庸な大男、だからセカンドセットはグランドスラム決勝とはとても思えないグダグダな展開となっていった。
錦織は大事なところで自分を信じることが出来なかっただろう。
いったい何が起きているのか。
それすら理解できないまま、ズルズルとポイントだけが進行していた。
少しずつ自分に不利な形で。

なすところなく第三セットも失い錦織は敗退した。
立派なのはその後のスピーチだけであった。

今年の四大大会はこれで終わり。
錦織の挑戦も来年に持ち越された。
ここまで出来たのだ。来年に期待する。
そういう気持ちは当然ある。
だが不安要素もある。
年齢だ。
錦織は現在24歳。
普通ならまだまだ若い。
だが、テニスの世界はまた事情が異なる。
それはジョン・マッケンローを見ればわかる。
マッケンローと錦織は殆ど体格に差がない。
マッケンローもまた「小柄」な選手だったのだ。
そして錦織以上に、類まれなセンスのみを頼りに世界ナンバーワンとなった男だ。
そんなマッケンローが最後にグランドスラム大会で優勝したのが25歳だった。
その後の彼は急激に力を落とし、引退への坂を転がり落ちていった。

マッケンローや錦織程度の体格で世界のトップに上り詰めようとする時、彼らにはセンス以外頼りにできるものなど何もありはしない。
センスとは魔法である。
小柄な選手が魔法を武器に、大男を手玉に取る様を見るのは小気味良い。
だがこのセンスというやつ、実は賞味期間が短いのだ。
馬鹿力は案外長持ちする。
だから優勝したチリッチは30歳くらいまでいける可能性がある。
だが錦織は無理だ。
動体視力、瞬発力、反射神経、そうしたものの加齢変化で、彼の鮮やかなテニスセンスに錆びが来る日はそう遠い話ではない。
錦織圭にはもうあまり時間がない。
だから彼を英雄扱いして、感動をありがとう的なチヤホヤは一切やめるべきだ。
錦織圭はまだ、何事も成し得ていない。
グランドスラム制覇を願うなら、彼をほっといて欲しい。
多分ムリだと思うけど。


アート・ペッパーは小柄で天才肌のアルト吹きだった。
麻薬で合計15年もムショに居た。
本作が録音された1957年も何度目かの出獄直後だったが、録音当日はヤクでヘロヘロだったという。
それはこの時のメンバーに相当ビビり、やらずにいられなかったとの説もある。
ミーツ・ザ・リズムセクションのザ・リズムセクションとは、マイルスクインテットのリズムセクション、レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)である。
マイルスバンドが西海岸へツアーに来たので、ついでに録音、という感じだろう。
それにしてもザ・リズムセクションと断言するのだから凄い。
ボブ・ディランのバックバンドをしていたロビー・ロバートソン、レボン・ヘルム、リック・ダンコらが、後年ザ・バンドを名乗ったのとは比較にならない威圧感がある。
アート・ペッパーがビビってヤクをキメたのも無理はなかった。
ヤクの力ゆえなのかどうか不明だがペッパー、プレッシャーを跳ね返しバッチリ仕事した。
彼の代表作とも言える「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」これ一曲のために本作はある。
機会があれば、ヘレン・メリル盤とも聴き比べたい。














(191) ある時代

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NO.191 2014.9.17



<ある時代>




BLUENOTE 4345番 ジャッキー・マクリーン 「Demon's Dance」。
1967年にルディー・バン・ゲルダーの手で録音された。
ブルーノート4000番台後半ともなれば、様々に怪しくなってくる。
特にジャケットだ。
あれだけかっこよく、ジャズっぽかったブルーノートの、これが本当に同じレーベルのジャケットか?
様々に怪しいとはいえ、これほどのものは他にない。
ジャケットデザインは「Bob Vanosa」とクレジットされている。
ところが該当する人物が見当たらない。
試しに検索すれば、代わりにヒットするのが「Bob Benosa」または「Robert Benosa」だ。
BobはRobertの愛称であるから同じこと。
どうも「Vanosa」は誤植のようである。

では「Robert Benosa」とは何者であるのか。
マイルス・ディビスの「ビッチェズ・ブリュー」、サンタナの「天の守護神」をデザインした「Mati Klarwein」の弟子。
それが「Robert Benosa」だ。
そのような話なら作風が似ていると納得がいく。
ではなぜ弟子かと言えば、それは間違いなく予算でしょう。
そしてなぜこれがジャケットに採用されたかと言えば、時代としか言い様がない。

本作が録音された1967年といえば、あのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドが録音された年だ。
この作品に収録されたルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズを頭文字で表記すれば、作者のジョン・レノンは否定しているけれども「LSD」となる。
サイケデリック・ムーブメントのピークだったのがこの年なのだ。
この波動の前にはブルーノートですらこの有様だった。

しかし、ジャケットはこの有様でも、中身はいたってマトモ。
少なくともハード・バップの範疇に収まってはいる。
ジャケットの事はとりあえず忘れて、聴いてみてほしい。
本作を代表するのは一曲のみだ。
B面一曲目、「SWEET LOVE OF MINE」本作でトランペットを吹いたウディ・ショウが書いた名曲である。
この曲が万一存在しなければ、私は本作を全否定したかもしれない程の有名曲だ。

私にとってジャッキー・マクリーンとは、このジャズという音楽を象徴するほどの存在である。
それはこの国を象徴するとされる○○とかの比ではない。
それについて私は一度たりと相談を受けた覚えがない。
だから私を「総意」にカウントするのはどうか勘弁して頂きたい。

・・・ともかく、マクリーンは本作を最後にブルーノートを去る。
そればかりか、ミュージシャンを辞め、1972年にステイプル・チェイスにモントルーのライブを吹き込むまで姿を消した。
その5年間、マクリーンはコネチカット州で教師をしていたということだ。
何故そのような事になったか、私は最早語る必要がないと思っている。
もちろん本作のジャケットが気に食わなかった、なんて理由ではないのだ。

70年代となり、マクリーンは再び活動を開始した。
だがそれはかつての輝きを取り戻したという意味では無論ない。
2006年3月のこと、5年間教師をしていたと伝えられるコネチカットでマクリーンは亡くなった。
享年74歳。
長生きしたな。
よかった。




ついでだから、今日はもう一つ話したい。
明日でも明後日でも良いだろうが、早い方がいいと思う。
文藝春秋10月号の記事についてである。
ご覧になった方も多いと思う。
衝撃的な話だった。
今どき、種々報道される話がどれくらい信憑性があるかなんて、もう誰にもわからなくなっている。
国家が国民に伝える情報ですらが同様だ。
それはあの戦時、実際になされた大本営発表を見るまでもない。
情報とは発信する側の都合というバイアスが、常にかけられているものだ。
ではあるが、私はこの話を看過できるものではないと思う。

北朝鮮による拉致事件。
実は中国が大きく関与しているというのだ。









(201)なんとなくCRYSTALなWINELIGHT

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No.201 2014.9.28



<なんとなくCRYSTALなWINELIGHT>




80年代を代表するフュージョンの大ヒット作だ。
STUFFのスティーブ・ガッドやエリック・ゲイル、リチャード・ティーなどがバックを固め、ベースはマイルスバンドのマーカス・ミラーという豪華さ。
確か新聞記事を読み、即日買いに走った記憶がある。
当然LPレコードで、ライナーノートには「日本人には分かり難い」であるとか「グローバー・ワシントン・ジュニアのアルトは機械的で黒人らしさがない」とか、それこそ分かり難い事が書かれている。
フュージョンであればこんなものだし、これほど分かり易いアルバムが他にあるか、と言うくらいのものだ。
初版のライナー氏は評価が定まらないうちに書くので、後日読むと頓珍漢(死語か?)な話をして恥をかく事がある。
仕事で無理やり書くというのもなかなか辛いものなのだろう。

日付が1980年となっている。
ところがウィキペディアでは1982年発売説だ。
録音後発売まで間があく事は珍しい話ではないが、本作に関してはあり得ない気がする。
私の(あやしい)記憶とも合致しない。
昨日のことはすぐに忘れるが、昔のことなら割と覚えている場合がある。
まあ、どちらでも良いような話ではあるけれど。

本作を買い、聴いて当時どう思ったかと言えば、しまったと思った。
あまりに軟弱ではないかと。
特にボーカル入りの「JUST THE TWO OF US」にはまいった。
この段階では違ったが、後日この曲は「クリスタルの恋人たち」なる珍妙な、しかしありがちな邦題がつき大ヒットした。
なんですか、それ?
アホらしくなった。
「I See The Crystal Raindrops Fall ・・・」の歌詞あたりからか?
もしかしてシングルカットもされたのかもしれない。
そういえば、なんとなくなんとかいうクソな本が出たのも1980年頃であった。

だが今ではもう悪態もつかない。
特にタイトル曲のリラックス感はむしろ徐々に気に入ってしまい、最近になって自作ベスト盤に入れたくらいである。
30年以上も経てば、人は少しずつ大人になる。
大人になるというのは、昔のことは水に流すという事でもある。
だから皆さんも、私の数限りなくある愚行をどうか、サラッと水に流して頂けると大変ありがたいです。
私ももう、かたい事やかっこつけた事は出来る限り言わないようにする。
本作、悪くはない。
あえて言わせてもらうなら、ナベサダと区別がつき辛い憾みがあるのが難点ではあるのだが。
この場合、どちらが影響を受けたのであろうか。
・・・またなんかわかった風なことを言ってしまった。
まだまだだな。








(209) 卍

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No.209 2014.10.8



<卍>




ブルーノート4263番、大ヒット作ルー・ドナルドソン「アリゲーター・ブーガールー」である。
ルードナは1500番台に5枚、4000番台に9枚のアルバムを残し、ブルーノートからアーゴへ移籍した。
1963年のことである。

一説ではルードナ、アルフレッド・ライオンを「ジャズのわからないドイツ野郎」と、あまり好ましく思っていなかったと言われている。
事実1967年にライオンが引退すると、即座にルードナはブルーノートに復帰する。
アーゴの水が合わず、たまたまライオンの引退とルードナの復帰が重なったせいで、そんな事が真しやかに言い伝えられた可能性があると私は思っている。
いずれにせよ古巣に戻り、「満を持して」(私はこれをマンジと略し、卍とも書く)リリースしたのが本作だ。
というのもルードナは復帰後即別のレコーディングをしていたのだ。
4254番「ラッシュライフ」である。
こちらはフレディ・ハバード(tp)、ウェイン・ショーター(ts)、ペッパー・アダムス(brs)、マッコイ・タイナー(p)、ロン・カーター(b)ら豪華メンバーが参加し、デューク・ピアソンがアレンジを手掛けるという力の入りようであった。
しかし何故か4254番は発売されず、代わりにルードナは3か月後に本作を録音する。

まさに卍盤であった4263番は大ヒットした。
ビルボード誌のホット100入りしたのである。
ジャズのレコードとして、これがどれ程画期的な事かと言えば、ブルーノートであればその前はなんと3年前までさかのぼる。
1964年の4157番リー・モーガン「サイド・ワインダー」以来の事なのだ。
こんな事だからジャズのレーベルがもたないのも無理はない。

本作には若き日のジョージ・ベンソン(g)、ロニー・スミス(org)、メルビン・ラスティ(tp)、レオ・モリス(ds)らが参加している。
トランペットとドラムの二人は知らない。
ロニー・スミスはキーボード奏者のロニー・リストン・スミスとは別人だ。
要するに私にとって殆ど無名と言って良いメンバーで録音したのが本作ということになる。
それが有名ミュージシャンで固めた4254番を蹴飛ばして出てきたのだ。
そして見事大ヒットしたのだから分からないものだ、というか大したものだ。

4254番との違いは何か。
卍番はファンキーなR&B調で固めている。
4254番はバラード集である。
そういう時代だったのか。
わからない。
ルードナであったのかプロデューサーであったのかそれも不明だが、しかし、機を見るに敏なお方が居たのは間違いのないところである。
「ブーガールー」というのはキューバ由来のR&Bの事であるらしい。
ルードナ自身はその意味を知らず、レコード会社がつけたタイトルだと語っている。

これを今聴くとどうだろう。
私はタイトル曲の「アリゲーター・ブーガールー」がヒットした理由がわからない。
ヒット曲とは結局そうしたものなのかもしれない。
しかし特にA面2曲目の「ワン・シリンダー」、これにはついていけない。
ルードナ自身「単調にならないように苦労した」と言っているが、単調だ。
延々とワンコードで続くこの曲をやる必要があったのか。
ルードナのオリジナルですらない。
私が本作で一番好きなのは結局、ラストの「I Want a Little Girl」である。
サッチモやエリック・クラプトンがこれを演っている。

本作ジャケットの女性は皆さんご存知だろう。
写真家ウィリアム・クラクストン夫人のスーパーモデル、ペギー・モフィットだ。
ただし撮ったのはリード・マイルスである。

ルードナは本作の後、4000番台に6枚録音し、1500番台・4000番台合わせて21枚のリーダー作をブルーノートに残した。
これはジミー・スミスの27枚、アート・ブレイキーの24枚に続く記録である。

4254番も後日、日本のキングレコードによって発掘され、日米で無事発売されて良かった。









(225) 美音アルトサックス

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No.225 2014.11.4



<美音アルトサックス>




デューク・エリントン楽団の花形アルト奏者、ジョニー・ホッジスの1958年作品である。
小刻みのビブラートと、そのあまりに美しい音色(ねいろ)により、ホッジスも即座に特定可能なジャズメンだ。
スタイルとしては年代的にモダン以前という事になろうが、ホッジスに限ってスタイル云々もあまり意味がない。
無論何らかの分類は出来るだろう。
ところがホッジスを独立したフォルダに収めても、後から続く者がない。
スタイルを真似る事が万一可能だとしても、音色を模倣するのが困難だからだ。

ロイ・エルドリッジ(tp)、ヴィック・ディッケンソン(tb)ベン・ウェブスター(ts)らが参加し、本作は四管によるオーケストラ作品である。
顔ぶれを見れば明らかなように、ハード・バップとは一線を画す内容となっている。
ビリー・ストレイホーン(p)率いるリズム隊、それにベン・ウエブスターとリーダーのホッジスがエリントン楽団の関係者であり、勢いエリントン的なアンサンブルが展開されるテイクもある。
B面最後の「リーリング・アンド・ロッキング」に至っては、エリントンサウンド以外の何ものでもなかろう。
だがそればかりではなく、ホッジス自身が多くの楽曲を提供し、ソロを十分に聴かせるテイクもあり飽きさせない。

ホッジスは終始、歌うようにアルトを奏でる。
実に気持ちがいい。
こんなアルト、こんなジャズもあるのだ。
美しさで負けても、音のかっこよさジャズっぽさならジャッキー・マクリーンだと個人的には思う。
しかしこの居心地の良い、心穏やかならしむる安らぎ感をマクリーンに感じることはない。
この場合の「ジャズっぽさ」とは一体なにか。
多少乱暴だが、モダン(一部フリー系含む)専門ジャズ喫茶御用達の辛気臭さ、との言い換えが可能だ。
本作のメンバーは録音当時既に大方50代以上であり、スウィング系のやや古典的なジャズメンと言って良かった。
「若いの、これが音楽というものさ」
音溝から彼らのそんな矜持が伝わってくる。

音楽には三種類あると私は思っている。
人を覚醒させるもの、鎮静させるもの、そして不快にさせるものだ。
アルトで言えば最初がマクリーンであり、次がホッジスのような音楽。
濃いブラックコーヒーと香り高いハーブティー。
ご異論有りましょう(おっしゃる事ごもっともです)が、ボルドーとブルゴーニュ。
何はともあれ、どんなものでも三番目に関わるのは御免蒙りたい。



本作を聴き終えたところで私、これからちょっと旅に出てまいります。
皆さんお元気でお過ごしくださいますように。








(228) 藍調 SIDE Ⅰ

blues walk
No.228 2014.11.11



<藍調 SIDE Ⅰ>




1500番台を中心に選曲した「BLUENOTE SIDE Ⅰ」のラインナップは次の通り。

1. Hassan's Dream (リー・モーガン/1557)
2. Violets For Your Furs (ズート・シムズ(ユタ・ヒップ)/1530)
3. Cheese Cake (デクスター・ゴードン/4112)
4. Blues Walk (ルー・ドナルドソン/1593)
5. Cleopatra's Dream (バド・パウエル/4009)
6. Maiden Voyage (ハービー・ハンコック/4195)
7. Fugue'n Blues (ケニー・バレル/1523)
8. April In Paris (サド・ジョーンズ/1527)
9. Senor Blues (ホレス・シルバー/1539)
10. Royal Flush (ソニー・クラーク/1592)
11. Rubbis (ジミー・スミス/1514)
12. Nice And Easy (ジョニー・グリフィン/1533)

当ブログにて既に登場し重複の曲も複数ある。
こうして自作コンピを三枚続けて聴き改めて思った。
ブルーノートでは収録前にリハーサルを行っていた。
そのため、同時期の他レーベルにない、なんと言うか完成度の高さがある。
ミュージシャンの一発芸(偶然性)に期待しない、アルフレッド・ライオンのドイツ人気質だったのだろう。


話変るが、昨日行われた APECでの日中首脳会談冒頭のシーンを多くの方がご覧になったと思う。
安倍首相が「お会いできて嬉しい」と語りかけたのに対し、習近平これを完全に無視、ニコリともせず視線すら合わそうとしなかった。
昨今の日中情勢を踏まえ、対日強硬姿勢を国内向けにアピール、との見立てもあったが、それだけでもないだろう。
米国との間にどれ程の対立を生じていたとしても、オバマ大統領に対してあのように無礼な振る舞いが出来よう筈もない。
要は日本をなめているのだ。

中華思想というのがあの国の基本にある。
これは大昔からのことで、中国が世界の中心であり、「国」と言えるのは中国だけであとは辺境の野蛮人どもだ。
従って中国のトップのみが「皇帝」を名乗ることができ、朝貢して来る周辺の部族の長を「王」と封じた。
王は皇帝の部下である。
これを冊封体制と言った。
日本などの島国は、彼らにとって最下層の認識の「島夷」に過ぎない。
韓国マスコミが天皇をして「日王」と記す真意がお分かり頂けるだろう。

中国の龍には爪(指)が五本ある。
大陸の周辺部族、例えば朝鮮に贈られた龍の爪は四本。
島国日本の龍は?
三本だ。
これが中華思想である。
台湾も事情は同じ。
中国は台湾を自国領と考えて来なかった。
明治時代に沖縄の役人数十人を乗せた船が時化に逢い、台湾に漂着したことがある。
この時彼らの大多数が台湾人に殺される事件があった。
日本政府が抗議すると清国は、台湾など自国領ではないから関知せずと回答した。
いわんや尖閣をや。







(234) もうひとつのWFD

know what i mean
No.234 2014.11.25



<もうひとつのWFD>




もうひとつ、といわず「ワルツ・フォー・デビー」をカバーしたミュージシャン数知れず、多くのバージョンがある。
エバンス自身がデビュー作にてソロテイクを残してもいる。
しかし私にとってのワルツ・フォー・デビーは、エバンスのビレッジバンガードライブと本作に限られ、他はどうでもいい。

ところで当ブログにおけるキャノンボール・アダレイの露出度は低くない。
アルトで言えばジャッキー・マクリーンに肩を並べるほどだ。
それは言うまでもなく、個人的に彼を好むからで、他に理由があるはずもない。

昔ある政治家が「あっけらかんのかー」発言でヒンシュクをかったのを覚えておられるだろう。
実際のキャノンボールの人となりがどうであったか(知らないから)別として、彼のアルトはいつもまさに「あっけらかんのかー」であった。
実質マイルスがリーダーの「サムシンエルス」枯葉で、キャノンボールのソロが始まる瞬間が大好きだ。
光あるところに影がある。
キャノンボールの陽性が、ジャズの陰影を大きく強調する効果を生む。

本作におけるワルツ・フォー・デビーまた然り。
このテイクはエバンスのソロから入る。
心打たれるエバンスらしい演奏である。
う~ん・・・いい・・・。
で、ワンコーラス終わったところで、「あっけらかんのかーアルト」がガラッと雰囲気を変えてしまう。
この瞬間がいいのだ。
たまらん。

ベースとドラムがMJQのパーシー・ヒース、コニー・ケイなのがまたいい。
この二人、MJQでの目立っちゃいけないリズム隊がすっかり身に付き、本作でもけして出しゃばらなかった。
それが一層この異色のセッションを、キャノンボールのアルトを際立たせた。
もしもスコット・ラファロとポール・モチアンだったなら、ゴチャゴチャして収拾付かなかったのではないか。

ビレッジバンガードライブは1961年6月25だった。
あまり関係ないかもしれないけれど、この日は母の30回目の誕生日であった。
私、小学校一年生。
アフタヌーンセット二回、イブニングセット三回、計五回のステージの一部始終が、2002年ビクターからボックスセットで出ている。
ビル・エバンス・トリオによるワルツ・フォー・デビーが、この時イブニングセットの2と3で二回演奏されている。
アルバム収録されたのはセット3(Take 2)の方だ。

ビル・エバンス・トリオによる「ワルツ・フォー・デビー」で、マナーが悪い客以外に唯一気になるのが、この曲の頭でエバンスのピアノとラファロのベースが若干ズレる点だ。
A型気質丸出しだ。
しかし、気になるものは気になる。
このズレはボツテイクの方もたいして違わない。
要するにアイコンタクトでもなく「せーの!」でもなく、適当に(勝手に)エバンスが始めているものと思われる。
二つのテイクで違いがあるとすれば、採用テイクの方がモチアンのブラシにザクザク感というか力強さがあり、ラファロのベースソロにも迫力がある。
しかし、それ以上にTake 1最後の蛇足がボツの決め手だろう。
現在ではボーナストラックとしてCDに収録されていると聞く。
尚この曲、オリン・キープニュースの直筆レコーディング・データでは「Debbie's Waltz」となっている。

キャノンボールセッションはスタジオ録音、ビレッジバンガードの方はライブであるが、私はむしろライブの方が録音が良いと思う。
驚異的な事だ。
そして実は本作、キャノンボールセッションの方が三ヶ月早い。

ベーシストのスコット・ラファロは、ビレッジバンガードライブから10日後に自動車事故で亡くなった。
25歳の若さだった。
大きなショックを受けたとされるエバンスも、結局は1980年に死んだ。
そしてその数年前、エバンスの妻エレインが自殺している。
夫の心変わりを嘆いての事だったという。









(251) 謹賀新年

last date
No.251 2015.1.1



<謹賀新年>




こちらは穏やかな正月です。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

もう30年も前に年賀状というものを個人的に廃止してしまい、それでも仕事関係であるとか、こちらが顧客となっている先からちらほらと来る。
きっと2、30枚は来るのだろう。
妻の父親が昨年亡くなり、その妻が喪中はがきを出した。
彼女の夫はとてもきちっとした人で、整理された賀状の先が三百を超えていたという。
その数の喪中はがきを用意するのも大変ではあるが、それよりもいよいよ夫の不在を改めて知らされたのではないだろうか。
そういう時が一番身に染みて寂しいものだというから。

今年も僅かに届く賀状に対して、やはり私は返信もしないので、あらたまっての正月らしい所作などほとんどない。
昨年末から子供達や母親などが家に来てずっと宴会続きであり、なんだか頭が朦朧としすっきりしない中、一応襟を正し本作を聴く。
冒頭のセロニアス・モンク作「EPISTROPHY」が好きだ。
モンクのピアノについては、やはりどうもな。
わざわざ聴こうという気にならない。
だがモンクはいい曲をたくさん書いた。
最も有名なのは「ラウンド・ミッドナイト」だろうが、「EPISTROPHY」だってかなりのものだ。
モンクは「バップの高僧」などと言われ畏敬の念をもって扱われがちだ。
そのニュアンス分からないでもないが、どうも全面的には賛同しかねる。
そんな事もあって、私のハンドルネームが「BARON DE BOP」となった経緯がある。
BARONとは男爵だが、私の地方では男爵イモというジャガイモが生産されており、そこから「バップのイモ、バップの田舎者」的発想であったように思う。
まあ、はっきり言っていい加減な話に過ぎない。

本作はエリック・ドルフィーが急死する僅か四週前の録音であり、公式には遺作ということになる。
そうした面もさることながら、アルバムラストに残されたドルフィーの肉声でも有名だ。
曰く、
「When You Hear Music. After It's Over,It's Gone In the Air,You Can Never Capture It Again. 」
音楽は終わると空中に消えてしまう。
もう二度と取り戻すことはできない。


今年も続く JAZZ JOURNEY 。










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(274) 北のJKパーカー

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No.274 2015.3.6



<北のJKパーカー>





寺久保エレナ。
22歳のアルトサックス奏者だ。
高校生の時彼女は「北のパーカー」といういささか大盤振る舞いなキャッチフレーズを付けられて、キングレコードからCDデビューを飾った。

彼女が在籍した女子高というのが私の母校の隣りにあり、何かとイヤハヤな関係にあった。
すべて時効だと開き直ってお話しすれば、交際していたひとがいた。
実はその女性と、一級上の従兄の彼女が同じクラスだった。

ある時私たちが校舎の近くを通るのを目ざとく見つけ、二人は開いた窓から無邪気に手を振るのだった。
周囲にいるこちらの仲間が怪訝な顔をしたが、手を振り返すお調子者がいた。
それを見て他の窓から歓声があがる。
私と従兄は知らんぷりして通り過ぎ、「報復」のためタクシー会社に電話して迎車三台の手配を依頼した。
その女子高の職員室宛に。
まったく意味がわからん。
少年犯罪の動機を解明するのはいつも容易いことではない。

本作を聴くと寺久保エレナの上手さにたまげるだろう。
アルトサックスという楽器をまさに自在に操り、ロン・カーター(b)ケニー・バロン(p)らレジェンドと互角に渡り合う。
リーダー作にしては支配率が少し低いが、それはある程度仕方のない事であった。
音が美しいかわりに多少線が細いのも許容範囲である。

ただ私は少し心配になる。
「女子高生」サックスプレーヤーとして注目されてから数年経った。
現在も「うら若き女性」サックス奏者に変わりはない。
しかしこれらのカッコ書きがなくなる時、彼女はどうなっていくだろうか。
30代はまだいけそうだ。
しかし40代50代にも彼女はいつかなるだろう。
それでも寺久保エレナはアルトサックスを吹き続けるだろうか。
その歳の女性ピアニストや歌手はまったく普通に存在する。
むしろ適齢期と言えるかもしれない。
だがサックスならどうだろう。
はたして需要があるだろうか。
私には想像がつかない。
強いて実在例をあげればキャンディ・ダルファーか。

もっと率直に言えば、女性にサックスという楽器が似合わないと感じる。
サックスだけではない。
トランペットも似合わない。
管楽器でいけそうなのはフルートくらいか。
これは理屈ではない。
嗜好の問題だ。
剣道と弓道、それに空手の形を除き女の格闘技は嫌いだ。
柔道もレスリングも大嫌いだ。
それよりはだいぶマシだけれど、やはり女性管楽器奏者はキビしい。
若くてかわいい女の子が演奏する場合のみ、なんとかついていけるというだけの事だ。
しかしそんなもの、若くてかわいい女の子なら何をやたって大抵許されるものな。
彼女らは一定期間、絶対食いっ逸れないように最初から出来ている。
たとえ才能の類一切なかろうとも。

ある歌手のヒット曲に「雨○ど×」とかいうクソみたいな歌があり、その裏バージョン「□う△つ☆雨○ど×」でその男はこんな風に言っている。
「女性は器量が良いというだけで、幸せの半分を手にしている」
歌がどんなにクソみたいでも、事実は事実である。
私の見るところ、世の中とは実際いつもそうしたものだった。

器量好しで才能まである場合、一般にこれを鬼に金棒というが、寺久保エレナのアルトサックスがたいしたものであるのは間違いのないところだ。
きっと彼女はこれからも練習し、さらに上達するに違いない。
そして20年後、「北のパーカー」と呼ばれた女子高生は「日本のキャンディ・ダルファー」になっているだろうか。
何かと将来が楽しみである。

ところで先日、車をラングラーに買い替えるかも、という話をした。
これは第二次世界大戦下、米国陸軍に制式採用された軍用車両を始祖とする。
少し軍事オタクな私に向いた車だとちょっと思った。
ラングラーはそれから半世紀以上に渡り、何度もモデルチェンジを繰り返して現在に至っている。
直近では2007年に先代「TJ」をモデルチェンジしたものが現行モデルとなるのであるが、これがなんとコードネーム「JK」と呼ばれているのであった。
オフロードやアウトドアやワイルドなどと言うよりも、ルーズソックスとかプリクラとかの淫行な世界ですね、普通。
これはちょっとアレだなあ、ワタシ的に言うと。













テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

(278) SATURDAY MORNING

saturday morning
No.278 2015.3.21



<SATURDAY MORNING>





タイトルとジャケットの乖離が激しい。
土曜の朝といっても、金曜の夜遊びから続くまだ明けきらない4時頃のジャズクラブか。
再三お伝えしたように私は英語がさっぱりなので想像に過ぎないけれど、「サタディモーニング」には遊び過ぎたり飲み過ぎたりであまりすっきりしない朝といったニュアンスがあるのかもしれない。
事実私の「サタディモーニング」はたいてい二日酔いだった。
しかしこのところ毎週朝8時半のテニスに行くようになり、そうなると勢い自制心も作動しそういう事は少なくなった。
CDが現在廃盤になっているようなので恐縮だが、ソニー・クリス作品で私は本作が一番好きだ。
インペリアル盤の「go man!」も好きだが、どちらか一枚と言われればこっちだ。
だからもちろんLPも所有する。

LPレコードの成熟期に入っていた1975年録音で、従って本作はとても音がいい。
ソニー・クリスのアルトはもちろん、あるいはバリー・ハリスのピアノの音もさることながら、特にリロイ・ビネガーのゴンゴンと鳴るベースが凄い。
なにより収録曲がすべて良く、スモーキー且つブルージーな色彩で一筆書きに描ききる。

ソニー・クリスは自殺したとされるが、諸説あり女に拳銃で撃たれたという人もある。
女をそこまで思い詰めさせる罪な男が実際いるもので、先日聞いた古い知人の元妻の話もよく刺されずに済んだなというくらいのものだった。
そもそも人妻だった彼女(仮にM子とする)は、夫と娘を捨てて男のもとへ走ったのだった。
しかし再婚後間もなく、男にはずっと以前から他に愛人がいた事が発覚したのだという。
やっと別れさせヤレヤレと思う頃、男が病気で入院した。
せっせと通う病室にある日別の女がおり、りんごの皮を剥いていた。
問い詰めればその女もまた長年の愛人であったのだ。
「私はいない方がいいの?」
そう問いかける彼女に返答しない男。
M子は病室をとび出し、今度こそ男との別れを決意したのだという。


ソニー・クリスは私にとってジャッキー・マクリーンと並ぶアルトのヒーローだ。
この二人にとってのヒーローは多分チャーリー・パーカーだった。
今パーカーを日常的に聴く人が果たしてどれだけいるだろう。
パーカーが残した音源の殆どが、時代が古いせいで音が悪すぎる。
残念だが音が悪い音楽鑑賞は苦行に過ぎない。

ジャッキー・マクリーンに比べると、ソニー・クリスはどうも不当に扱われてきた。
曰く「うるさい、軽い、下品だ」それもこれも、上手さ故の謂れ無き誹謗である。
確かにジャッキー・マクリーンのアルト、ジャズっぽいと言っていいだろう。
それに比べて、ソニー・クリスの音はどちらかと言えば溌剌としている。
あっけらかんとし過ぎ、雰囲気を壊していると言いたいのも分からなくはない。
「天童よしみブルースを歌う」的な感じか。
だが楽器がよく鳴っているという点でもテクニックという点でも、まさっているのは明らかにソニー・クリスだ。
文句を言う前にぜひ本作を聴いてほしい。
晩年のせいかソニー・クリス、吹き過ぎず終始演奏が落ち着いている。
言い辛いけれどもアルバム単位で考えた時、ジャッキー・マクリーンは本作を超える盤を持たない。


ところで病室をとび出したあとのM子は、前の夫娘それに孫との暮らしを始めたらしい。
別れた男とはその後、時々テニスをするだけの関係になったという。
しかしながら、これが彼女の最終形であると私は必ずしも思えずにいる。













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(280) New Jazz

straight ahead 1
No.280 2015.4.2



<New Jazz>





創業者ボブ・ワインストックが去って間もなく、プレステッジ・レコードは傍系のNew Jazzをスタートさせた。
あまりにもレコードの売れ行きが悪く、多角化に活路を求めたものと思われる。

エリック・ドルフィーが「Outward Bound」でデビューしたのはこのレーベルであった。
確かに少しは新しかったのだ。
しかし、ロイ・ヘインズ(ds)フィニアス・ニュー・ボーン(p)ポール・チェンバース(b)のトリオ作「We Three」や、ケニー・ドーハム(tp)「Quiet Kenny」なんかは、新しき革袋に古い酒を盛っただけだった。
そんなやり方で売れるなら世話もないが、なかなかそうはいかないだろう。

本作はあの名作ブルースの真実収録の直後、1961年3月に録音されている。
オリバー・ネルソンとエリック・ドルフィーの共演はそういう流れだ。
両作ともバンゲルダー録音だから聴き比べてみるのも悪くないけれど、まあ率直に言って格が違うので同列に語るものではない。
とはいえ本作は本作で美点があり、特にミルト・ジャクソン作の「Ralph's New Blues」で始まるB面が好きだ。
この曲を除くすべてがネルソンのオリジナルである。
ラストの「111-44」は名曲だ。

オリバー・ネルソンは作編曲で多くの良い仕事を残した。
本作にエリック・ドルフィーを呼んだのも、プレーヤーよりもコンポーザーの自覚が勝っていたからだと思う。
ドルフィーとの共演がどうなるかなんて、彼には端から判っていた筈だからだ。
「ラストワルツ」のロビー・ロバートソンを思い出した。
エリック・クラプトンをザ・バンド解散コンサートのゲストに迎え、ロビー・ロバートソンは嬉しそうだった。
たとえギターで差をつけられても、彼の音楽全体が戦力アップするならそれで良かったのだ。

本作におけるネルソンとドルフィーにバトル意識があっただろうか。
それはないと私は思う。
むしろそれぞれ自分の役割を冷静にこなしている感じすら伝わってくる。
ドルフィーは自分が何故呼ばれたかを、つまり雇われた理由を理解していた。
彼の演奏はいつも激しい。
しかしそれは緻密に構成されたものだ。
ドルフィーは自分の音を客観視出来る「音楽家」だった。
ネルソンがドルフィーを呼んだ理由もそこにある。

二人ともがマルチリード奏者であり、アルト、テナー、バスクラ、フルートと目まぐるしく持ち替えが行われる。
「ブルースの真実」における四管編成の再現が、アレンジャーたるオリバー・ネルソンの本来希望するところであったろうか。
予算の都合で却下され、苦肉の策でこうなったというのが真相かもしれない。




今年も春が来て、親子温泉旅行の季節となった。
母は84歳になる。
さすがに少し怪しくなってきて、道中同じことを何度も話題にする。
私は初めて聞くフリをするのが上手くなってきた。

段々行き先がなくなってきたのである。
そろそろ二巡目に入るのが良さそうだと思った。
今回は白老のオーベルジュを当てずっぽうに予約したのだが行ってびっくり。



白老1



この日の客は我々三人だけ。
怖いですよ、なんだか・・・





白老3




二部屋用意され、私だけ一人で寝る事に。
夜中にちょっと部屋を出たらオートロックで戻れなくなった。
泣きそうだ。
私ホラー映画が嫌い。
バイオ・ハザードなんかやるんじゃなかったと、この時ばかりは後悔した。









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(281) JAZZLAND

the mode 1
No.281 2015.4.6



<JAZZLAND>





リバーサイドの傍系レーベル「JAZZLAND」に残されたソニー・レッド(as)のリーダー盤「The Mode」である。
ジャズのモードと聞くだけで逃げ出したくなるが、ほぼ正統派ハードバップだから安心していい。

思えばジャズメンに「ソニー」が大勢いた。
ソニー・ロリンズ(ts)ソニー・クラーク(p)ソニー・クリス(as)ソニー・スティット(ts)彼らのうち誰一人本名がソニーという者はない。
ソニー(sonny)は少年への呼びかけで「坊や」というほどの意味に用いられる愛称だからだ。
事実ソニー・レッドも本名をシルベスター・カイナーといった。
しかし「sonny」ほどジャズっぽい名前もまたとない。
(シルベスターではジャズというより「ロッキーのテーマ」になってしまう)
無論それは多くのビッグネームが残したイメージによるものだ。
そうした中で本作のソニー・レッドは最もアンダーレイテッドな「ソニー」と言っていいだろう。
同じくJAZZLANDレーベルに残り二枚のリーダー作がある他は、ブルーノート4032番「out of the BLUE」があるくらいだ。
アルフレッド・ライオンが「バードランド」に出たソニー・レッドを聴き即座にレコード化を決めたというが、何故か後が続かなかった。

ソニー・レッドは手練れである。
しかしブラインドで当てるのは相当困難ではないだろうか。
ともすればジャッキー・マクリーンと混同してしまいそうだ。
音色が似ているのである。
これがソニー・レッドがビッグネームに成り切れなかった最大の理由ではないかと思っている。
ジャッキー・マクリーンは一人でいい。

本作は冒頭「ムーン・リバー」で始まる。
非常にキャッチーであり分かり易い。
これは意図的なものだろう。
しかしジャズ喫茶人気盤のセオリーを守っているようなのに、そうした話を聞いたことがない。。
ジャケットのせいもあるかもしれないが、さすがに「ムーン・リバー」ではアホ過ぎた。
グラント・グリーン(g)とバリー・ハリス(p)の支配率が高すぎるのも一因か。
尚ワンホーンのトラックではシダー・ウォルトンがピアノを弾いている。

ところで日本が世界に誇る(もはや過去形か)ソニーの社名もSONNY由来であるという。
そもそもは東京通信工業といった。
創業者の井深大氏か盛田昭夫氏がジャズファンであった可能性はある。
弟がソニー株を少し持っているのだが、今や無配であると嘆いていた。
前にも言った気がするけれど、「Lカセット」やビデオの「β」、最近ではMDの早すぎる陳腐化など過去にも失敗はあった。
だが何といってもCDを発明したソニーである。
今や電器屋と言うより金融業に近いというが、何とか持ち直してくれないかと思っている。
弟の老後のためにも。

まだスノーボードとかいう「はんかくさい」ものが出現する前、今では信じられないほどスキーヤーが溢れていた頃のゲレンデで、長蛇のリフト待ちをする人々の多くがウォークマンを聴いていた。
残念ながら当時の私には手が出なかった。











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