(43) ジュニアの鳥肌

ジュニア
NO.43 2011.12.24



<ジュニアの鳥肌>





この盤をバイト先で見た記憶がある。
当時同僚だった彼らは、どこでこういった音楽の情報を入手し、実際に聴いたものであろう。
所有しなければ身につかない、というものでもないのか。
皆、よくジャズの事を知っていた。
そして私がかけようとするレコードを、ヒットメドレーばかりだな、と言って批判した。
彼らは今も音楽を聴いているだろうか。

4344で本作を聴いた10日後の事だった。
友人宅で再びこれを聴いたのである。
それはCDだった。
目の前で演奏しているようだった。次元の異なる音が出ていた。
私は信じられないものを聴いた気がした。
そこで、このCDは最近リマスターされたものかと聞いてみた。
友人は1000円そこそこの廉価盤だと言うのではないか。
私はその時、4344と決別する日が来るような気がした。

ところが、「気がした」どころではなかった。
次の日にはもう、オーディオショップを訪ねていたのである。
これまで付き合いのあったO店ではなく、何度か行き真空管など買ったことのあるA店であった。
それには理由があり、4344を私にすすめたO店を最早信頼できなかったからだ。
社長のK氏と初めて話をした。
実はK氏、O店の出身であり、独立されて16年目だということだった。
スピーカーを入れ替えようと思っている、とズバッと切りだした。
それもツルシの既製品ではなく、特注を考えていると。

K氏はこれまでの私のオーディオ経験を聞き、次のような提案をしたのである。
タテマツ音響にウーファー(低音用スピーカーユニット)ボックスを製作させる。
これは縦のダブルウーファーとしたい。
ユニットはJBLの1500AL。
それに山本音工の木製ホーン(ラッパ)、2インチのドライバー(高音用ユニット)を組み合わせ、さらにエール音響のツィーター(超高音用ユニット)を加えるという構成がいいのでは、と言われた。
鳥肌が立つような音がでますよ、と。
空耳だったのか、私にはその音が聞こえたのだ。
早くも全身に鳥肌が立っていた。











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(46) ホーム カミング 新スピーカーが家に?

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NO.46 2011.12.27



<ホーム カミング 新スピーカーが家に?>





70年台初頭の録音。
フリー旋風に嫌気がさしてヨーロッパへ落ち延びたアート・ファーマーがようやく帰国。
直後に録音されたのが本作、というわけだ。
この後、今度はフュージョンブームの煽りで、CTIへ「クロール・スペース」など吹きこむが、本当にやりたかったのは普通のフォー・ビートだと思う。
だが、そういった普通をやれる期間というものは実は短かった。

アート・ファーマーが主にフリューゲルホーンを選んだのは何故だったのだろう。
人と違う楽器を持ちたかったのか。
いや、多分そうではなく、フリューゲルホーンの音色が好きだったのだと思う。
生理的に好きな音というものは実際あるものだ。そ
れはオーディオを選ぶ時の大きな要素でもある。

A店のKさんが勧める新スピーカーのあらましが大体まとまってきた。
ウーファーボックスは間口80センチ奥行き60センチ高さ110センチほどの大きさで、細部は製作するタテマツがコンピューターで最適化する。
ホーンは山本最大のF280Aをどうしても使いたいとおっしゃる。情報量が違うと。
その上にエール音響のツィーターを乗せるのだが、これが大変重い。だが、F280Aは作りがしっかりしていて、びくともしないそうだ。
ドライバーはA店にたまたまJBL2441の在庫があり、それをF280Aに装着する方向である。

この段階で問題が二つ出てきた。
使用を考えていたJBLのウーファー1500ALが既に生産終了で、店頭在庫を探したが見つからないのである。
代わりにとKさんが勧めるのが、エール音響の15インチウーファーなのだが、これが1500の倍以上の値段で、しかも重量が一発40キロ以上になる。
それを片側二発、それだけで私の体重を軽々と超えるのだ。
ざっと全体を計算してみると、片側300キロもの重さになってくる。
値段も重いが重量も相当なものだ。
恐る恐る、Kさんに聞いてみる。
どうしてもダブルウーファーにしないとダメなんでしょうか。
Kさん、どうしてもダメだとおっしゃるのだ。
そうしないと2インチドライバーとうまくバランスしないと。
そうは言っても金を払うのは私なんだがなあ。
思わず喉元まで出かかり、言葉を飲み込む。

もう一点は色の問題で、ウーファーボックスとホーンの製作先が異なるので、カタログの色がまるで違うのである。
特に山本のホーンはやけに赤く、どうも好きではない。色を合わせる特注は可能だが、一割程度は値段が上がるし、どこまで実際の色が揃うかわからない。

そして、実はこれこそが最大の問題と言って良いだろうが、これらのものを組み上げると高級自動車一台分に匹敵する金額となるのである。
この不景気にそんな買い物をして良いのか。
音も聴かないで。
生理的に嫌いな音がもし出たら、一体どうする。











(47) FOUR! タテマツ、山本、エール、そしてJBL

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NO.47 2011.12.28



<FOUR!  タテマツ、山本、エール、そしてJBL>





コンテンポラリーの音が良いというのは本当だ。
JBLのイメージはコンテンポラリーなのであり、断じてブルーノートではない。
カリフォルニアの青い空なのである。
それは温かく乾いているのだ。
イーストコーストはもう少しジメついている。
これは廉価盤のCDだ。
1100円。
ユニバーサルミュージックであるが、ソニーだったろうか。
CDの出始めにはこうした物を3000円以上で売っていた。
ソニーはずい分儲かった筈だ。
そのCDが三分の一の値段になっただけでなく、ソニーは相当厳しい事になっているように思う。
こんな日が来るとは思わなかった事だろう。

人生ほんとうに分からないものだ。
私は人生最大級の決断を迫られていた。
こんな日が来るとは思わなかったのである。
昔から音楽は好きだった。
それは本当だ。
だが、こんなにとんでもないオーディオマニアになるつもりなど更々なかった。
A店Kさんより提示された見積もりを見て、思わず声が出た。
な、な、・・なんだとー。
耳を疑うような金額のスピーカーである。
それを音も聞かずに買えと言うのか。
きっととんでもない(素晴らしい)音が出るのであろうが、もしも、もしもである、(いや、そんな事がある筈はないが)万一、万マン一にも良い音が出なかった日には、いったいどうすりゃいいのか。

だが、私は買うことにした。
どうしようもなかった人生の最後に、一つだけ最高の到達点を目指してみたい。
むろん、最高の音が出るとは限らない。
いや、多分それは出ないだろう。
何となくわかるのだ。
私の知るオーディオというものは、そんなに甘いものではなかった。
しかし、このまま4344で終わるわけにはいかなかった。
出来る限りのことはした、そうだ、そのように納得出来るものは、テニスとオーディオくらいのものではないか。
もう一人の私が強く背中を押した。
かくして私は新スピーカーを発注したのである。
製作に最低3カ月はかかるとの事であった。











(54) 新スピーカーで聴くWOOD

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NO.54 2012.1.4



<新スピーカーで聴くWOOD>





そうこうするうちに、とうとう新スピーカーがやって来た。
先ず第一陣として山本音工の木製ホーンが、組立の前日に到着したのだった。
大きな段ボール箱が二つ。
S急便が荷物を置いて引き揚げていった。
居間に置かれた段ボール箱は大変重く、私一人の力で動かすことは困難だった。
明日まではこのままにしておくしかない。

この大きな木製のホーンから、いったいどのような素晴らしい音が出るのであろう。
私は遠足前夜の小学生のように明日が待ち遠しく、まだ音の出ないホーンが入った箱を眺めてニヤニヤしていたのである。
ところがふと気付けば、一つの箱に直径2センチほどの穴があいているではないか。
嫌な予感がした私はA店のKさんに報告を入れた。
Kさん早速やってきて箱を開け、中を確認したところ、ああ、何ということだろう、何かが段ボールを貫通し、本体に傷をつけていたのだ。
Kさん、慌てて運送屋に連絡を入れ、続いて山本音工にも電話を入れる。

S急便の担当者がやって来た。
どうやら保険で処理をする事になるらしかった。
私は何と言ったら良いかわからず、茫然としていた。
私の心中を察したKさん、大丈夫です、保険できちんとできますと、しきりに慰めるのであった。

翌日は朝から組み立て作業である。
専門の作業員の方を二人と、A店のKさん、それにSさんがみえて、計4人での作業である。
まず、タテマツ製のウーファーボックスが搬入された。
それを平らに寝かせ、エール音響の15インチウーファー二発を取り付ける。
これが容易ではない。
何しろ一発40キロの重量だ。
手をかけるような所がどこにもないので、Sさんは見たこともないピチピチのゴム手袋をして歯を食いしばり作業を進める。
私は邪魔にならないよう離れた所から、祈るような気持ちで作業を見つめるだけである。

ここで大きな問題が持ち上がった。
タテマツがウーファー固定用に付けてきたボルトが、短くてまったく用をなさないのだ。
何という事だタテマツ、図面をひき、全て計算したのではないのか。
Sさん、唖然とした様子だが、いつまでもそうしてはいられない。
ひとっ走り買って来ますと出て行かれた。

暫くしてSさんは同じ種類の長いボルトを調達して戻って来た。
一発8本、全部で32本のボルトを近くのホーマックで見つけたというのである。
ホーマックを疑う訳ではないが、見た目が似ていても質は問題ないのだろうか。
いや、疑ってもしょうがない。
ホーマックのボルトでウーファーを留めるしかないのだ。

やがてウーファーの取付けが終わり、男四人でそれを起こしにかかる。
大丈夫か?私に出来る事は何一つない。
続いて山本音工のホーンに、ドライバーJBL2441が取付けられる。ホーンの傷が痛々しい。
今度はそれを四人で担ぎ上げ、タテマツボックスの上に乗せるのである。
ここで気付いた。恐れていた事であるが、特注した筈の色合わせが全く合っていないのだ。
ホーンの色が明らかにずっと濃い。
それをKさんに言った。もちろんKさんもそれには気付いていた。
「これは不幸中の幸いというやつです。保険で左右とも作り直しになりますから、次は色を合わせるように良く言います」
そうだろうか。
本当に大丈夫なんだろうか。

この時点でとうに昼をまわっているが、時間を惜しむように昼休みなしで作業が続く。
もっとも私は、食欲などどこかに置き忘れてしまっているから、昼抜きに何の問題もなかった。
最後の重量物、エール音響のツィーターを木製ホーンの上に乗せた。
ここで作業員の方二人を帰し、後はKさんSさん二人の仕事である。

結線が終わり、音を出せる状態になったのは3時過ぎの事だった。
Kさんが厳かに言う。
「アンプの電源を入れてください」
私は黙って頷くと、この日唯一の仕事である電源を入れた。

ここからKさんとSさん、持参のCDを取っ換え引っ換えチャンネルデバイダーの調整が始まった。
音は確かに出ている。
だが、それが良い音かそうでないのか、この段階ではまだ私には判らない。
二人が私の全く知らないクラシックのソフトを使って調整していたからだ。
無言の時間が流れていた。私は息を詰め、二人の作業を注視していた。

どうも様子がおかしい。
二人で首を傾げているのだ。
次第に何かブツブツ言い始める。
曰く、ウーファーが動かない。曰く、洞窟で鳴っているようだ・・・
おいおい、それはないだろうと思ったが、私の耳も期待していたものとは大分違うのではないかと感じていた。

6時を回った頃だった。
Kさんは言った。
「初日ですし、まだ硬いのでしょう。このまま鳴らして下さい。明日また来ます」
そうして二人は帰っていかれた。

私はほとんど何もしていないのだが、なんだかぐったりと疲れていた。
そして相当に落胆していた。
一人になって本作を聴いてみる。
4344でも良く鳴っていた数少ないCDの一つである。
明らかに低音の質が悪い。
高域はモヤモヤしている。
どうしよう、エラいことになったのではないのか。
ベーシスト、ブライアン・ブロンバーグが泣いているようだった。











(55) ミート・ミー・イン・パリス

松尾
NO.55 2012.1.5



<ミート・ミー・イン・パリス>





翌日、Kさんは大きな荷物を持って一人でお見えになった。
荷物はパスのチャンネルデバイダー(以下チャンデバ)である。
チャンデバはスピーカー用の電気回路で、信号を低音と高音に分けるためのものだ。

Kさんは我家のチャンデバを疑っていた。
私の所で使っているのはアキュフェーズのDF-45という機種で、信号を一度デジタルに変換し加工した後もう一度アナログ信号に戻すというものだ。
Kさんはこれが音を悪くしているのではと疑っていた。
そこでご自分が一番良いと信じるパスのチャンデバを、店から持ってきたのである。

接続され音が出た。今日もクラシックのCDである。
じっと聴いていたKさん、昨日よりずっと良いとおっしゃる。
確かに昨日とは違う音が出ているらしかった。
しばらくこれで聴いてみて下さい。
そう言ってKさんは帰られた。

私は一人で様々なものを聴いた。
確かに違うのである。
本作をかけた。松尾明氏のドラム音がスカッとしている。
パスのチャンデバ、実売価格で70万以上だろう。
私はこれを買うのか?

買うしかないように思えた。
毒喰らわば皿まで。
この新スピーカーをなんとかしなければならないのである。
藁をも縋ると言うが、それにしては高い藁ではないか。











(56) ブルー・シティ

suzuki.jpg
NO.56 2012.1.6



<ブルー・シティ>





パスのチャンネルデバイダーも家に落ち着き、私は片っ端からレコードをかけていた。
どうも違和感がある。
なにがと上手く説明出来ないが、どうもどこかが違う気がしていた。
接続を確認し直し、調整可能箇所はすべてチェックしたつもりだった。
だが、それでも消えないこの変な違和感。いったい何だ。

本作を聴きながら、わたしはふと思いついてプリアンプのスイッチをモノラルにしてみたのだ。
鈴木勲のベースが中央に定位する筈である。
だが、音像がどうやっても中央に集まらない。
これはおかしい。
頭が混乱していた。
アンプの故障か?
いや、どうも違う。
チャンデバのボリュームを全てゼロまで絞ってみる。
当然音は消える。
次に高音のボリュームのみ、左右対称位置まで上げてみる。
高域の音像がスピーカーの中央にきちっと定位しているではないか。
これはどういう事か。
では、低域も試してみよう。
高域をゼロにして、低域のボリュームのみ左右対称に上げてみた。
大きく左に寄っている。
なんだ、これは・・・
原因はまだ分からない。
だが、何やら解決の糸口を掴んだようだった。

なけなしの知識と想像力を総動員して考えた。
低音の音像のみ極端に左へ寄っている。
右のウーファーから音が出ていないのか?
そっと手で触れてみる。
コーン紙の振動が手に伝わってきた。
これは・・・え?まさか・・・
右ウーファーボックスのケーブルを外し、単三電池を繋いでみた。
正相の接続であるから、コーン紙が前へ出る筈だ。

ボコッと音がしてコーン紙が動く。
なんという事か。
私は我が目を疑った。
上下二発のウーファー、上のコーン紙は前へ出ている。
しかしである、下のコーン紙は引っ込んでいるではないか!
私は遂に原因を特定した。
右スピーカーのウーファーのうち一つが、有ろう事か内部の配線ミスで逆相に繋がっているのだ。
だからお互いに打ち消しあい、右スピーカーからは殆ど低音が出ていなかったのである。











(58) go man !

ソニー
NO.58 2012.1.8



<go man !>





ソニー・クリスの死因は二説ある。
一つは拳銃自殺。
もう一つは女に撃たれたとするものだ。
銃創が腹部であり、自殺は不自然だとする説に私も同意する。
ソニーもまた、女に撃ち殺されるという、ジャズメンの鑑のような死に方をした。

ソニーの美点は何と言ってもその音色の輝かしさだろう。
これが同じ楽器か、というくらいジャッキー・マクリーンとは違う。
少しテラテラし過ぎているかもしれないくらい晴々と鳴る。
もう一点は運指の正確さだ。
それによってコブシが良く回る。
それを下品だとする向きがあるほどである。

A店のKさんがやってきた。
申し訳ありません、と。
そうだろうな、他にもっと上手い言い方があるだろうか。
私にも名案は浮かばない。
しかしだ、よく考えてもらいたい事がある。
もしも正常に接続されていたならば、DF-45をパスのチャンデバに買い換えたかどうか、それは分からない話だろう。
もう永久に分からないが、私はその事を生涯忘れない筈だ。
だが、それについて私は言及しなかった。
今更言っても仕方ないからだ。
思えばずい分大人になった。
後日、右スピーカーはバラされ、最初からやり直しとなった。

さて、ここへ来てまた大問題が持ち上がったのである。
ウーファーを留めるボルトがやけに緩み、度々締め直しとなっていたのだ。
それをKさん、曰く箱の木が痩せた、曰く強力なユニットの振動で緩んだ、そのように言いながらその都度締め直していたのだった。
ところがある時、バチッと音がしたかと思うと空回りし始めたのだ。
二か所同時だった。
調べたところ、ボルトを受けているオニメナットというパーツが途中から切れ、もげていた。
何が起きたかというと、例のホーマックで調達したボルトが、まだ尚短かかったのだ。
オニメナットに刺さりきらず、半分くらいしか掛っていなかった為、オニメに無理がかかり、少し伸びてしまう。
結果緩む、締め直す、また緩むを繰り返し、最後はオニメが破断してしまった。
何しろ40キロ以上の重量を8本のボルトで固定しているのである。
一か所5キロ以上の力がかかっている。
それを設計通りに受け止められず破綻、つまりは早い話が強度不足という事である。
まったく、何ということだ。











(60) ア カペラ

a capella
NO.60 2012.1.10



<ア カペラ>





懐かしく、だが少し悲しく、そしてややミゼラブルでもあった、ある時期の事を本作は私に思い出させる。
アカペラはア・カペラなんだな。
CAPELLAは英語の辞書にない。
星の名前らしい。
イタリア語のA CAPPELLAは無伴奏の事。
カペッラは中田英寿がいた時のローマの監督だった。
トッティばかり使い、中田を出さないのでイライラした。

昔知人が「カペラブラザーズ」というバンドをやっていて、カペラってなんだと聞くと、マツダのカペラだと言って笑っていたが、あれは嘘だな。
ア・カペラのカペラに因んだものだったのだろう。
何故ならその男は、大阪大学の男声合唱団出身だったからだ。
もう還暦を過ぎた筈だ。
今も元気に歌っているだろうか。

大変なことになってきた新スピーカーに、新たな事件が持ち上がった。
ウーファーボックスの天板と側板の繋ぎ目に隙間が出来てきたのである。
恐らくは二発のウーファーが重すぎて支えきれなくなっているのだ。
つまり、箱の強度が足りないのである。

この隙間が5ミリ程度まで広がった頃、更に問題が起きた。
保険で作り直した山本の木製ウーファーまで割れてきたのだ。
山本ウーファーは集成材で出来ている。
集成材とは小さな木片を圧着して作る木材だ。
その接着が弱く、繋ぎ目が離れてきたようだ。
普通、あり得ないことである。
集成材は反ったり割れたりしがちな木材の弱点をカバーし、材料の強度をだす目的で作られているからだ。
それが割れてくるというのは、まったく問題外の出来事と言っていい。
もう、あっちもこっちもボロボロではないか。

私は週に2・3度、スピーカー前のスペースで筋トレやストレッチをしているのだ。
300キロからある物体が自重を支えきれず崩壊したら、いったいどんな事態となるのか。
それを想像したら、違う種類の鳥肌が立った。













(70) 天高く翔ぶんだ BIG FOUR

big4.jpg
NO.70 2011.1.20



<天高く翔ぶんだ BIG FOUR>





缶コーヒーのCMソングに使われた「明日があるさ」、そしてあのスキヤキソング「上を向いて歩こう」を作曲した中村八大氏、実はバリバリのジャズピアニストだった。
松本英彦(ts)小野満(b)ジョージ川口(ds)らとビッグ・フォーを結成し、日本のジャズ黎明期を支えた。
本作は全曲中村氏のアレンジによるスタンダード作品集である。
バードランドの子守唄やスターダスト、A列車で行こうなどの小気味良い演奏がテンコ盛りとなっている。

我家のウーファーボックスが遂に作り直しの運命となった。
山本ホーンは修理でお願いしたいとの事で、私は内心不満に思ったがそれを了承した。
A店のKさんが気の毒になってきたからだ。
基本的には製作者の責任であるところ、矢面に立つのはもちろん販売店のKさんにならざるを得ず、なんとも因果なご商売であると少し同情した。
Kさんもきっとオーディオがお好きでこの道に入られたのだろうが、ナンボ好きでも私には出来そうもない。

ただ、これだけは言っておかねばならないが、Kさんという人、相当いいかげんな所がある。
それはもう、数え上げればきりがないほどだ。
しかし、私の住むこの田舎町には、もう他に人も店もない。
この業界、高額商品を扱う割に人材がいない。
オーディオが下火になったのは、そうした事と無関係ではなかった筈だ。

新スピーカーの全部が片付くのは、発注から数えれば丸一年後の事になりそうである。
このスピーカーを買った事が正解であったかどうか、今のところまだ私は結論を出せずにいる。
しかし、もう4344に戻すことも叶わないのだ。
なんとかうまく収まって、ああ良かったねと言い、そして本当に鳥肌が立つほどに良い音で鳴ってくれる日が早く来るよう、私は心底祈っている。

頑張れ我家のBIG FOUR !










(73) ヘビーローティション

gordon.jpg
NO.73 2012.1.23



<ヘビーローティション>





寺島師匠には大変お世話になった。
と言っても、お会いしたことはない。
専ら活字を介して、一方通行のお付き合いである。
ずい分と影響されたものだ。私が今日のようなオーディオマニアとなっている、その半分は氏の影響によるものである。
また、改めて言うまでもなく、本Noteは氏の「辛口JAZZノート」その他のエピゴーネンだ。

本作は氏の本で知り、どうしても聴きたかった。
しかし、ずい分と探したが既に廃盤となっていて影も形もなかった。
そしてもう諦め忘れかけた頃、某サイトで新品が売り出されたのだ。
私は喜び過ぎて、発作的に3枚購入していた。
アイドルの総選挙とやらを笑うことは出来ない。
人間思い詰めるとロクなことにならないのである。
以来、本作は我が家における「ヘビーローティション」の一枚となった。

ところが現在、私にとって最大の音楽ソースは、実はLPレコードでもCDでもない。
それはヤマハ製CDレコーダー「CDR-HD1500」になる。
定価8万円足らず、インドネシア生産の録再デッキである。
申し訳ないが、8万円という値段はオーディオの世界ではハナクソのようなものだ。
だが、こいつは素晴らしく使い物になるのだ。

私がCDR-HD1500に目を付けた時、ヤマハはこの製品の製造を既に終了していた。
仕方なく中古をオークションで探すことにしたが、観察していると落札価格がいつも10万を超えていた。
定価8万以下、最終在庫の店頭価格は5万を切っていたのだ。
だが、今さらそんな事を言っても仕方がない。
私は目を瞑ってこのCDレコーダーを落札する事にした。

本機最大の特徴は市販IDEハードディスクを自分で装着できる点にある。
ただ、ハードディスクが適合するかどうかはやってみないと分からないという。
更に、IDEタイプのハードディスクというヤツが既に過去の物となっていて、入手は簡単ではない。
あちこち当たり、私は500MBの製品2台を探しだした。
これを本機に装着し巧く適合すると、最大800時間近い録音が可能になる。

幸いにも購入したハードディスクは本機に適合した。
私は手持ちのLPレコードやCDを次々録音していった。
昔からこの手の作業が大好きだった。だから少しも苦にならず、作業はどんどんはかどった。
至福の800時間、タイトルにして1000枚近くを録音し終えるのに、そんなに時間は掛からなかった。

音を聴いてみる。これは充分実用に耐えるものだ。
そいつをランダム再生すれば、どうだ、これは私だけのジュークボックスではないか。











番外編 ⑧

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<番外編 ⑧>





年が明けた。
と思ったら続け様に風邪をひき、現在インフルエンザで隔離中だ。
どうも免疫力が低下している。
タミフルは良く効き、効いている間は案外元気で退屈する。
退屈凌ぎのネットショッピングでこんなモノを。

CDである。
しかし、音楽は聞こえて来ない。
聞こえて来るのはノイズだ。
遠くで小川のせせらぎが聞こえる気もするが、
収録時間約30分を通して一本調子のノイズがあるのみ。
ノイズのみの内容に30分付き合うのは大変につらいが、これ、オーディオのエージング用なのだという。
オーディオにはエージングが必要とされている。
それはスピーカーのみではなく、アンプやCDプレーヤー、あまつさえケーブルの類にすらエージングである。

わからないではない。
おろし立てのスピーカーはどんどん音が変化してゆく。
問題は時間だ。
それなりの音になるまで、一説では家庭の常識的な音量では20年。
それはダメだろう、オーディオマニアは一般的に高齢だ。
それではとても間に合わない。
それがこのCDを鳴らす事で、かつ短時間(およそ10時間)で可能なのだとか。
定価10,080円。
高いか安いか?

もちろんそれは効果次第だけれど。










番外編 ⑩

ノイズハーベスター




<番外編 ⑩>





「PS AUDIO ノイズハーベスター」である。
空きコンセントに挿すだけで、電源に混入したノイズを光エレルギーに変換し除去するという。
半信半疑で戯れに購入してみた。
定価14,800円。実勢価格は本国(アメリカ)での定価96$に近い。
「PS AUDIO」自体はレッキとしたオーディオメーカーであり、「パワーポート」というオーディオ用の壁コンセントが有名で、私も四個愛用中だ。
ジャズ向きなゴツい、太い音がするが、一個1万円(普通のコンセントは数百円)くらいの金額なものだから、オーディオマニア以外の人が聞くと「バカじゃないのか」という顔を普通にする代物だ。
だが私は「PS AUDIO」に疑いの眼差しを向けた事はない。
ではどこが半信半疑なのかと言うと、電源のノイズを除去しきるにはやや物的にチャッチー感じで、はたして効果を感じることが出来るか?という点で半信半疑だったのであって、詐欺商品などとは金輪際、微塵も思っていない。
元より電源の大切さを、私は身に染みるほど理解しているつもりだ。
一般家庭の電源は相当きたないのである。
特に冷蔵庫、電子レンジ、パソコン、インバーター照明あたりがかなりのノイズを発生する。
テレビもひどいと言う話だ。
その辺を改善すれば、音は劇的に良くなるのだ。
しかし我が家ではオーディオ専用電源工事やら、ノイズカットトランス導入やらを既にやっていて、その上さらにコイツがどのくらい効くのかという点にのみ、一抹の不安があった。

届いた実物は片側にコンセントに差すプラグと、反対側に青いLEDがついた石鹸ほどの大きさの箱である。
極めてシンプルで且つ軽く、コンセントに挿す以外にユーザーがやるべき事など何もない。
とりあえず、オーディオ専用コンセントの高音用アンプを挿しているパワーポート(二口で一口空き)に挿して様子をみたが、青いLEDが点滅する兆しはなかった。
それではと、パソコンを繋いでいる一般用コンセントに挿してみる。
変化なし。
我が家の電源はそんなにきれいだったのか?
それともノイズハーベスターが不良品か?
ふと見ればパソコンの電源がoffになっている。
速攻on。
ワオ!光る光る!喜んでいる場合ではないのだが、青いLEDがパッパカパッパカ盛大に光りだした。
やはりな。やはり電源にノイズが混入しているのだ。
今度はパソコンを消した状態で最前のパワーポートに挿し、テレビをつけてみる。
今度は派手に光りだした。
これはいかん。今までこれを放置していたのだ。
なんという事か。オーディオマニアの風上にも置けないではないか。
私は自分の不明を叱った。

ひとしきり反省したがさて、問題はノイズハーベスターの装着による音の変化を判別できるか、という点である。
率直に言ってわからない。
私は愕然とした。
そんな筈はないのだ。
これはどうした事か・・・
色々調べた結果、この製品は複数設置で一層効果が増すようだ。
なるほどな、ありがちな話である。
複数設置という甘美なフレーズが頭の中をぐるぐる周った。
私には複数設置による目の覚めるような音の変化が、もちろん既に聞こえていた。
パソコン用のコンセントには必須であろう。
そしてオーディオ周辺を数えると三か所の空きコンセントがある。
毒食らわば皿までと言うではないか。
私は迷わず三個の追加発注を決めていた。











(116) 鉄の指とタコの指

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NO.116 2013.9.4



<鉄の指とタコの指>





ベーシスト、レッド・ミッチェル。
享年65歳。
20年前に亡くなっている。
今どきのウッドベースにはナイロン弦が張られていたりもするが、レッド・ミッチェルはぶっといスチール弦をモノともせずかき鳴らす、鉄の指を持つ男だった。
巨大な音の塊から削り出された無垢のベースがケニー・バロンのピアノを押し退け、ベン・ライリーのドラムをねじ伏せて飛んで来る。
そんなゴツいベースを賞味するのが本作であった。
それが変わってしまった。
タコに指があるのか実は知らないが、まさに軟体動物が奏でるが如きフニャちんベースに。
何ゆえそのような事になったものか、もちろん理由はある。
我が家の新スピーカー導入騒動の顛末は既にお話しした。
JBL4344MK2のダメダメ振りに愛想を尽かして新規作成した新スピーカー。
それはタテマツの箱にエール音響の15インチウーファーをダブルで組み込み、JBLの2インチドライバーと山本音工の巨大木製ホーンを載せ、更にエール音響のツィーターをプラスしたオールアルニコ構成という、字面だけ見ればいい音がしない訳はないというセットである。
だが、字面だけでいい音が出れば世話はないのがオーディオという世界である。
販売店の接続ミスなどもあり、当初はまったく期待外れの音を出した新スピーカーであった。


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期待外れだったのは音ばかりではなく、木製ホーンは輸送事故によって無残に傷ついており、敢え無く最初の交換となった。
ところが交換したホーンが今度は割れてきたのである。
乾燥によるものだと言うが、山本音工では修理可能なのでその対応でと言う。
ホーンは集成材で作られているが、割れた集成材をどのように修理するものか私は半信半疑であった。
しかし何が何でも新品交換を主張するのも何だか大人気ない。
修理できると製作側が言うのだから任せようと思った。
結果は危惧した通りとなった。
一見きれいに直ったかに見えたホーンであったが、実際は表面を研磨してその部分を塗り直しただけだ。
更に乾燥が進み、同じところが同じように割れてきたのである。
ホーンを新品交換するように、販売店を通じて現在交渉中だ。

不具合を生じたのはホーンだけではなかった。
タテマツの箱が口を開いて来たのだ。
説明が難しいが、フィンランドバーチ合板製のこの箱の天板と底板は、集成材の側板に載っておらず、側板を横から貼り付ける構造になっていた。
その上に総量70キロ(私の体重よりだいぶ重い)はあるホーンやツィーターが乗っているのだ。
そのせい(だと私は思う。タテマツの見解とは異なる)で天板・底板と側板との接合部分が離れてきたのである。
それだけではなかった。
ウーファーを箱に固定するボルトの長さが足りず、一発40キロ以上(妻より重い)というウーファーの重量を支えきれなかった箱側のオニメナットを破損させてしまった。
なんとタテマツも交換である。
再製作にあたり、私は天板・底板を側板に載せる構造に改めるよう主張した。
だが、先代まで仏壇を作っていたというタテマツは自分の技術力に自信を持っており、若干の補強と変更で問題は解決すると言って譲らなかった。
長い製作時間の経過後に、二番目の箱がやってきたのが一年ほど前。
同じ事になったのはその三か月後であった。
すったもんだの挙句、箱は再度作り直しという事になった。
私はたっぷり芝居がかった口調で販売店のK氏に詰め寄った。
「今度こそ私の希望する構造にしてください。三度作って三たび同じ事になるのであれば、それはもうバカとしか言いようがない!」
私の主張が了承されたのである。
あとは箱が出来てくるのを待つだけ、そう思われた矢先であった。
タテマツが体調不良を理由に廃業すると言い出したのである。
タテマツとK氏による長いやり取りが続いた。

結論。
一.タテマツは自分の所では最早製作不能なので、下請けに外注の形で製作する。
二.結果として塗装のタッチが前の二つとは異なる仕上がりとなる。
三.側板の材料の集成材を改め、全てフィンランドバーチ合板とする。



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そのような経過を経て、三番目の箱がやって来た。
そいつは我が家のオーディオを全く違う傾向の音に変えた。
レッド・ミッチェルをタコベースに、である。
古来、このようなときにはこう言われる。
「このタコ!」と。




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在りし日の4344mk2の雄姿。今見てもかっこいい。音こそ良くなかったが、雰囲気だけは抜群だった。



もう一つ(他人が聞くと)面白い話がある。
先日新しい箱を入れて音出しの際の事だ。
どうも音が悪いと販売店K氏。
プリアンプの「MarkLevinson No.26L」がおかしいと言い出す。
特にボリュームをゼロにしても左チャンネルの音を絞りきれないのはおかしいと。
アメリカ製のアンプなどというものは、それくらい普通だと私は思っていた。
K氏は携帯で連絡を取り始める。
「レビンソンのアンプでマルチをやってるお客さんなんだけどね・・・そうですか・・・もうパーツがないんですか・・・」
ハーマンの代理店の話では26Lのボリュームは既に欠品となっていて修理不能だという。
「今店にあるプリを試しに聴いてみてください」
K氏によれば、たいそう音がいいというそのプリアンプは、アメリカ製のエアーというメーカーのものだという事だった。
それはいくらするのか?私は一応聞いた。
「300万です」
事もなげにK氏は言った。

K氏が引き上げて間もなくの事である。
私の携帯が鳴りだした。
「さっきKさんから電話があったんだけど、あれって貴方の事じゃないかな」
私の町でレビンソンやJBLなどのハーマン製品の修理を請け負っているSさんからだった。
昔から色々世話になっている人である。
「やっぱり、そうじゃないかと思ったんだよ。26L持っておいでよ。只で点検してあげるよ」
翌日私は26LをSさんの作業場に持ち込んだ。
Sさんに26Lを見てもらうのは四度目だった。
「一切異状なし!」とSさんが宣言するまで30分かからなかった。
私はあの事を思い出していた。
最初の箱が来た日の事である。
なんか音が変だ。
その時も販売店K氏はそう言ったのである。
私もそう感じていたから、これは大変なことになったと動揺していた。
大枚はたいて出た音がこれか・・・
K氏はアキュフェーズのチャンネルデバイダーDF-45を疑い、店からPASSのXVR1を持ち込んだ。
音は少し良くなったように思えた。
藁をもすがる、まさにそんな心境であったろう。
私は言われるままにチャンネルデバイダーを入れ換えた。
その後、右チャンネルのウーファーが一つ逆相(+-を逆に繋ぐ接続ミス)になっているのを発見したことは既に話した。
あの逆相事件は本当にミスだったのか?
26Lのボリュームに異状がない事や、パーツとして既に欠品している事も本当に知らなかったのか?
何れにせよオーディオを、特にスピーカーを新調した時は、初めからいい音が出るなどと思わない方がいい。
音は変わる。きっと変わる。
だからこのタコベースを、いやはっきり言おう、このタコな低音を、私はけして諦めない。










 

(117) オーディオの不思議

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NO.117 2013.9.15



<オーディオの不思議>





1961年に録音された、渡辺貞夫さんの初リーダー盤である。
我家では普段、ヤマハのハードディスクプレーヤー(CDR-HD1500)でジャズをかけ流し状態にしている。
あれ?これなんだっけ?いい音じゃないか、とリストを確認させられたのが本作だった。
正直驚いた。
50年以上前の録音には聴こえなかったからだ。
ゴリゴリのウッドベースが半世紀の時を越えて迫り来る。
ウソでしょー?という感じ。
音は変わる、とは言ったが、もちろん大半は願望であり、これが変わらなかったらどうしよう・・・という心細さが本心。
オーディオは厄介である。
どうしようもない音が一晩で麗しく変身する時があり、そうであるならば、こんなにいい音していいの?という音が翌朝にはとんでもない音になっている時もあるのがオーディオだ。
だがしかし、前回「タコ低音」と散々毒づいた音が思いのほか早く回復した事に胸を撫で下ろしている。
たとえこれが一時であるにせよ。




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上が我家の低音を司るパワーアンプ(レビンソンNO.23L)である。
本当は23.5Lが欲しいというのは内緒にしている。
機嫌を悪くされては困るからだ。
ここは言霊の国なのだから。




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CDプレーヤーであり、CDR-HD1500のDAコンバーターとしても活躍するNO.390SL。
私はマークレビンソンというブランドが相当好きだ。




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そんな私に販売店のK氏が勧めてきたのが上段のプリアンプ「AYRE KX-R」。
300万だという。
強引な貸し出し試聴に、私は少しも心を動かされなかった。
下段が愛機NO.26Lの勇姿。
オーディオの貞操は堅く守られた。




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我家のシステムは2Wayマルチである。
500Hz辺りで信号を分ける機械がこれ。
PASSのチャンネルデバイダーXVR1。
諸々の経緯からか、私はあまり愛情を感じていない。
つまらないことを言うな。
心を広く。
そんな声が聞こえなくもない。
だが、相性の良否というものは何も、男と女、人間と犬に限られるものではない。
それは無論事実ではあるのだが、
しばしば時間の経過が、不運な出会いを清算する事があることも私は知っている。











(128) Voice Of The Theatre

ジャネット1
NO.128 2014.3.1



<Voice Of The Theatre>





自分でも驚くほどいい歳になった。
だがいまだに現役であって、つまり生きるために働いているのが私だ。
仕事が好きかと問われるなら嫌いだ。
嫌いだが働いている。
もっとも世間では多くの人が、否応なくそのように不本意な日常を甘受している。
だから自分だけが不幸だなどとは思ってもみないが、不本意は間違いなくストレスを生み、ストレスが精神を圧迫しささくれ立たせるのもまた事実である。
そんな時にはジャネット・サイデルの歌が良く効く。
ご同輩のちょっと疲れた夜に、本作をお勧めします。

ボーカルは独立した特別なジャンルと考えて良い。
ジャズファンの中にはボーカルをこよなく愛するという人もいて、高じるとそれしか聴かなくなっていたりする。
そんなジャズボーカル愛好家のお宅にお邪魔したことがあった。
その人とは一面識もなかった。
そして数か月前、既に亡くなっていた。
その時彼はまだ四十そこそこではなかったろうか。
私は知り合いのレコード店主の斡旋で、その方のオーディオ一式を買い取りに行ったのだ。

中心部の一等地にある古い大きな一軒家だった。
広いリスニングルームに故人の思い出の品々が溢れていた。
趣味に相当の拘りが感じられた。
当然のようにそのオーディオも趣味性の強いものだった。
それはアルテックA7を300Bの真空管アンプで鳴らすというもので、デジタル系は存在せずアナログプレーヤーはガラード401を使用した自作品だった。
そのキャビネットにはA7のシールから起こしたと思われる「Voice Of The Theatre 」の金属製プレートが取り付けられていた。

何はともあれ、その装置から音を出してみなければならなかった。
だが、操作方法がわからない。
自作と思われるプリアンプの、真鍮製プレートに並んだつまみに表示が一切ない。
私には電源の入れ方すらわからなかった。
同行したレコード店主が未亡人に、息子さんを呼んでくれるよう声をかけた。
多分三十代だった彼女は、エプロン姿で忙しそうにしていた。
既に売却を決めたその家を、間もなくマンション業者に明け渡さなければならないとのことだった。
やがて息子さんがやってきた。
中学生くらいだったろうか。
彼は敵意に満ちた目で私達を見たが、レコード店主の依頼に応じ操作を始めた。
まず最初に彼は引き出しを開け、白い手袋を取り出し両手にはめた。
きっとそれが、父親と自分に共通の、いつもの作法だったのだろう。
アンプに火を入れ、何をかけますかと彼は聞いた。
部屋にはジャズボーカルのオリジナル盤が山のようにあったが、私は持参したジェリー・マリガンの「ナイト・ライツ」をかけてもらった。
少なくとも遺品のレコードをかけてもらう空気ではなかった。

その時どんな音がしたか、今はもう覚えていない。
だが、その装置一式はそれからずっと我が家にある。
前に使っていた4344のシステムはついにその音を越えることがなかった。
良い音だ、ということである。
だが、私はこのシステムを今だに自分のものと思えずにいる。
あの時まだ若く、それ故なすすべなく大事なオーディオを持って行かれた彼。
その無念な思いと眼差しを私は忘れていない。
あの子はきっともう社会人になった筈だ。
もしも彼が連絡してきて、父の遺品を取り戻したいと言うのなら、私は喜んでお返ししたい。
仲介したレコード店は健在であり、その店主は私に連絡する方法を知っている。
だからそれはいつでも可能だ。
それまでこの装置を良いコンディションに保ち、大切に保管させていただく心算だ。




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番外編 ⑲ ホーン泣き

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<番外編 ⑲ ホーン泣き>






我家のメインスピーカーを4344から一点モノに変更して、4年が経過していた。
その間の顛末について、大体のところはお話ししたつもりだ。
納品以来不具合の連続で、販売店とメーカーの対応の遅さがこれだけの年月を既に過去の出来事とした。
最後に残ったのが、Y音響のウッドホーン問題だった。


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集成材のブロックを削り出して作るのだというY音響のホーンは一つ数十万する。(ホーンのみ、もちろん音を出すドライバーは含まない)
物量投入の成果で、所謂ホーン鳴きがほとんど発生しないという話だった。
それが乾燥のせいだと言うが、割れだした。
当然、なんとかしてくれと販売店に泣きつく。
メーカーと販売店の協議で修理という事になった。
「割れた集成材を修理?」
そんなことが可能だとは思えなかった。
だが、私にはもう強いことを言う気力が残っていなかった。
ホーンは修理され戻ったが、三か月たち再び割れた。
それがこの画像である。
メーカーでは割れた箇所を研磨し、その部分のみ再塗装したようである。
抜本的な修理(出来る筈はないと思ってはいたが)をしたのではなく、表面的にごまかしたのだ。
もうこれは頑張るしかない。
私は言うべき事を言ったのである。
そしてホーンは再び再製作されることとなった。

本日、遂にそれが我家にやってきた。
Y音響製ウッドホーン特注色。
4年前に初めて来たそれは、輸送事故で無残な姿となっていた。
次に来た子はひび割れてしまった。

今度こそ・・・と思う一方で、また何かあるのではないかと取り越し苦労などしたとしても、それはある意味仕方のない事ではありませんか?
私は驚いた。
いや、もう驚きはしなかった、と言うべきか。
そうなのである。
まったく、実に、なんというか、期待を裏切らないのである。
箱から出された新ホーン、その表面にはあり得ない塗装ムラが・・・

マジですか?

マジなのである。

ホーンは泣きながら箱に戻され、去って行った。

春尚遠し。










番外編 ㉓

ホーン3
モザイク状に見えるのは集成材故であり、塗装の色調が明るいから。
塗装斑ではない。



<番外編 ㉓ 帰ってきたホーン>




塗装ムラの補修を終えたホーンが帰ってきた。
二か月以上かかったのには訳があり、販売店の話ではメーカーがそんな筈はないと言い張ったのだという。
埒があかず、見れば分かりますと半ば強引に送りつけたところ、説明の類一切なく補修して返送してきたという事だ。

番外編 ⑲(ひびが入った二台目)との画像比較でお分かり頂けるだろうか、だいぶ下の箱と色が近くなった。
三台目でやっとここまできたのである。
一台目(NO.116の画像)など全然違う濃い色に塗られていたが、色にクレームを言ったことはない。
それどころではなかったからだ。
様々なトラブルの皮肉なプラス効果であった。

もともとオリジナルは赤っぽい色で、それを箱の色に合わせるため支払ったエクストラチャージが約10万円だった。
けして安くない。
自動車のポルシェという会社はユーザーのどのような希望にも応じるそうで、そのエクストラチャージが60万だそうだ。
客のイメージと齟齬を来さないために、ドイツ本社との間で何度も色見本のやり取りを経て車一台塗る追加料金である。
どちらが高いとはこの際言わないが、少なくとも全然違う色はないのではないか。
それがこのようにかなり近い色味になった。
喜ばしいことだ。
このホーンに何かトラブルが発生して、四台目が製造された時にはもっと近い色になるだろうか。
いやいや、そのような縁起でもない冗談は言わない方が良い。
何しろ4年がかりで箱・ホーンとも三台目なのだ。
私もさすがに呆れ、また疲れた。
納品に際し販売店氏が「やっとここまできた」と。
それをあんたが言うか、と思ったが、まあ実際のところよく途中でケツをまくらなかったものだ。
その点だけは褒めておくが、頼むからもうこれ以上何も起きないでいただきたい。

日本の木工技術はきっと昔の方が良かった。
大工の腕前なども千年かけて劣化した口だ。
この国のものづくりは大丈夫なのかと少し心配になった。
肝心の音であるが、今のところ前より悪くなった形跡はない。
しかしながら、いないとは思うがこれと同じスピーカーを欲しいなどとおっしゃる方が万一おられるならばだ、私は絶対お薦めできない。
今更改めて言う必要もないとは思うが、世の中いろんな人がいるものだから念のため。










番外編 ㉘ マニア

補強




<番外編 ㉘ マニア>






少し前に報告済の画で申し訳ない。
何故重複するかと言えば、私が幸福でニヤニヤしているからであり、更に申し訳ない。
なにゆえの幸福か。
極めてシンプルなんです。
現在我家の「音」が快調と、ただそれだけの話。

さりとて皆さん、あからさまにこのような事を申し上げる機会など滅多にあるものでもございませんよ。
それは次のような理由によるものであるが、この種のマニア(オーディオマニア : 私は自分をそのように認識している。一種のフェチと考えて頂いて構わない。お御足と音が入れ替わっただけである)以外の方々にはほぼ無関係の話と言って良いのであって、更に更に申し訳ないかもしれない。

マニアはいつもどこかをいじっている(まさか大きな誤解はないと思う)。
それは少しでも良い音を聴きたいというセツナイ思いによるものだ。
だがあちこちいじり過ぎて、何がどう変わったか訳がわからなくなる事態はむしろ普通と言ってよい。
余計な手出しなどせず、おとなしく音楽を聴いておれ。
そう思うのは当然だが、なかなかそういう訳にもいかない。
いじるのが好きなのだ。
どっかいじっていたいのだ。
ほっとく事が出来ないのが悲しいマニアのサガなのである。
結果として今出ている音より、他人様が聴けば実は三か月前の音の方がずっとマシであった、などという過酷すぎる事態もごく普通に生起する。
いじり壊しというやつだ。
そんな事だからマニアは、今出ている音が不安でいつも信用できない。

だからと言って相談する相手などそうそう居るものではない。
AとBとCではどれがいいと思う?
悪戦苦闘の挙句(オーディオは腰にくる)様々切り換え、同じ曲の同じ箇所を恋人に聴かせたとしよう。
そんな事を聞いたところで彼女(ないし彼)は途方に暮れるばかりだ。
何故ならそんなチマチマした話には更々関心とてなく、皆同じに聞こえるばかりだからである。
試みに二つに絞り、AとA'(実は同じ)ではどう?と聞き直せば、
「そうね、A'かな・・・絶対A'がいいと思う。そろそろ炎の○○○TVの時間ね」
マニアは深く絶望し、益々隘路にハマり込んでゆく。

そうした理不尽な現実の向こうに、今そこに出ている「音」があるというのはマニアにとって動かし難い事実だ。
その「音」がなんか今とってもいい感じ。
思い当たるフシはあるのだ。
「音」は何をやってもゴロゴロ変わる。
ただ、普通の人(常識人と言い換えて何ら不都合ない)にはそれが感知出来ない(したくない、する必要がない)だけだ。
トライ&エラーの末に今出ている「音」が良いとすれば、その理由はこれしかない。
それがこの画である。
スピーカーの舞台裏を携帯で写したものだ。
高音部の音を出すドライバーという発音体である。

20キロ近い重量がありながらこの子は、出した音を広げてくれる木製のホーン(ラッパ)にネジ4本でぶら下がっていた。
この痛々しい状態に常々私は心を痛めていたのだ。
そこで何とかならないかと、ホームセンターを物色して探し当てたのがドライバー(黒い物体)を支えるパーツである。
200円程度の品であり、本来の用途は知らない。
これが効いたのである。
そんなモノが?
それしか考えられない。
え?外して使用前を確認してみたかって?
ばかな事を・・・
これを外して出た音がダメだったとする。
また元の状態に簡単に戻せると思いますか?
男女関係と同じです。
今が良い状態なら、そこはそっとしておく。
いじるなら別の場所だ。









番外編 ㉚ パワーアンプ

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<番外編 ㉚ パワーアンプ>




当ブログNo.131にて登場のアンソニー氏が休養宣言を出された。
何事かと思えば、パワーアンプを移動しようとして腰をやられたそうだ。
重いからね。
上は我が家のパワーアンプだ。
低音用と中高音用二台ある。
マルチチャンネルという訳だ。
贅沢しやがって、と思いましたか?
だが、今となっては数十万の市場価値だろう。
一台当たりではありません、二台で数十万。
還暦間近いオーディオマニアのアンプとしては、安すぎる事があったとしてもけっして高過ぎはしない。

昨日の事、テニス中に記憶障害が起きた。
物事の流れを連続した事象として把握できない。
それが翌朝も続いていた。
知人の医者は脳にいく糖分が不足しているだけだ、アメでも舐めていればじきに治ると言った。
私はそうじゃない気がした。
以前にも似たような経験をしていたからだ。
ただ、その時はほんの数時間で元に戻った。
今回はそれが一昼夜続いたのだ。
もう何が起きてもおかしくない歳に私はなっていた。
これが人生最後のパワーアンプかもしれない。

昔オーディオの掲示板で有名なあるマニアが、このアンプを使っていた。
私は一目惚れしたが買えなかった。
それ以来パワーアンプといえばこの形しかない。
オーディオは音さえ良ければ形はどうでもいい、そのように言う方もおられよう。
それはそれで結構だと思う。
私は形も大事だけれど。





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パワーアンプの背後に、オーディオ専用コンセントが四機ある。
10年ほど前になるだろうか、配電盤からコンセント一機に一回路の専用配線工事をしてもらった。
コンセント(PSパワーポート、一台1万円程度)の代金込みで20万くらいだった。
専用電源、専用コンセントはとても効果がある。
アンプのグレードが二つくらい上がってしまう。
一台1000万のCDプレーヤーだって実際にあるのがこの世界だが、庶民的な予算で楽しむこともいくらでも出来る。
音が良くなれば音楽は何倍も素晴らしく聴こえる。
音楽好きにとって、投資のし甲斐があるオーディオだ。
上手に予算配分して楽しみたい。

中古をお奨めする。
オーディオ製品にエージングは不可欠だ。
つまり一定期間使い込んで初めて本来の性能を発揮するのがオーディオだ。
と言うことは、エージング前は本来の音以下のものを聴かされている事になる。
誰かが新品で買い、我慢してエージングしてくれたもの、それが中古だと思って良いだろう。
値段が普通半分以下になっている。
半分弱か。
昔そんな名前の女優だか歌手だかがいたな。
それはともかく、中古を買ってコンディションが悪い個体は修理して使う。
腕利きの修理マンと知り合えば、心強い味方になる筈だ。








番外編 ㉛ プレーヤー

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<番外編 ㉛ プレーヤー>




前にお話ししたスコットランドのリン製レコードプレーヤーである。
わざわざSMEのアームをつけた。
後で聞いた話では、一関の「ベイシー」が同じ組み合わせで使っているらしい。
シートが静電気でディスクにくっついて来るので、カーボン製の社外品に替えている。

スコットランド独立騒ぎの際、私は否定的見解を持った。
分離独立によって国力が低下する一方、特段のメリットがないと見た。
だが、実際にはイングランドとスコットランドはまるで違う国らしい。
共通の言語を使い、多少の方言がある程度だと思っていたが、それも全然違うという。
スコットランドの庶民が使う言葉は、スコットランド語やゲール語であって、所謂英語ではない。
彼らは自分たちがイギリス人だと思っていないようなのだ。
私はそれでも、スコットランドが独立するのはデメリットの方が大きいと思う。
だが、あれだけ多くのスコットランド人が独立を望む以上、この問題はいつまた再燃するか分からないし、次回の結果がどうなるかもまた分からない。

そんなスコットランドが造るリンのプレーヤーLP12。
実物は非常にコンパクトだ。
多分中身もシンプルで、はっきり言えばそんなにお金が掛かっていない。
だが私はこれが気に入っている。
もちろん「ベイシー」と同じ機種だからではない。
物量投入したゴツいプレーヤーならいくらでもあるが、一見むしろ頼りないくらいの、この何気無さを愛する。
これもおそらくは人生最後のプレーヤーだろう。

お前は何かと言えば「人生最後」だな、と言われそうだ。
これが最後かもしれないというある種の覚悟を持って事に当たるのは、大事な事だと私は思うようになった。
それはいい歳になったからだ。
もちろん、それはそうだ。
二十歳の時にそんな事を考えた事などない。
しかしながら、二十歳の若者の人生が必ず残り60年以上あるとは無論限るまい。
それは私の余生があと20年保証されていない事と何ら変わりがない。
事実私の最初の妻は、平均寿命を半分も全うしなかった。
人生人それぞれであると、その極当たり前の事に実感がやっと追いついて来た。

人の死亡率は100%だ。
それが今日かもしれないし、もう少し先かもしれない、ただそれだけの話だ。
そのことを人は知っている。
多分犬は知らない。
これが最後かもしれない、そういう覚悟を持って事に臨むのは悪くない。
それは死に怯えて生きるのと少し違うと思う。
最後かもしれないなら、味わい尽くしてやろうというのが私の方針だ。







番外編 ㉟

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<番外編 ㉟>




グーグルの「chromecast」をご存じでしょうか。
わずか3センチ X 6センチ、厚さ1センチもないプラスチックの軽量部品が、大袈裟でなく私の音楽環境に革命を起こした。
テレビのHDMI端子に挿しWiFiに繋ぐだけで、YouTubeの信号をテレビに飛ばす事が出来る。
我家ではテレビの音声信号をプリアンプに接続しているので、これによりオーディオのクオリティでYouTubeの膨大な音楽データが再生可能となった。
今までノートパソコンの貧弱なスピーカーでしか聴けなかった、しかし殆ど無限にある音楽プログラムを私は手に入れたことになる。
音質的に問題外だったせいでYouTubeを無視していた。
しかしこれからは違う。
使わない手はない。
エバンス、マイルス、ロリンズ、なんでもある。
なんなら三枝の創作落語だって。
申し訳ないことにすべて無料だ。

大推薦いたします。
「chromecast」なんと実売5千円しない。










テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

番外編 ㊳

トランス





<番外編 ㊳>





中村製作所のノイズカットトランスである。
音楽はノイズとの戦いだ。
静粛の中に立ち上がる音像が美しければ美しいほど、リスナーはノイズを嫌う。
目の前の美を瀆す汚泥のように感じられる。
その泥を濾過する装置がこれだ。
オーディオマニアは僅かな事象の差に拘り、一般に神経質である。
また、そうでなければオーディオマニアとして存続し得ない。
細かい事などどうでもいい = オーディオなんかなんでもいいという事になってしまうからである。
ただし拘る僅かな事象も神経質になる対象も、すべて自らの興味が及ぶ範囲に限定されている事を正直に申告しておく必要がある。
目の前の「美」が他の人には醜いノイズかもしれない可能性は、その際一顧だにされて来なかった。
私はその事を(いつも少々であるが)申し訳なく思って来、いつしか趣味の押し付けが難しい事もついでに悟った。

ノイズカットトランスは残留ノイズを除去しない。
除去するのはもっぱら音本体に付帯する不純物だ。
杜氏が米を磨き大吟醸に仕上げる様に、ノイズカットトランスは電流に含まれる夾雑物を丹念に削ぎ取り音を研磨する。
残留ノイズを除去するのはアンプ側の仕事だ。
我が国の高級アンプはこの点が完璧に出来ており、音楽を映し出すスクリーンを静寂に保つ。
しかし描かれた音楽は勢いを削がれ、それを挽回するためか輪郭が不自然に強調されがちだ。
その事に気付いてから、日本製のアンプを使わなくなった。

私は残留ノイズが嫌いだ。
でもそれ以上に勢いのない音が嫌いだ。
だからアンプ側と取引きし、一定程度の残留ノイズを許すかわりに勢いを確保した。
無音時にホーンに肉迫すればノイズが聴こえてくる。
私はこれに目を瞑る事にした。
中学3年の時、亡き伯父が買ってくれた日立のステレオから聴こえた残念な残留ノイズだった。
いつかこれを消してやる。
そう誓ってから半世紀近い時が過ぎた。
随分やった。
存分にやったと思う。
結局私のオーディオから残留ノイズを消し去る事は叶わなかった。
だが私の力でもうこれ以上は無理だ。
今出ているこの音が、私のオーディオマニアとしての一度の人生で、達成可能であった限界点という事になるだろう。

右のランプは40年前ある事の褒美に頂戴したもので、確かエジプト製だった筈だ。
適応器具は無論白熱球だが、その生産が終了した今ではLED電球で対応する事になる。
実際常夜灯のナツメ球が切れLEDに代えてみた。
やはり全然違うものだとすぐに識別できる。
時代は既に次のステージへと移行しており、もはや異議申し立てを受付けない。
不満があっても、愚痴を言いつつトボトボついて行くしかないのだ。











テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

番外編 ㊶

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<番外編 ㊶>





ウエスタン・エレクトリックの真空管300B。
元々軍用及びプロ用として開発され民生用には売られていなかったものを、マニアが目を付けオーディオ界で最も有名な真空管に育てた300B。
手元にあるこの球はオールドではないが、80年代のオリジナル球だ。
十数年前これをペア十数万で購入した。
どうしてそんなにするのかって?
生産終了した人気真空管のデッドストックだからだ。
現在復刻版やバッタもんも多く出回るけれど、模造品以外オリジナル球が増える事はないので本物は年月と共に値段が高騰する。
現在では倍くらいになっているようだ。
オーディオで儲かった事など一度もないが、本件は唯一の例外である。
けれども利食い売りしなければただの含み益に過ぎない。
私に売却の意思はないので、ずっと儲かった気になってニヤニヤしているだけだ。
ただ後の世代の者が間違って廃棄する事がないよう書き残しておく。
手元にこの球がもう一セットある。
クローゼットのケースの中だ。
他にも色々入っているが、恐らく価値のあるものはあるまい。

真空管の音について多くの方が間違ったイメージをお持ちだ。
「暖かみのある懐かしい音」がすると、なんかそんな風に一般に信じられているようだがそんな事はない。
この球の音は一言で言って峻烈である。
ウッドベースが凛としている。
トランペットがスピード感のある研ぎ澄まされた刃のようだ。
そしてボーカルの実在感ときたら、リアルを通り越し不気味なほどである。
もしも真空管アンプを聴いてポワーンとした懐古調の音がするとしたら、それは球も回路もナマクラだからに過ぎない。

このアンプを故有ってアルテックA7のドライブに固定してきた。
このシステムなかなか凝った作りで、コンデンサーなどのパーツにもウエスタンエレクトリック製が奢られている。
ターンテーブルはガラードの401だ。
トーンアームの素性が分からない。
もしかしたら自作品かもしれない。
レビンソンのヘッドアンプも付いていた。
私はカートリッジにSPU(Aシェル)のゴールドを搭載した。
いい音がする。
しかし遂に自分の物だという気持ちになれなかった。

もう少し時が過ぎ上手く引退する日が来たら、このアンプを試しにメインシステムに組み込んでみようと思っている。
これでウーファーを鳴らしたらきっと凄い事になるなと、あくまで空想だがそんな気がしている。











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ジャンル : 音楽

番外編 ㊷

1750de2.jpg





<番外編 ㊷>





我が家の音を支配するもの、もしかしたらこれではないか。
エール音響のツィーター1750DEである。
こいつには私の経済的な能力を完全に無視した値札が付けられていた。
超高音域を担当するスピーカーのユニットである。
これ一つではいかなる音楽も再生出来ない。
何となれば現状10kHz以下の音は殆ど出ていないのだ。
ホーンドライバーのJBL2441は上をカットしておらず18kHz付近まで出ている筈だから、私の聴覚能力からいって必ずしも必要のないものだとも言える。

耳を近付けるとシャカシャカと微かに鳴っている。
これだけのために立派なロレックスが買えるのではないかという大枚を叩いたのだ。
私は販売店の言いなりだった。
その頃我が家のオーディオは隘路のぬかるみでスタックし、自分でもどうしたら良いか分からなくなっていた。
完全に行き詰っていたのだ。
もう何でもいいから、私は誰かに助けてもらいたかった。
だから到底考えられないような金額のものにも手を出す結果となったのだろう。
あの販売店がどれくらい親身になって我が家のオーディオを考えてくれたのか、それはもう今となっては何とも言い様がない。
正直なところ、他にいくらでも方法があったのではないかと思えなくもない。
だがもういい。
この音が真の意味で私にとって最善ではなくとも、今や相当クオリティが高いのは間違いのないところだ。
それくらい私にも分かる。
何事も自分の希望が完全に叶えられる事はないと悟るべきだ。
人生ってそういうものじゃないか。

妥協する時が来た。
そして妥協できるところまで音も来た。
そんな我が家の音を大局的に決定付けているのが1750DEだと私は思っている。
ウソではない。
こいつを外してみると分かるのだ。
音は途端に元気を無くしてしまう。
私の懐具合を考慮してくれたとは思えないが、あの販売店は1750DEがもたらす効果を熟知していた。
それだけは確かだと思う。
ただ費用対効果を一切問題としなかっただけだ。
さて、いよいよ北四局を残すのみとなった。










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